書評 子安宣邦 著、 「維新」的近代の幻想、 日本近代150年の歴史を読み直す (作品社)

書評


子安宣邦 著、 「維新」的近代の幻想、 日本近代150年の歴史を読み直す (作品社) 


本多 敬 


「『維新』的近代の幻想」とは何であろうか。日本近代150年の歴史を問い直す子安宣邦氏の著書は、外部の思考を失い閉じた内部的幻想に囚われたわれわれが語ることができなくなっている「維新」的近代を語ることを可能にする。はたして、「明治維新」は近代日本の「正しい」始まりなのか。子安氏は、開かれた外部の思考のあり方を問い続けてきた。


「維新」という日本近代の限界を語ろうとしたその瞬間に、限界は炸裂してしまうので、語ることができることと語ることが不可能なこととの距離である、原初的分割ともいえる場所へ再び連れ戻される。この言語の端とも表現できる分割点にわれわれは運ばれるが、その端自体が拡散し始めて、自身が相対化されると、われわれもだれも存在しないように感じる。どのような国でも資本を蓄積した後にヴァリエーションをもって資本主義が成立するが、正しい始まりが論理的に先行しないかぎり、自由に喋れる市民はいつまでも存在しないのではないか、つまり、アジアは経済がどんどん進むが、どうして言論の自由が進まないのかということを「『維新』的近代の幻想」は問うのである。


子安氏は、前著の「大正を読み直す」において、思想史における津田左右吉和辻哲郎とのあいだの思想的対決を、互いに衝突させる形で展開した。一方、「『維新』的近代の幻想」は、津田左右吉論から始まり、和辻哲郎論と北京大学での講演である「『日本近代化』再考」で終えているのであるが、こうして、思考の迂回的遅れの戦略によって、津田の思想の意味を数百頁後の和辻の思想とその天皇論において考えさせようとしているのではないだろうか。はたして、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」とは何か。そして、和辻哲郎は国家と宗教にいかなる関係を打ち立てようと考えたのか。


明治とは何か。そして、この問いに先行しなければならないのは、江戸とは何か、という問いである。子安氏が、日本思想史家としての自己形成はこの問いとともにあったという「日本近代の始まり」という問いである。津田左右吉から和辻哲郎へと繋がる、長くゆっくりした分析の線上に、朱子学の視点、そして、「ポストモダン孔子」の方向で一層の深化が求められる「方法としての江戸」と「方法としてのアジア」、中国語に翻訳された「漢字論」、日本近代文学批判、戦没学生たちの手記についての論考が展開される。津田左右吉和辻哲郎という二つの極の間に以下の思想家たちが取り上げられる。鈴木雅之横井小楠石田梅岩、大熊信行、荻生徂徠と会沢正志、中江兆民徳冨蘆花夏目漱石、尾崎秀実、田辺利宏、そして、竹内好。子安氏は、「歴史修正主義的な長期政権による権力の集中と腐敗とがとめどなく大きくなりつつある」「今の絶望を再認識」しながらも、「『維新』的日本の近代150年の歴史の中にそれとの血脈的繋がりを信じたくなるような『本物』はいる」として、横井小楠中江兆民、尾崎秀実、戦没学生たちに「希望に連なる言葉を見出すことができるかもしれないのだ」、という。


こうして、「『維新』的近代の幻想』」は6つの部と17の章で構成される。これらは、東京と大阪で開かれた市民講座(公民教室)である「明治維新の近代」の論考をまとめたものである。


「『維新』的近代の幻想」は、子安氏がいうところの「解体日本思想史」、つまり、脱構築的方法によって、日本近代150年の歴史を読み直す試みである。歴史を読み直すとは何か。これに関しては、終章の「『日本近代化』」再考」と題した北京大学における講演 (2019.5.25.)の後に行われた、学生との討論会のために用意したメモである「北京大・討議のためのメモ:近代・近代化・近代主義」が参考になる。


「『日本近代』を批判しながら、われわれにおける『現代』を見定め、それに直面するためには『日本近代』がその絶対的な始まりとする『明治維新』を相対化しなければならない。これを絶対的な始まりとする『日本近代』をいかに相対化するかが問われてくる。この世界史的『近代』を相対化するには、それぞれの一国的『近代』を考えることによってである。」


ここでは、世界史的「近代」というグローバルな歴史ともう一つの「近代」である地域的な歴史とを考える必要を語っている。国家(一国的言語主義、一国民主主義)という枠を超えたアジア(漢字文化圏)について、確立したグローバルな見方(大きな歴史)のなかに、それとは別の見方をつくること。言い換えれば、歴史を読み直すために必要となるのは、「明治維新」を絶対的な始まりとする世界史的「近代」の普遍を批判する、外部の思考を要請する他者の視点なのである。フーコーの知の考古学は、現代という時代を構成している論理と解釈について述べているが、「世界史の構造」の柄谷行人氏の論理にとって意味があることが形式化を徹底する他者だとしたら、子安氏の解釈にとって意味があることは方法的思考としての他者である、ということを「『維新』的近代の幻想」から学ぶことができると考える。


「国家を人為の制度的体系とすることは、国家を制作物と見ることである。」(中江兆民 『民約訳解』を読むーその1)


「あとがき」において、「制作の秋(とき)」とは今である、と子安氏は述べている。


「1945年の敗戦とは作り替え可能なものとして国家を見ない民族的、神話的国家観の敗北であったはずです。それは新たな『制作の秋』であったはずです。だが制作の主体となりえなかったわれわれは戦後七十余年のいま歴史修正主義的政権によるもう一度の敗北をさせられようとしています。」「核兵器による最初の犠牲者であり、戦争の敗北者であった日本人を、核兵器禁止条約への署名を拒否する安倍首相はそのことの結果として、人類史における道徳的敗北者にしてしまうのです。われわれはこの屈辱にたえることができません。ほんとうにこれを屈辱だと知れば、「制作の秋」とは今だということを知るはずです」。


「『維新』的近代の幻想」は、21世紀の日本の政治を支配するに至った歴史修正主義ナショナリズムに対抗するための批判的重石をなすものである。こうして、われわれは国家祭祀と天皇制の問題をも考えることになるだろう。天皇とは、歴史が変わってもいつの時代にも現れる構造であり、象徴性を過剰に超える行い(祀るパロール)を許すと、憲法における国民主権の根本を危機に貶める、という現在の問題であり、日本思想史を見渡しながら、精神の従属をもたらす構造を言語化する思想的課題である。


(了)



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津田左右吉はどのように「明治維新」を語ったか。


「第一章  『王政復古』の維新  津田宗吉『明治憲法の成立まで』を読む」

 
「いわゆる王政復古または維新が、その実少なくとも半ばは、皇室をも国民をも欺瞞する彼等(イワクラ・オオクボら)の辞柄であり、かかる欺瞞の態度を彼等が明治時代までもちつづけてきた証跡が見える。」
 
さて、津田左右吉が「王政復古」と呼ぶものはなんであろうか。子安氏はつぎのように説明する。「『王政復古』とは『明治維新』という近代世界に向けての日本の変革を方向づけ、性格づけていった重要な政変である。」「薩長両藩の討幕派という武力的政治集団による政権奪取の政変であった。それゆえこの政変を歴史家は『王政復古クーデター』ともいうのである。」
政権奪取者は、便利なスローガンともいうべき神話を利用して、その神話としての「明治維新」を自らに都合よく政治的に現実化した。
「『王政復古』が武力討幕派によるクーデターであるならば、『王政復古』とはその政権奪取の政変を正当化し、慶喜ら公議政体派を政治的にも屈服させる政治的理念的な標語だということになる。たしかに神武創業という神話的古代への回帰をいう『王政復古』とは、この政権奪取者たちにとって理念的にも、また現実的にも最も望ましい政治標語であったであろう。なぜなら『王政復古』という神話的理念の政治的現実化は、すべて政権奪取者の恣意に任せられることになるからである。」
政権奪取者が行った神話としての「明治維新」の政治的現実化が、それを「王政復古」として覆い隠し、われわれが近代化の別のあり方を考えることを不可能にしてしまう。はたして、「王政復古」という呼ばれることになった明治維新は近代日本の正しい始まりなのか、という脱神話的問題提起がここでなされているのである
私は子安氏の講義を聴き、神宮外苑聖徳記念絵画館を見学したが、そこに掲げられた饒舌な説明の言葉に沈黙させられた。「明治維新に始まる近代国家日本の形成過程が明治天皇の聖なる事績として絵画化され、「壁画」群として展示されている」。日本人が希望をもって、これら「壁画」群を観るために集まる未来とはどういう未来だろうか。「壁画」群に、公国家を超える天というものはみえない。薩長を中心とした「私」としての有力な封建的権力である連合反幕の運動が表象するものは、「明治維新」が「王政復古」であるという言説である。一方、武力的権力奪取クーデターに先行するかたちで、横井小楠の「天地公共の道理」において説かれたような、西欧と対等で自立した普遍性に依拠する別の言説が幕末に存在していたことが、次章にて論じられる。
子安氏は、「明治日本の帝国的国家形成を『王政復古』天皇親政』という歴史的理念の実現史として描き出す」「壁画」郡を、「『王政復古』と題されたスキャンダラスなクーデター的事件の始まりというべき場面の図」と分析している。
この「事件性を島田墨仙は岩倉具視の野卑な権謀家的風貌の上に表しているように私は思われる。その岩倉に正面して座する山内容堂の端然たる姿に画家はむしろこの歴史的事態における正しさを写し出しているようだ。」そして、「津田の明治維新をめぐる諸論によってはじめて、『王政復古』が武力討幕派の策謀によるクーデターであったことを、そしてこの事件が日本近代国家史の上に重大な刻印を強力に捺していったことを知ったのである。」つまり、津田にこのことを教えられるまで、子安氏は「王政復古」を「明治維新」と等置して疑うことはなかった、というのである。
「『維新』的近代の幻想」では、聖徳記念絵画館に端を発した、いわば、イメージの「王政復古」批判から、国史教科書の「王政復古」批判へと議論は展開され、昭和戦争時の国史教科書「初等科国史 下」(昭和十八年三月発行の「明治の維新」章の「王政復古」についての記述が取り上げられる。そして、「この『国史』教科書は、聖徳記念絵画館とともに、『王政復古』天皇親政』的史観が昭和日本の制作物であることを告げている」ことを説き、「だが明治維新による日本の近代国家形成を『王政復古』天皇親政』的理念の実現と見るような史観は、一九四五年の皇国日本の敗北とともにはたして消滅したのだろうか。」という問いをわれわれに突きつけるのである。
戦後の日本人にとって「明治維新」とは何であったのか。子安氏によると、大学紛争は「近代の政治・社会制度的な遺物としてある大学の学問的制度的体系を解体的」に批判した。そして、生じた問題とは、「原理主義的性格を持った闘争」に導かれた学生たちの解体的批判が、内部抗争と暴力と自滅の末受けることとなる制圧ののちに起きた「合理的経営体であることを要求する大学改革」の結果、大学が持つべき抵抗する知という内部の力をも失わせてしまったのではなかったか、ということである。「明治維新150年」を迎えた現在、「明治維新」に始まる「この近代」そのものを問うことがない日本近代史家のような歴史家たちによって、ジャーナリズムとアカデミズムは「明治維新」を「蝶蝶と」語っているだけであるという。ネットに、「明治維新、万歳」の声もないが、「書店を賑わす明治維新関係書」は、この50年で大学の知の発する言説の質が変容したことを物語っていると言わざるを得ない、という。
津田左右吉によると、江戸時代は事実上の象徴天皇制だったという徳川幕府が政治権力をもち、京都の天皇は文化権力をもっていた)天皇が政治権力をもつのは王政復古というクーデターの明治維新からである。幕末に至って、「誤った勤王論が一世を風靡し、その結果、いわゆる王政復古が行われて、皇室を政治の世界にひき下ろし、天皇親政というが如き実現不可能な状態を外観上成立させ、したがってそれがために天皇と政府とを混同させ、そうしてかえって皇室と民衆とを隔離させるに至った」。子安氏は、「津田の反討幕派的維新観が党派的な非難をこえた根底的な批判を『王政復古』的明治専制政府と国政に向けてなされていることを知る」という。さらに、「昭和の天皇ファシズムによる軍事的国家の成立を『王政復古』維新と無縁ではないと考える」子安氏は、「津田の維新をめぐる論考を大きな助けとして『明治維新一五〇年』を読み直したいと思っている。」という。つまり、昭和十年代の全体主義に帰結した「明治維新150年」の読み直しは、必然として、津田左右吉の「ラディカルモダニズム」の読み直しを必要とするのである。津田の思想が示唆するもう一つの近代に、現在の政治の行き詰まりを打破する論拠が存在するのである。
 
こうして、「『維新』的近代の幻想」は、思想史の自己像を示しているのであるが、フーコーは 「言葉と物」の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えている。
「つまり、すでにしばしば彼(注、ベラスケス作の「侍女の間」の画家、つまり、言説を書く主体)の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像(注、王と画家自身との関係)がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(「言葉と物」)
 

津田左右吉永久革命的 な「ラディカルモダニズム」と和辻哲郎の国体的な「祀られる神は祀る神である」という思想は、思想史的言説を形成する双極をなす。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、音声中心主義の論理平面からみると互いに補完し合い、言説の、言説上に構成される思想史の自己像の差異なのである。つまり、津田の「ラディカルモダニズム」と和辻の「国体論」とは、生と死における関係のように二項対立的に対立している。これらを脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして、子安氏においては、江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から始まり思想史を読み直すことが要請された。そこで、明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として、言説的に再構成される。また、開かれた文化である漢字文化圏の近代としてのアジアが、方法的に読み直されるのである。

横井小楠という変革期の「精神の器量」

「第二章  明治は始まりに英知を失った  横井小楠と『天地公共の道理』」子安宣邦氏著「『維新』的近代

明治維新の近代を批判的に語ることができなくなってしまうのは、明治と江戸を分割することによって「言語の拡散」(フーコー)が起きていることによるのではないか。五カ条の御誓文も拡散した言語としてだけ残っていて、もっぱら明治に確立したものの見方からのみ理解するため、意味がわからなくなる。明治維新の近代を批判的に語るためには「言語の集中」(フーコー)が必要となる。変革期におけるものの見方を知るためには、ここでは江戸のものの見方について考えなければならない。明治維新に確立したものの見方のなかに、それとは異なるものの見方として横井小楠の思想が見出せる。
横井小楠は、「長崎に来航したプチャーチンとの交渉に」派遣された「開明的な幕臣」の川路聖謨に書き送ったといわれる「夷虜応接大意」のなかで、公武合体論を唱え、「有道無道を分かたず一切拒絶するは、天地公共の実理に暗くして、遂に信義を万国に失ふに至るもの必然の理也」と説いた。「信義をもって通信通商を要求することは公共の道理であってそれを拒む理由はない。『理非を分かたず一斉に外国を拒絶して必戦せんとする』過激攘夷派の主張は、鎖国の旧習に泥み、公共の道理を知りえぬ必敗の徒の主張での思想である。」つまり、その思想は「鎖国的な一国的割拠見」に依存するのではなく「変革期の基準として機能する理念」であると子安氏は読み解く。「天地公共の道理」の言説は、薩長の各藩が勝手に戦い自分の軍事力を高める一国的割拠を否定するものである。私には、これは伊藤仁斎朱子の克己復礼の教説を脱構築的に注釈したものにみえる。横井小楠は天下的公の儒者であり、その「儒者的英知」によって「グローバルな視圏の拡大」が可能となる「精神の器量」がもたらされた。
彼に、「幕府諸藩の体制維持に収斂する政治的思考と行為とを『私事』『私営』と断ずる」普遍的な公共の視点をもたらしたのは、幕府によって広められ文明論的展開をもたらした書物の「海国図志」であった。ここで、子安氏は、彼の「実学」が道徳的内面性に裏打ちされ、変革期におけるものであることを見逃さない。私には、変革期における道徳的内面性が、自らの中に閉じてしまうことを許さない天地公共の明確なイメージを持つ必要を促した、とみえる。こうして、われわれが横井小楠を考えるとき、早すぎた近代の超克に行きつかざるを得ないのである。


鈴木雅之を発見することの意義

「第三章  なぜこの農民国学者は遅れて発見されるのか 農民国学者鈴木雅之と『生成の道』」
 
天保8年(1837年)下総利根川畔の農村に生まれ、明治4年に35歳で逝った鈴木雅之は「遅れて発見される国学者」である。ちなみに、鈴木雅之の名前をネットで検索してもほとんど情報を得ることができないのが現状である。子安氏は「農村の生んだー国学者」である鈴木雅之が著した「撞賢木」の「総説」より次の言葉を引く。
「凡そ世(世界)になりとなる(生々)万物(人は更なり、禽獣虫魚にいたるまですべて有生のたぐひ)尽く、皆道によりて生り出づ(道のことは下にいへり)。道ある故に、世にある万物は生り出たるものなり。」
「人もとより道を行ふによりていけるなり。いける故に道を行ふと思ふは、反(かえ)ざまの惑いなり。(人此の惑ひある故に道と疎くなりて、ややもすればはなればなれになるなり。人と道とは然はなればなれになるものにはあらず。道を全く行ひ得ると行ひ得ずしてかくものとはあれども、いけるかぎりのものは、たれも皆しらず行ひてあるなり。全く道を棄絶ていけるものは、更にあることなし。)」
そして、子安氏は、「生成の道の根元性をいい、地上の生活者をその生活による道の遂行者」であるとする「生活者の思想」に行き着き、「(平田)篤胤ら国学の先達に」回答を与えた、この農村の「異様な向学心をもった少年」、「異常の一少年」に驚き、「同時にこの少年を生み育てた江戸後期下総の一農村に驚くのである」。
江戸時代の「参勤交代が作り出す政治的な全国的ネットワークは、同時に経済的ネットワークをなし、文化的ネットワークをも構成した。さらに幕藩体制社会にとって重要なのは都市と農村とのネットワークである」、「儒学国学蘭学、心学などなどがこのネットワークによって全国的な学派、門流を成していった。ことに一八世紀後期から一九世紀初頭の江戸社会にあって、江戸と地方農村の豪農層を通じてのネットワークの形成とこのネットワークによる著述の販売と教勢の拡大を意欲的にはかったのは平田篤胤とその学派的中心気吹舎(いぶきのや)であった」。鈴木雅之は生成の道の根元性から、ネットワークとしてグローバルに繋がる活動性の意義を考えた。ネットワークを語るのは、文化的ネットワークに依拠して学んだ彼の経験による所が大きいのではないだろうか。
ここには、近世江戸社会に脱階級的な知識・学問が展開と普及をなし、書物の存在が自発的学びを創り出し、多孔性のネットワークとして発展していた状況がみえる。子安氏は、60年代の終わりの時期に、「日本の名著」(中央公論社)の一冊としてとして「平田篤胤」の巻の構成と解説の仕事に取り組み、篤胤の「霊能真柱」を軸に、佐藤信淵の「鎔化育論」と鈴木雅之の「撞賢木」を添えて、「国学コスモロジーとその展開」をテーマとすることを構想する。
「<外部性>という思想的テキスト解読のための方法的視点を自ずから私はドイツ滞在によってもったのである。ドイツから読むことによってはじめて私が顕幽二元論的構成をもち、救済論的課題を内包した篤胤コスモロジーの意味を読み出すことができたのである。やがてそれはポスト構造主義的なデイスクール分析の方法として80年代以降の私の思想史を導くことになる」。
「このドイツ滞在は私に篤胤を再発見させただけではない。鈴木雅之という農民思想家を発見させたのである」。
鈴木雅之を発見することの意義は、この章の最後の子安氏の言葉に集約されている。
「国家的神(現人神)の原理によって丸ごと作り上げていった近代日本は、」「生活者の思想をうもれさせることによってその国家的運命を遂げていったのである」。

石田梅岩を讃える

「第四章  形は直ちに心と知るべし  梅岩心学をどう読むべきなのか」

 
江戸の武士政権によって、天皇・貴族・寺社が独占してきた学問にアクセスできるようになった農民や町人の中から、心学とその運動を創始した石田梅岩(1685‐1744)のように、形而上学を構築するものが出てきた。こうして、17世紀にアジアの知識革命が起きたといえる。これは特筆すべきことである。しかし、この「学び」の脱階級的な意義を明治国家と和辻哲郎の人倫国家は理解しなかった。その理由は何であろうか。
この問いには、なぜ「明治維新の近代」の考察で石田梅岩を取り上げるのか、という問いが答え得る。近代は、前近代をして自己を実現するぐらいのものとしか考えないが、これは自己正当化の認識のとんでもない傲慢かもしれない。
例えば、薩長の王政復古のクーデターによって天皇にすべての権力を集中させて成り立った明治維新の近代は、江戸時代の理想を実現することに失敗した、と考えてみたらどうだろうか。実際、明治維新は新権門体制を確立して不平等を拡大させたのではなかったか。では、江戸時代の理想とは何か。差別のない世の中という理想である。一方、同時代の西欧のように差別を無くしていく社会的方法を具体的に論じることは、政治権力をもつ武士政権を批判する危険な行いであったから、商人出身の伊藤仁斎はそれを道徳的に議論した。また、形而上学的に平等とその意味を考えたのが、農民・商人出身の石田梅岩であった。江戸という時代は商人と農民が学問をした時代である。特権階級である天皇・貴族・寺社から奪った学問を、武士は商人と農民に与えたのである。
 
農家に生まれて、京都の商家へ奉公に出された後に心学を創始した石田梅岩は、「形は直ちに心と知るべし」と説く。ここでいう「形」とは、「真の<人間的平等>への心学的苦闘」を続けた石田梅岩が、商人の人間的・倫理的価値主体の確立を意図したときに出てきた概念であり、「社会的存在としての人の具体性」をいう。「その存在の具体性において、その存在に求められている行為を端的になすことを『形ヲ践(ふ)』むというのである。」そして、「心ノ工夫」という精神をいうことによって、「現に、<形>としてある自己を、自然必然的な存在と観ずる自己否定の能動性が、その<形>に対応する<則>を没我的に遂行する主体、一個の倫理的主体を成立させるのである」。朱子は「気が直ちに道理だ」と言った。つまり、形とは、具体的な存在のあり方であり、天から与えられた、と子安氏は読む。伊藤仁斎のように、(ただし朱子の思想的枠組みを棄てることなく)石田梅岩朱子の「克己復礼」を彼なりに解釈したらしい。「形は直ちに心と知るべし」は目覚めの契機を指示しているのが、その心学の面白さである。
 
「武士的主従関係における献身的な<臣>のあり方を一般化し、『総ジテ重モ軽モ人ニ事ル者ハ臣ナリ』と商人の実践的な主体のあり方をも<臣>ととらえるのである。そしてかく商人を<臣>ととらえることによって、献身的な臣の能動性と倫理性とを商人的主体に保持せしめようとするのである。」
「私がここに見ようとするのは、この<心学>としてはじめてなしえた商人の人間的価値主義の確立である」。
 
「梅岩が商工業者を『市井ノ臣』ととらえたことはよく知られている」。
「梅岩は士農工商をいずれも<臣>ととらえ、商人が臣として相事するのは<天下>であるという」。
 
ここで、子安氏は葉隠の武士道のパトス(家光の死以降殉死が禁止される)に注意を促す。武士道のパトスの知が商業の取引の場で実現していくのではないかというのである。ここで、パトスが武士から商人へ移動する関係のダイナミズムを観察できるかもしれない。「君ニ事(つかえまつ)ルヲ奉公ト云、奉公ハ我身ヲ君ニ任セテ忘レタルナリ」(『石田先生語録』巻八)という献身の忘我性の強調は、武士と商人の間に共通のパトスがあることを読み取ることができる。

MEMO

「「製作する(produire)」という言葉のなかの「u」という文字は、「製作する」のなかに「語る(dire)」が入り込むのを妨げているだろうか」(ゴダール『映画史』1998)。ここでゴダールが語っているのは、外部性をもった制作のポストモダンである。外部の思考から投射されたグローバルデモクラシーの国家も制作される。これは決してポストモダンモダニズム化などではない、浅田彰が語るようには..


