‪「コミュ力」について

全体主義については用心深く語らなければいけないですが、避けてもいけないときだろうとおもいます。「コミュ力」の究極は、安倍首相の支持率によって言葉を変えていくある種の全体性にあるのではないでしょうか。新自由主義新保守主義の時代は、言葉を語るのは、公の信条からではなく、マーケット的な‪「コミュ力」からであるようにみえます。残酷なことをして支持率を上げるその支持率も4割程度で、自由と平等の言説を到底屈服できないですが、(不均衡のなかの均衡の如く一見、野党そのものを嫌う「一的なもの」のなかの「多様性」を保っていることが思想界にも起きていて)、現在が向かっている方向が、全体性に向かって自らをどんどん情報の客体に貶めるというような拍手喝采であることにかわりありません

アンドレ・バザン André Bazin

アンドレ・バザン André Bazin


アンドレ・バザン『映画とは何か』(野崎、大原、谷本共訳)を読むことにした。30年前に投げだしてしまった、「写真映像の存在論」とは何かを再び考えている。「リアリズム」とバザンがいうものは、他の「リアリズム」と比べることができない、映画の書記的原点をトリノの聖骸布とするリアリズムである。だから映画にとって論じるに値するのは、死体に防腐処理を施して人間の不死を可能にしたエジプトのミイラ、時間のねじれを空間に嵌め込もうとしてうまくいかなかったバロック絵画である。「映画とは、写真的客観性を時間において完成させたものであるようにおもわれる。映画はもはや、過ぎし時代の昆虫が琥珀が無傷のまま保つようにして、事物を瞬間のうちに包み込んで保存するだけでは満足しない。映画はバロック芸術を、痙攣的な強硬症(カタレプシー)から解放する、その結果、事物のイメージは初めて、同時にその持続のイメージとなり、変化それ自体のミイラとなった。」バザンのリアリズムは、カメラから考えられているのだが、ただし本を読むひとがもつカメラなのであり、それは、議論できる公の場所に向かって命題関数として構成される、したがって言説と等価のものである、と、やっと私は理解しつつある。「レンズ」はなにか、言説の形成を殺戮してくる沈黙として存在すると考えられている。結局、70年代後半から始まるゴダール『映画史』は、50年代後半に世に問われた言説<バザンの映画とはなにか>をいかに読み解くのかという試みだったのではあるまいか。『映画史』が実現したとき、そこで、廃墟のほうに消え去った映画の栄光が一瞬よみがえるはずであった。映画は消滅したが、究極的に映画の不死を可能にするミイラとして、映画の歴史はいつ完成するのだろうか。今日なお映画は制作されているのであって、映画は消滅したわけではないが、「映画は消滅した」と考えてみたらどういうことが言えるのか、それを考えてみようというのである。問題は、あまりに多くの映画がある点にある。現実と溶け合あう形で映画的なものが氾濫するなかで、映画は消滅しきったとき、存在しないものが存在するかという形而上学的問いの方へ、映画は行くのである。百年後は、最後まで、偶像崇拝を禁じる宗教との距離を消すことがなかった異邦人として映画という似非芸術を思い返すことになるだろうが、バザンがあえてカトリック的に考えた存在の問題を、偶像を愛するゴダールイスラム的に考えることになったと語られるのかどうかは定かではない。



バザンのリアリズムは、カメラから考えられているのだが、只し本を読む知識人のカメラなのであり、それに対応して、観客は本を読むひとの視線をもっていると想定されると私は考える。暗闇の中で言説と等価なものが形成されるはずなのだ、たとえ市民が生きる公の場のような光が欠けていても。光は無くはない。「レンズ」とは、現実世界を完全に模倣できるような、言説の形成を殺戮してくる沈黙として存在すると考えられているとしたら、スクリーンとそれを見るひとの溝は埋められるのだろうか?しかし最悪の映画とは溝のない映画だろう。と、わたしの深読みか...

アンドレ・バザン André Bazin

アンドレ・バザン André Bazin


アンドレ・バザン『映画とは何か』(野崎、大原、谷本共訳)を読むことにした。30年前に投げだしてしまった、「写真映像の存在論」とは何かを再び考えている。「リアリズム」とバザンがいうものは、他の「リアリズム」と比べることができない、映画の書記的原点をトリノの聖骸布とするリアリズムである。だから映画にとって論じるに値するのは、死体に防腐処理を施して人間の不死を可能にしたエジプトのミイラ、時間のねじれを空間に嵌め込もうとしてうまくいかなかったバロック絵画である。「映画とは、写真的客観性を時間において完成させたものであるようにおもわれる。映画はもはや、過ぎし時代の昆虫が琥珀が無傷のまま保つようにして、事物を瞬間のうちに包み込んで保存するだけでは満足しない。映画はバロック芸術を、痙攣的な強硬症(カタレプシー)から解放する、その結果、事物のイメージは初めて、同時にその持続のイメージとなり、変化それ自体のミイラとなった。」バザンのリアリズムは、カメラから考えられているのだが、それは、議論できる公の場所に向かって命題関数として構成される、したがって言説と等価のものである、と、やっと私は理解しつつある。「レンズ」はなにか、言説の形成を殺戮してくる沈黙として存在すると考えられている。結局、70年代後半から始まるゴダール『映画史』は、50年代後半に世に問われた言説<バザンの映画とはなにか>をいかに読み解くのかという試みだったのではあるまいか。『映画史』が実現したとき、そこで、廃墟のほうに消え去った映画の栄光が一瞬よみがえるはずであった。映画は消滅したが、究極的に映画の不死を可能にするミイラとして、映画の歴史はいつ完成するのだろうか。今日なお映画は制作されているのであって、映画は消滅したわけではないが、「映画は消滅した」と考えてみたらどういうことが言えるのか、それを問題にしてみようというのである。存在しないものが存在するかという形而上学的問いの方へ、映画は行くのである。百年後は、最後まで宗教との距離を消すことがなかった異邦人として映画を思い返すことになるだろうが、バザンがあえてカトリック的に考えた存在の問題を、ゴダールイスラム的に考えることになったと語られるのかどうかは定かではない