「自然」(朱子学)は思考の対象がある。制作される思考の対象が可能となるのは名(命名)によってである。仁斎論語、『朱子語類』(理気論と鬼神論)、徂徠『弁名』の順番で読むとこういうことがわかったでぃ、「自然」(朱子学)と作為を切り離すことはできない、丸山真男のようには



源氏物語』は「感じる心」の享受者と共に何重のメタレベルがある。ゴダール『軽蔑』のポストモダン的美学みたい。だが近代は作者と作中の源氏、宣長をプレモダン的主体に還元する



魂、それは一つの政治解剖学の効果であると同時に道具である。魂、それは、身体の監獄なのだ。-フーコ『監視と処罰』-


コモンズという原理はイギリスにまったく無いものだからこそコモンウエルズを構成するということか。溝口雄三「中国の衝撃」のなかで言われていたことと類似している見方である。ネグリ&ハートのコモンウエルズは、世界資本主義の分割である帝国(例、拡大EU)とは別のあり方が表象される。新たにコモンウエルズと名づけられるものは制作されるというべきかもしれない。しかし現在のBrexitの英国の方向について言えば、それはEUを脱退するそれはアイルランドの地域紛争の解決を台無しにするような大英帝国の復活ではないか。非常に心配している


久しぶりに歌舞伎に来た。近松作「傾城反魂香」の絵師達。名画から抜け出た虎を消す。描いた絵(自画像)が石から抜ける。これは何だろうかね?身体的自然を以て外から自分のものにする芸のイメージと関係していないか。わからないけど、絵師の舞を見ながら、礼楽は道芸だと言った徂徠の言葉の意味を考えていたな



アイルランドで制作された映画。詩人は夢の中で彫刻家である。野原の石の塊が考える彼に問う。「いつ私を外に出してくれるんだね?」と。復古主義でも擬古主義でもない起源的自己像


Postcard from Tokyo とはなにか?道義的責任なき、何を言っても通じないような乱世だ。ホー、梟猫は国内亡命の場所をさがす、Go to exile ニャリ


「バベルの穴」とカフカが言う文は「バベルの塔」を対象としてもたない。動詞「作る」にかかわる言及である。国家なんてものは人々の要求に応じて何度でも制作されるそれだけの物


「絵を描く」というけれど、行っていることは「描く」とどうかかわるのかであり、「描く」についていかに解釈するかということではないだろうか。「描く」は、芸術の政治から自律してある自らの近代的なあり方を含んでいる。この近代の自明性を批判的に問うにしたがって、「描く」の自律性は透明性を失う。「描く」は「書く」となっていく


クレーによると、「可視的にする」、あるいは宇宙の一端をとらえるためには、事物の観念に純粋で単純な線を結びつけなければならない。線の数を増やし、事物全体をとらえても、混信と雑音以外に何も生まれないというのである。――(中)p388


昨夜の能『綾鼓』の謡曲はスゴイとおもった。ひたぶる心。嗚呼、思いを遂げられぬ精神(=亡霊)を媒介に、見えない-聞こえない世界の上に宙吊りになっているこの世の端に私はいた


「アルシーヴとは、その全体性を記述することの不可能なものであり、その現在性を回避することの不可能なものである」(フーコ)。わたしは、「アルシーヴ」とフーコが呼ぶものを理解しているだろうか。多分十分理解していない。だが鬼神論を考えると、丸山真男が想定していたような儒学国学の間の明確な境界とか、音声中心主義のゼロからの出発として表象される主体でなければ意味をもたぬ弁証法の全体性の記述は不可能だったのではないかとおもう。また「アルシーヴ」の「現在性」との関係においては、何かを言うとすれば、エクリチュールの普遍主義に対する分割できない自立的運動が徳川日本に存在していたのである


d'objets de notre pensée ou de notre intuition 


ON the LINE

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曖昧な観念に明確なイメージを衝突させよ。思想史の観念に思考のイメージを衝突させること。ここで思想史は思考のイメージに先行する。思想史とは差異化の運動。それは音声中心主義のラディカルモダニズムの生とは違う。寧ろその死から、精神は自らが声の永久革命的否定の時間の曖昧さに従属していないかと問い、思考の明確なイメージを要請するものである。時間的順序でなく論理的順序の思考のイメージを。だから江戸思想が先行する。そうでなければ、明治における清沢満之の思想を朱子の『論語』はこうであるかもしれないとして考えることができないのである


歎異抄の近代」講義の板書より


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道義的責任を喋るが罪悪感がない。そもそも歴史修正主義者アベは心の中から神(理念)と罪悪感の全てを追い出した。こんな人間を作った、昭和とは何か、問われるべきはこれである


ヨーロッパの極右翼のことが言われますが、一応戦争責任を裁いた後に、出てくる極右翼です。比べると、日本の極右翼は戦前とまったくおなじ主張を語っているか、あるいはそのままのものを隠しています。戦争責任を裁いたヨーロッパの極右翼と、裁いていない日本の極右翼はおなじではありません。この意味で日本の極右翼は比べることができないほど危険だと思います。GHQの日本占領の期間が、冷戦勃発のために、短いものでした(ドイツの場合と比べると)。結局戦前の極右翼を撲滅できませんでした。その証拠に、戦争犯罪人が政界に復活しましたし、その戦争犯罪人の孫による最長の政権が成り立ってしまったのですね。天皇についてですが、左翼は戦後は天皇をゼロだとおもって問題にすることはありませんでしたが、よくなかったのではないかと思います。兎に角今日国体論的言説に取り囲まれてきた感があります。仰られるとおり、日本人の精神性は何かという問題を戦争責任に即してもっと考える必要があると思います。「日本人」もこの150年前に発明されたということもいっしょに考えてみたらどうかとおもうのです。


国家神道天皇の宗教的に力は日本人の精神性に深く影響を落としている」、そのとおりだとおもいます。この一文に続く文が表示されていない(読み込めない)ので読めませんが、この一文に、全部の問題が集約されているのだろうと思います。たしかに「神道指令」に限界があります。神社本庁について言及なさっておられましたが、国家神道は、彼らの言い分ですが、政教分離の原則をもっているのですね。「キリスト教や仏教は政教分離をまもれ」と言うのです。国家神道はどうなのかといえば、自分たちは宗教ではないという考えです。「神道指令」では宗教だということになっているので、自分たちは宗教ではないという認識を隠していると言わざるを得ません。何かというと、彼らの説明では、国家神道は国家なのです。伊勢神社ー古代天皇から統治権の象徴である三種の神器をあずかっているーは、憲法と権力分立より上に立つというとんでもない教義をもっているのです。したがって憲法からは制約されないとおもっているようなのです。アベは伊勢サミットをやったのですが、キャメロンとオバマの信教の自由をおかしても、どうしてもやらなければいけなかったのです。国家祭祀は、明治憲法に書かれなかった天皇の死者を主宰する権力と結びついています。天皇を通じて、「祀る国家は戦う国家である」という物の見方が成立していました。日本人の精神性について話を戻すと、ここらへんに責任があるのは本居宣長ですね。日本人は宣長が好きで評価も高いのですが、国家神道の言説を準備した宣長の仕事の部分は無視されるのです。しかし宣長をほんとうに評価するならば全体をみる必要があると思います。


この教説から逃れられなくなるとき、精神は古代よりほかのことが不可能だとおもってしまうのではなかったでしょうか。これが天皇ファシズムです。軍国主義と結びついて、アジアで2000万の命を奪いました。しかし最近は、国家神道の問題は明治初期に新政府に神祇官が入ったときだけに起きたとする考え方がアカデミズムで有力になってきて、靖国神社としての日本人のアイデンティティーという起源が言われるようになってきたのは驚きです。ヤバイですね。腹が立ちます。そもそも国家なんてものは古代の起源をもっているわけではありません。国家は人々の要求に応じて新しく制作できるのです。実際に、下級武士たちが推進した明治維新における国家祭祀の近代(明治維新の近代)も制作されたでしかありません。このことを知っていれば、いまの政治に対して批判的に相対化できるのではないかとわたしは思います。アベがやってきた、また首相復活のときやるであろう公式参拝を禁止して、言い換えると、戦前との連続性を回復させるような国家祭祀の復活を禁止して、平和と隣国との関係を大切にする国家が制作されるまでは、わたしは国内亡命の場所を探しています、Go to exile ですかね(笑)

強力な共和主義の理論を考えようとおもって遠くアイルランドに行ったはずでしたが、東京に戻ってからはすっかり怠けていて、あまり進んでいません。しかし国家祭祀を止めること(戦前との連続性の回復を止めること)の認識をもつことが答えだとだんだんわかってきました。知識人がやらなければ、われわれがやるしかないでしょう。将来的には、天皇制を廃止して、そのとき一番いいのは、京都に帰ってもらっていたてですね、天皇博物館の永久館長にでもなっていただくのがよいだろうとおもっています。博物館にどうしょうもない天皇抑止論のコーナーももうけていただいてですね


「弔う」と「祀る」の差異


昨年大学の後輩が過労死しました。会社がやったであろう葬式には行きませんでした。「弔う」ことができないようにおもったのです。「会社のために命を捧げくれた」というような言葉を聞いたら、これは、「弔う」べきところを「祀る」ようなものです。「祀る」場所はどこまでも会社です。「弔う」とは何でしょうか?「祀る」と「弔う」を比べてかんがえてみたいのですが、「祀る」は主語(=主体)が目的語をもっています。国家が主語(=主体)で、国家自身が目的語であることだってできるのです。そうして『万葉集』の古代から、日本知識人は自らを「祀る」天皇に深く同一化してきた歴史をかんがえます。国家祭祀の国家は誰のためにも祀ることはありません。国家は国家自身を祀るだけです。ここから、国家に命を捧げたかどうかによって死者の間にヒエラルキーをつくってしまうのです。さて「弔う」は、なんか中動態の話みたいにするわたしの勝手な解釈ですけど、直接目的語をもたない感じですね。目的語「を」が重要ではないと言いたいのです。「弔う」は、「弔う」という動作に関わる関わり方がいわれるのです。「ーのために」が重要です。「弔う」は、外部である「弔う」場所こそを世界の中心にするような、死者の息の振動のなかで自らのために再構成するあり方をいうのではないでしょうか。


外部である「弔う」場所こそを世界の中心にするような、死者の息の振動のなかで自らのために再構成するあり方ー火ここになき灰に、自らの力が及ぶものに在ることー記憶イメージが必要とされるのは曖昧な観念に留まることができないからー祀ることに、自らの力が及ばない国家祭祀に委ねることはできない


小田実「日独ばかりでなく多くの国々の人たちとともに、新しい未来をつくるための努力をすることによって、過去の死者たちを弔いたいと思います」(87年5月ベルリンのプレッツェンゼー処刑場跡で、ナチスに抵抗し殺害された人々に花輪を捧げたときの談話)『西ベルリンで見たこと日本で考えたこと』1988


書物からAIまで記憶は人の力の及ばないものをすみかとしていくよう。文学は、神ミューズを前に、最後に記憶した人間は誰だったか?と尋ねる日がくる。魂は帰る場所がない


ホー、もしコロナが難しいのは地球環境に関係があるからとしたら?梟猫は予言するー根本的対策もないまま我慢すれば元に戻ると考えるような発想が人類を滅亡させるのではないかニャ


カント以後、有限性の問題が表象の分析(それはもはや有限性との関係において派生したものでしかありえない)より、より基本的なものとなったのと同じように、リカード以後、経済学は、多少とも明瞭なやり方で具体的諸形態を有限性に与えようと試みる、一つの人間学に基礎を置くわけだ。-言葉と物-


〈批評〉というものが,その本来の姿において,存在し,価値を持ち,〈詩(ポエジー)〉にほとんど比肩するのは――〈詩〉に対しては高貴な補完作業をもたらすのだ――,直接的あるいは崇高なる形で,批評もまた森羅万象あるいは宇宙といったものを目指すことによってのみである.マラルメ


戦後からは検察は経済検察になりました。ロッキード事件のことはよく覚えています。が、思想検察を本当にやめたのでしょうか?大杉栄を殺戮した検事の甘粕は昭和の陸軍ファシズムの青写真です。アベは長州の陸軍ファシズムを称えているのですから、検察はこの男をこんな感じで歓迎していたかも。「先生、ご苦労です、先生、これは形だけの取り調べですから。逮捕したいとおもっている、先生の敵である名簿はこちらです」と。われわれが考えているよりも、全く新しい天皇教を構想している日本会議が応援する歴史修正主義者が検察の権力を掌握している可能性がないのでしょうか。陰謀論でしょうか?そうかもしれません、私のおしゃべり、過剰な深読みでしょう。ただ、戦前と全く同じことは起きないでしょうが、総理大臣のときに行ったこれほどの買収を容認してしまうようでは民主主義の要である選挙そのものを無意味化していると言わざるを得ませんね。すると何が起きてくるのでしょうか?われわれはナイーブすぎないでしょうか


多孔性としての襞

Le Pli est poreux

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ヨーロッパは自己を神話とリアリズムによる語りにおいてきた。問題は、神話とリアリズムの公の世界を以って、神話でもリアリズムでもない自立したい私の世界を覆い尽くすような近代の語り。


ヨーロッパは自己を神話とリアリズムによる語りにおいてきた。問題は近代の語りである。神話とリアリズムの公の世界を以って、神話でもリアリズムでもない私の世界を覆い尽くすのか?スティーブンの心の中に公の世界を読むようには、ブルームの心を読めない。私の世界に公はなく公の世界に私がないような『ユリシーズ』(ジョイス)の自立したい私は天を仰ぎ見るだけだ。さて小林秀雄は戦後のマルクス主義が終わった思想史の中で大切な役割をはたすが、本居宣長を読む解く彼の失敗とは多分こういうものだったかもしれない。公の世界に属する『古事記』に私の世界の「古人の声」を聞くことはできなかったし、反対に、私の世界にある本居宣長の心を一生懸命追いかけて公の世界である「日本人の心」なんてものをみつけることはあり得なかったのである。同一性に差異は存在することがないように、差異に同一性が存在することは不可能である。


京都学派の「近代の超克」なんて、ヨーロッパで議論されていたものを再語りした非常に陳腐な対抗西欧の近代の枠を出ないもので、現在未だ日本の教科書にあるように古代史から始まる歴史の見方にとらわれているのは残念でしょうがない。アイルランドも近代の超克があったが、このヨーロッパの周辺に位置する国の近代の超克はヨーロッパの中心のひとつであるイギリスとは違う。ここではステイーブンのグローバルな言語(英語)に苛立っている様子が書かれているが、ジョイスの「魂」はアイルランドにおける対抗イギリスの近代に苛立っている。それは何かを考えることはわたしには過大なテーマで、結局アジアの周辺で近代の超克を考えてみようということになったのである。『朱子語類』の現代中国語訳ー近代の嘗てはオリエンタリズムだったが、ポストモダンの今日では英語のリベラルや革命思想が自明に読んでいるーにイライラするようになった。注釈した江戸思想の言語が消されている問題を少しずつ理解している..

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“I identify myself in language, but only by losing myself in it like an object. What is realised in my history is not the past definite of what was, since it is no more, or even the present perfect of what has been in what I am, but the future anterior of what I shall have been for what I am in the process of becoming.”

― Jacques Lacan, The Seminar of Jacques Lacan: The Four Fundamental Concepts of Psychoanalysis


日本は朱子学や鬼神論の影響下にあるのにどうしてわれわれは人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことはなかったのかと子安氏は問う。明治維新の近代はアジアの形而上学宇宙論を消し去ってしまった。それに代わるものはなにか?それもだれもわからない。多分わからないでいるのは、国家祭祀の近代がそれに代わるものを吸収してしまったからだろうか。近代とは何か?ラディカルモダニズムにとって、音声中心主義的な永久革命が生であり、その終止符が死である。ラディカルモダニズム皇国史観を否定できた。物事は表と裏がある。問題は、その生が知識人否定のファシズムに関係するような危険である。この問題は、人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことがない限り、解決されないのではないか。結局後期近代のわたしは思考の欠点的な不足に直面している。「方法の江戸」と「方法のアジア」の間に、多様性と平等性の間に、近代の死からわれわれの方を見つめてくる精神が語る鬼神論が存在する、と、かんがえてみたら一体どんなことが言えるか?まあ来年の課題である


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自民党のアベ政権のときは宗教の自由を抑圧しました。スガ政権は精神の従属を強いる体制です。彼は内容に関係なく政府の方針ならば何でもしたがえ、私みたいになれと思っているの?


アメリカ民主主義を、報道と言論の自由をトランプは破壊してきた。この問題の解決は再び、言論の自由を破壊してきたトランプに委ねるのか?不可能だ。people が解決すべきだ


フランス革命は、従来人間の政治領域における基本概念であった自由と平等に博愛を付け加えましたが、この博愛は18世紀に不運な人、19世紀に悲惨な人と呼ばれ抑圧、迫害、搾取され、傷付けられた人々の間に自然な形で存在していました。

ハンナ・アーレント『暗い時代の人間性


Think you are escaping and run into yourself. The longest way round is the shortest way home 

Joyce


完全な頓挫。果てしのない苦痛。  

カフカ 日記1915年


形而上学ー目に見えぬものを考えるーも倫理がある。階級意識と民族ナショナリズムから記憶されなくなったような他者ユダヤ人ー火ここにない灰ーの場所を含むものでなければならない


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Jacques Derridaの『火ここにない灰』も、鬼神論だとおもうよ。形而上学もギリギリ倫理性をもっている。それは、そこに(là)目に見えないものを考えるときは、記憶から消されてしまった他者の場所を含むこと。文は他者を直接目的語化しないあり方に間接的に関わるというか、でもただここで中立的に文法の話だけをしているのではない。おなじ所にあって違うものが先行するようなエクリチュールの問題だとおもう


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“La différence et le jeu de la lumière pure, la dissémination panique at pyromane, le brûlé-tout s’offre en holocauste au pour-sou; gibt sich dem Fürsichsein zum Opfer. Il se sacrifie mais c’est pour rester, assurer sa garde, se lier à lui-même, strictement, devenir lui-même, pour-soi, auprès de soi. Pour sacrifier, il se brûle.”

Jacques Derrida


しかり,紙を折ること,およびそのことがそこに作り出す数々の折られた内側,というものがないとすれば,黒い活字となって散らばったその暗闇が,指で〔ページを〕ひろげたとき,その表面に,神秘の破片のように広がることの一つの理由を明らかにすることはないかもしれない.

マラルメ


「もともと、当然のことであるのだが、神々はあらゆることのうちで最も優れた最も大切なこととして、心像の正しい使用だけをわれわれわれの力の及ぶところに置いたが、残りのことはわれわれの力の及ぶところには置かなかった。」


訳註: 心像(パンタシアー)は「表象」とも訳される。...クリュシッポスによれば、心像とは、「魂に生ずるとともに、それを惹起したものをも、自らのうちに指し示す情態」...


ー第1巻第1章 われわれわれの力の及ぶものとわれわれの力の及ばないもの


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哲学で考えるべき事柄を敢えて古典語の文例で分析される「中動態」の文法論で考えるのは、不正確でも概念は成り立つポストモダンのマイナーな戦略なのに、古代スゴイとなるのかしら


ポストモダン時代の寵児、ヌーヴェルバーグは作るオリジナルに絶望し切っている。「感化の大きな運動」とその「思考の形式」の自律は、矛盾したアナーキーな受容的心性の自己主張


For me personally, Wittgenstein was perhaps the philosopher who, besides Russell and Frege, had the greatest influence on my thinking. The most important insight I gained from his work was the conception that the truth of logical statements is based only on their logical structure and on the meaning of the terms. Logical statements are true under all conceivable circumstances; thus their truth is independent of the contingent facts of the world. On the other hand, it follows that these statements do not say anything about the world and thus have no factual content.

- Rudolf Carnap (1963), Intellectual Biography. The Philosophy of Rudolf Carnap,

 ed. by P. A. Schilp, La Salle, Ill., Open Court


荻生徂徠ケインズが金本位体制の国家とは別の国家の制作を考えたように幕藩体制とは別の国体論的天皇制国家の制作を考えた。これを知ればグローバルデモクラシーの国家を作れる


政策と制作は違う。政策は国の政策のこと。制作は国をも制作する。制作は新しくなにを言うかが大切となる。ただし過去に言われていたことを初めて言うことになるのだし、また初めて言うのにずっと言われていたとするのである。学生でわかっているのはおまえだけだと言われた。長谷川如是閑を再発見しようとする大学で英米法を研究しなくていいから彼の制作論を研究しろと教授に勧められた。しかしこれは無理だとおもって断った。独学しかないが、なにを読んでいいのかわからない。68年から近代の意味を問いはじめた本のなかで荻生徂徠について分析した新しい本を読みはじめたことは間違っていなかった。メチャクチャ要領が悪いので結局30年以上要して制作論の入り口に来た..


昨日の講座「徂徠「制作」論の成立とその射程」(子安宣邦氏)は制作論の意義を考えた。現在それについてわたしの理解を書いておこうとおもう。先ず言っておきたい点は、グローバル資本主義が齎す格差拡大と環境破壊は国家によっては解決できない点である。解決の為には一国的知の外部に立つ制作が要請される。先ずそれにグローバルデモクラシーの名を与えよう。

さて制作論とは何か?『弁名』の荻生徂徠は、ケインズが金本位体制の国家とは別の国家の制作を考えたように、幕藩体制とは別の国体論的天皇制国家の制作を考えたのだ。これを知れば、1970年代から行き詰まった国家とは別の国家、現在グローバルデモクラシーの国家を作れる。だが吉本隆明和辻哲郎におけるように天皇の神話ー人間と人間が存在しない時代に遡行した起源とを結びつけるーに絡みとられてしまうと、制作また再制作は非常に難しい。神話にたいする反抗が必要であるとおもう。

丸山真男の思想史が自然(前近代)といおうが対抗的に作為(近代)といおうが、論理平面の同一的差異である。言語の集中が起きる平面で他者を介して非等質なものが近づくのは、後期近代におけるアジアのポストモダン的制作ではないだろうか。


王の肖像画を描く/書くのはヴェラスケスで彼の他に考える必要がなかったが、『弁名』の荻生徂徠は描かずとも、制作される国体論的天皇(国家)を書いていた。丸山真男の誤認だった


フーコが「先験的=経験的二重体」と呼んだものは、近代の人間のあり方を指す。それゆえに人間は誤認の場所にすむのである。この二重体は、グローバル主義と(それとは別のあり方に、思考できぬ自らの経験全体を奪回しようとする)地域主義との二重体として理解できるのではないか。後期近代は国家も根源的誤認の場所にある。色々問題がある


初めに言葉ありき。これは、ロゴスが論理的順番として先行すると言っている。言葉が先験性の光があまりに遠くに行くのをふせぐ暗闇の中に成立するのは、先験的=経験的二重体(人間)が根源的誤認を住処とするからだろか。究極的初めにおいて言語的存在である人間は存在する意味を問うーグローバルの加速化していく構造に絡みとられ無いように


スピノザは普遍主義精神の持ち主だからラテン語が得意だと言われていたが、ポストコロニアリズムの研究では慣れ親しんでいたのはどうも父祖のポルトガル語の方らしい(彼のメモをどう理解するかであるが、『エチカ』をポルトガル語で書けたらなあと書き記していたと解釈されるようになったのである)。単純ではない。聖書のことはよく知らないが、スピノザを読むと、彼が研究していたヘブライ語聖書では時には神が単数形、時には複数形だと指摘している。これは一見して矛盾だが、論理を哲学の問題であるとした。この問題については、スピノザは聖書の解釈を論理から自立している文献解釈学から考えたようだ。本居宣長は神を多元主義的に理解したのは、彼の文献学的解釈(『古事記』)においてであった。それは文献学的解釈であって哲学ではない。宣長を師とした平田篤胤が神学を哲学的に構築したのである。「神はカビ(迦黴)」ということを文献的に言うか、哲学的に言うかに大きな違いがあることは、わたしのようなものでも分かる。


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ギリシャ的真理を震撼させたのは、「私は嘘をつく」という言表だという。ここでフーコが問題にしているのは、言説「私は語る」のラディカルモダニズムの問題、すなわち音声中心主義の近代の問題。根源的誤認が経験的全体を奪回しようとして言説「私は語る」に絡みとられてしまう。ファシズム的表象が成立してしまうことだって。わたしは面白いと思っているのは、子安氏の江戸思想論のなかで宣長の「「神の御国」の人情論」がファシズムと関係のある言説として分析されることが可能となってくるのは、書記言語ー漢字とラテン語ーのもとで、グローバリズム(朱子学と普遍主義)を解体していく、多元主義の方向をもつ運動をみるかぎりにおいてであるということ

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天皇ファシズムの後に生きておらず単に明治維新の近代の後に生きていると考え、また日中戦争の後に生きておらずただ米国との戦争の後に生きていると思っているわれわれの問題。たとえば田辺元「種の論理」は普遍主義を超える本物の類と個が「媒介」によって成り立つというが、アジア二千万人の生命を犠牲にした「媒介」の正体とは何だったのか?


私は嘘を言います。でも安倍が平気で嘘をつくのは本当に不気味です。罪悪感のない怪物を前に検察は怖くなったのでは?「桜」の件とは別ですが、戦後文学は罪悪感を初めて書いたはずでした。が、歴史修正主義のこの男はそこにいません。これも昭和が作った人間です。心の外に罪悪感のすべてを追放したようにみえます


History says, don't hope

On this side of the grave.

But then, once in a lifetime

The longed-for tidal wave

Of justice can rise up,

And hope and history rhyme.

ーSeamus Heaney


幸徳秋水(1871~ 1911)の

老子』現代語訳 第1章(全文)


「人間が名を与えることを越えた無名の状態こそが、万物の始まりとしての真の道であり、同時にまた、やむをえず名を与えた後の有名の状態も、やはり万物を生み出す母としての真の道なのである。〔したがって〕、人間は無欲の態度に徹することによって目に見えぬ道を把え、同時にまた、有欲の態度に徹することによって姿形のある万物を把えるのだ。

この道と万物との両者は、同一の真の根源から出てきたものであって、名前(表現)こそ異なるものの意味(内包)は同じである。そこで、この両者を否定しつつ真の根源に向かって遡及し、その否定をくり返しながらさらに真の根源に向かって遡及していくならば、ついには多数の霊妙な宝物の蔵されている〔門〕にたどりつくであろう。」


老子』現代語訳 第4章(全文)


「〔一体、道という実在は空の器のようなものであるが、その働きはどんなに注いでも〕一杯になる〔ことがない〕。深々として万物を生み出す大本(おおもと)でもあるかのようだ。

この道は、それに向かおうとする人(修道者)が、己の〔鋭い頭脳を〕挫(くじ)いて、乱れた万物それ自体の中に融即(ゆうそく)し、己の〔知恵の光を〕和らげて、〔塵のような渾沌たる世界〕と一つになった、その揚げ句に現われるものである。〔深々と水を湛(たた)えて〕その奥底に存在する〔かのようだ〕。

わたしにはそれが〔誰から生まれた〕子供か分からない。どうやら世界の万物を生み出した天帝よりも、さらに古い先祖であるらしい。」


老荘の思想を面白く読ませてくれる立派な文ですね、感動しました。老荘の関心とは別に、詳しくわからないので間違ったことを言うかもしれませんが、文を読んで、アジア主義のことよりも、アナーキズムのことを考えました。日本ではアナーキズムというと革命のために一人一殺的な行動の人と理解されるようですが、しかしヨーロッパのアナーキズムの大きな特徴は懐疑精神のなかに生きる徹底性に、観念性にあるのですね。秋水はヨーロッパのアナーキズムだとおもいます。彼の先生である中江兆民アナーキズムではなくて未来を国家に託した思想家。フランスから帰ってきた後漢文と儒家的思想の勉強に取り組むのですが(フランス語を学ぶ学生に漢文を勉強させた!)、深読みかもしれないですが、幸徳秋水は兆民に限界をみて老子の現代語訳を通じて思索しているかもしれないと思いました。われわれの考えでは、秋水は、先駆的に、国家と対等な市民の思想を理念的に打ち出した思想家です。「修道者は...どうやら世界の万物を生み出した天帝よりも、さらに古い先祖らしい」で言われる「天帝」は明治国家が全権力を集中させた天皇を指していることは明らかです。民本主義を疑っていたでしょう


幸徳秋水は先駆的に国家と対等な市民の思想を理念的に打ち出した。これは、彼の思想を深く読んで得た見方であるよりも思想史の方法を以って五百年の視野からみえてくる見方である


ドナルド・キーン『能•文楽•歌舞伎』を読んでいたら、これはニューヨークのことしか書いていない本ではないかという疑いがどんどん膨らんできたのであるが、わたしの誤認か..


天皇を称える文化人は対抗西欧の近代をたたえる西欧をたたえる西欧中心主義で、30年前ぐらいにやっと産業革命が起きた世界の多数派を後進国とおもっている。結局物質的なのかしら


ふらふら歩いていたときマラルメの詩がわかった。真理はここにあり?帰って本を探した。無い。あった。押し潰されるように本とノートの一番底にある言葉はたすけをもとめていたんだ


スターリン主義は無誤謬の神話でしかなかったことが経験から明らかになったけれども、だからと言ってマルクス主義をゼロにしてしまっては何もかもゼロになってしまう危険もあるので(これも対抗的な真理の神話)、何を残しておかなければいけないと考えるとき、ほんとうにそれがレーニンであるべきなのかはわからないのですが、彼は社会主義の方向を考えたときフランス革命アナーキズムだったか国家主義だったのかを論じたことはたしかで、この議論に立ちかえるときに何とかみえてくるかもしれない国家から自立した市民的<私>のあり方に、林達夫が根拠地とするアイロニーの批判精神であるのでしょう。ただ林からはラディカルリベラルー大杉栄小田実的再構成ーがみえてくるでしょうか?わかりませんが、たとえ林達夫は忘れられても、彼が主張したアイロニーの批判精神は大切です。共産主義は、皇帝一国社会主義としてプーチンのもとで完成しつつあると考えてみることができるでしょう。アメリカと中国と拡大EUとともに、グローバル資本主義の分割である帝国をなしています。


哲学bot 

プラトン:人は何かを新たに学ぶのではなく、生まれる前からもっている徳(=知)を思い出すという想起説と物質の背後には永遠不滅のイデアがあるとするイデア論を説き、そこから肉体は滅びても魂は不滅であるとする。洞窟の比喩、倫理観、国家観、詩人追放論など後世への影響は絶大。



アイルランドのニューグレンジ。ここからは冬至の朝日が、日の出とともに古墳内に差し込む。どうも文明論のイギリス人が差し込まなければならないように再建した近代建築である


なぜニューグレンジが造られたかの新説。新石器時代後に昼の労働へ移行する。農耕は単調で退屈だ。夜の狩のノスタルジー。夜に生贄の儀式ー楽しかった狩のシュミラークルーが行われた


陰陽五行説は、紀元前3000年頃に成立した古代中国の陰陽思想と、紀元前2000年頃の五行思想が合わさって誕生したという。ニューグレンジも紀元前3000年頃に造られた


「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」という。古代は政治と芸術(詩と音楽)はともにあった(「礼」は政治である)。だが詩と音楽を作るものは道を知っていたか?道を知ることはほんとうに難しいのである。近代にはいって芸術は政治から自立していく。政治が収容所を語るようには、芸術は収容所のことを語らない。芸術は政治の言葉では語らない。芸術家は芸術の言語に依って語るから。もう後戻りできない。そうして、収容所のなかの囚人たちの演奏をレンブラントは見ていた、とゴダールは編集している。しかし果たして芸術の編集の力によっても、何が問題となっているのか倫理的に明らかにできているかどうかわからない。やはり難しいが、20世紀の問題は17世紀から考える必要があることを伝えているとおもう。17世紀とは宗教と芸術は外へ出て行く危機の時代、政治的統一に抗して


外部の思考が存在するゆえに言語が存在する。外部の思考のイメージは、ゴダールにおいては、エクリチュールとしての映像である。本の『映画史』は肖像画を書く。本をめくるときに広がる闇は無の署名である


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人間は消滅してしまった。しかし国家と対等な市民の思想を語る言説を考えるとき、幸徳秋水という人間を方法として表象してみる。そして敢えて問う、その人間は存在したか、と。大正に存在しなかった。1970年から存在するかもしれない。存在する。白紙の本を書く徹底的に観念的である秋水として差異化する


推敲中(オペラはルネッサンスではなくバロックの時代に現れたのはなぜか?白豪主義をやめた時代にシドニー・オペラハウスが完成したのはどうしてか?ヴェラスケスは画面の右端にギリギリ見える窓(外部)から差し込む光を以って描いた共通の場所はどこか?光を先験性の領域に行き過ぎないようにしていた闇は一体いつ現れたのか。明白に隠されている画面が目の前にあるのはなぜなのだろうか?)


誰が「日本人」かという問題はあるが、昭和の思想を知るためには、「日本人は中国をどう語ってきたか」を考えなければならない。そして現在、誰が「中国人」かという問題はあるが、溝口雄三柄谷行人が発明した帝国中国の思想を知るためには、「中国人は日本をどう語るのか」を考えることになるだろう


大統領トランプとバイデンの討論に絶望した多くの人たちは、副大統領ペンスとハリスとのコミュニケーションが成り立っていた討論に希望をもったのではないか。言葉が社会を動かした


secular 世俗的 

powerless

common 卑近な

vernacular 


人間の肉体は 鍵のかからない密室です。

寺山修司


人間の肉体は鍵のかからない暗闇の密室。煌めく鏡があるのは窓の光がある?絶えず還ることで遅れてしまう原初的テクストがある。どんな議論も自由だが解決を持ち込むなと書いてある。言語は決して終わらない。


昨夜は久々に能の舞台に行った。90歳の野村萬狂言悪太郎」をみた。「綾鼓」では『ユリシーズ』の亡霊の描写を考えた。異界は沢山の部屋がある廊下で、他者は遠くからくるのではない


能「綾鼓」の舞台はなにか、地謡の「恨む」の語を繰り返して恨む死者を思い出せと聞こえてくるとき、碑文を読んでいるようだ。昔の巡礼地で碑文を声を出してこれを解読するアイリッシュたちを思いだした。周辺の死者と周辺の生者を媒介するのはエクリチュールで、近代が構成する詩人の声ではないと思う


万葉集』を称える近代主義は「からごころ」に表象される政治的統一を軽蔑するが、生活の隅々まで統一があり純一でなければならないという万葉的世界こそ政治的統一なのになあ


「現代において全く批判的、思想的機能も意味を失ったかのような日本のアジア主義、あるいは中国主義というアジア・中国への<肩入れ>とは何だったのか」(子安宣邦氏『日本人は中国をどう語ってきたか』)。

わたしの理解では、明治維新を絶対的始まりとみなす制作主体の失敗、これは社会主義が解決する課題だった。『日本人は中国をどう語ってきたか』で、社会主義を人民に託す左翼の「中国」と、国家に託す右翼の「中国」をわたしは読むことができた。言説上の、言説的に構成される中国像の差異である。ここで見落としてはいけない点は、どちらの見方によるとしても、「日本人は中国をどう語ってきたか」は外部無くして不可能だったことである。今日子安氏がはじめて明らかにした開かれたこの外部は再び、閉じた日本の外部から語られているようなのである。日本人は中国をどう読みたいのかは溝口と柄谷において現在進行中の言説上のたたかいである。


老子』現代語訳 第40章(抜粋)


原文
反者道之動。弱者道之用。天下萬物生於有、有生於無。

書き下し文
反(かえ)る者は道の動なり。弱き者は道の用なり。天下万物は有より生じ、有は無より生ず。

(そもそも世間の反対を向いて行くのが)、道の運動であり、剛強ではなく柔軟な態度を取るのが、道の作用である。



「これ性」(haeccety)とか「共通本性 」( natur a commu­nis)ね、解らんけれど、翻訳されている「これ性」の「性」は朱子学の概念。無責任に適当なことを言うのを許していただきたいが、「性」概念から考えてみようとおもう。理と気の関係について、恰も不純なものが純粋なものにもとづくものとして気が理にもとづくように構成するのではなく、理と気の関係を二元論的に保つように要請されているとわたしは考える。多元主義の「これ」が成り立つのは外部による。たとえば、「性即理」を「心即理」にしてしまうと、結局「性即理」を「心即心」となって、関係に外部性がなくなってしまう。外部性こそが、「これ性」(haeccety)である。


「日本人は中国をどう語ったのか」。明治維新を絶対的始まりとみなす制作主体の失敗、これは社会主義が解決する課題だった、戦前の昭和はこういう風に理解できるかもしれない。社会主義を人民に託すのかあるいは国家に託すのか主張は対立したが、戦前の左と右の思想家たちは制作主体として、帝国日本の内部に向かうのではなくて、中国という現場で考えた。中国という外部から明治維新の近代と帝国日本を批判的に考えた。現在、『日本人は中国をどう語ったのか』(青土社子安宣邦氏)について、われわれは日本に存在しないその書評が中国に存在すると知るとき、彼等は少なくともその外部を考える外部性をもっているのではないかと考えるのである。


ジョイスは何ということを書いたのか、これは考えてみると大変なことなのだけれど、帝国イギリスの貴族の価値観がアイルランド独立運動ナショナリズムを形成していることを書いたかもしれない。人の世の<古>と<今>との間にある大きな差異、消滅の危機にある過去のゲール語の神話的世界に定位している<古>をとりかえせという思い、これは、『ユリシーズ』のテーレマコス挿話に書き記された貴族の見方を為す。そしてここから別のことが言われる。<今>が悪くなったのは外からきた異物のせいだ、それを排除すべしと。これは、『ユリシーズ』においてはナショナリズムをになうワーキングクラスがリアルに主張する。結局、貴族的価値観からも労働者のナショナリズムからも他者「ユダヤ人」が排除される。他方で、ジョイスアイルランド語の消滅は民が生活に役に立たないからすてたと考えていた。また奪われた土地を取り返せというナショナリズムは土地に執着している点で、土地を奪う帝国主義と互いに補い合っているとみなした。『ユリシーズ』を読むと、言語が暗闇の海のなかに置かれた人々のあいだを自由に動くように、だれがなにを喋っているのか解らなくなってくる。労働者が貴族の言葉を語り、貴族が労働者の言葉を語る...これはブルジョアのリアリズム文学では書けないものである。


A colour shines in its surroundings. Just as eyes only smile in a face. 

ーWittgenstein Remarks on colour


Blue is the universal love in which man bathes ーit is the terrestrial paradise.

ーDerek Jarman


The first of all simple colours is white, although some would not admit that black or white are colours, the first being a source or receiver of colours, and the latter totally deprived of them. But we can’t leave them out, since painting is but an effect of light and shade., that is chiaroscuro, so white is the first then yellow, green, blue and red and finally black. White may be said to represent light without which no colour can be seen. 

ーLenonard de Vinci


バイデンを選んだのはトランプでなければよかった。民主党はリベラルを周縁化しているしチョムスキーも彼に期待していない。一体誰が白人至上主義のファッショ化を食い止めるのか!


推敲中

文献学で解剖して現象学的解釈学で読み解いて構成される、和辻哲郎の言葉では原「オデユッセイア」って、なんかなあ、大衆に受け入れられる感じだけれど、プロの仕事よね(『バベルの塔』みたいなところがある。) それにたいしては、自分は、アマチュア精神へ行く、解体<原「オデユッセイア」> へと。だから毎日描いているのは、解体『バベルの塔』。和辻哲郎ホメーロスユリシーズ」を読んで、ギリシャ人がギリシャ人と成る為には何が必要かと問うた。都市国家(Polis)と領土奪還のエートスを指示した。そうか?ジョイスも考えた。アイルランド人がアイルランド人と成る為にはギリシャユダヤ人(ソクラテスの対話的ロゴス)が必要だという


中動受動態


  • 動作の結果が自分の利害に関連する場合

編集

Wiki サンスクリットでは中動態が広く使われる。例えば、能動態の yajati(祭祀する)は、祭官が他人のために祭祀するときに使い、中動態の yajate は祭主が自分のために祭祀するときに使う


Wiki ラテン語の受動態は中動態に由来し、実際に中動態的な意味を残していることがある。たとえば、能動態の verto が何かの向きを変えるという意味であるのに対し、受動態の vertor は自分が向きを変えることを意味する。対応する能動態を持たない動詞(deponentia)は中動態的である。例: sequor(追う)、imitor(まねる)、loquor(話す)


冤罪は国家犯罪である。



冤罪は国家犯罪である
• 免田栄さんが死去 死刑囚として国内初の再審

冤罪は国家犯罪である。その理由は..

免田事件についてだれが一番責任あるのですかと昔倉田弁護士に聞いてみた。再審請求が拒まれた免田氏を支える弁護団に加わったときの話をしてくれた。大学のサークルの大先輩であった倉田弁護士は法律よりもすごい量の文学を読んでいる。この人権弁護士はいつものように検察の厚い調書を4回読んだ。と、矛盾がみえてきた。しかしまだ不安がある。免田氏に会う。直ぐに、この人は人殺しする人でないことを確信した。いつ死刑執行されるかもしれない免田氏を説得してあえて殺人をみとめることにした。そして検察が書いた作文どおりに凶器のナイフで殺したならばそのナイフを民事請求で返還を求めたのである。検察はまったく返還できない。当たり前だ、そんなナイフは存在していないからだ。免田氏の無実が明らかになった。倉田弁護士は学生のわたしに語った。一番責任があったのは裁判官だと。引き継ぐ検察官たちですらこれは冤罪ではないかと疑っているのに、肝心の裁判官がはっきりしない。無罪だと気がついているらしいが、誰かが殺したにちがいない、犯人はあいつに決まってるという世間の声を気にしている。裁判官は経験が足りないから判断ができないのである。だから事実の認定について多様で豊富な経験をもっている市民による陪審が必要だと考えていた。国民は犯罪の立証が非常に難しいことを知らなければいけないし、犯人をさがせない場合は国が被害者家族を補償すべきであると。検察の暴走をチェックしなければならないのは裁判官である。しかし今日の裁判員制度では裁判官の判決を事後的に正当化するだけの役割しかもっていないと指摘される。それは冤罪が起きないようにする陪審ではない。国のために行う参加なのである(国体じゃない?) 結局何の反省もなく、安倍政権のあいだに48人が死刑執行が行われた。冤罪はなかったのか?冤罪は国家犯罪であると全く言われなくなった。



迂回の戦略はヘーゲル鬼神学



「言葉、言葉、言葉! シェイクスピア、言葉の名匠であった彼は、その言葉を軽蔑していましたね。グアヤキルでは、いや、ブエノスアイレスでもプラハでも、言葉はつねに人間ほど重要ではないのです。」(ボルヘス)


グローブ座の立ち見席にきていたワーキングクラスの人々は熱心に観劇していたというが、教育がなくそれほど字を読めたわけではないこの彼らが非常に難解な芝居を理解していた、これは現在謎とされる。しかしこの謎は理解というものについて過剰に物語る。17世紀は政治的統一が要求された時代の物の見方を教える言説ではないか。「言葉、言葉、言葉」。すべての人々ー王と貴族、上流階級と下層階級ーが集まる場所において言語は「透明」でなければならなかったのである。これは政治なのだ


ミクロ政治学の観点からすれば、社会はその逃走線によって規定されるし、逃走線は分子状である。いつも何かが流れている。あるいは逃走している。そしてこの<何か>とは、あらゆる二項的組織を逃れ、共振装置から、超コード化の機械から逃走するもののことである。[(中)p113]


Mais l'immobilité attentive de ses yeux renvoie á une autre direction qu'ils ont suivie souvent déjà, et que bientôt, à n'en pas douter, il s vont reprendre : celle de la toile immobile sur laquelle se trace, est tracé peut-être depuis longtemps et pour toujours, un portrait qui ne s'effacera jamais plus.




「『維新』的近代」は思想史の自己像、思想史の肖像画のモデルを示している。思想史の肖像画とはなにか。フーコは 『言葉と物』の書き出しにおいて思想史の肖像画について考えた。

「つまり、すでにしばしば彼の眼がたどってきた、そして疑いもなくただちにふたたびとるであろう方向 、いいかえれば、そのうえに、もはや決して消されないであろうひとつの肖像がおそらくはずっと以前から、そしてこれからも描かれつづけ、描かれたままであるにちがいない、不動の画布の方向のことだ。」(フーコ 渡辺訳)


王の肖像画を描く/書くのはヴェラスケスで彼の他に考える必要がなかったが、『弁名』の荻生徂徠は描かずとも、制作される国体論的天皇(国家)を書いていた。丸山真男の誤認だった


津田左右吉永久革命的 な<ラディカルモダニズム>と和辻哲郎の国体は変わらず的の<祀られる神は祀る神である>、これは思想史的言説を見渡す二つの見方を為す。言説の、言説上の構成される思想史の自己像の差異である。知の考古学からみると、二つは対立する物の見方であるが、しかし音声中心主義の論理平面からみると互いに補いあっている。つまり津田の<ラディカルモダニズム>と和辻の<国体論>とは、生と死における関係のように二項対立的に対立するだけなのである。脱構築するためには、思想史を言語平面に配置しなければならない。そうして江戸思想と後期水戸学において展開した制作論の視点から出発して思想史を読み直すことが要請された。そこで明治維新の近代は、対抗西欧の近代とともに、荻生徂徠命名制作論の祭祀国家の近代として再構成される。また開かれた漢字文化である漢字文化圏の近代としてアジアを方法的に読み直されるのである。


渡辺一民氏はヨーロッパについていけば日本は間違いがないと言う。そうだが、問題はヨーロッパの知識しかないために、安倍の対抗西欧の虚の保守の感染に抵抗できなくなっていること


冬至は最も昼が短く夜が長い日。陰陽が交代する日なんだって。言葉初めありきは、平坦な百科全書的知識に対する懐疑のあとに広がったこんな暗闇の中からだったのではないか


啓蒙主義の役割を自覚するBBCはパニクったイギリス人がフリーマーケットの野蛮に駆け込むことがないようにこれでもかこれでもかとベートーベンを聴かせている。パニクったアメリカ人には何の音楽がいいのだろうか?彼らがわかる音楽、そうだ、ワーグナーを聴かせてやろう


「人間のなかの起源にあるものは、そもそも最初から、人間を彼自身とはべつの物に連接させる。」音声中心主義のラディカルモダニズムは彼を祖国も日付もないファシズムに結びつける


l’originaire en l’homme, c’est ce qui d’entrée de jeu l’articule sur autre chose que lui-même..

ー Foucault

「人間のなかの起源にあるものは、そもそも最初から、人間を彼自身とはべつの物に連接させる。」フーコ


「映画とは画面に映っているものがすべて」 蓮實重彦


先ず映画について言わなければならないほんとうのこと(真実)は、「映画とは画面に映っているものがすべて」である。しかしすべてではない。わたしは嘘をついている..

国学士院の創立と初期の歴史は示唆に富んでいる(略)政治的宗教的扮装に加わることはしないと約束しなければならなかった。「客観性」という近代の科学的理想がここに生まれたと結論したくなるであろう。これはその起源が政治的であって科学的でないことを示している(『人間の条件』第六章注26)

肖像画とは画面に見えるものがすべてである。ただし画面は三つの役割をもつ数で構成されている。開口である窓の存在を明示せずに、境界線を見えないようにしておかなければならない。その鏡(数)の前で自身を書く私、そこにあって隣人の異なる人々、その鏡の位置に立っている、我々を見ている他者ー私の背後の壁に掛かっている二番目の鏡(数)にその姿を見ることができる。そうして共通の場所が成り立つのだろうが、この論理平面は奥深く閉ざされるまえに、言語平面に置き換えられていく。記憶とはこういうものである。この500年間の記憶についていえば、形而上学的根拠が終わったあとに、他者は人間であり、国家であり、帝国主義社会主義全体主義であった。そして後期近代の現在では方法としての市民である

「すでに「民衆的」意識をいうのに、「伝統的、土着的、底辺的、日常的」というように、「日常的」という語のコノテーションをもって言わざるをえないのであり、そのことは、「民衆」的概念そのものが、研究者の視線が辿り、あるいはそれが向けられた跡であることを明白に語っているからである。すなわち、「伝統的」社会の規制を受けながら、「土着性」を保ち、社会の「底辺」に位置し、「日常的」生活に営む人々に研究者の視線は定位するのだ。そうした視線とともに「民衆」概念は構成される。...そこにすでに対象として設定された「民衆」の、その意識をめぐるストーリーを隠すことなく語ってしまっている。幕末維新の変動期に民衆のうちにひとたび高揚したいと変革的意識」が、やがて近代国家の形成とともに、抑圧する国家権力の「近代化」の政策のもとに、どのようにして再び「日常的世界に鬱屈する」にいたるのか、...ここでは民衆における変革的な意識の形成を語る言葉に、歴史における敗者に代わるような「鬱屈」する心情のことばが重なりあう。」(子安氏)

「自由が丘と鎌田の中間にいる」というとき、「鎌田より」と説明を足すのは、鬱屈した私の中で破綻した「民衆史」。近代の失敗に近代の視線が辿る、ユートピア近代主義が語る心情でしかない

絵画と違ってエクリチュールは、幻影を作ることさえない(…)周知のように、画家は真なる存在者を産出するのではなく、外見を、幻影を、言い換えれば、すでに複製を複写するものを産出する。(…)アルファベットで書く者はもはや模倣することさえない。(『散種』)

「遊牧的思考は、普遍的思考主体を要請する代わりに特異な人種を要請するのであり、また、包括的全体性に根拠を置く代わりに草原、砂漠、海といった平滑空間としての地平なき環境に展開するのである。」D=G 

c’est que la pensée nomade ne se réclame pas d’un sujet  pensant universel, mais au contraire d’une race singulière; et elle ne déploie dans un milieu sans horizon comme espace lisse, steppe, désert ou mer . ーD=G

朱子語類』を読んでもらったあとに、伊藤仁斎『語孟字義』のエクリチュールを考える。アジア形而上学の理もロゴスと訳して、西欧の形而上学の理性をかんがえてみたい。伊藤仁斎を読めば理性の世俗的な表記(漢文エクリチュールで書いたが漢字仮名混淆文で考えている)ことがでてくるのに、丸山真男伊藤仁斎を殆ど論じようとしないのはどうしてだったのか?やはり音声中心主義的論理を展開したが、書かれた言語に鈍感だったということもあったのではないか?ただ丸山真男津田左右吉のようにラディカルモダンではない。丸山は朱子学的思惟の知識人たちを全否定したりはしない。

‪理性がそれ自身をあらわにします。フッサールは、理性は歴史のなかで生まれてくるロゴスだと言っております。ロゴスはそれ自身を目指して、自分に自己を開示することを目指して、すなわちロゴスとして、自らに話し、自らを聞くことを目指して、存在を貫きます。それは、自己愛としての、話しー自ら聞くものとしての言葉です。それは、自己への現前<生きている現在>において、それ自体において、自己を取り戻すために自己から出て行きます。話しー自ら聞くことは、自分自身から出て、書記(エクリチュール)という回り道を通って理性の歴史のなかに自らをつくりあげます。こうして自分自身をもう一度所有するために示唆遅延するのです。『幾何学の起源』には、世俗的な表記によって理性を叙述する必要が書かれています。それは、対象の真実性と観念性を作り上げるのに必要欠くべからざる叙述であり、しかしまた、記号の外部からの意味に対する脅迫でもあります。書記(エクリチュール)の際には、記号(シーニュ)は常に<空に>され、目覚めることから逃れ、<再生されること>から逃れることができます。記号は永久に閉じて沈黙してしまうこともできます。クールノが言うように、書記(エクリチュール)はここで<批判的時期>です。(デリダ『差異とエクリチュール』、<発生と構造>と現象学坂上脩訳)‬

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ギリシャ人は世界における根元性について初めて考えた。インド人は根元が空だと考えた。これは中国人にとって思想革命であった。根元が理であるコスモロジーを考えていく

ケルト人や自分をケルト人であると感じるひとならば、境界線を見えなくするようにして生きていて、国家と主体も、存在の地平もない。岡倉天心を知ってケルト人を理解できた。漢文を読む 

Penrose 

死とは<形象>である。一つの死によって身体は、単に時間だけでなく空間においても完了し、その線が輪郭を形成し、限定するのだ。――(上)p224

エクリチュールは(…)あたかも、みずからの権利を失ったもの、アウトロー、道を踏み外した者、非行少年、ならず者、向こう見ずな冒険者のようなのだ。街路をうろついているうちに自分が誰だかさえわからなくなり、自分の同一性がわからなくなり、名前さえ、父の名さえわからなくなる。(『散種』)

不均衡のままに成立する安定もあれば、見よ!均衡のままに成立している不安定を。映画『カルメンという名の女』は光と闇とが均衡している。映画の中にゴダール監督自身がいる。人々はゴダールと共に明るく照らされる自らの場所を見る。ゴダールは彷徨っていて、視線を画面の端の隠れている闇へと誘う。均衡のままに成立している不安定さ、これがリルケの美とおなじものを形成するとわたしはおもう。

不均衡のままに成立する安定は政治的統一を求める<と>である。しかし外の思考は均衡を保って展開する不安定を捉えるー耐えられない不条理が列挙を支える<と>を不可能にするまで

不条理が、列挙された物の分けられる場所である<なかで>を不可能にすることによって、列挙をささえる<と>を崩壊させてしまう。ーフーコ『言葉と物』序(渡辺一民訳)

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真淵と宣長の江戸時代に美学の成り立ちがあった。アドルノがみたのも、政治的統一を求めるロゴスの言説を拒んだとき、過去から一瞬美が立ち現れたこういう世界だったかもしれない

日本文学論は中村真一郎加藤周一を読めば十分だとする啓蒙主義柄谷行人は啓蒙したつもりだろうが、実はこの啓蒙主義啓蒙主義の野蛮を啓蒙する必要があるのではないか

芸術家は愛されている。ただし死んだ芸術家だけが愛されているのは、現在の自分に何の影響も及ぼさないからか?思想家も芸術家も死者として回想する必要があるのだろうか?

グローバル資本主義が齎す格差拡大と環境破壊は国家によっては解決できない。解決するには一国的知の外部に立つ制作が要請される。先ずそれにグローバルデモクラシーの名を与えよう

日本知識言論界は天皇天皇抑止論的意味づけを行っている。私は反対だ。アジア2000万人を殺した国家祭祀の禁止を言うこと、これによる国家の「制作の秋(とき)」は今だと思う

自然(前近代)といおうが対抗的に作為(近代)といおうが論理平面の同一的差異である。言語の集中が起きる平面で他者を介して非等質なものが近づくのは制作(ポストモダン)である

<Tout est eau.> Ce qui intéresse le philosophe, c’est de comprendre le rapport entre le langage et nos désire, nos projets, nos souvenirs, nos émotions, nos pensées. Plus particulièrement nos pensées. Qu’est-ce qu’une pensée? Quels sont les rapports entre le langage et la pensée? Trouve-t-on des pensées en dehors du langage? 

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言語と思考は如何なる関係をもつのか?思考は言語無くして可能なのか?近代の観念論と経験論の対立とは別の仕方で考える。エクリチュールの制作を考えることは常に外部的である

柄谷はカントを念頭においていたと思いますが、本物の啓蒙主義とは啓蒙主義を啓蒙することだと言っていました。だから知識人が大切だとおもうのですけれど、だけど『トランスクリテイーク』のなかでは正しく自分は「知識人ではない」と自分で転向をみとめているのですね。だれもこの問題を言いません。知識人をやめたこのときから、柄谷は日本近代における前近代の問題を語らなくていいわけですから、ポストモダンの未来だけを語ることができるのです。たしかにデビューのときはポストモダンの批評精神を以って文学に現れた日本近代の問題を考えたのです。それはそれで迫力がありました。中村や加藤の分析では物足りないと感じたわたしはニューヨークで翻訳されている彼の本を見つけて一生懸命読んだものです。だがどうも経済学を語りはじめてくると段々文学から離れてきて、現在はすっかり文学とは関係がないにもかかわらず、圧倒的な影響力をもって文学の特権的高み(そう見える)から喋り続けているのはどういうことでしょうかね。三瓶さんがご指摘なさっている点と関係があると思いますが、柄谷というのはシステムの正しさにこだわるひとですよね。システムの正しさを言うひとは文学的ではありません。抗議について抽象の論理で説明しきってしまうのですが、しかし抗議している人間たちはシステムの正しさを証明しようとはおもっていないわけですよ、そうでしょう?抗議するために自発的に集まってくる肉体で、義憤という草原に放たれた火が広がるように、単純に増えていくの

Le Maître dit:<La Voie ne réussit pas à s’imposer. Je vais m’embarquer sur un radeau de haute mer et prendre le large. ( Confucius Les Entretiens)
Confucius said, “The country is not in order. I’d rather go abroad on a raft

「私には家も祖国もなく、財産も奴隷もない。私は地べたで眠る。私には妻も子も邸宅もない。私にはただ、大地と空と一枚の古いマントがあるのみだ。それで、一体何が私に欠けているだろうか。私には悩みもなく恐れもないではないか。私は自由ではないか。」(『人生談義』より引用)-フーコ、真理の勇気-

オンライン論語寸劇

孔子くん:道行なわれず、桴に乗りて(東)海に浮かばん..
梟猫: 東夷の国は、純粋思考の西と違って、思考が他を必要とするほど野蛮で、言語を住処としています。それでも筏に乗りますか?
孔子くん: 亡命はやめて、起源(中原)に留まることにしよう
梟猫: 話がみえません。この寸劇にはオチがあるんですか?映像も無いですしね..

戦前から来た和辻の言説「祀られる神は祀る神である」は現在思考を揺さぶる事件である。学の議論である言説に即して理性はかくも、起源と非思考の偶像とによって規定されているとは..

街の建物の窓は絵の中に描いた鏡だった。重ね合わせとは平面の自らの折り重なりでその裏側の部分を表の画面に貼り付けている。死が貼り付けられた記憶の街を誰も見ることができない

文化圏の重なり合いとは何か?東雪谷から奥沢に行くとラーメン屋がなくて鎌田文化圏が消滅している。鎌田に行くと喫茶店がなくて自由が丘文化圏が消滅する。喫茶店でカレーを食べる

「西部劇」の巨匠、ジョン・フォード監督はアイリッシュアメリカ人でこの映画を契機に、独立運動の活動家だったらしい彼の先祖の情報を探してもらう為にIRAに大金を払ったといわれる。「静かなる男」はハリウッド映画が作った「アイルランド」の映画である。静かなる男(ジョン・ウエイン)は外からやってくる。この男は最初は村の人々と争う(ちなみに、村では何時何分に誰々がどこでなにをしているかみんな知っている。余所者の男を警戒する。) だがアイルランド起源の人間だと分かるとあっという間に打ち解け合うというステレオタイプ的に構成されている。アイルランド的風景は抗えない嵐=自然、逆らえずに征服されることになる汚れなき女性に表象される。映画はアメリカ人観客のために物語を与えるが、ポストコロニアル的に読むと、第三世界を歩くアメリカ人のテロにたいする恐怖をリアルに表している(3分から)

天から与えられる生まれつきの心の方向性、ささえる性があってロゴスが成り立つ(「性即理」)。「心即理」という心だけにしてしまっては三島の反知性主義に留まるだけではないか


朱子学は原初的テクストを古代とはまったく別の読み方で読んだという意味で、それはいわばアジアに起きたバベルの災厄といえるんだね。そこで荻生徂徠は何をしたかを丸山真男はこう語る。

「名より実へ、主観的道徳より客観的人倫態へ、の徂徠の工作をして、バベルの塔を建築するに終わらせない為に残された方向はただひとつ、道の背後に道を創出した絶対的人格を置き、この人格的実在に道の一切の価値性を依拠せしめるよりほかにない。徂徠学における先王及至聖人はまさにかうした究極的実在として登場するのである。」
In erecting a system that places substance over name and objective human relationships over subjective morality, the only way to avoid erecting a Tower of Babel was to establish an absolute personality standing behind the Way as its creator. All the values of the Way had to be rooted in the personified entity. In Sorai’s system, the Early Kings and the sages emerged as such ultimate entities. 