方法としての17世紀

‪方法としての17世紀


後期近代を迎える20世紀が自らの行き詰まりをみせたとき、なお近代しかないというようなことになったとき、何とかしなければいけないと考えた知識人たちのなかには、近代が始まる17世紀は何かと問う者たちがいた。ポスト構造主義からは、そのとき、ありのままの17世紀を語っているようにみえても、20世紀の物の見方とは異なるし、また18世紀と19世紀に配置されないような、方法としての17世紀の見方が問われていたのである。フーコがいう人文諸科学とは、様々な学問に投射されている思考の配置においてあらわれてほかの場所にあらわれることがないが、(私の理解では、理念的に構成されているので)、投射されているスクリーンからは、背後から投射してくる光源を見ることができないように、背後から突き刺さってくる投射してくる近代の限界を問う思考の配置それ自身をみることが不可能である。思考の配置が可能とする、方法としての17世紀はいかに、20世紀が失敗したかを語ることになるだろう。17世紀は語る。過去(古典)というのは乗り越えることができない完全さをもっていた。そうだとして、そこからどういうことを言おうとしたのか?17世紀は近代は古典と対等であることを否定する必要がないという認識?(しかし対等という観念は、過去からの独立を意味していく危うさを孕むのではないか?) ここで、アイルランドの現代演劇の場面を思い出す。それはイギリスのゲール語を禁止する植民地化政策の19世紀、教育を受けることができなくなった村民のために自発的に開かれた青空教室(ヘッジスクール)を描いた作品である(ブライアン・フリール『トランスレーション』)。なんとかしようと古典ギリシャ語とラテン語を村民に教える校長先生と彼に英語を教えてくれともとめる若い女性の間の会話..。‪(17世紀の知は体系と原理に自らを築くとき、アカデミーと公の議論による言説の空間の成立を通じてである。17世紀と18世紀、19世紀を考えるとき、フーコの四角形の表ー主辞繋辞関係、分節化、転移、派生ーから規則の働きの変換の仕方をみることができるが、20世紀は表ではなく、流れによって特徴づけられるのだけれど)‬

江戸思想

「完全でなかった」けれどと一応言って、徳川日本と比べて平等の達成を行なった明治維新を評価するパターンがある。安倍政権を批判する人達からもこういう話をきかされる。だが、まさか、差別が広がったのではないかと疑った痕跡が全くない。疑うことがなければ、最も犠牲を受けて差別された大衆が戦争の拡大を求めていく明治末から大正にかけての動きを見落とすのだろう。さて徳川日本の思想は人間の同一的平等よりも多様性の方向へ行くといわれる。幕藩体制は国家かどうかは議論がある所だが、ヨーロッパのように平等の方法を説くことが欠けていても(武士政権に政治を語ることは危険であった)、明治維新150年からは見えない、国家なき時代に平等の理念が語られていたのである。今週は石田梅岩を学ぶことになっている

思想の歴史ー 6個のゲームの規則‬

‪思想の歴史ー 6個のゲームの規則


‪1  古典の読みの再構成によって言語の成熟が起きてくる。2へ進む‬

‪2  脱構築的に、分節化されていない思考の優先順位を求めよ。3へ進む‬

‪3 確立した物の見方とは別の物の見方へ行け。4へ進む‬

‪4 抽象化は不可避の他者との関係を消す。5へ進む‬

‪5  欠番  6へ進む‬

‪6 沈黙する映像と盲目の言葉は、物語る映像とそれを見るための言葉にとって、迷宮でしかない。どこへ‬?

大島渚『絞首刑』

約十年前にBFIのフィルムを借りてアイルランド初上映を手伝ったのは、感謝している国だったのでよかった。大島渚『絞首刑』といえば、パリの68年前夜に、学生たちがみた映画。彼らはこの映画の意味を理解できたのだろう。『絞首刑』を一番見ていない国はもしかしたら日本ではあるまいか?見ていることは見ているだろうが、理解できない、と、言われても仕方ないという悍ましい現実である