徂徠の近代的世界がこういうふうに表象される。だまって丸山の語る言説をきくしかない。

「自然の秩序の論理の完全な克服には、自らの背後になんらの規範を前提とせずに逆に規範を作り出しこれにはじめて妥当性を賦与する人格を思惟の出発点に置くよりほかない。徂徠が「夫れ道は、先王の立つる所、天地自然に之有るにあらず」(弁名下)といふ時、先王は実にかうした道の絶対的作為者たる意味をもつものであった。」
 
If the theory of natural order was to be completely overcome, no normative standards of any kind could be present in the background as the premise; instead, the starting point had to be human beings who, for the first time, invented norms and endowed them with their validity. This role of absolute inventors of the Way was precisely the role Sorai assigned to the Early Kings. “The Way”,he said, “was established by the Early Kings. It doesn’t exist naturally in heaven and earth.

だけれどどうしてもわからなくなるのは、「自然」と対抗的に措定される「作為」の問題を指摘しはじめるとき。徂徠はほんとうにそんなふうに分割したのか?「自然」と「作為」というふうに分割しなくても、国家の青写真を作る命名制作の外部的戦略を理論づけることができたのではないか?わたしは、礼楽を道芸として捉えていた徂徠の言説を読み解く子安氏著『江戸思想史講義』を読んでいる。思想史はいかに分割されるのかを考える学問である。

 筆者は以下に於いてその対立を「自然」と「作為」といふ二つの概念を指標として捉へ..

I shall attempt to pinpoint this conflict in terms of two concepts, nature( shizen) and invention (sakui)

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明治維新の近代を批判する主題よりも、その書物に関する書物のほうが忙しくなるのかもしれない。明治維新の近代を批判できる江戸思想のマイナー言語の下に、朱子という原初テクストの至上権が横たわっているが、それを与えてくれた言語支配者が「「維新的近代」の幻想」をポストモダンの未来の言説として読むのだろうか。17世紀から言語はもはやとどまることを知らない。

資本主義論争も、講座派を包摂した丸山も、歴史の敗者を共感的に代弁する民衆史も、日本人の明治維新の再語りはどうでもいい。これについて中国台湾コリアが何を言うのかが私に大切

『日本政治思想史研究』は学生のときに生協の復古本セールで買って読んだ。『日本の思想』(岩波新書)には思想が一行も書いていなかったので、この本のおかげで江戸思想史というものが存在することを知った。対訳のない漢文に圧倒されながら、朱子学のなかでは思考できないものを考える思想闘争があったらしいと何とか理解できた。思想闘争をするためには、1000年前に他者の言語を自分たちのものにするほどの成熟がなければいけないだろう。子安先生の「「事件」としての徂徠学」(岩波書店)を読みはじめたら、テクストを精読する学者の議論である言説を丸山がやったように本のページをめくるように追うのではなく、解体、言説の事件性をとらえることが大切だと理解できた。その子安先生のもとで、この数年間、仁斎論語を読んだ後に『朱子語類』を一緒に読んで貰った。古学の注釈学は常に原テクストに還る。朱子のように思考できないものを解釈し尽くすことはない。古学はいわば解釈の帝国ではない。思考とテクストとが均衡しているが、還ることのうちに、安定が求められている時代にそれとは正反対の方向へいくダイナミズムを孕む。また中国文明からの自立を模索した国学との関係を読まなければならない。国学からは、復古の言説、そして伝統的国学の枠を越えた国家神道を読む文献学的言説が出てくる。国学もテクストを読む「古学」だったのである。国学からは神学も生まれてくる。蘭学は翻訳的蓄積が明治維新への移行をスムーズにした。こうしたすべてが幕末の政治神学的思想に影響を与えていく。明治維新とはなにか?対抗西欧の復古主義的近代はいかに中国の帝国から脱出するかにかかっていたが、失敗した。帝国主義が完成した大正から昭和10年代の全体主義日中戦争をもたらしてしまった。実は現在のポストモダンの中国もこれとおなじ問題に直面している。多元主義を帝国の構造と世界史の構造に還元してはならないと思うのだけれど

問題提起。鎖国を強いられた江戸時代の思想は外へ出る方法を常に考えた。明治維新からは反対。帝国からの脱出を考えない対抗西欧の復古主義は不均衡のまま政治的統一の安定に向かう



16世紀の開かれた西欧文化の経験にマルクスは権利を語った。哲学史の和辻のように文化から権利を切り離してマルクスの書き出しをやめたならば、アリストテレスから語るしかない

昭和天皇の容態と崩御に心を奪われていて、近代が齎した公害企業に座り込んだわれわれの抗議に無関心に通り過ぎ行く日本人を作ったのは、対抗西欧の国家祭祀の近代ではなかったか

欧米と台湾が香港活動家の逮捕に深い憂慮を示している。しかし日本は自民党の底無しの腐敗(安倍)に絡みとられていて、中国に対して一致した声明をだせないでいる

「万葉仮名は、主として上代に日本語を表記するために漢字の音を借用して用いられた文字のことである」とあるが、元々その「日本語」も中国から来た言葉なんじゃないのかとふと思う

何かについてコメントするよりも、コメントにコメントすることで忙しいこの時代に、コメントを控えるひとが国の中心にいる

大飯原発3・4号機。耐震性の判断に誤りがあり、国の審査に欠落があるとして、大阪地裁が設置許可は違法であると認めた

MEMO 

ベンヤミンの意図を超えて私が提出しようとする解釈とは、次のようなものであるからだ。すなわち、法/権利の基礎づけをなすもしくは法/権利の定立をなす暴力(rechtsetzen de Gewalt)それ自体が、法/権利を維持する暴力(rechtserhaltende Gewalt)を包み込まねばならず、またそれとたもとを分かつことができないのだ。ーデリダ『法の力』堅田研一訳

「精神/霊(Geist)はーこれがこの時代のテーゼであるー権力のかたちで自分を顕現させる(wrist sich aus in Macht)。
精神/霊とは、独裁を行使しうる能力である(Geist ist dad Vermögen, Dikatatur auszuüben)。この能力は、内に対して厳しい規律を要求するばかりでなく、外に対しては、はばかることのない行動(skrupelloseste Altion)を求める」ーデリダ『法の力』の引用文より 堅田研一訳

階級意識は一番下の俺よりももっと下の人間がいると表象したら成立しない。ゲームの規則が変わった。白人至上主義は一番上のトランプよりも上の人間を表象したら成立しなくなるかも

推敲中

江戸思想史は、わたしの中では、伊藤仁斎で始まり本居宣長でおわるというものであった。だがそれはいつの間にか勝手に思い描いてしまっていた風景に過ぎなかった。中国語訳の江戸の思想史の空間を参考にしながら、『江戸思想史講義』(1998)は目次をみると、「孝」の中江藤樹と「敬」の山崎闇斎が、「天命」の仁斎に先行している。荻生徂徠は三宅尚斎と「儒者」の中井履軒の中間にある。「物哀」の本居宣長の前に賀茂真淵が置かれている。こうした江戸の思想史の空間は何を意味するか?儒教の内部解体から国学が誕生するというような近代がいかに二項対立の物の見方に依存しているかを示す。しかしそんなに線形的に単純ではない。徂徠と仁斎に向けられた非難が、古い言説と新しい言説との間のズレから起きてくることがわかる。また近代から神話的に物語られる真淵と宣長との出会いがいかに複雑な距離を構成していたかがみえる。‬そしてどこからも仁斎論語というものがみえてくるのだ。子安宣邦氏が描いた江戸の思想史の地図は、近代の物の見方の中でそれとは異なる見方を与えてくれる、多孔性の空間であるとわたしはおもっている。

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左は朱子肖像画。ほんとうにこういう顔をしていたかはわかりません。右は子安氏の『江戸思想史講義』中国語訳の表紙です。右のこのイメージはなにか、左の朱子の顔の輪郭が崩壊していることをわたしに表象させるのですね。顔が風景となっています。ただしこれは脱領土化した統一のない風景。方法としてのアジアを言説化していると書くべきでしょうか。しかしだからといって、江戸思想史の書き手が、日本に朱子学のような宇宙論と思想が現れなかったのかという問いから離すものではないのです。再び朱子の顔を描く\書くような再領土化によって、ポストモダン孔子を深めること。この再領土化は脱コード化で、方法のアジアに向けて開かれている外部であるとおもうのです。



パゾリーニの「ソドムの市」Salò o le 120 giornate di Sodoma (1975年)は、ブルジョワが似非貴族的世界を似非再現する欲望を大衆の尽きない消費として描いてみせている。映画というのも欲望という名の何でもないものかもしれない。映画のなかで、サドの文学の言葉みたいに、心のなかに留めておくことのできないことを物語として終わりなく語りあう場面がある。最後の最後は、映画の観客は透明になった自らの欲望を覗いているように、ファシストたちは双眼鏡でユダヤ人少年少女の拷問の場面を見ている。映画なんかは役にたたない、と、「ソドムの市」はわれわれにそう伝えてくるようである。それだけにパゾリーニのあの映画は美学的方法を貫いていたことに驚きを禁じ得ないのである。

収容所のなかの囚人たちの弦楽四重奏の演奏をレンブラントは見ていたというゴダールの『映画史』における編集をどう解釈するのか。これを他者の問題として深めなければいけない...

映画は役に立たないか?否、アイルランドで学んだ嘘のナレーションがある。例えば最後に「和平によって銃の政治が終わった」と語る映画は公のナレーションが君達を騙すことを教える

映画界のリア王ゴダールは本日で90歳?現在は文学と絵画の城壁の中にいる孤高なイメージ。批評家時代の若いときは映画のあらゆる可能性は尽くされていた。映画は無用だからこそ映画の自律性があるとする似非芸術至上主義のポストモダンであった

この写真は奇妙だ。監督のゴダールはカメラの背後に立っていない。現場にいることはいるが、この位置では撮られている部屋の奥を見ることができない。しかし敢えてゴダールは距離を保って制作を眺めているのかもしれない。常に、「芸術至上主義に陥っているのではないか」という批判を受けることになるゴダール映画だけれど、この距離は、映画の自律を主張する「感化の大きな運動」の自律を成立させている彼の戦略なのだろうか?文学の自律を主張する「感じる心」の自律みたいである

ポストモダン時代の寵児、ヌーヴェルバーグは作るオリジナルに絶望し切っている。「感化の大きな運動」とその「思考の形式」の自律は、矛盾したアナーキーな受容的心性の自己主張

ヌーヴェルバーグの批評家達は「作る」オリジナルに絶望し切っていた享受者だが、映画とは何かについて書くために、外部から制作することになった。「作る」ことを解体したというか

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思想史 MEMO


日本は朱子学や鬼神論の影響下にあるのにどうしてわれわれは人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことはなかったのかと子安氏は問う。明治維新の近代はアジアの形而上学宇宙論を消し去ってしまった。それに代わるものはなにか?それもだれもわからない。多分わからないでいるのは、国家祭祀の近代がそれに代わるものを吸収してしまったからだろうか。近代とは何か?ラディカルモダニズムにとって、音声中心主義的な永久革命が生であり、その終止符が死である。ラディカルモダニズム皇国史観を否定できた。物事は表と裏がある。問題は、その生が知識人否定のファシズムに関係するような危険である。この問題は、人の生死に本質的に関わる宇宙論をもつことがない限り、解決されないのではないか。結局後期近代のわたしは思考の欠点的な不足に直面している。「方法の江戸」と「方法のアジア」の間に、多様性と平等性の間に、近代の死からわれわれの方を見つめてくる精神が語る鬼神論が存在する、と、かんがえてみたら一体どんなことが言えるか?まあ来年の課題である


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儒学国学の側にも脱構築がある江戸思想史に差異しかない。不可避の他者で成り立つ漢字文化が重なるそこは、方法としてのアジア、共通の場所として開かれていることが要請される


「アルシーヴとは、その全体性を記述することの不可能なものであり、その現在性を回避することの不可能なものである」(フーコ)。わたしは、「アルシーヴ」とフーコが呼ぶものを理解しているだろうか。多分十分理解していない。だが鬼神論を考えると、丸山真男が想定していたような儒学国学の間の明確な境界とか、音声中心主義のゼロからの出発として表象される主体でなければ意味をもたぬ弁証法の全体性の記述は不可能だったのではないかとおもう。また「アルシーヴ」の「現在性」との関係においては、何かを言うとすれば、エクリチュールの普遍主義に対する分割できない自立的運動が徳川日本に存在していたのである




朱子学に表象される中華帝国の<一>性形成の言説。言説「孝」の普遍性を解体したのは近江の聖人と称えられた中江藤樹。ローカルな彼の異常な孝行は幕藩体制にとっても事件であった


山崎闇斎の「敬説」と「主宰的な心」の言語は日本的<内部>形成の言説である。それはアジアで起きたバベルの災厄であった朱子学の<領土化>であるが外部の思考の解体的契機を保つ


伊藤仁斎『語孟字義』を見たのは中之島図書館においてである。この儒学を再構成し脱構築した本と共に世界はリゾームになる。ネオリベグローバリズムに対する抵抗のあり方を問う


•フーコはカントの<啓蒙>の特徴である<脱出>を語る。『朱子語類』と伊藤仁斎童子問』はアジアの啓蒙主義である。有限な人は「天命を知る」。無限である学びへ外部の線を書く


•此方と彼方。分割が確立されるとその中でそれとは別の分割のあり方を考えることが難しい。しかし此方は暗闇の彼方の中に出向いていかなければ、いずれか彼方の方から此方がいる居所を探しにくるにきまっている。死に場所がなくなってきた江戸の近代において別の分割のあり方を考え始めた。これが鬼神論ではないだろうか。三宅尚斎はなにを言い出したのか?


•「徂徠<礼楽>論を構成しているのは人間についての<外部>的な言語である」(子安宣邦氏)。徂徠<礼楽>論は<制作論>である。ここから、いかに国家を発明していくか、聖人における命名制作の意味が明らかになる。また復古主義の戦略の意義も分かってくる。現在の問題は、 歴史修正主義に巻かれていてこれを巻き返すことができないのは、<内部>的な言語で語られる国家哲学ばかりだからである。<外部>的な言語を以って国家を制作する視点が必要ではあるまいか


スピノザ、哲学者における禁欲的徳をわがものにする最小化に言説を対象とする欲望の最大化が成り立つ。中井履軒、「その身分何者でもなし」。借り部屋「天楽楼」は宇宙の中心である



第8章 万葉的世界の表象

ー文化的同一性形成の言説ー


賀茂真淵は自らの情念を以って万葉的世界をかたった。だが近代においては万葉的世界に表象されるのは文化的同一性形成の言説である。「令和」とは閉じた文化を指示している名であるが、しかしそれは漢字である限りにおいて閉じることが不可能だったのだ


真淵は「古言」を学ぶ為に『万葉集』を読んだことと宣長が『古事記』を読む為に「古言」を学んだことは、旅する為に本をもっていくのと本を読む為に旅するのが違うように違うのか


斎藤茂吉『万葉秀歌』(昭和十三年発行)は、「国民の心に刷り込まれた万葉の秀歌」(『江戸思想講義』子安宣邦氏)である。「口を漏るるは、国民の自然の声」であるという言説的評釈によって透明化される「古代日本語の優秀さ」を語る『万葉秀歌』は、古代先帝のもちえた荘厳雄大な気風に言及して「大御心」を指示していたのである。


和歌革新の言説は万葉再評価とともにある。「茂吉らが万葉の古歌を語る言葉は、同時に彼らの歌の理想を語る言葉である」(『江戸思想講義』子安氏)。言説とは何か?「革新」を語る言説は訓古注釈の言説を超える。「誠」の一字は万葉の本領であるという。「写生」「自己の真実」「自然への観入」を言うこの近代主義の言説は近世の国学者において言われていたものである。「万葉古歌の再評価とともに和歌の革新が唱えられるこのアララギ派の言説は、まぎれもなく近世の国学者真淵の万葉主義的言説の近代日本における再生であった」(子安氏)


「始め」が語られるのは常に「終わり」からである。「学び」の始めにおいてもそうである。「あがたいのうしの御さとし言」は、「師真淵の教えを語りながら、宣長のその言葉は真淵の万葉主義としてあるような万葉の学びを実は脱構築してしまっているのではないか」(『江戸思想史講義』子安宣邦氏)宣長は、真淵の万葉主義として確立した物の見方のなかでそれとは別の見方をつくる。真淵の「漢心」を廃して「古言」の正しい理解によって「古意」を明らめるという方法は、宣長においては『古事記』注釈のための方法的前提としての作業となっている。


万葉への問いのズレ。真淵は万葉は古テクストへの認識論的問い以上のものである。それは歌を詠む行為と一体になった実践的行為であった。宣長は万葉の読み方を知りたかっただけである。「「一書は二十年の学にあらでよくしらるる物にあらず」という真淵の怒りとともにいう言葉には、宣長の指摘の当否をこえた、師弟の間存在する万葉の意味の懸隔があるのである」(子安氏)。


真淵の「ひたぶる」とは万葉的な歌の世界を表象的に構成する。「ひたぶる」な心は「直きこころ」「真ごころ」でもある。人の生の直截で自然な表出として「人の声」は、「天地の声」の自然性として言説化されてくる」(子安宣邦氏)。真淵は言う。「五十(いつら)の声は天地の声にて侍れば、其内にはらまるる物おのづからの事にて侍り」(『国意』)と。「また人の自然性は、人の世の変遷とともに喪失し、したがって回復されねばならぬ本来性でもある」(子安)。「天地の声」の自然性、人の自然性を問題にする真淵にたいして、宣長は「ことわざしげき」ものとして人間世界を言語的に表象する。この差異を見逃してはいけない。「この差異はもとより彼らにおける万葉的古代への問いの差異、あるいはむしろその問いの存否であり、そしてさらには古代観の差異、すなわち<復古>としての古代か<擬古>としての古代かの差異であるだろう。究極的には彼らの国学的言説の、その言説上に構成される日本の自己像の差異でもあるだろう」(子安氏)


「真淵が語ろうとするコンテクストとは人の世の衰退をいうものであったはずである。人の世の<古>と<今>との間にある大きな差異、真実から虚偽へ、正から邪へ、そして素朴なから虚飾へといった頽廃的推移を語るものであったはずである。いってみればこの国の内部の<古> と<今>との間にある差異、離隔について語るものであったはずだ。この内部の差異を、すなわち<古> の世の真実から<今>の世の虚偽へと大きく頽廃する推移を、真淵はしかし外部からの<異質>の混入の帰結として語り出しているのである。内部的差異を、外部的差延として語り出しているのである。二重の差異化と見られた真淵の言説とは、内部的な差異(後世の虚偽)を外部的な差異(混入した差異)として排出する言説である。」(子安氏)。『万葉集』を称える近代主義は「からごころ」に表象される政治的統一を軽蔑するが、真淵の語りを見よ。「上が上ゆ下がしもまで、こころひとしく打なびきぬる」といわれる万葉的世界こそ、生活の隅々まで純一でなければならないという、政治的統一なのだけれど。「「みやこ人」も「ひな人」も等しく真心もままに歌を詠んだ万葉の世界こそ、君臣間に亀裂もない、そしてひちの心に裏表のない共同体的統一をもちえた世界であるのだ」(子安氏)。


「古歌に習って己の心に真実を回復させる古えの学びを真淵は「かしこき神皇の道」の学びだといっているのである。歌をめぐる真淵の言説はすでに文化もコンテクストを、さらには<皇国>のコンテクストをも構成している。私がここであらためて問おうとするのも、歌における真実の回復、すなわち歌の革新をいう真淵の言説におけるこのコンテクストである。」(子安氏)
「歌とは『うたふ』ことであったとは、歌が直ちに人の<生の声•心の声>
であったということである。」(子安氏)
「真淵における歌の革新の主張とは、万葉の歌に聞きとった<生の声•心の声>を今の己に回復することの主張である。そして、歌によって日本文化の同一性の言説を構成する真淵は、万葉の古歌に聞きとるこの<生の声•心の声>を古代日本の共同体(「我すめらみ国」)的心情の響きとして聞きとっていくのである」(子安氏)

赤彦の『万葉に帰れ」の講説は、真淵の万葉主義の近代における再生の言説である。「近代におけるこの万葉復古の言説は、ではどのように万葉的世界を新たに、この近代日本において表象化するのだろうか」。近代から万葉に向けられた視線が感動をもって見いだしたのが民族の心の赤裸々な表出である。歌人による<民族>の発見は、「上から下にいたるまでの共通な真摯な心情、真淵にいう『真ごころ」である。」と子安氏は指摘して、赤彦の言葉を引く。「凡ての階級のものが、この時代の現実の問題に正面から向き合って、一様に緊張した心をもって歌っている」。<民族>の歌集は<民族>の魂であると語る、万葉における<民族>発見の言説について、子安氏はこうみる。「<民族>の再生の時に、万葉は甦り、<民族の魂>の再興の要求に、万葉の歌は上天皇から下庶民にいたる赤裸な心を披露してこたえるのである。まさしく文化の同一性とは過去に発見され、未来に向って言説上に形成されるのである」。文化の同一性とは、政治的統一の要求であり、これは同一性が中心性であるという意味で、<生の声•心の声>に成り立つ音声中心主義によって可能となるのだろう。


アドルノ美学はロゴスの支配に背く美を語る。古典主義的全体性に表象される美は無くした小銭に対する憤りだ。18世紀宣長多元主義も理念性の支配に背く美学的批判と文学がある




第10章 一国的始原の語り


•一国的始原の語りにアジアの近隣諸国と共通なものがない。開かれた漢字文化は、「神」を「カミ」と読む宣長によって拒まれる。自己は他においてでなければ、「われわれ」と言えず主体の形式をとることが不可能なのに



• <朝鮮問題>という死角


日本人の自己認識にあたって<朝鮮問題>が死角をなすようにして存在すること


•『衝口発』は何を提起したか

思想史へのわれわれの視角を規定しているのはいつでも思想史のコンテクストを支配してきたグランド•セオリーの構築者、たとえば宣長であることうぃ、またしても私は思い知らせれたのである。


•「狂人の言」ヘの駁論

宣長による『衝口発』への駁論は、「無稽不証の臆説」への文献的実証という形をとった反論にもかかわらず、宣長の論理のよって立つア•プリオリな前提をたえず露呈させていく。すなわち、一国的な始源への<信>という宣長の論理の前提である。


•国家起源神話の再語り

『鉗狂人』における宣長の反駁的非難の言説は、かえって一国的な起源史や一国的な成立史という語りが、究極的には一国的な始源への<信>によって立つ危うい語りであることを顕にしていく。古代東アジアにおける、ことに日韓における言語•文化の共通性、類似性の指摘へのこの一国的な始源の<信>に立ってする反論

一国的な始源を再神話化していくことの問題


•忘却による国民の創出

「『衝口発』が宣長に与えた衝撃は『鉗狂人』という過剰防衛的な言説をもたらす。その過剰防衛的な言説そのものが一国的な始源をめぐる言説の危うさを露呈させている」

「忘却、歴史的誤謬と言ってもいいでしょう。それこそが一つの国民の創造本質的因子なのです」(エルンスト•ルナン、「国民の創出(nation)」

「何が忘却され、何が抑圧されなければならないのか。「韓」の記憶である。」




(その他


•紀記的世界に表象されるのは国家統一形成の言説である。しかし統一なのか?大国主は、自分の神殿を建てることと引き替えに葦原中国統治権天照大御神に譲ることを認めたのは、交換である。交換とはなにか?神々においてすらですら他があって自らがあるのである。われわれ自身ではやっていけない


西田幾多郎はカントにおける主観と主体の差異をアジア的文脈で説明してくれるが、彼の思索において<一>と<多>の関係に差異が無いのは貧しい。本居宣長の方がこの関係を豊かに複雑に書いている。世界的水準を以って学問知のピークに到達できた昭和十年代よりも江戸思想が優れていると思われる


「第二江戸思想史講座」について


1998年の『江戸思想史講義』は脱構築的であるゆえに中江藤樹からはじめなければならなかった。『江戸思想史講義』は明治維新の近代しかないと思い込んで「われわれわれ自身」の奥に絡み取られている思考の分割を読み直すことによって、確立した思考の分割が思考不可能としている領域からそれとは別の思考を語ろうとするものである。朱子はそのために利用されていた。ところが2020年の現在進行形の第二江戸思想講義は朱子から始まった。これはなにを意味するのか?この10年間のあいだに子安先生の本の中国語訳が次々と現れた。中国における先生の読者(彼らは言語支配者である)をおもいながら、中国の圧倒的存在感のなかで、『江戸思想史講座』をマイナー言語であるわたしはわれわれのあり方を読み直しているようにおもっている。多分、一度もだれも語ることがなかった「アジア思想史」が始まっている...




・思想について

思想は常に遅れる。方法としての思考でなければならない。差異であり、同時性であり論理的先行性であり、一体多元性である。垂直的な絶対無限かつ横断的な絶対的平等性の斜線を書く


儒学の側も国学の側にも脱構築がある。「古言」「古意」にアプローチする為に「漢心」を排するのは手段から、排するのが前提になるのは差異化なのに、近代は実体化に絡みとられる


思想史について


儒学国学の側にも脱構築がある江戸思想史に差異しかない。不可避の他者で成り立つ漢字文化が重なるそこは、方法としてのアジア、共通の場所として開かれていることが要請される


思想史は原因と結果の実証的認識に根づく。しかし例えば『朱子語類』は原因で『童子問』が結果なのか?解体=思想史は外へ出ていく同時性をみる(17世紀の世界は原因しかない)


視差とは、見る場所の違いによる、天体などの見える方向の違い。徳川日本の『江戸思想史講義』と明・清の『江戸思想史講義第二』の差異から、伊藤仁斎の見える場所の違いを考えよう


『江戸思想史講義』の徳川日本の場所からみると、他者(天を仰ぎ見る孔子)を解釈する伊藤仁斎がみえる。『朱子語類』(宋代)からアプローチする『江戸思想史講義第二』の明・清の場所からは、体系化に取り組む伊藤仁斎は論理的にみえる(体系化の無理ー>性理学を棄ててしまうー>道の言説へ)


「新天下主義」について

コスモポリタニズムーアジアに表象される<一体多元>の言説ーは成り立つのは、それを実現する国家における<一体多元>によってである。<一体多元>なき国家は民主なき帝国ではないだろうか?

「一体多元」であるとは、無限遠点によって自己にあっての差異であることが要請される。絶対無限=天=絶対的平等性においてでなければ、どうして<一体多元>が成り立つというのか


日本ナショナリズム批判の視点なきポストモダンの思想は空虚であり、ポストモダンの思想なき日本ナショナリズム批判は盲目だ。だが言論の現実はそれほど相補的になっていないらしい


一体多元の領域を制作すること


ペンローズPenrose のイラストをじっと見ているとわかってくるが、これは多が一体となっているような一体多元の領域ではないかと勝手に考える。ここからは文系の妄言、あしからず。一体多元の領域というのは、投射するか投射されるかに関わらず、自らが外にむかって開かれている。言語的契機をもっているからだろう。しかし<一>はここには現れない。<一>は内部に絡みとられるので他に投射することができないからである。<一>からはそれが<一>である限り、多が一体である一体多元の領域が生まれることは不可能である。


教条主義的な知識人は帝国主義=議会制民主主義という公式を疑わない。これは柄谷がアジア知識人に『資本論』の読み方を教える解釈に反映されていると思われる。しかし社会主義が高度な互酬Xとして復活する「一体多元」の帝国はアジアにとって不可避の共通の場所であるが、そこに、それを実現する国家に複数政党は要らないと現在マルクスは言うのかね?やはり国家においても「一体多元」が要請されるのでは?三権分立や野党の存在とか。そうでなければ、宗教の自由と近隣諸国との外交が成り立つ不可避の共通の場所を制作できないのではあるまいかとわたしは考えている



津田左右吉について

津田左右吉のラディカル・モダニズム天皇ファシズム皇国史観に抵抗できた。問題は、その音声中心主義からの漢字の知識人の永久革命的全否定、これはファシズムの言説ではないか


伊藤仁斎について

普遍的メタ言語を失った言語ゲーム的なポスト・モダンの1970年代も、朱子学の教化を解体して卑近な言語を見いだす伊藤仁斎の17世紀も、脱正当化の後の正当化の復活はなかった


おそらくフーコにおいてカントが問題となっている言説の隙間に、江戸思想史は伊藤仁斎を論じる。


「人間はその固有の形象を断片化された言語(ランガージュ)の隙間につくりあげたのである」

(フーコ、渡辺訳)


荻生徂徠について

津田左右吉のラディカル・モダニズム天皇ファシズム皇国史観に抵抗できた。問題は、その音声中心主義からの漢字の知識人の永久革命的全否定、これはファシズムの言説ではないか


本居宣長


DURAS『インディアン・ソング』は凄いのは、明白に隠されている画面が目の前にあることだね。『古事記』でも明白に隠されている言語が目の前にあるー本居宣長が起源を言っても


天照大御神が隠れ、世界が暗闇に包まれた岩戸隠れの伝説ね。神は隠れている所に神々は集まった。隠れているものは明白にそこにある。裏側に、起源となる別のものがあるわけではない


一国的始原の語りにアジアの近隣諸国と共通なものがない。開かれた漢字文化は、「神」を「カミ」と読む宣長によって拒まれる。自己は他においてでなければ、「われわれ」と言えず主体の形式をとることが不可能なのに


明治国家について

思想の二本柱は論理と解釈である。論理でも解釈でもないのが制作である。命名は制作。近代国家の制作は天下概念を自らのうちに包摂することによって儒家の論理と解釈を消滅させた


・ <不可避の共通なもの>について

マルチチュードの言説に、不可避の共通なものを内在的にとらえる視点があるとおもう。ヨーロッパ近代に絡みとられない内在的視点は溝口の「中国の衝撃」においてある。そしてここから、東アジアの多元主義に背をむける柄谷の帝国(世界資本主義の分割)の言説が、彼の『資本論」の正しい読み方をアジア知識人に教える教説とともに、展開されることになった。「アジアをめぐるわれわれの言説はすでに一国的ではない」(子安氏、講座『江戸思想講義第二』4 、中国の「新天下主義」について)

17世紀からのヨーロッパ思想史は知の考古学から読み解くと自己(岬)にあっての差異しかない。そこは外部に開かれている(窓)、中心なき共通の場所として開かれていることが要請される。例えば、多数の部屋の入り口に繋がっている廊下(映画「アルファビル」のホテルのなかみたいな..)


漢字について

漢字とは多数の部屋の入り口に繋がる廊下のようなものではないか

漢字とは排他的に自己を生み出すための異質的他者でもなければ、受容者としての自意識が負い続けねばならないトラウマとしての異質的他者でもない。それは日本語の成立と展開にとって避けることのできない他者である。漢字とは日本語にとって不可避の他者である。それは自言語がたえず外部に開かれていくことを可能にする言語的契機としての他者である。

ー「あとがき」にかえて、より。子安宣邦著「漢字論」岩波書店 2003年


他者について

形而上学の歴史は、絶対的な<自分が語るのを-聞き-たい>ということである」(デリダ『声と現象』)

わたしは形而上学にも国家祭祀にも「純粋さ」とシモーヌ・ヴェイユが語るものをみとめることができない。「汚れ」とは他者であろう。


• 言語支配者とマイナー言語

子安宣邦氏の講義「中国の「新天下主義」について−許紀霖『普遍的価値を求める』を読む」。現代中国を再構成する溝口と柄谷の言説、恐るべし。Inventing China だ


日本史は古代がない。それは中国文明なのだ。言語支配国の漢字の受容から1500年かかって他言語を自分たちのものにしたマイナー言語が現在、帝国中国を発明しようとしている


言語支配者による朱子学を通じた自己発明、マイナー言語の文の古学を通じた朱子学批判、これらは漢字文化圏の事件だった。近代の端においてマイナー言語は現代中国を発明できるか?



MEMO

玉石を磨いたときに現れる筋のある模様に筋道が表象されるのがアジアのコスモス(「理」)

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思想は常に遅れる。方法としての思考でなければならない。差異であり、同時性であり論理的先行性であり、一体多元性である。垂直的な絶対無限かつ横断的な絶対的平等性の斜線を書く


多孔性としての襞

Le Pli est poreux


白紙の本は、白紙である一頁一頁が無(アンチコスモス)の署名を構成している。Godard『映画史』において、観客席に向けられたカメラによって明白に隠されている白紙のスクリーンが目の前にあるように

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DURAS『インディアン・ソング』は凄いのは、明白に隠されている画面が目の前にあることだね。『古事記』でも明白に隠されている言語が目の前にあるー本居宣長が起源を言っても


アイルランド文芸復興運動とはなにか?『フィネガンズ・ウェイク』(FW)に、古代観の差異、すなわち「われわれ自身」(our own self )における<復古>としての古代か、それを「割れた召使いの眼鏡」(『ユリシーズ』、Joyce)とみた構成主義的多様性としての古代かの差異がある。アイルランドの文学的言説の、その言説上に構成されるアイルランドの自己像の差異である。そして独立か自立かの政治をめぐる議論と深い関係があるに違いないとおもうのである。


おそらくフーコにおいてカントが問題となっている言説の隙間に、江戸思想史は伊藤仁斎を論じる。


「人間はその固有の形象を断片化された言語(ランガージュ)の隙間につくりあげたのである」

(フーコ、渡辺訳)


‪L'homme a composé sa propre figure dans les interstices d'un language en fragments. 

Michel Foucault


開かれている漢字文化によって天皇を批判的に相対化できる。問題は、天皇が漢字文化を歴史的に担っていたこと。天皇の構造は盤面に並ぶ16個の駒から表象の表象をなす一駒を取り除くことで成り立つ。この一駒が天皇である。他の駒は自由に動いて同一的差異のヴァリエーションを作る。これが乗り越えるべきパラドックスである。「ここにローズ(薔薇)がある、ここで踊れ」

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万葉的世界に表象されるのは文化的同一性形成の言説である。「令和」とは閉じた文化を指示している名であるが、しかしそれは漢字である限りにおいて閉じることが不可能だったのだ


私は真実を語る。君に語る。私が君に真実を語っていることを確証してくれるのは、実際に私が、私の振る舞いの主体として、言表行為の主体と絶対的に、完全に全面的に同一であるという事実である。-フーコ 主体の解釈学-


ペンローズPenrose のイラストをじっと見ているとわかってくるが、これは多が一体となっているような一体多元の領域ではないかと勝手に考える。一体多元の領域というのは、投射するか投射されるかに関わらず、自らが外にむかって開かれている。言語的契機をもっているからだろう。しかし<一>はここには現れない。<一>は内部に絡みとられるので他に投射することができないからである。<一>からはそれが<一>である限り、多が一体である一体多元の領域が生まれることは不可能である。

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子安先生の講座で『朱子語類』の原文を一緒に読んでいただいたことは本当に有り難かった。漢文のなかで差異を考える視点をもつことができるとは!朱子学から影響を受けたと言われるライプニッツについてドゥルーズは語っているが、眠いので的確に書けないが、バロックというのは差異において他者としての無限♾を考えていくことになったと。他者としての無限♾は、ちょっと言葉がみつからないが、質的な多様性である(思想的精神的である)と言おうとしているみたい。バロック芸術の特徴である折り目があるところでこそ外部に向かって思考の反復が成り立つ


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Les monades de Leibniz sont soumises à deux conditions, clôturé et sélection. D’un part elles incluent un monde entier, qui n’a pas d’existence hors d’elles; d’autre part ce monde suppose une première sélection, de convergence, puisqu’il se distingue d’autres monades possibles, mais divergents , exclus par les monades considérés ; et il entraîne une seconde sélection de consonance, puisque chaque monade considère va se tailler une zone d’expression claire dans le monde qu’elle inclut ( c’est cette seconde sélection qui se fait par rapports différentiels ou proches harmoniques.)


ーDeleuze, LE PLI


紀記的世界に表象されるのは国家統一形成の言説である。しかし統一なのか?大国主は、自分の神殿を建てることと引き替えに葦原中国統治権天照大御神に譲ることを認めたのは、交換である。交換とはなにか?神々においてすらですら他があって自らがあるのである。われわれ自身ではやっていけない


Nur erst, wenn dir die Form ganz klar ist, wird dir der Geist klar werden.

シューマン「音楽の形式がはっきり把握出来て、初めて音楽の心、精神が分かる様になるだろう」


日本近代はとっくにボロボロだけれど、アメリカの近代もボロボロ。トランプで見えてきちゃったみたいね。いつのまにか中国がすっかりポストモダンになっている世界は出口無し..


アメリカ民主主義を、報道と言論の自由をトランプは破壊してきた。この問題の解決は再び、言論の自由を破壊してきたトランプに委ねるのか?不可能だ。people が解決すべきだ


「神話への反抗」は、神話がこれを行うと私は考える。神話とは何か?構造主義は神話は無意識と考えてよいと教える。無意識はリアルでないと思われがちだが、無意識はリアルである。神話は、無意識がリアルであるように、リアルなのだ。記紀神話(『神代記』)において記されるように、神々は<我々自身>の神話ではやっていけなかったと記した神話は古代における国家統一の困難を隠蔽しない。そうならば被造物の人間はもっと難しいに違いない。これは現在にとってリアルだろう。1500年前に他言語が自言語に先行する漢字文化が神話を通じて神話への反抗をリアルに伝えていたのだ。


朱子学に表象される中華帝国の<一>性形成の言説。言説「孝」の普遍性を解体したのは近江の聖人と称えられた中江藤樹。ローカルな彼の異常な孝行は幕藩体制にとっても事件であった


Wir sind nichts; was wir suchen ist alles.

 We are nothing; what we search for is everything.

- Friedrich Hölderlin


アドルノ美学はロゴスの支配に背く美を語る。古典主義的全体性に表象される美は無くした小銭に対する憤りだ。18世紀宣長多元主義も理念性の支配に背く美学的批判と文学がある


「大学」の根本原理は「修身斉家治国平天下」というもの。そもそも、戦前から「大学」でやってきたのだけれどこの名称でいいわけ?「天下を平らかに治めるには、まず自分のおこないを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国を治めて次に天下を平らかにするような順序に従うべきである。」


形而上学の歴史は、絶対的な<自分が語るのを-聞き-たい>ということである」(デリダ『声と現象』)

わたしは形而上学にも国家祭祀にも「純粋さ」とシモーヌ・ヴェイユが語るものをみとめることができない。「汚れ」とは他者であろう。『純粋さとは、汚れをじっと見つめうる力である」(Simone Weil)


この政府は放射能で汚染された水を海に放出しようとしている


リーマン・ショックとはなにか?


Joseph Stiglitz(2009年)が指摘していたようにグローバル・デモクラシーの時代にこのときイギリスに求められていたのは、改革、a new global financial architectureだった。改革は失敗すれば、最貧国がストーレートに比類なき残酷さをもって痛みを受けることになる。10年間わたしは経済を語るときにこのように他国のことを考える意見を日本新聞で一度も読んだことがない。リーマン・ショックとはなにか?この問いは、だれがリーマン・ショックとはなにかを問うのかを問うことを含んでいる。


明治維新から確立した東京中心主義を解体すべきだは多元主義の主張である。少数民族の教育を奪うファショ的主張をもつ人物がそれを言うんだよな、日本という国では。どうして?



集中した権力を解体することはデモクラシーが要求する「正しい」多元主義です。これを主張する者はどんな共同体も均く言語にアクセスできる権利を否定してはならないとおもいます


グローバル的東京中心主義の解体をいう多元主義少数民族の教育を奪うファショ的主張とが両立しているのは、「維新」の復古的言説が王政復古の言説に絡み取られた歴史の反復的痕跡なのか


国家が侵入した危機に直面した復古的言説の課題は国家が囲いこむことの不可能な自立的空間の制作にあった。薩長の安倍や大阪維新みたいに対抗国家、対抗都市を作ることではなかった


答弁するスガの姿を見たらまるで虚空における死者の私的言語。日本は危機だと騒いでいるのにあんなのが首相でいいのか。パニクって解決を先延ばしにするだけだから危機を深める



アイルランドと日本の近代は良い悪いではなく事実として復古主義的言説から始まる。問題は古代に遡る思考の実体化ー再建ゲール語と江戸思想の伝統無き音声中心主義的明治の対抗近代


漢文を読めなくなった大正に人文知はピークを迎えた。ドゥルーズ派は小林秀雄ほどにはベルグソンを読めていないが、「公」と「私」を解消した生命主義では本居宣長を読めただろうか


幸徳秋水(1871~ 1911)


老子』現代語訳 第1章(全文)


「人間が名を与えることを越えた無名の状態こそが、万物の始まりとしての真の道であり、同時にまた、やむをえず名を与えた後の有名の状態も、やはり万物を生み出す母としての真の道なのである。〔したがって〕、人間は無欲の態度に徹することによって目に見えぬ道を把え、同時にまた、有欲の態度に徹することによって姿形のある万物を把えるのだ。

この道と万物との両者は、同一の真の根源から出てきたものであって、名前(表現)こそ異なるものの意味(内包)は同じである。そこで、この両者を否定しつつ真の根源に向かって遡及し、その否定をくり返しながらさらに真の根源に向かって遡及していくならば、ついには多数の霊妙な宝物の蔵されている〔門〕にたどりつくであろう。」


文革は二度起きたー一度めはラディカルモダニズムの和服において、二度めは反近代の軍服において


文革は二度起きたー一度めはラディカルモダニズムにおいて、二度めは反近代において


津田左右吉の近世の知識世界についてのほとんど全否定的な記述を読んでいると、明治維新が前代儒家知識の全否定的な〈文革〉であったように思われてくる。」(子安宣邦氏)。


どうして永久革命の音声中心主義的ラディカルモダニズムの思想家は和服の中にいるのだろうか?津田左右吉は来るべき新しい言語を完全に自分のものにするために、まだ和服を脱げないでいるかのように過去の言語(漢字)に定位しているように見えるのだけれど。否、反対に、革命のためにはあえて古いコスチュームを着なければならなかったのだろうか?そうすると、しかし「保守思想家」といわれる「保守」の意味とはなにか?私はわからなくなってきた



津田左右吉のラディカル・モダニズム天皇ファシズム皇国史観に抵抗できた。問題は、その音声中心主義からの漢字の知識人の永久革命的全否定、これはファシズムの言説ではないか


どうやらアメリカはバイデン氏を大統領として新しく迎えるようだ。しかし「新しく」とは何か?グローバリズムの問題も地球環境の問題もトランプのように先延ばしするならば...


Bye bye  Trump

Bye bye  音声中心主義の論理一直線

新しく再び形而上学における、

文とともにゆっくりと展開して

他者のなかで意味を形成する論理が

要請されるのではないかしら


集中した権力は教化してくる。集中した権力のもとでは、だれも教条主義にとらわれることなく自由に喋ることができない。集中した権力を解体することは人間にとってデモクラシーの多元主義である。何がデモクラシーであるかをめぐって互いに互いの体制を批判し合えばいいとわたしはおもう。だけれど個人に保障される言論の自由だとして、現在戦争しているか戦争状態の相手国の宗教を風刺的に揶揄することに問題はないのだろうか。「われわれ自身」と「彼ら」とのあいだの敵対的な境界線をつくりだすナショナリズムが生じている。「われわれ自身」とは別のあり方を自由に共同体が語ることが不可能となってくる現在があるとしたら、やはりそれは共同体にたいして権力が集中しているからではないのか?共同体が語る権利が奪われる


共同体が語る権利は詩人である柳田邦男と吉本隆明が代表しているか?只搾取しているだけだ。個人として喋れなくなるような、彼らが書く共同体にあなたは本当に生きたいと思うのか?


哲学bot より

スピノザ:当時は無神論者として弾劾されたが、造物主としての神ではなく、あらゆるものを自己の様態、変様として産出する内在的原因として神をみる思想(「神即自然」、理神論)であった。また、デカルトと異なり心身を別の実体と見るのではなく、同一のものの異なる側面とみる(心身平行論)。


「学問の自由といえば、ひれ伏すのか」と威張ったサルから言われてもね。学ぶひとは謙虚でなければいけないし、学ぶうちに自ずと謙虚になるのは学は無限に大きいからではないか


ちょっと待ってよ、現在は戦前と同じ学問の自由の弾圧だと言い切ってしまうの?それでは戦前の問題ー国体概念と天皇ファシズムによる学問の自由の弾圧ーを見逃してしまうことになる


民主主義を教える筈がない官僚養成機関の大学出身の官僚達からきたメモを読むだけの首相の沈黙。この惨めな姿は、どうせ惨めなら沈黙するよりも沈黙しない惨めの方がマシだと教える


どんな「女」も「男」よりも面白いのは幻想をもっているからか?私は「男」だから、「幻想が幻想をうむ」などと言って幻想を遠くからみるのか?それも幻想だと分からずに


昨日箱根オフィーリアに会いにいった。昔は「絵空事」のキリスト教に苦しんだが、今は土人の迷信で生命力はある。ただ二時間の接触で私の似非文明の免疫力が落ちて風邪をひいた


<不可避の共通なもの>とはなにか?


マルチチュードの言説に、不可避の共通なものを内在的にとらえる視点があるとおもう。ヨーロッパ近代に絡みとられない内在的視点は溝口の「中国の衝撃」においてある。そしてここから、東アジアの多元主義に背をむける柄谷の帝国(世界資本主義の分割)の言説が、彼の『資本論」の正しい読み方をアジア知識人に教える教説とともに、展開されることになった。「アジアをめぐるわれわれの言説はすでに一国的ではない」(子安氏、講座『江戸思想講義第二』4 、中国の「新天下主義」について)


真淵は「古言」を学ぶために『万葉集』を読んだことと宣長が『古事記』を読むために「古言」を学んだことは違うように、フランス語を学ぶためにフランス映画を観るのとゴダール映画を観るためにフランス語を学ぶのとは違うよな..まあいいけど


「修身」は、「身を修めること」を意味し、第二次世界大戦前の日本の小学校における科目の一つ。1890年の教育勅語発布から、1945年の敗戦まで存在した。


1985年に首相の中曽根康弘靖国神社を公式と称して参拝した。弔旗・半旗掲揚は国立大56校 中曽根の合同葬、文科省通知受け


蓮見重彦の大正文学に対する違和感は日本帝国主義の成立と共に反復される「代表」の語から生じる。植民地化された国が無かったのように植民地化された国は勝手に代表されてしまった。また蓮見はナポレオン三世の独裁の成立が大統領の名の「署名」が先行したことを分析した。国民は勝手に代表されてしまった(国民投票によるクーデタの追認)。わたしは蓮見をよく理解できている彼のよい読者ではないけれど、「代表」と「署名」の関係は帝国主義と独裁の関係のように近いことをおもうのである。今日においても、説明もなく好き勝手なことをやっている菅内閣総理大臣の「署名」は事実上自民党に承認されているだけなのに、後に行われる選挙による承認が先行している。現在国民はいつの間にかこの男に勝手に「代表」されていると言わざるを得ない


漢字とは排他的に自己を生み出すための異質的他者でもなければ、受容者としての自意識が負い続けねばならないトラウマとしての異質的他者でもない。それは日本語の成立と展開にとって避けることのできない他者である。漢字とは日本語にとって不可避の他者である。それは自言語がたえず外部に開かれていくことを可能にする言語的契機としての他者である。


(ー「あとがき」にかえて、より。子安宣邦著「漢字論」岩波書店 2003年)


ルネッサンスは古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようとする文化運動である。古典的世界をたたえたのはイタリアのルネッサンスだけではない。アイルランド文芸復興も、ハイゼンベルクが現代世界と古典世界は調和できることを示したように、現代において古典的世界をたたえた。アイルランド文芸復興は復古主義(reactionism)である。復古主義とは、情勢や体制などが現在よりも過去の方が優れていると考え、その当時の状況に戻すことにより社会がより良くなる事から復古させようという主義(wiki)。ダブリン時代のわたしはイエーツの復古主義の精神を理解しているつもりでいたが、しかしほんとうはわかっていなかった。わたしの関心は、イエーツではなく、ジョイスベケットそして現代演劇だったから。現在は、子安宣邦氏『江戸思想史講義』を読み直して賀茂真淵の「復古」の古代を考えることによって、復古主義の意味を考えようとしている。復古主義アイルランドの文学的言説の、その言説上に構成されるアイルランドの自己像の差異である。そして第三世界に影響を与えていく独立の政治を展開させた。江戸時代の復古主義は、国学的言説の、その言説上に構成される日本の自己像の差異である。これはアジア諸国に影響を与えていく明治維新の近代の思想を与えていくのである。「復古」の古代観、こうしたことは、ポストモダン的、ポスト構造主義において考えることができることになった。わたしは要領が悪いから30年以上も要したが、そもそもこういうことに関心があることも自覚がなかったが(反公害運動は過去の権利を訴える思想だったのである)、自己にあっての差異を考えることなく、われわれの文化と言うことができないという思想史的認識を自分のものにしようとしている。


数十頁を訳してみたことがあるのですが、レジスタンス運動にいた経験からサルトルは、彼の日記の中で、われわれは全体主義に勝っても、資本主義が勝利するだけではないのか、わかっているけれど、しかしどうしても全体主義に負けるわけにはいかないのだ、と、そういうことを書いていましたが、これはいまの話ではないでしょうか。マクロングローバリズム(資本主義)。これにたいして、グローバリズムにたいする抵抗として、新しい普遍主義を再構成しようにも、対抗イスラムというナショナリズムという悪い形に絡みとられているようにみえます。フランス革命の平等を訴える理想は思考のスクリーンに投射されることがなかった、ここに問題があるとおもいます。フランス革命においてアナーキズムかあるいは国家かが問われました。フランスを語る言説の、言説上に構成される自己像の差異です。これについては、15世紀の、自己にあっての差異を消してしまったレコンキスタに遡りますが、西欧の国家はイスラムという他者を排除することによって成り立ちましたから、イスラムの近代は自らを全否定する形で西欧の近代を全面的に受け入れることはどうしても限界があるのです。


ピケテイ『21世紀の資本』に経済格差の解決が書いてあるのに、そこで、中沢新一唯物論哲学の不在を問題にするのは、河上肇において不可視の格差を『資本論』を読む記号にするぐらいのダメさなんだよ


17世紀からのヨーロッパ思想史は知の考古学から読み解くと自己(岬)にあっての差異しかない。そこは外部に開かれている(窓)、中心なき共通の場所として開かれていることが要請される。例えば、多数の部屋の入り口に繋がっている廊下(映画「アルファビル」のホテルのなかみたいな..)


多数の部屋の入り口に繋がっている廊下

(映画「アルファビル」のホテルのなかみたいな..)


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漢字とは多数の部屋の入り口に繋がる廊下のようなものではないか


推敲中

こんな世の中では息苦しさも息苦しい。汚染に関する真理の欠如。履く靴下の欠乏(爪で破れている)。居場所の欠如。隙間なく分節化されてしまっているー興味がないものと重要でないものと必要のないものによって。時間イメージの中に余白に関する僅かな希望がある。それからしか、ブレッソン映画の人気は説明できない


α 「過去は生活する人々は直き心をもっていたが後世にそうではなくなった」β「国に外のものがはいってきた」γ「文化同一性が無い」。αとβとγは互いに独立している別々の命題だが、近代主義とはαとβとγは一つのことであるという表象によって成立することになった。過去に帰ること(場合によっては人間が存在しない生命の時間まで遡る)によって他を排除しなければならないという物の見方と、このように構成されるようにみえる非表象的美学的表現は両立する。これは芸術である。問題は政治の美学化にある。政治がその一つであることが皆が理解できるほど隙間なく透明でなければならぬと語りはじめて、出発から他を排除する前提をもったら、その声は差異を否定し尽くすファッショ的言説に定位しているに違いない。どうだろうか?


推敲中

Picaso 

フーコは<もう一つの思想史>を書きはじめるために、<もう一つの絵画史>を書いた書き方が野心的です。ベラスケスが呼び出されました。(このあと、絵画史のなかで言及されることがない博物学のイメージです。) さて8年間いたアイルランドのような19世紀から対英闘争を展開した共和国のメインストリームの芸術がこの絵から影響を受けていることを公然と言っているのが疑問におもったものです。この絵はヴィクトリア朝大英帝国の自己イメージのあり方を与えることになりました。フェースブックのスイス人の友達などは人々の隷属状態を読み解いて、「馬鹿な連中だ」と吐き捨てました。それはわかります。結局どこから絵を解釈するかによるでしょう。再びアイルランドですが、王から独立するためにというのですかね、この部屋からいかに脱出するかという問題意識を以ってこの絵を観るのかもしれません。宇宙の秩序を震撼させる不条理の笑いをゆるさないほどに、完全な原理を以って隙間ー壁にあるーを埋め尽くすようでは外へ出ることは難しいと絵は教えているように思います。下の絵はピカソによる再構成で、見事に、宇宙の秩序を震撼させる空白としての不条理の笑いを取り戻しているのではないでしょうか。しかしこれとは反対の見方をしている可能性もあります。国家がなければ民族のアイデンティティの確立がないという見方です。その場合は画家の二つの位置に、民衆が民衆自身をみるということになります。しかしアイデンティティといっても境界というかかえって揺れて止まらないものを感じないわけにはいきません。そもそも民族とは何か?「明治維新の近代」に先行する津田左右吉・国民思想論(第一回、「民族」という始まり)のプリントをみながら色々思い返しているところです。冒頭の文はエテイエンヌ・バリバール「国民形態の創出」(1995)でした。「民族ピープルとは、あらかじめ国家機構のなかに存在し、この国家を他の諸国家との対立関係において「自分のもの」として認知するような、そのように想像の共同体である。」問題は、21世紀の新しい普遍主義を再構成できずに、「国家」が制作した「民族」(=「世界史」)を物語る言説の部屋を出ることができないでいること。東西の500年前から、ここが問われているとおもいます。


スピノザ、哲学者における禁欲的徳をわがものにする最小化に言説を対象とする欲望の最大化が成り立つ。中井履軒、「その身分何者でもなし」。借り部屋「天楽楼」は宇宙の中心である


言説は[…]ただ単に欲望を表明する(或いは隠す)ものであるばかりでなく、欲望の対象ともなるものであり、また言説は-歴史が絶えず我々に教えてくれる通り-ただ単に闘いや支配システムを物語るものであるばかりでなく、闘いの目的及び手段でもあり、奪取が目指される権力でもある

ーフーコ 言説の領界-


山崎闇斎の「敬説」と「主宰的な心」の言語は日本的<内部>形成の言説である。それはアジアで起きたバベルの災厄であった朱子学の<領土化>であるが外部の思考の解体的契機を保つ


伊藤仁斎『語孟字義』を見たのは中之島図書館においてである。この儒学を再構成し脱構築した本と共に世界はリゾームになる。ネオリベグローバリズムに対する抵抗のあり方を問う


推敲中

この数日間、近世の漢籍に対する欲求のことを想像しています。膨大な数の漢籍はそのまま公の図書館と博物館に寄託されているのでしょうか。戦災で失われたものも相当あるでしょう。文革の破壊以降、見えない本が現れたかもしれません。本の宇宙にブラックホールがあることを疑うのであります。このことも、透明とされているけれど近代の知のあり方を考えさせる事実かもしれません。

推敲中

『野生の少年』の素晴らしい脚本をフランス人と一緒に一生懸命読んでもらったものだ。感謝している。アルメンドロスの撮影にひかれた。彼は光源は論理的に正当化されるべきだという考え方をもっていた。リアリズムというふうにいわれるが、そう明確化してしまうことができない。当時はこういうことですとわからなかったが、高く遠いものと低く近いものとの関係をかんがえていたとおもう。‪高く遠いものを高く遠いところにおいてはだめなんだとおもう。高く遠いものだけではやっていけなくなる。低く近いものに、自分のまわりに、高く遠いものをおかなければ、高く遠いものは成り立たないんだね。天の自由みたいな神話とリアリズムとの関係もそうだ。卑近なところにこそ信があるというか‬



フーコはカントの<啓蒙>の特徴である<脱出>を語る。『朱子語類』と伊藤仁斎童子問』はアジアの啓蒙主義である。有限な人は「天命を知る」。無限である学びへ外部の線を書く


此方と彼方。分割が確立されるとその中でそれとは別の分割のあり方を考えることが難しい。しかし此方は暗闇の彼方の中に出向いていかなければ、いずれか彼方の方から此方がいる居所を探しにくるにきまっている。死に場所がなくなってきた江戸の近代において別の分割のあり方を考え始めた。これが鬼神論ではないだろうか


一国的始原の語りにアジアの近隣諸国と共通なものがない。開かれた漢字文化は、「神」を「カミ」と読む宣長によって拒まれる。自己は他においてでなければ、「われわれ」と言えず主体の形式をとることが不可能なのに


Le Maître dit ; <une seul phrase peut résumer les trois Poèmes et c'est " penser droit".>‬

‪ー Conficius, Les Entretiens‬



「徂徠<礼楽>論を構成しているのは人間についての<外部>的な言語である」(子安宣邦氏)。徂徠<礼楽>論は<制作論>である。ここから、いかに国家を発明していくか、聖人における命名制作の意味が明らかになる。また復古主義の戦略の意義も分かってくる。現在の問題は、 歴史修正主義に巻かれていてこれを巻き返すことができないのは、<内部>的な言語で語られる国家哲学ばかりだからである。<外部>的な言語を以って国家を制作する視点が必要ではあるまいか


「徂徠はまた「徳」の二つの定義を挙げて、この二つも定義間の甚だしい差異をいっている。一つは朱子の「徳は言たる徳なり。道を行って心に得る有るなり」という定義であり、もう一つは『礼記』における「礼楽、身に得たる之れを徳と謂ふ」である。この両者を比較して徂徠は、「...古書の身はみな我を謂ふなり。仏氏が身心の説出でて、而して学者その浅きを嫌へるのみ。礼楽は道芸なり。道芸は外に存り。学んで徳を我に成す。ゆえに「身に得たり」と曰ふ」というのである。身と心の二元的な仏家の言説の登場以来、「我」をもっぱら「心」で受けて、古く「我」は「身」で受けられていたことを忘れている。「身に得て徳を我に形成する」ということが古くからの徳の言説である。「身に得る」といえば学の対象は外に在る。古来、学ぶとは「礼楽」を学ぶのであり、「礼楽」とは「道芸」であった。「道芸」とはとは外に在って、それを身に得て習熟し、徳を己れに形成すべきものである。もはや明らかであろう。徂徠<礼楽>論を構成しているのは人間についての<外部>的な言語である。さきに私は徂徠<礼楽>論を、自然への対抗関係における<作為>の立場としてよりは、むしろ<制作論>ととらえるべきだことをいった。」(子安宣邦『江戸思想史講義』岩波書店 荻生徂徠/第6章 先王の道は礼楽のみ)


自民党なんか、国葬という名目で税金を盗んで私欲を満たす為に党葬をやっているのは、公の為と称して実は己れの私欲のために勝手に軍事化した薩長のやり方と同じだ


国家が与えた学問の自由ならば国家が奪う。だが明治国家以前に成立していた学問を奪うことは許されない。伊藤仁斎の身分に関係なく学問を行った古義堂があった。多元主義の学を守れ


憲法において学問の自由が規定されているのは、ただ規定されているのではなくて、戦前に学問の自由にたいする侵害が実際あったからなのです。滝川事件と天皇機関説事件を知らなければなりません。この問題をよく考えるために、国体概念について知る必要があります。佐々木・和辻論争は戦後間もなく時期に、憲法学者の佐々木惣一と哲学者の和辻哲郎の間でなされた論争です。日本国憲法制定に伴い国体が変革したか否かをめぐる国体論争でした。子安宣邦氏の新しい本『「維新」的近代も幻想』(作品社)の中で分析されていますから、歴史感覚をもってこの問題の全体をとらえることができます。


文があっても文字の媒介がないと意味を形成できない。アルファベット文化圏のなかで日本文学を考えることが段々難しくなってきたのも(漢)字から離れてしまったからではなかったか?だが『日本近代文学の起源』などはニューヨークでなければ文学を思い浮かべるのが難しいと思うのだけれど、あれはなに?


終戦記念日」は「敗戦記念日」だが、正しく「敗戦記念日」と言っても、もし日中戦争を思いうかべなければ意味がない。米国との戦争よりも中国との戦争を反省すべきなのに、反対になっている。わたしは竹内好は言うことが正しいとおもう。反省すべき中国との戦争を反省せず、それほど反省しなくてもいい米国との戦争を反省しているのは意味がないのではないか


戦争責任を果たしていないという認識は、少し大袈裟かもしれませんが、自分自身に対する抗議もあります。大正と明治について書こうと思えば書けます(多分)。江戸を書くことは、「前近代」とレッテル貼りされていますし、また対抗的な「江戸万歳!」も邪魔で、大変なんですが、不可能ではありません。しかし昭和を書くことは、日中戦争を書くことですから、そこで戦後民主主義育ちのわたしは罪悪感を感じてしまって非常に難しく感じるのです。認識を形成しないこと、これが自身にたいする抗議です。昭和は中国をどう語っていたかを書くことは大切で、そこから日中戦争の原因と解決を考えることは意味があると思っています。こういう認識の問題に取り組むことがなければ、偉そうなことを言いますが、本当の意味で(中国に対する)戦争責任をとることができないのではないかとおもうのです。わたしは思考が不足していて、読まれる価値があるか分からないですが、来年はすこしでもこれについて書きたいとおもっています


内心の自由」が問題となっているのに「風が強かった」「雨が降った」。「学問の自由」が問われているのに「見送り」。これじゃ、抗議する側の解釈改憲みたいじゃないの?


「学問の自由」も「内心の自由」もそれ自身を超えるものを要請している。われわれはNo!と言う。再び統合される内部化の不可能性をたたく。憲法はこの国を正しく分裂させてくれる


専門知の細分化によって「学者」は研究者となった。ポストモダンの時代に普遍的メタ言語をもっている「学者」はまだいるが絶滅の危機。学問の自由より生存権を主張する時ではないか


時代を読むというのなら、21世紀を読むことでしょう。それなのに18世紀を読んでいるとしたら、21世紀を18世紀として語ることの無理をおもいます。18世紀の近代は政教分離言論の自由は一体です。一体であることによって平等を実現すると考えられています。しかし現代は戦争している相手国、あるいは戦争状態の相手国の宗教文化を嘲弄的に批判することほど危険なことは無いのです。他国の宗教文化を嘲弄的に批判することは、自国が他国を差別するナショナリズムを呼びかけるだけです。フランス革命の時代ではナショナリズムである言論の自由も平等をもたらすことがありましたが、自己にあって相違があることをみとめない現代のナショナリズムは何の平等も実現しません。


天照大御神が隠れ、世界が暗闇に包まれた岩戸隠れの伝説ね。神は隠れている所に神々は集まった。隠れているものは明白にそこにある。裏側に、起源となる別のものがあるわけではない


「あなたはロンドンではフランス語の文を書いてばかりいたし、東京に来たら12世紀の漢文を書いているようだけど、辻褄があうの?」と言われちまったぜ...


死神は連れていくトランプが「君の正体を当ててみようか」とお喋りをやめないのに苛立つ。その隙を狙って死神の背後を撃つボリス。死神の怒りが爆発した


サッチャー国葬のときは群衆の中の不審者を噛み殺す警察犬が数十匹待機していた。中曽根の国葬は街頭に群衆はいなかったが、自民党の犬たちが見守っていた


そもそも憲法をまもるつもりがなくて解釈改憲をやる政府が、政府解釈をまもるはずもないでしょうとおもいました。やはり民主主義に乗りつつ自由主義をまもる方向が大事ではないでしょうか。賛成します。その自由主義は、イデオロギーや「なんとか」イズムとからすれば間違っいても、自由に喋らせてくれと要求する声だとおもっています。こんなあたまのいい人は難しい問題を避けてしまうのですが、他国の民主主義を批判するためにはその前提として自国の民主主義を批判しなければいけません。そうしないと伝わらないからです。たとえば日本は他国と一緒に香港の民主主義に対する弾圧を非難をしないのですが、いつまでも日本は自分の民主主義を自己批判しなくてもいいのです。近隣の他国と一緒に民主主義を考える言論を拒む、<一国民主主義>、これが問題ではないでしょうか


普遍的メタ言語を再構成する為には悲観的かつ楽観的でありたい


ベルグソン、形而上詩の夢。生命はイメージを見る眼を持つ目的で人間に成る。時空構造かエネルギーか、情報か物質かが無分節な世界を考える。イメージが消滅したら生物へ帰るー本質無き分節化へ


キリストとソクラテス仏陀孔子を語るほどの<高さ>とヨーロッパ周辺から見渡す<広さ>をもっているのに、明治天皇を崇敬するとは、かくも昭和的なものとは人間なのだろうか


明治というのは対抗西欧の<高さ>と<広さ>がある。大正というのは卑小で等身大の<低さ>と<狭さ>である。昭和とは明治と大正を統合した時代とみることができるのかもしれないが、明治における王政復古の帰結として天皇に権力を集中させたまま、中国大陸で自分達が一体何をしているのか全くわからなくなった時代と言わざるを得ない。


明らかに反権力であるが、話を聞いていると権威主義だったことがわかるそんなひとに出会うと、このひとはずっと自分を誤解してきたし死ぬ迄自分を誤解し続けるかもしれないと思う


グローバル的東京中心主義の解体をいう多元主義少数民族の教育を奪うファショ的主張とが両立しているのは、明治の維新の復古的言説が王政復古に絡み取られた歴史の反復的痕跡?


言語ゲームについての探求を通じて、遂行性とは別の種類の正当化の展望を描いたのが、ウィットゲンシュタインの力であった。それこそポストモダンの世界にとって重要なことなのである。失われた物語に対するノスタルジーそのものが、もはや多くの人々にとっては失われたものになっている。それは彼らが野蛮へと回帰したということではない。彼らがそうならないのは、正当化は彼らの言語実践そしてコミュニケーションの相互作用以外のどこか別の場処からやってくるのではない、ということを知っているからである。全く別の信念を前にして、「髭のなかで微笑む」科学が、彼らに、現実主義の厳しいと節制を教えたのである」

ーリオタール『ポスト・モダンの条件』ー知・社会・言語ゲーム(1979) 第十章脱正当化 小林康夫


普遍的メタ言語を失った言語ゲーム的なポスト・モダンの1970年代も、朱子学の教化を解体して卑近な言語を見いだす伊藤仁斎の17世紀も、脱正当化の後の正当化の復活はなかった


荻生徂徠は、伊藤仁斎における脱正当化の後の正当化の復活だったのか、単純な復活ではなくて、政治的な祭祀論の思想の対象が中国から人類になった。後期水戸学の政治神学の入り口?


思想の二本柱は論理と解釈である。論理でも解釈でもないのが制作である。命名は制作。近代国家の制作は天下概念を自らのうちに包摂することによって儒家の論理と解釈を消滅させた


真夜中浴室の小さな窓から中に入ってこようとした野良猫を押し戻しても鳴かない。昔何十年前のシドニー時代にオフィーリアに外ネコされたチコという名の仲良しの猫が逢いにきたの?


アイルランドに初めてアメラグが来たときのこと、ダブリンの人に試合の会場への道をきくと「あの道を曲がって真っ直ぐ群衆にしたがえ」という。群衆は、ひとが七人、犬が二匹だった


完璧な正方形と呼びうるのはモンドリアンの正方形だ。一つの先端で動揺し、みずからの閉鎖性を開き、二辺を巻き込んで斜線を産み出す正方形。[中p303] D=G


科学の言語である数学・数式は、人文科学の文にその背後に書いたひとの政治がみえてしまう厄介さはないのでしょうね。人文科学は書く側も読む側も互いに自らを隠している


撮影地に立つと、露出とかフレームもどんな意味もなくなって自失茫然となる。ジョン・ウェイン映画がアイルランドの風景を作ったようには。ウィットゲンシュタインをとらえた廃墟


教条主義的な知識人は帝国主義=議会制民主主義という公式を疑わない。これは柄谷がアジア知識人に『資本論』の読み方を教える解釈に反映されていると思われる。しかし社会主義が高度な互酬Xとして復活する「一体多元」の帝国はアジアにとって不可避の共通の場所であるが、そこに、それを実現する国家に複数政党は要らないと現在マルクスは言うのかね?やはり国家においても「一体多元」が要請されるのでは?三権分立や野党の存在とか。そうでなければ、宗教の自由と近隣諸国との外交が成り立つ不可避の共通の場所を制作できないとわたしは考えている


子安宣邦氏の講義「中国の「新天下主義」について−許紀霖『普遍的価値を求める』を読む」。現代中国を再構成する溝口と柄谷の言説、恐るべし。Inventing China だ


日本史は古代がない。それは中国文明なのだ。言語支配国の漢字の受容から1500年かかって他言語を自分たちのものにしたマイナー言語が現在、帝国中国を発明しようとしている


言語支配者による朱子学を通じた自己発明、マイナー言語の文の古学を通じた朱子学批判、これらは漢字文化圏の事件だった。近代の端においてマイナー言語は現代中国を発明できるか?


17世紀からのヨーロッパ思想史は知の考古学から読み解くと自己(岬)にあっての差異しかない。そこはエクリチュールの中心なき共通の場所として開かれていることが要請される


17世紀からのヨーロッパ思想史は知の考古学から読み解くと自己(岬)にあっての差異しかない。そこはエクリチュールの中心なき共通の場所として開かれていることが要請される


学問の自由の弾圧が戦争への道を開いたという話ね、黒澤明監督『わが青春に悔なし』(1946年)をみたらいいが、結局原節子の圧倒的存在感しか記憶に残らないのである



「ヨーロッパ帰り」というが「アイルランド帰り」とは言われない。アイルランド英語で大丈夫かと言われてしまう。小国を見下す「中華意識」は野蛮な東夷の国が発明したのではないか


オペラはルネッサンスではなくバロックの時代に現れたのはなぜか?白豪主義をやめた時代にシドニー・オペラハウスが完成したのはどうしてか?ヴェラスケスは画面の右端にギリギリ見える窓(外部)から差し込む光を以って描いた共通の場所はどこか?光を先験性の領域に行き過ぎないようにしていた闇は一体いつ現れたのか。明白に隠されている画面が目の前にあるのはなぜなのだろうか?


江戸バロックの立場ですが、八十年代にあった「江戸万歳!」ではありません。江戸時代は天皇・貴族・寺社に独占されていた学問が彼らを嫌う武士によって町人と農民に解放されます。江戸時代こそアジアの知識革命であり、日本のルネッサンスです。議論は活発にありましたが、武士政権を批判することは大変危険でした。平等の思想(特にそれを実現する方法)を語る政治学はできなかったので、代わりに道徳学で色々論じたのです。現代はイデオロギーばかりで議論がありません。政治的自由は前近代も江戸時代よりもあるとおもっていますが、現在はどうでしょう。政治的自由の要である権力分立は事実上崩壊したでしょう?江戸ルネッサンスを成熟させるべきだったのですが、西欧列強のアジア進出という国際環境のなかで、かなり強引に、下級武士によって近代国家(明治国家)を作ったのですね。これはかなり講座波の見方ですね。

天皇の象徴性を過剰に超える統合性をわれわれは問題にしていますから、宮沢の8月革命説に言及なさっているのは大変いいとおもいます。大正の吉野作造なんかは変なんですが、天皇主権のまま民主主義が成り立つとおもっていたのですね(「民本主義」)。天皇の権力を見逃してしまうのですが、国体論イデオロギーに弾圧されてしまいますが、昭和の天皇機関説が何とか考えます。明らかに宮沢は天皇機関説を継承しています。宮沢が危惧していたのは、天皇の象徴的行為という戦前の言説である「大御心」(祭祀行為)を再び認めると国民主権の構造があやうくなるということです。日本において民主主義が成り立つのは象徴天皇制の成熟(国家祭祀ー祀る国家は闘う国家であるーを禁止すること)にかかっている、これがわれわれの見方です。


憲法と国家を愛国心から亡命させること、憲法と国家のあり方を語ること。対立している、憲法愛国心を見出すものと愛国心憲法を見いだすものとが互いに補い合っているようでは


Weimarer Verfassung ヴァイマル憲法


Das Deutsche Volk einig in seinen Stämmen und von dem Willen beseelt, sein Reich in Freiheit und Gerechtigkeit zu erneuen und zu festigen, dem inneren und dem äußeren Frieden zu dienen und den gesellschaftlichen Fortschritt zu fördern, hat sich diese Verfassung gegeben.


(Wiki 訳)ドイツ民族は、その諸部族の一致のもとに、かつ、国家を自由と正義とにおいて新しくかつ確固たるものにし、国内国外の平和に奉仕し、そして社会の進歩を促進せんとする意思に心満たされて,この憲法を自らに与えた。


ein menschenwürdiges Dasein


人間に値する生存


文化の日」の裏側には明治天皇の誕生日?


全体主義という4文字で何でもかんでも説明したつもりになってはいけない。デモクラシーが進んでいた国と遅れた国とのズレからできるだけ説明する試みは一定の意義がある。フランス革命から150年を要した民主主義をドイツは第一大戦後ワイマール憲法で僅か15年という短い期間にやったことがナチスの極端な反動を招いたとみる分析がある。これは遅れの問題である。言説の非常に圧縮されたなかでは自由が反民主主義といわれ、反対に反民主主義が自由だと考えられてしまう。民主化アジアにおける20年、10年という期間においては尚更であるとおもわれる。実際に、日本知識人の影響のもとで、帝国が民主であると考えられあるいはポストモダンの未来と考えられている有り様ではないか。何となく日本は明治維新から150年を経ているが、だから何だろうか?日本帝国主義が完成して満州事変へ行く準備をする大正時代の統制をデモクラシーとたたえている。いやいや、大正は戦争に邪魔された。戦後は本物の民主主義はワイマール憲法から影響を受けたとするわれわれからだとする話が勝手に出来上がってしまった。それなのに事実上社会民主主義の要である社会党が消滅したのは先進国のなかでこの国だけだ。アメリカとだけ戦争したらつもりになっていて、アジア・中国にたいして戦争責任をとってはいないと言わざるを得ないこの国では歴史修正主義の問題もナチスを裁いたヨーロッパと比べて比較できないほど深刻である。ヨーロッパの言論では転向しただけの知識人が問題とされることはなく、実際に戦争協力した知識人が問題とされるのにたいして、日本は転向しただけの知識人の罪が問題とされる。結局戦前を理解する意味の幅が非常に狭いので、思想史も、言論において戦略的に展開した言説も読むことができず、歴史修正主義者を有利にしているようにみえる。市民はこの歴史修正主義を批判できる思想史の視野(150年)をしっかりもたなければ、おそらく明治末から大正初めに成立したとおもわれる「国に逆らったら怖いぞ」の恐怖は市民にいつまで続いていくかもしれないし、この国は(ヨーロッパ諸国と違って)市民の自発的取り組みに協力することがないとおもわれる。もちろんこれは私自身の問題である


私からわざわざ彼らの方へ行かなくても、暗闇にいる人々が私の鍵がかかった部屋にやってくるだろう

私は心に鍵をかけたのに仮面が邪魔する

絵画そのものが仮面

自然ー内ー存在

部屋に全体性を表象する自然が存在しない

ギリギリ見える窓からはいる光で照らされた

この私とむこうの身体との間の距離があるだけだ



(本居宣長が「天」を「あめ」と読ませてそれがなんの意かわからないと注釈しだが、このやり方は<なかで>を不可能にした。子安氏の指摘によると、漢字を意味なき記号としてしまえば思考の崩壊が起きるだろう、つまりファシズム的である。日本人が宣長を好きな理由がここにある。他者との間に、独立した彼方と独立した此方という境界線をひいてしまう。)


言説<アイルランド>を語ることはやめた。ヨーロッパの周辺から語るとは何だったのか?共同体がグローバリズムの外部から侵入されたように、境界を身体の損傷として表象する。また私は語っている


西欧中心主義の知と対抗西欧の知(廣松、柄谷)、この西欧知を批判的に相対化する為のヨーロッパ周辺からの視点も、音声中心主義が語り始めると、王政復古の視点に依拠してしまうのか。外国語を読む力はそれほど衰えるものでもないのに


日本ナショナリズム批判の視点なきポストモダンの思想は空虚であり、ポストモダンの思想なき日本ナショナリズム批判は盲目である。しかし現実はそれほど相補的になっていないらしい


ツイッターは対抗言説のメディア。呟きでも、読んでくれる他者を迎えるために書いてきた。ところがここからファッショ的な音声中心主義に成ったのが他者を歓迎しないトランプの声


高校時代の友人のお父さんは航空会社のパイロットだったが、戦前は新しく開発される飛行機を試す優秀なパイロットだった。2000人の教え子達全員が特攻で死んだ事実を聞いた。教官の彼ひとりが生き残ったという。これはずっとどう考えていいのかわからないでいると言っていた。その体験談をわたしなりに理解しようと思うが戦争体験のないのでやはりわからない。しかしわからないからわからないと言ってわたし自身済まされる問題ではない。吉田松陰の「誠」の言説、この一字は日本人の心の中から洗脳してしまったということなんだろうか、伊藤仁斎の「誠」の他者との関係から考えた思想は全く生かされていないこと、と、常にここから考えるようにしている。思想史のアマチュアなので理解できていない難しいことがあるが、語り伝えられる経験をもとに理解できる思想の問題として、何とかわたしと同じように戦争体験のない若い人達に伝えていくしかないとおもうようになってきた



推敲中


『仁斎論語塾』の二次会のときだったのだけれど、最近「思想史研究会」講座から参加してきた仲間と喋っていると、「注釈」についてのイメージが彼と違うことに気がついた。その人がもっている「注釈」は語の説明なんだね。点と点との翻訳的対応をおもいえがいているように感じた。しかし私の考える「注釈」はむしろ線と空間との関係である。思想は自らをあらわすためには言語を要する。命題が言語となっていく時代がある(フーコはこれを「古典主義時代」という。はじめて言説が命題のかたちで言明されるようになった。) 命題とは、自らをも分析する、分析の順序をもっているという線的構成である。それに対して思想というのは平面なんだね。われわれは空間を考えるときは絵をみるときのように同時的に全体をみる。そうだと考えると、問題は、線はいかなる権利にもとづいて、平面をあらわすことができるかということ。言語は分析の順序をもってみていくかぎり、空間を同時的にとらえることができない。線は不可能性をいかに解決するのかである。おそらく解決できないだろう。そこで注釈の出番ということになる。空間の普遍的なものは存在しているのではなくて線において要請されているのである。「注釈」はこのことを書くのである。それは「注釈」を超えた思想かもしれない。語というよりは、言説への従属を拒む<言葉>なのだ。そうして『童子問』の仁斎は、中国における言語支配者の垂直的に遠く高くある普遍主義に対して、水平的に自分のまわりにある卑近なものにこそ普遍主義があると考えたとき、<言葉>から「理念性」を発見したのである。17世紀のその「理念性」は垂直と水平から成る思考の斜線であったとわたしは理解している。‬


フロイトは自らをミケランジェロの普遍的なダビテ像に投射したり、ユダヤ人起源を考える『モーゼと一神教』を書いた。サイードフロイトのコスモスポリタニズムが政治的だとみる


コスモポリタニズムーアジアに表象される<一体多元>の言説ーは成り立つのは、それを実現する国家における<一体多元>によってである。<一体多元>なき国家は民主なき帝国


ポストモダン思想は世界は原因しかないと語る。ゴダール映画に顕著であるが、論理的に先行するものは何かと構成していく思考-イメージにおいては、運動-イメージは重要ではない。

映画は何かについての表象である。映画は消滅したが、敢えて映画を表象してみると、つまり表象を表象してみると、表象の表象に先行するものといったら、言語的存在の人間が自らの意味を問うことぐらいしかないのである。


どちらが先で、どちらが後なのか?

どちらが原因で、どちらが結果なのか?

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「一体多元」であるとは、無限遠点によって自己にあっての差異であることが要請される。絶対無限=天=絶対的平等性においてでなければ、どうして<一体多元>が成り立つというのか

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思想史は原因と結果の実証的認識に根づく。しかし例えば『朱子語類』が原因で『童子問』が結果なのか?解体=思想史は外へ出ていく同時性をみる(17世紀の世界は原因しかない)

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人類史的に言って、原初の線は抽象的である。その後文字が抽象的になり絵は具象的になっていく。文明において文が成立する。抽象の線は帝国の解体によって芸術集団へ行く。<党-国家>の意味のままでは脱帝国の後に抽象の線は無くて帝国しか復活しない。ポストモダン思想における抽象の線は反-<党-国家>なのである。


トランプと小さなトランプ達に顕著な乏しい語彙と繰り返し。音声中心主義にファッショ的言説が極まる。書記言語が「書くがだれが読むだろうか」と他者を待つ。声は「文字は必要がない。あなた=わたしはわたしの声を直に聞けば伝わる」と自らに言うとき、神ロゴスから言語の媒介を必要とする他者の到来を排する


トランプは核ボタンを押す不合理なことはしないビジネス的合理主義が彼にあると言われた。結局それ以上でもそれ以下でもなかった。合理的に、親から離した移民の子を檻にいれた!


視差とは、見る場所の違いによる、天体などの見える方向の違い。徳川日本の『江戸思想史講義』と明・清の『江戸思想史講義第二』の差異から、伊藤仁斎の見える場所の違いを考えよう


『江戸思想史講義』の徳川日本の場所からみると、他者(天を仰ぎ見る孔子)を解釈する伊藤仁斎がみえる。『朱子語類』(宋代)からアプローチする『江戸思想史講義第二』の明・清の場所からは、体系化に取り組む伊藤仁斎は論理的にみえる(体系化の無理ー>性理学を棄ててしまうー>道の言説へ)




「おそらくいつかドゥルーズガタリの歴史哲学的問題提起を受けて、オリエントから別のプラトーが提案されることだろう」


儒学国学の側にも脱構築がある江戸思想史に差異しかない。不可避の他者で成り立つ漢字文化が重なるそこは、方法としてのアジア、共通の場所として開かれていることが要請される


斎藤茂吉『万葉秀歌』(昭和十三年発行)は、「国民の心に刷り込まれた万葉の秀歌」(『江戸思想講義』子安宣邦氏)である。「口を漏るるは、国民の自然の声」であるという言説的評釈によって透明化される「古代日本語の優秀さ」を語る『万葉秀歌』は、古代先帝のもちえた荘厳雄大な気風に言及して「大御心」を指示していたのである。


和歌革新の言説は万葉再評価とともにある。「茂吉らが万葉の古歌を語る言葉は、同時に彼らの歌の理想を語る言葉である」(『江戸思想講義』子安氏)。言説とは何か?「革新」を語る言説は訓古注釈の言説を超える。「誠」の一字は万葉の本領であるという。「写生」「自己の真実」「自然への観入」を言うこの近代主義の言説は近世の国学者において言われていたものである。「万葉古歌の再評価とともに和歌の革新が唱えられるこのアララギ派の言説は、まぎれもなく近世の国学者真淵の万葉主義的言説の近代日本における再生であった」(子安氏)



「始め」が語られるのは常に「終わり」からである。「学び」の始めにおいてもそうである。「あがたいのうしの御さとし言」は、「師真淵の教えを語りながら、宣長のその言葉は真淵の万葉主義としてあるような万葉の学びを実は脱構築してしまっているのではないか」(『江戸思想史講義』子安宣邦氏)宣長は、真淵の万葉主義として確立した物の見方のなかでそれとは別の見方をつくる。真淵の「漢心」を廃して「古言」の正しい理解によって「古意」を明らめるという方法は、宣長においては『古事記』注釈のための方法的前提としての作業となっている。


真淵は「古言」を学ぶ為に『万葉集』を読んだことと宣長が『古事記』を読む為に「古言」を学んだことは、旅する為に本をもっていくのと本を読む為に旅するのが違うように違うのかな


儒学の側も国学の側にも脱構築がある。「古言」「古意」にアプローチする為に「漢心」を排するのは手段から、排するのが前提になるのは差異化なのに、近代は実体化に絡みとられる







MEMO

tableau

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書かれたものにおいて書き手は不在となる(ブランショ)というように、思考のなかで投射されたものにおいて投射するものが不在となるのだろうか?


朱子語類』の鬼神論を読むこと。構成的であるのは、死を共有する働きであって、この共有が行われた後に冷静さを取り戻して樹立される学問的言説(伊藤仁斎新井白石)ではない


英国人はナショナリズム的パニックを起こすと純然たる資本主義へ駆け込むのは契約国家だからだろう。比べると、日本人は人格的偶像に駆け込むのは根底が祭祀国家だからではない


近代主義者の中で一人ジョイス全体主義から逃れ得た。その植民地主義の本質に反発して、弁証法的否定の永久奴隷でも土地奪回を欲するは領土を欲す植民地主義者と同じだと見抜いた


竹内好の「方法としてのアジア」はジョイスの「方法としてのアイルランド」のアジアにおける適用だったと考えてみる。日本がやるべきことは中国に民主化を求める自らの民主化である


何が<前>で何が<後>か?

何が<先>で何が<後>か?


思考の実体において何が<前>で何が<後>かが問題ではない。思考の形式から、何が<先>で何が<後>かを考えることが問題なのだ。実証的な時代順にいうと、江戸は昭和の<前>にあったし、同じことだが、昭和は江戸の<後>にあった。だが『江戸思想史講義』(子安氏)の序文を読むと、「方法としての江戸」に、「方法としてのアジア」が重ねられているのがわかる。言説空間的には、「方法としての江戸」に、竹内好の「方法としてのアジア」が先行する。解体=思想史的に構成された連続性において、「昭和」は<後> だが論理的に<先>であるし、また「江戸」は<前> だが論理的に <後>だと考えてみる。どういうことが言えるか?竹内においは、アジアは、イスラムイスラムを排除して成り立つ近代化すべてを受け入れることができないように、アジアを排除して成り立つ近代ではやっていけない。これが「近代の超克」論を「方法としてのアジア」として理念的にとらえなおしてみる竹内の構成だとわたしは理解している。ヨーロッパ国家の対抗である日本近代が帰結した対中国の戦争と天皇全体主義をやめるためには、再びそれを推進した日本近代に委ねるのは倫理的に不可能だ。ここから、はじめて、本居宣長における儒教知識人批判の思考ー日本は日本の自立を排除して成り立つ中国文明すべてを受け入れることができないと考えたかもしれないーの意味を明確にすることができる。彼の思想は言語的・注釈的立場をもっていたので近代主義が捉えていたようには一元主義でなくて多元主義の方向をもったと理解できる、というか、これは、「方法としてのアジア」の多元性から理解できるというべきか。最後に、わたしは明治を考えるために大正を考えてみようとおもうのである。大正は日比谷公園焼き討ち事件から始まり満洲事変で終わる統制の時代だ。しかし、権力の全てを天皇に集中させた国家権力ー昭和ファシズムの先行形態ーによって恐怖のうちに取り除けられるが、幸徳秋水大杉栄の市民として生きる思想ー震災後にラディカルになっていった小田実に見出されるようなーが大正に誕生した。だが明治は、昭和が市民の思想家をもった大正の理想を失敗したように、江戸の理想を失敗したのである。永久革命的に直線的にに発展していくような「明治の精神」は幻想と言わざるを得ない。


アイルランド文学の名物といったら、仕事がなくて酒飲みで政治談議ばかりしていて、母に家を支えて貰っている父親に怒る息子。息子の背後で躓く非オイデプス的父の存在


W.B.イェイツは夢で父親に殺される息子の主題がある。無意識としての植民地主義?電話に父親が出て娘にかわって貰えず達成不可能だったあの十代の挫折というか(違うかな)


W.B.イェイツの作品にビザンチンという解釈が非常に難しい詩がある。わたしに力がなくて説明できないが、ビザンチンというのはイスラムと複雑な関係をとった。西欧を包みかえすビザンチンのかわりに、ビザンチン「として」なのかな、ヨーロッパの端にある、アイルランドのあり方を考えたイェイツ。これは、岡倉天心は中国と中国美術ではなく日本においてとらえ直すアジアの芸術を考えたわけだけれど(岡倉天心の講座に和辻哲郎がいたらしい)、比べたら中々面白いのだろうけれどね。岡倉はアジアという曖昧な観念に、日本の博物館としての明確なイメージを与えることができた。どうやら偶像主義の和辻はこれに影響されるわけ


アイルランドは文学が大切。会計士でも日常会話で、文学がdouble meaning だと学んだと語る。本と同じ厚さをもつ可能性のある注釈の存在を知る物の見方は豊かだ


ナショナリズムは固有なものか?英国ブルジョワとの階級闘争に敗れた貴族の価値観がアイルランドへに逃れた。収奪者がもった自然観が農民の国のナショナリズムを構成したとしたら?


農民のアイルランド人が大陸でなりすまし貴族になっていたという話を聞くとびっくり。農民か貴族か普通間違わないとおもうのだけれど、たびたび起きるのはどう説明したらいいのか?




文学で読み解く思想史のモンタージュ宣長の言語的同一性の理念と『古事記』テクストの見方を再構成する言語的・注釈的立場。ジョイスの言語的多様性の理念と『ケルズの書』の見方を再構成する言語的・注釈的立場。

ジョイスは多元言語的アナキズム多元主義。ただし標準英語に依拠していたという指摘もある。他言語が自言語に先行することを英語で書いたのだ。

宣長は従来の神道の枠組みを逸脱する国家神道を考えたが、彼の思想はジョイスと同様の言語的・注釈的立場をもっていたので近代主義が捉えていたようには一元主義でなくて多元主義の方向をもったと理解できる。宣長国家神道は明治以降の国家神道の近代にあらず、明治の靖国神社が近代建築だったようには


本居宣長は何を見たか?彼の眼の前に他言語が自言語に先行していた。だから「宣長にあって「やまとことば」の理念は、古代に向けられた彼の眼差しから何を隠し、何を取り去ることで成立するものであったのかが問われねばならないだろう」(序 方法としての江戸、子安氏『江戸思想史講義』岩波書店1998)


ジョイスは『ケルズの書』に何を見たか?彼の眼の前に他言語が自言語に先行していた。だからジョイスにあって(確信がなかった)<自分で決めた亡命>的多元主義の理念は、古代に向けられた彼の眼差しから何を翻訳することで成立するものであったのか?FWは世界中の諸言語に翻訳されてオリジナルとしてのジョイスが現れてくるのだろうか?そのジョイスも翻訳するジョイス自身を翻訳しただけなのに。存在するのは翻訳のプロセスだけである。自然と書記言語が一体になったものを信としてたたえた精神をともなうことがなければ、「バベルの災厄」、再び諸言語への拡散ではないだろうか




「維新」という日本近代の限界は自らを語るその瞬間に、その限界は炸裂してしまうので、再び、語ることができることと語ることができないことの距離ー原初的分割ーに連れ戻される


パロールはランガージュに定位しておらず、心の言葉も社会に占める位置がないこと、いつの時代にも現れる構造であり、現人神に表象される。しかし象徴性を過剰に超える行い(祀るパロール)を許すと、憲法における国民主権の根本が崩れてしまう


言語の端 、くりかえし <ここ>に、自分がやってきたというのに、<ここ>があたりまえに中心だったと教えられる。端が拡散しはじめて自分も自分の自分も誰もいないと感じる


さまよえるオランダ人』。ひとは自分が不利になることがわかっているのに彼方にかくもたやすく惹かれていくのはどうしてなんだろうか?嗚呼、さまよえる日本人


哲学者かつ芸術家は政治を批判するときは哲学かつ芸術からである。哲学は知識人の言語。だから哲学と芸術では伝わらないからといって責任のない文化人のように喋ることは許されない


哲学と芸術は開かれているが固有のものをもたないから伝わらない。文化は固有なものだから伝わる。文化の包摂は仕方ないのか?それならば私は何とか開かれている文化を考えてみよう


フーコ『監獄の誕生』(1975)第三章一望監視方式は、「ある都市でペスト発生が宣言された場合に採るべき措置は、17世紀末の一規則によればつぎのとおりであった」(田村訳)。1980年代後半に読んでも実感がなかったが、現在読んでみてリアルにわかる。われわれは、「まず最初、空間の厳重な基盤割りの実施」があった近代の始まりの時代を、垣間見ているのか。しかし何故それはまさに近代が終わろうとしている現在なのか?

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表象理論は本と商品が注釈と交換によって二重化することを語る。博物学も生殖が大切。だが理論は偉大でも、人間にとって不可欠な芸術は貧しくてやっていけぬわけを説明してくれない


表象No.1 「人格者」、表象No.2 「庶民的」、表象No.3 「叩き上げ」はどれも盗みである


演劇とはなにか?なぜ演劇は人間にとって不可欠なのか?


今日はネオリベだが、スターリズム、『資本論』、原発安全神話天皇ファシズム、不完全な理論ではなく完全な理論のもとで人間は喋れなくなった。この理論は完全な理論ではないが


中曽根が首相のときに25年後にこうすると言っていた公式参拝国家神道復活、軍国主義復活、徴兵制(経済徴兵)ーが全て実現してしまった。小泉と安倍が棺桶を運ぶ吸血鬼の国葬


最悪の大統領はイラク市民百万人を殺したブッシュ息子。政治責任が問われていない最悪の(元)首相もいる。そのイラク戦争を支持し靖国参拝を行い原発事故に責任のある小泉父


なぜ安倍政権とこれを継承する政権の歴史修正主義が問題なのか?ヨーロッパ国家の対抗である日本近代が帰結した対中国の戦争と天皇全体主義をやめるためには、再びそれを推進した日本近代に委ねるのは倫理的に不可能だ。アジアは、イスラムイスラムを排除して成り立つ近代化全てを受け入れることができないように、アジアを排除して成り立つ近代ではやっていけない。このことを歴史修正主義は忘却させる


表象理論は本と商品が注釈と交換によって二重化することを語る。博物学も生殖が大切。だが理論というものは偉大でも、17世紀における表象理論のように表象の表象を根拠づけるほどの「完全な」理論でも、人間にとって不可欠な芸術は貧しくてやっていけぬわけを説明できないのだから、思想フェチ、哲学フェチの物象に陥ってはいけない。20世紀の構造が席巻する時代に人間は消滅したが、だけど再びあえて人間を舞台にあげて、構造を超えて言語に集中する演劇を私はみる。そうして、アルチュセールが言うように、剰余価値の理論を表象理論に適用できないだろうか?『さまよえるオランダ人』において示されたように、ひとは自分が不利になることがわかっているのに彼方にかくもたやすく惹かれていくのはどうしてなんだろうかを問うとき、表象は盗みであると考えてみたらどういうことが言えるか?「人格者」「庶民的」「叩き上げ」は盗みである



津田大介、安倍に土下座。

「問題の責は彼個人ではなく」、「安倍政権で噴出した問題とは、安倍前首相個人にその責があるのではなく私たちそのものの問題である」


佐伯啓思は安倍が先導した歴史修正主義ナショナリズムヘイトスピーチの犯罪的仕事を理解できていないのか?あるいはそれを誤魔化そうとしているのか?

「疑いもなく、近年、これほど「仕事」をした政権はなかった」、(だが「旗」が不鮮明であった、それゆえ)「成し遂げたものは何かと問えば、明瞭な答えはでてこない」


アイロニーとはなにか?


イギリス人のアイロニーのセンスはアイルランド人が持ち込んできたとよく言われます(<ーまた、アイルランドですか?) アイルランド知識人の書く一行に詰まっている皮肉の数は驚異的ですが、この1ページにいったいどのくらいの数の皮肉が書かれているのだろうとおもうとき、本を読み終えたときは皮肉にまみれて超すごい嫌な性格になっている自分を想像できるというんでしょうか...アイロニーは精神的なものです。秩序の裏側に別の秩序があると考えてみようとする思考の柔軟性のことをおもいます。ヘーゲルサルトルの全体性に絡み取られることはありません。アイロニー渡辺一民氏の関心をとらえました。アイロニーというのは批評精神であることをあらためて考えています。アイルランド知識人はアイロニーの批評精神が旺盛で(よくデリダが参照している)ジョイス文学を利用してデリダエクリチュール論を論破してしまうほどなのですが、正直なところ、デリダの思想の意義をみためたうえで(脱構築アイロニーですから)、なぜあそこまでアイロニーを以ってデリダを論破しなければならないのかわかりませんでした。単純に、声のプライオリティーを言っているのではありません。

あるいはこういうことかもしれません。デリダの思想は音声中心主義のグローバルの思想にたいする抵抗ですが、しかしデリダの言うことだけを聞いていたら、グローバリズムとたたかっているアイルランド(植民地主義で抑圧されてきた地球の多数派)の立ち位置がわからなくなるよということなんだとおもいます。批評精神が成り立つためには、普遍を解体する脱構築だけでは足りませんよ、地域の思想も一緒に必要ですよと。たとえば、グローバルのレベルでナチズムのファシズムとの思想闘争を論じることは大事ですが、それだけで、もし地域のレベルで天皇ファシズムとの思想闘争を考えなかったら意味がないようにですね。地域の思想は抵抗ですが、しかし問題は、ヨーロッパの言語で翻訳されたような地域の思想ではダメだろうということです(オリエンタリズム)。

考える必要のある思想家達を含めてこういうことは全部、子安宣邦氏の『「維新的」近代の幻想』(作品社)の終章「北京大学講演」のなかに書いてあります。


デリダ『声と現象』:声と音声的エクリチュールの特権性を、ソシュール言語学を踏まえフッサール現象学の批判をとおして示す。意味作用は自分が発し自分が聞くという声における現前性に存在し、記号を離れた純粋な思考の存在を前提とする形而上学への批判を、差延、代補などを用いておこなう(哲学bot)


執筆中

ヨーロッパにおけるサルトルの復活がいわれていて、それはポストコロ二アリズムからの読み直しをいうのであろうが、そこで「他者」として指示されているのは、アフリカ・アジア・ラテンアメリカにおいて読み出される反近代のあり方である。わたしはそれに反対しない。だけれどわたしはその手前で、『存在と無』が「他者」にいかに接近していくのかを読んでみたいと思うのである。最後まで読み通すことができない。サルトルは「対自的」存在と「他者」との問題をいかに書くのか?「存在」は「本質」に先行している。この方法論は至るところに書いてある。サルトルは「存在」の問題から離れることなく、ここから「他者」の意味も考えなければならない。哲学においては、"これ"を否定するとか"あれ"を否定するとかよりも否定の力の普遍が要請されているように、存在を包摂するような関係の一般性よりも<この関係>という多様性が要請される。対他的にここからしか、他者と均くもつ自由の意味を考えることができないと言っているように読めるのである、全体性の真理に絡むとられることなく、というか。‪‪わたしの読み間違えをおそれずにいえば、知識人というものは「存在」について語ろうとすれば、「他者」の構造に連なる「対自的」「対他的」は切り離してはいけないのである。‬


写真は一望監視方式監獄の鎧戸、『監獄の誕生』のなかでフーコが分析している。こんな場所では冬は凍え死んでしまう。実際に多くの囚人が死んだ。天窓に表象される言説的なもの(「大英帝国」の恩寵の「善」とか、お好きなら柄谷や汪暉の朝貢体制的な「中華帝国」の「高度な互酬X」でもいい)。震えた人間は可視的なもの、さしこむ光を仰ぎ見ただろう。宇宙と対自的自己を包摂する国家はこう設計された。現在進行形で、設計されようとしているというべきかもしれない。今は国家というものはアベチャンネルの解釈のなかに棲んでいるけれど


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執筆中

『言葉と物』は、‪主体と客体、鑑賞者とモデルが永遠にその役割を換え続けていく様子を書くのだけれど、『監獄の誕生』において見るものと見られれるものの関係をかく書き方は、『言葉と物』のそれとは別である。人間はコミュニケーションの主体になろうとするが、情報の客体の側にいる。空間の分割が鍵である。

昔読んだ本なので記憶があやしいが、思い出しながら書いてみよう。『監獄の誕生』を読んだとき面白いと思ったのは、フーコは監獄から話しはじめたのではなかったからである。その前に、ペストのときの隔離とか、動物園のことを書くことによって、空間はいかに分割されていくのか分析している。

この本に分析されている一望監視方式の監獄は、ダブリンにある。植民地時代の監獄を博物館にしている。天井の光は善の光であり、それと同時に、大英帝国がもたらす光であったわけだ。こんな所では冬は寒くて凍え死んでしまうだろう。それぞれの独房の囚人たちは少しの熱を感じようとして天井を見上げたに違いないと想像する。一望監視方式の監獄は動物園のように公開を前提とした監獄である。ここを訪れた人々は、どういう罪を買えばどんな罰を支払わなければならないということがはっきりわかる。罪と罰は商品と価格に対応しているというわけだ。いつでも鎧戸を開けて中の囚人の様子を見ることができるようになっている。これは恐ろしいことだ。囚人はいつでも監視されていてだれが監視しているかわからない。鎧戸という実に簡単な仕掛けで監獄のコストを最大限に低くできるという。

フーコによれば、言説的なものー「最大多数の最大幸福」で知られる功利主義の善と悪を計算するアイデアーが建築に反映されているかといえばそうではないという。言説的なものと可視的なものは互いに独立しているとフーコはみる。

フーコはフランス革命の近代を考える。フランス革命後はアナーキズムと国家秩序との間に揺れ動いた。1789年のフランス革命は完全な革命ではなかった。革命はクーデターの軍国主義にとらえられてしまう。それは明治維新の場合とおなじといえるだろうかいまわたしは考えているのだけれど。軍国主義の規律と訓練が国家の秩序にとって都合のいい従順な身体を作り出していくに違いない。これは学校のモデルとなる。問題は、監獄の外部は一望監視方式の監獄の内部と違いがなくなっていくことをどう考えるかである。監獄の外部もだれが見ているのかがわからない。監視の権力に中心はない。現在はメッセージをネットワークに送るときにコミュニケーションの主体になろうとして他者を望んでいるが、現実は生活の隅々まで見られている情報の客体となっていて相互監視の網目を築いている‬。これについては、21世紀のアジアでの新しいコンテクストで考えることになりそうである。


安倍政権の7年8カ月とはなにか?これを問うことがカウンターウエイトだ。われわれが知っている知識で考えることを諦めなければいけない。その知識はあちらが支配しているのだから。「安倍個人の責任ではない」と恰も安倍に教え合られた通りに語るようではあちらの知識から喋っていると言わざるを得ない。われわれは、安倍政権の問題はアジアの民主主義に貢献することがゼロだったという事実をみとめたうえで、制度論的な見方から7年8カ月を語るべきだ。アジアは経済がどんどん進むが、何故言論の自由が一向に進まないのか?日本がやるべきことは中国に民主化を求める自らの民主化である。しかし安倍政権のもとで公式参拝の国家祭祀と軍国主義とが復活してしまっただけではない。安倍の歴史修正主義ナショナリズムのせいで日本の戦争責任が無くなったようである。これが歴史修正主義の安倍政権の7年8カ月である。しかしこれではこれからどうやってアジアの民主化を呼びかけることができるのか?呼びかけてもアジアのどの国も耳をかさない。隣国と隣人からの信頼されていないからである。信頼関係を構築するために、われわれができることは、歴史修正主義の安倍政権が依る明治維新の近代を問うこと、この国は正しい「始まり」をもっていたのかというところからはじめることだろうとおもう。新聞がこれをやらなければ、われわれ自身でやるしかない


『言葉と物』が世に出るまで、『ケルズの書』が書記言語を称える意味が分からなかった。『フィネガンズ・ウェイク』の『ケルズの書』を見ながら書かれた本のイメージもはっきりしてきた。『言葉と物』は本の二重化が起きる注釈学の意味を明らかにした。『言葉と物』の思考から現れた『映画史』は映画の二重化である、と同時に、現実が映画のなかに溶けている世界の二重化である。映画の消滅後、思想史へ行く。そして特筆すべき点は、『言葉と物』はヨーロッパの外部で江戸思想史講義によって充実することになった。2021年は、800年を要した12世紀から展開した思想の運動の言語化が完成する年になる筈だ。思想史はイメージが先行していたのだ。思想史の身体は網の振動の部分である。かくも言語がイメージより遅れたのは、言語として自身に介入してきたからだろう。思考実体にたいする思考の形式。思想史の二重化ー確立した思想史の見方のなかでそれとは別の見方を書く、これがはじまる。

20世紀は精神分析構造主義であるが、17世紀は完全なる理論と考えられた表象理論があった。知は、表象の限界から、18世紀から19世紀にかけてカントと子安氏が注目する伊藤仁斎が考えたような、経験的世界における有限性としての人間へ移行した。この人間を中心とする言語の拡散から、人間の消滅と言語の集中がおきてきたこの時代に、思考実体ではなく、新たに思考形式としてあえて再び人間を考えてみようという方法がなぜ大切なのかを問うのが『言葉と物』である。どうして、維新的近代におけるヨーロッパ中心主義のグローバルな世界史の見方のなかでそれとは別の見方が必要なのか?たとえば「方法の江戸」「方法のアジア」。別の見方は、グローバルな世界史の見方からみれば、不完全であるかもしれないが、だけど人間が喋れるのはここにおいてである。今日はネオリベだが、スターリズム、『資本論』、原発安全神話天皇ファシズム、不完全な理論ではなく完全な理論のもとで人間は喋れなくなった、やっていけなくなったのではなかっただろうか?


昔死神にチェスの試合をお願いして彼が次手を考えこんでいる間にうまく逃げ去ったものだが、今度は奴が別のゲーム<東京五輪>を申しこんできた。世界は死の舞踏を練習しておくか


民主党のバイデンはアイリッシュカトリックじゃないの。こういう顔の人をダブリンで沢山見たよ!皆んな真面目なひとたちだったなあ


アイリッシュカトリックのバイデンがトランプと彼のネトウヨ的ヤジに勝つことは何を終わらせるイメージか?ポストオバマ政権のアイリッシュアメリカンの自己発明が多分始まる


ニューヨークタイムズ紙は公私混同的に世界中に自分のビジネスを広めたトランプ大統領を批判。商売の損失を理由に払おうとする税金が6万円だけのこの男は再選されるの?


推敲中

論語』は隠者をえがいている。微子第十八の隠者は孔子の弟子にこう告げる。流れるものは戻ることがないように、天下もまたひたすら乱れていくのだから、あなたは孔子とともにこの流れを止めることはできない。「この世を避けて野を耕すわれわれに従った方がましではないか」と。『論語』の隠者をどう意味づけるか?子安先生が読み解くように、何を言っても無駄であるというほどの乱世の時代の国内亡命者と解した上で、隠者は現れるときはいきなり孔子の前にあらわれるところから、孔子の自身の中で絶えず繰り返された心の声を意味していると考えられる。『論語』は、権力とたたかう知識人が2500年間、「したたかに」隠者との間で内的対話を行なってきた事実を証言しているというのである。17世紀の伊藤仁斎はこういう。隠者たちは「天下を変えることを欲している。聖人孔子は天下を変えることを欲せられてはいない。天下を変えることを欲するものは、私の道を天下に強いるものである。天下を変えることを欲しないものは、天下をもって天下を治めようとするのである。思うに天下は人をもって天下であり、人を去って天下であることはない。それゆえ聖人は天下は人をもって天下であり、人を去って天下であることはない。それゆえ聖人は天下すなわち人とともに楽しみ、天下すなわち人とともに憂える。いまだかつて天下すなわち人を避けて、独りわが身を潔(いさぎよ)くするようなことはない。」(子安先生訳、講義レジュメより引用)。これは凄い言葉だ。天下すなわち人、と言い切る (朱子的「天人合一」の存在論を解体した後に要請されてくる理念性?)‬普遍の道に立つとき、革命の道しかないのか。仁斎は他の道をいう。人の道である。仁斎は孔子とともに、隠者との対自的ダイアローグを以て、宇宙第一の場所を語る。17世紀の思想は、天下すなわち他者との対他的関係の絶対性を語るのである。‬


今回は司会者の評判がいい。ディベートで思い浮かんだ言葉が tripartite。三者から成るの意。中世はケルト、ゲルマン、アングロサクソンで成り立つtripartite mentalityだったとか


7割の支持を貰ったスガだけれど、恥ずかしげもなく愛読書にしていると公に喋る自己啓発本の類には、自己に都合の悪いことを発言する学者たちを罰するなと書いていないのだろうか?


バイデンの父はそれほどでもなかったが母のほうはアイルランドの起源を感じていた。バイデンのように自らアイリッシュアメリカ人であると言明することは白人であることの罪悪感から免除されるという


昔ダブリンに「なりすましバス車掌」がいた。拡声器を持ちこんで一番後ろの席から「次はoo、よろしくね!」と乗客達に告げていくお兄さん。憂鬱な気持ちで二度聞くことになる(笑)。counterpartはジョイスが小説に描いたアイルランドの文化。似たもの同士というか人間も、土地の名も二重化するというか


反対者を罰したスガは安倍戦争法の解釈改憲を推進する中心にいた。だから今回で終わらない。またこの政権は憲法違反である<憲法に基づいた適切な判断>をドンドンやる可能性がある


法は解釈しかない。権力行使は解釈がない。権力は実践であり法から独立しているという意味でアンチ法だ。解釈改憲はアンチ法だから、実践の側に解釈が存するという錯認で成り立つ。ま、これは『監獄の誕生』を読み直して考えてみた自説..


デモの現場で警官達は人間が集まるのをやめさせようとする理由は無い。デモなのに権力の側に理由があると考えることが、日常の微視的権力に取り囲まれているよりも酷い臣民化である


権力行使は法にもとづく。この見方はだれも疑わない。だがフーコ的にいうと、一望監視方式の権力が定位している二つのものにおいて、可視的なもの、法の解釈する言説的なものとは、互いに独立している。「もとづく」ことは不可能だ。サルトルが考えたようには権力は悪ではない。権力は戦略的だと理解される。自己自身が構成する権力との距離は複雑である。言説の空間、そこでは「もとづく」ことがない。ジル・ドゥルーズが言うように、死者の息と繋がるリズムをもつこと、世界の中心としての外部をもつこと、他のものに成ること、が要請される。わたしはどれもできていないけれど、たしかにそうだとおもう

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昨夜は発情した猫同士でうるさかったが犬が吠えて追い遣った。橋の下の鴨から誘われているように感じたときもこのとき犬の吠え声でハッとしたものだ。死者の息のリズムのことを考えた


敗戦後も明治から変わらないのは西欧中心の教育プログラムである。そもそも「大学」という呼称でいいのかと問われることなく今日までやってきた日本の大学は、国家より先にあったヨーロッパの大学と比べると、西欧国家に対抗した国家の大学だった。憲法において学問の独立や自治権を意味する教授が享受する学問の自由を、コロナの時代に教授でない普通の人々が主張すると一体どんなことが起きるのだろうか?


「愚かなものを有名にするのはやめよう」。これは、デモのなかでマスコミが待っている所にたまたま現れたかのように喋る有名人、国会の中に呼ばれてホイホイいく売名行為も含む


「一流のビジネスマンのリーダーが国を豊かにする」は、税金を払わない理由を考えると、成り立たないが、信者にとって、そんな悟性的矛盾は世界の弱さで、トランプの精神は世界を超えている


カントは啓蒙主義者を啓蒙すればよかった。しかし現在生きていたら、平凡な愚かな者たちを啓蒙しなければいけないので大変だったとおもう


ネアンデルタール人由来の遺伝子がコロナ感染症の重症化に関連する可能性があるという。


ネアンデルタール人とはなにか?


「近年、6万5000年以上前に描かれたスペインのラパシエルガ洞窟の壁画が発見され、ネアンデルタール人が芸術活動を行っていたという見方が強まっている。」(wiki)


スゴイ抽象的な線だよなあ..


文字の誕生は、5000年前?中国で漢字の源流とされる甲骨文字が登場するのは、紀元前1400年(3400年前)頃。


文字が誕生すると、文字がどんどん抽象化していく、他方で線は抽象性を失って具象的になっていく、という面白い考え方があるのだけれどね


子安先生

「天下」の概念については講座「江戸思想史講義下』で勉強しようとおもいます。『普遍的価値を求める』を読んでいないのでわかりませんが、「天下」はポストモダン的(孔子)だと理解しますが、「天下」に「新」と「主義」を加える理解の仕方だと、(市民に「主義」を加えるように)、柄谷が戻っていったモダニズム的なことをどうしても考えることになりそうです。ポストモダンをプレモダンとみなす見方もまだあるようです。また「一」としての実体概念を脱構築的に豊かにするための多様体をどう理解しているのかによって「天下」と「天下主義」の差異があるとおもいます。これから明らかになっていくとおもいますが、こうしたことを考える上で、わたし自身、『江戸思想史講義上』を読み直す必要を感じています。ところでおそれいりますが、もし今月の先生のご講座のご日程を教えていただければ有り難くおもいます。本多


<一>たる帝国主義か帝国をもつ王政復古的天下主義は実体概念を多様体にできるか?<多>のポストモダン孔子的天下ー自言語にとって卑近なものは他言語しかないーに依拠しなければ


橋下徹が、政府の政策遂行の為に、任命しない学者がいてもいいと言います。橋下は憲法を読んだことがあるのでしょうか?総理大臣は、私も宇都宮氏のように考えていて、天皇が自分に都合の良い内閣総理大臣を任命できないように、自分をヨイショしてくれぬ學者の任命を拒否できないのがコモンセンス。妥協してですね、政策遂行のことをいう橋下の言う通りだとしても、スガは選挙で国民によって選ばれたわけではないしその政策も支持を受けていないので、だからこそ普通よりも説明責任があるはずだとおもいます。これも法に書いていなくてもコモンセンス


推敲中

植民地主義の成立とともに成立したのが近代文学ー「意識の流れ」であれ「神話的リアリズム」であれー、ここからみると、帝国主義\帝国から離れた公の世界なき『フィネガンズ・ウェイク』の世界は迷宮であると軽蔑される(反対に、実験精神としてのモダニズムの極限とたたえられる)。公(=近代国家)に従属しない天から見ている、あるいは、天を仰ぎ見ていると読めることは、ファシズムの時代に書かれた本だったけれど、1980年代における起源なき廃墟をいうポストモダンによってはじめて分かってきた。この本について先ず最初に言わなくてはならないことは、これは読めない本である。この言説を前提に、あえて構造主義の記号に行かずに、反時代的にニーチェがやったように、言語学的文献学的に言語とは何かを問うところに留まったとき、われわれは他との自立的交流が不可欠になってきた時代に、「あまりに人間的な...」排除的境界線をなす「われわれ自身」の表象とか「かれら」の表象から離れる外的条件が必要だったのではなかろうか


a word as cunningly hidden in its maze of confused drapery as a field mouse in a nest of colored ribbons 

Joyce Finnegans Wake

「色つきリボンの巣に隠れる野鼠のように、雑然とした織物の迷路の中にずる賢く隠れる言葉」(FW宮田恭子訳)


見よ、人間を!「自身の大義を求めて償いの儀式のために地下に座る」「巨石のごとき多言語墓跡テミストクレス」(FW 宮田恭子氏訳)。『フィネガンズウェイク』はリゾームなの?


フィネガンズ・ウェイク』を読むー20のアプローチ


1、『フィネガンズ・ウェイク』について語るのは今だという気がする。この本について先ず言っておかなければならない。この本は読むことができない。それは如何なる不可能性なのか


2、他言語が自言語に先行する構造は『フィネガンズ・ウェイク』の支えとなり続ける。『フィネガンズ・ウェイク』の不可能性は、支えようとしている場所がすでに現在進行中であることだ


3、『フィネガンズ・ウェイク』も天上界の統治権と地上界の統治権との交換が記される。王マークの天を旋回しH・C ・Eは大地を歩むだろうートリスタン物語の媚薬の効果が切れるまで


4、「色つきリボンの巣に隠れる野鼠のように、雑然とした織物の迷路の中にずる賢く隠れる言葉」(FW宮田恭子訳)。シェム=ペンマンの身体に書きこまれる二重化された『ケルズの書』


5、寧ろ普遍言語性は諸言語にあったジョイスの「自分で決めた亡命」は前衛作家の亡命ではない。FWを書くために死ぬまで文法を学んだと聞いたらシュルレアリスム芸術家は屈辱を感じる


6、「レンズ豆のポタージュをこねまわしている方がまだしも」(FW)。エサウは長子権を弟ヤコブに譲り渡す。西欧の対抗国家の日本も市民権を譲渡してしまったのか、戦争と全体主義


7、『フィネガンズ・ウェイク』も鳥の俯瞰的視点があるよ。他の惑星から地球ー曖昧な本質ーを見渡す。鳥が地に向かって真っ直ぐ降下していくと諸言語のどれか一つがはっきりみえてくる


8、『ユリシーズ』は多様体<地図>。だが帝国の増税のための測量にアイルランドは苦しめられた。だから『フィネガンズ・ウェイク』は国家に囲い込まれない海と全世界の河の名を書いた


9、『ユリシーズ』は昼の本ならば『フィネガンズ・ウェイク』は夜の本。ペンローズ量子論的コインの表と裏は、秩序の裏側に別の秩序があるように、一体だ。民の本はコインである


10、『ユリシーズ』は言説的文学で議論するソクラテスの精神がある。『フィネガンズ・ウェイク』において隠遁しても、大きすぎる父=神とたたかう。神も言語的パッチワークでしかない


11、芸術は定義可能である。定義する言葉が『フィネガンズウエイク』である限りにおいて。作品を指示してもこの本の本質は<読めない>点にある。両者の間に因果関係はなく原因しかない


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「ークォーク三唱、王様マークに!号令届かぬ王の声。届いたところで的外れ。」(『フィネガンズウェイク』宮田恭子訳)。第二部第四章は『トリスタンとイズー』のパロディではあるが、ここでジョイスは彼の前に誰も言わなかったことをはじめて言う。マタイ(マシュー)、マルコ(マーク)、ルカ(ルーク)、ヨハネ(ジョン)で表象される「アイルランドの魂」。「語り手は老いており...彼らの精神は弱々しく、眠たげで、その物語のどれ一つとして満足な全体をなさない」(ジョイス)。ここで何が言われているのか?これからはアイルランドアイルランドをどう観るかという見方に、すなわちジョイスの言説的文学を住処とするということ。だから国家アイルランドはそれとおなじ大きさをもった本を書くジョイス(「自分で決めた亡命」)と共に亡命することになるのである


13、「垂直梯子のついた無階級ビリヤードホールへ行くだろうって。..今日もなお不十分に悪い評価のメモ魔、物書きシェムに奪われた」(FW)。9世紀『ケルズの書』は、12世紀『朱子語類』を読み直すポストモダン孔子において為されたように、過去を水平軸に、現在を垂直軸にするものによって、二重化される


14、見よ、人間を!「自身の大義を求めて償いの儀式のために地下に座る」「巨石のごとき多言語墓跡テミストクレス」(FW 宮田恭子氏訳)。『フィネガンズウェイク』はリゾームなの?


15、『フィネガンズ・ウェイク』では囲い込まれない海のイメージが揺れている。只何かの上に佇む言葉はイメージより遅れたのは、言語として自身に介入するからだろう


16、「あのすべてを夢見る星凝視者には自分が何を見ているように見えるものなのか?答 衝突遁走万華鏡!」(宮田恭子氏訳)。『フィネガンズ・ウェイク』とはなにか?答 宇宙の劇場


17、『フィネガンズウエイク』の「二人の洗濯女」の会話に世界中の河の名が書いてある、将来若者達が自国の河の名を発見できるようにと。ジョイスは名を与えて世界を制作する聖人か?


18、『フィネガンズウエイク』は物語『トリスタンとイゾルデ』を利用して、鳥のマーク王の上昇と下降を書く。終わりに魂は上に身体は下に行く。逆だ。初めから死から見られているのが精神だ


19、『ケルズの書』の文字装飾が書記言語を称えていたと分かってきたのは『言葉と物』に依る。ポスト・バベルの『フィネガンズ・ウェイク』は『ケルズの書』を見て書かれる必然があった


20、<一>と言おうと<多>と言おうと、ジョイスのどの部分に視点を置くかの視点の問題か。しかし帝国における<多> を包摂する<一>に抵抗する民主主義を書いたのではなかったのか


21、人間が佇むのは、『ユリシーズ』では赤線地帯の円盤式蓄音機から地下棺桶に繋がる電線の上に、『フィネガンズ・ウエイク』は「巨石の如き多言語墓跡」の下に広がる海の上において


22、アイルランド文芸復興運動とはなにか?『フィネガンズ・ウェイク』(FW)に、古代観の差異、すなわち「われわれ自身」(our own self )における<復古>としての古代か、それを「割れた召使いの眼鏡」(『ユリシーズ』、Joyce)とみた構成主義的多様性としての古代かの差異がある。アイルランドの文学的言説の、その言説上に構成されるアイルランドの自己像の差異である。そして独立か自立かの政治をめぐる議論と深い関係があるに違いないとおもうのである。




わたしも『論語』を読める

支那学」(フランスの中国研究)は『論語』を翻訳するときはこれをオリエンタリズムによって構成するのである。日本の中国研究者はフランスに留学して帰ってくる。現代中国語に通じている彼らはフランスの支那学から『論語』の意味を考えるのである。たとえば下のフランス語を読むと、「人」をles hommesと訳している。おそらく一般の読者は人間に天を表象する。しかし「人」は人間なのだろうか?これに対して、四年間われわれが読んできた「仁斎論語」は17世紀の注釈のある書き下し文をベースにしている。「支那学」の近代の読みとは別のものである。仁斎が注釈を与える「人」は「天」を仰ぎ見ている。心のなかの天をみる人間の近代はない。そして「我を知るものは其れ天か」というとき、その「‬天」から見放されているときの絶望の深さは比類のないものである..


子曰く、我を知ることなきかな。子貢曰く、何んすれぞ其れ子を知ること莫きや。子曰く、天を怨まず、人を尤めず、下学して上達す。我を知るものは其れ天か。‬

Le Maître dit: < Nul ne me connaît !> Zigong dit: < Purquoi nul ne vous connaît-il?> Le Maître dit: < J n'accuse pas le Ciel, Je ne blâme pas les hommes. J'étudie ici-bas, et je suis entendu d'en haut. Seul le Ciel me connaît.>‬


精神世界とプラトニックな世界と物質的世界は互いに無関係ではなく、全体性に包摂される構造でもないあり方で、互いに他に根づかない関係を保つ関係をもつーペンローズ多元主義


推敲中

‪<多>のポストモダンの時代に、<一>神を考えることの意味は何だろうか?設計された建築物ならば解体できぬものはない。近代の<一>神も、建築物と同様に、言説のパッチワークによって設計された。思想史的にいうと、言説Aの領域から切り離す、と同時に、他の言説Bの領域にくっつるという方法をとる。例えば、超越性と内在性が共存している言説平面(スピノザ)から内在性を切断したあとに、この超越性の境界の下に、超越者を解釈するかに媒介者(ヘーゲル))を接合すれば、<一>神の制度ができる(はず)。(‪仮にそう考えてみるとして、このためには、複数の言説平面が必要であるといえる‬。) ポストモダンの時代の『映画史』のGod(-ard)の成立もそんなパッチワークじゃないか、どうかしら?さて映画研究者がいう説話的語りとは何かが長い間よくわからなかったのだけれど、近代の一神教的成立と関係しながらもそれほど説明し尽くしてしまわず言語化できないものをほっておく直接体験が語る語りは映画を映画として成り立たせる‪ナレーション‬の条件だと思う‬

(図はPenroseより)


スガ政権の拒否で<俯瞰的・総合的>ー自由に喋ることを追放するー国家主義が表象される。「学問の自由掘り崩すのか」の「学問の自由」は「日本学術会議」よりも大きくなってきた


逆に、公民権運動の時代に銅像を打ち壊さなかった。だが差異を消去する近代では差別が一向になくならないので、現在はアメリカでは差異を差異としてある権利を確立していこうとするのか。差異化は最終的には人種の言説を終わらせようとする。白人至上主義のほうは差異化に対すただの対抗言説で、その実体は、エリートの入り口が人種的に多様化した時代のナショナリズムに絡みとられた反格差の声(“われわれはだれか?ほかでもない、彼らではないわれわれ自身である”)ではないかと思わせる。さて差異化は大変危険な戦略であろう。ネグリ&ハードが言い出した問題提起、正直これについて書くことに躊躇する。わたしの理解も十分ではない。公民権運動とともにでなければ、継続することが中々難しいのではないかとおもう。日本においては戦争責任すら解決していないところで起きている差別の問題がある。再びアメリカに話を戻すと、それを「ファシズム」と呼んで決めつける日本近代は残念ながら意味の場を極端に狭くしていると言わざるを得ない



ダニエル書 4:34 JA1955

こうしてその期間が満ちた後、われネブカデネザルは、目をあげて天を仰ぎ見ると、わたしの理性が自分に帰ったので、わたしはいと高き者をほめ、その永遠に生ける者をさんびし、かつあがめた。その主権は永遠の主権、その国は世々かぎりなく、“At the end of that time I, Neb·u·chad·nezʹzar, looked up to the heavens, and my understanding returned to me;

推敲中
詩の語りは、無限へと天高く飛翔する鳥の神話世界から、日常卑近の現実世界に落下してきました。マーク王は、あらら、部屋の中で斑ズボンを探す愚か者、ジョイスのこと?buzzardはスラングで、fool愚か者の意。Plamerstown Parkパーマーズタウン公園は、ジョイスの生家のあるラスガー近くにある公園です。

断絶は思考の特異点とみなすべき思想史のブラックホールなのだろうか?ー 近代日本における近世からの断絶の問題 -

反復をいかに観察するか?同じことは再び起きない。常に異なるものが繰り返されるのです。さて古義堂の仁斎は倫理的な人間的世界を考えた思想家です。武士階級が支配者となる政治体制のもとで再び始まった学問の方向が、武士が反発した (朝廷・貴族・寺社が依存したいわば) 超越性に対する反発にどうしても規定されざるを得なかった事情があるでしょう。武士政権のおかげで朝廷・貴族・寺社の学問の独占がなくなり、江戸時代の町人を通じて近世の学問が立ち起こったことは必然性がありました。しかし決して単純ではありません。支配層の武士の中から被支配者の町人の学問を学び、これを発展させる者たちが出てきたからです。 (例えば「法の世界」のことを考えた徂徠)。ここから今度は町人階級が武士階級の研究から学び学問を発展させていきます(例えば国学を完成させた宣長は医者。文献的な方法として、文字なき美的世界の成り立ちについて考えました。身分的には仁斎と同じだったが、学問的には徂徠の研究に触発されたとかんがえられます。) 見逃すことができない点は、こうした非連続性の連続性の根底に、いいかえると反復しない反復の傍らに、徳川日本の豊かな漢字文化が存在したことです。「論語塾」の子安氏によると、漢字文化が可能にした西洋文献の翻訳の蓄積がなければ、明治の西洋を学問を受け入れた近代化はそれほど成功しなかったにちがいないのです。(徂徠そして宣長・篤胤の研究から一定の影響をうけた後期水戸学のナショナルな教説に規定されながらも)、革命 (明治維新)をになった下級武士達は、しかし明治以降は、自らを、伝統をなす江戸思想の影響圏から断ち切っていくことになりました。ゼロから出発した近代といえるものです。例えば社会契約的な考え方はすでに江戸思想にあったことがわかってきましたが、あらためてそれがかえりみられることもなく、まったく新しく西欧の社会契約論がヨーロッパから輸入されたのです。このような近代における近世からの断絶は、どうして起きたのでしょうか?断絶は思考の特異点とみなすべき思想史のブラックホールなのだろうか?他の国ではどうなのか?多くの議論がありますが、一見すると、イスラムの近代化は近代日本ほどには過去の伝統を断ち切ったようにはみえません。明治日本は日露戦争まで僅か三十年で近代化を達成させてしまいます。西欧のルネッサンスからの500年間をたった30年に縮約した、そんな日本の近代化は、それほど意味と内容をもっていたのかと問うたのは夏目漱石です。最後に、近代化における植民地化の側面を強調すると、極端に急激な近代化はアイルランドで起きた可能性のことが指摘されます。土着アイルランドの貴族たちの英国に対する蜂起が失敗したあと一斉に大艦隊でイタリアに逃げたためにエリザベス朝の植民地化を急激に推進させてしまったとみられています。ブライアン・フリールの戯曲「歴史を書くことMaking History」はこの歴史を題材にした芝居、大河ドラマで、ダブリンで大変興味深く観劇いたしました。

どういう線を描(書)きたいか?壁に掛かった絵画の正面に立つと絵の中にいる?遠くから、あるいは遠くを見るのか、否である。海に在るときのように、只何かの上に佇む。そこの裏側は、無限に離れた所に別の秩序と交信する場所である。難破船の雷鳴

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seq1 砂漠、ステップ、氷原または海は、ひたすら連結による局所的空間である。よく言われるのとは反対に、こうしたところでは遠くから見るのではないし、遠くからこれらが見えるのでもない。何かの「正面に」いるわけでも「内部に」いるわけでもない(ただ何かの「上に」いるのだ)。――(下)p285

Ainsi le désert, la steppe,la glace ou la mer, espace local de pure connexion. Contrairement à ce qu’on dit parfois, on n’y voit pas de loin, et on ne le voit pas de loin, on n’est jamais <en face>, pas plus qu’on n’est <dedans> ( on est <sur >)
ーD=G Mille Plateaux

...the desert,steppe, ice,and sea,local spaces of pure connection. Contrary to what is sometimes said, one never sees from a distance in a space of this kind , nor does one see it from a distance; one is never “in front of”, any more than one is “in” ( one is “on”) 
ーD=G  A thousand plateaus


推敲中
Der Ring des Nibelungen 
Richard Wagner
今日は楽しみにしていたワーグナーのオペラへ。今はジークフリートよりもミーメのほうに人気があるという。「ジークフリート」を観て、グローバル資本主義における世の中と比べてしまった。黄金の指輪の所有をめぐる私的なものが拡大し、天上界と地上界と地下世界が魔法にかけられてしまうと、世界全体が公的とはならず、公的領域を作らない。「公」の世界を支配におくヴォーダンはまだ偉大だけれど、かれに魅力がなくなるのは、偉大なものが大衆が好むミーメ的卑小さに根ざすことがないからなのか

「ークォーク三唱、王様マークに!号令届かぬ王の声。届いたところで的外れ。」(『フィネガンズウェイク』宮田恭子訳)。第二部第四章は『トリスタンとイズー』のパロディではあるが、ここでジョイスは彼の前に誰も言わなかったことをはじめて言う。マタイ(マシュー)、マルコ(マーク)、ルカ(ルーク)、ヨハネ(ジョン)で表象される「アイルランドの魂」。「語り手は老いており...彼らの精神は弱々しく、眠たげで、その物語のどれ一つとして満足な全体をなさない」(ジョイス)。ここで何が言われているのか?これからはアイルランドアイルランドをどう観るかという見方に、すなわちジョイスの言説的文学を住処とするということ。だからアイルランドはそれとおなじ大きさをもった本を書くジョイス(「自分で決めた亡命」)と共に亡命することになるのである

破産状態のトランプは「コロナは怖くない」と訴えて自分の商売のリゾートホテルに客が帰ってきて欲しい。科学と対立している。「トランプ氏に投票しないで」米医学誌が異例の社説

ルモンド紙「日本の菅首相、知の世界と戦争状態」
Le premier ministre japonais, Yoshihide Suga, en guerre avec le monde intellectuel

政権は選任したら「国民に責任を負えない」と説明しはじめたけど、これは、「国民に責任を負う」かぎりにおいて国家を表象する知の世界が学問であると語る最悪の言説ではないだろうか?

17世紀に設立されたアカデミー=フランセーズは当初の役割はフランス語を規則的で誰にでも理解可能な言語に純化し統一することだった。革命以降に、芸術に国家(共和主義)が表象されるべきとする言説がでてくると理解しているのだけれど。17世紀的古典主義における表象の表象はもう時代遅れとなっていた

芸術の歴史とは言説の歴史であるといえます。この歴史を考えています。イギリスはフランス革命グローバリズムに理性の限界をみるというか、フランス革命からの避難所である「自然」をイギリスのローカルにおいて新しく発見していきます。他方でアカデミーの芸術観はオリエンタリズムを形成していきました(この意味で反帝国の印象派は反オリエンタリズムといえるでしょう)。「自然」に「ヨーロッパ」が表象されるということが19世紀セザンヌにおいて成立します。この言説が問題とされてくるのは1970年以降においてからです。ポストモダンの批評精神が展開します


古代は人間から自然を照らした。人間は天に依拠する。中世は自然から人間を照らす。形而上学が成立する。近代は即ち西欧は、自身を拠り所にする有限な人間が血塗れの欲望の闇から現れた。フーコ『言葉と物』においてはこの思考実体の人間は近代と共に消滅した後、第9章に再び現れるのは何故だろうか?人間を思考形式としてアジアから考えるためだと考えたらどんことが言えるだろうか?後期近代において江戸思想史を語ること、「近代の超克」論を語ることの意味は何か?

芸術は定義可能である。定義する言葉が『フィネガンズウエイク』である限りにおいて。作品を指示してもこの本の本質は<読めない>点にある。両者の間に因果関係はなく原因しかない

セザンヌを評価する批評家たちが「芸術は定義可能だ。芸術とは幾何学的抽象性だ」と言います。これについては議論があります。ロンドンではウィットゲンシュタインの影響下にあるので、わたしのまわりは、「芸術は定義できない」と反論、セザンヌの近代に反発しました。ドウルーズは「定義可能だ」というのは、意味をつくる物としてアートがあります。全ての物が原因です。定義する言葉も、例えば、数百ページの『フィネガンズウエイク』のテクストです。本は芸術作品を指示しても、この本の本質は<読めない>点にあります。ポストモダンにとって、ヒュームが言うように、両者(言葉とアート作品)の間に因果関係はなく、原因しかありません

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映画『ゆきゆきて、神軍』と同じパターンで、追求されると、とぼける(「説明責任はない」)ー>泣く(「安倍政権からの引き継ぎがなかった」) ー>開き直る(「行革の対象だ」)

今日はアイリッシュ系の副大統領ペンスとインド系である対抗馬の副大統領候補ハリスのテレビ討論をみた。ペンスはティーパーティーのメンバー。ペンスは他人の痛みを感じるひとだということはわかったが、感じすぎると神様への依拠に行ってしまうものなのか、平等の感覚があることはあるが、社会を構成する平等観と多様性を受け入れなくなるのだろうとおもわせる。ハリスというひとは、女性が怒るときは、ヒステリックだと決めつけられてしまうので勝手にそうおもわれないようにか、怒るとき笑顔をくりだす。訓練したのだろう。ハリスは平等をもとめる街頭における抗議のデモに参加している。ペンスがトランプを擁護するとき、うなずかない彼女の笑顔から、正義の怒りが一瞬とびだす。それでハッと気がつく、このひとはほんとうに怒っているのだと。ハリスが副大統領になったら面白いだろう。

推敲中
映像は思考にとって感化の大きな運動だが、十分に思考する前に消滅してしまう問題をプラトン的に考えることもできよう。敢えて終わったと考えてみよう。映画もそれが何であるか十分に知られずに百年で終わってしまったと。痕跡を残すだけだ(投射の痕跡)。だけれど、魂について「鬼神論」(『朱子語類』)のなかにおける朱子と弟子達の間で議論されたように、映像は消滅しても時間がかかるとして意味のある思考を持続させるようとおもう。‪映画を物語る場合は、‬生きているあいだに弔うというか..変なの。問題は、それを一体どんな声で語ったらいいのか?わからない

父が死んだときに涙が止まらなかったのはアイルランドでは生活と言葉の隅々まで抑圧があり感情が溜まっていたからだったが、アイリッシュ他人の痛みを感じるから私を見て皆泣いた

植民地の経験は現地の人々から聞くことが難しい。現地のゲール語の影響のある英語を喋る自己の卑近が恥ずかしい、こうしたことは日本人はいつから理解できなくなったのだろうか?

「学問」の独立が危機に晒されるのは、悟性(学的知)が直観(芸術)と表象(宗教)からの境界侵犯を受けているときだ。芸術と宗教を語ることは可能でも芸術と宗教から語るのはヤバイ。生命から語るのはもってのほか。同様に政治を語っても政治から語ることは有り得ない。しかしこれは政治から語っているのだ

一七世紀初頭において、真理が生まれる場所は移動したのだ。それはもはや世界の姿の側にあるのではなく、言語の内的で交差した形態の中にある。-アレクサンドル・コイレ『天文学革命、コペルニクスケプラー、ボレッリ』-

「垂直梯子のついた無階級ビリヤードホールへ行くだろうって。..今日もなお不十分に悪い評価のメモ魔、物書きシェムに奪われた」(FW)。9世紀『ケルズの書』は、12世紀『朱子語類』を読み直すポストモダン孔子において為されたように、過去を水平軸に、現在を垂直軸にするものによって、二重化される

And uses noclass billiardhalls with an upandown ladder ? ーJoyce FW
「垂直梯子のついた無階級ビリヤードホールへ行くだろうって」(FW 宮田恭子訳)


「あのすべてを夢見る星凝視者には自分が何を見ているように見えるものなのか?答 衝突遁走万華鏡!」(宮田恭子氏訳)。『フィネガンズ・ウェイク』とはなにか?答 宇宙の劇場


17、『フィネガンズウエイク』の「二人の洗濯女」の会話に世界中の河の名が書いてある、将来若者達が自国の河の名を発見できるようにと。ジョイスは名を与えて世界を制作する聖人か?

18、『フィネガンズウエイク』は物語『トリスタンとイゾルデ』を利用して、鳥のマーク王の上昇と下降を書く。終わりに魂は上に身体は下に行く。逆だ。初めから死から見られているのが精神

19、『ケルズの書』の文字装飾が書記言語を称えていたと分かってきたのは『言葉と物』に依る。ポスト・バベルの『フィネガンズ・ウェイク』は『ケルズの書』を見て書かれる必然があった

20、<一>と言おうと<多>と言おうと、ジョイスのどの部分に視点を置くかの視点の問題か。しかし帝国における<多> を包摂する<一>に抵抗する民主主義を書いたのではなかったのか

人間が佇むのは、『ユリシーズ』では赤線地帯の円盤式蓄音機から地下棺桶に繋がる電線の上に、『フィネガンズ・ウエイク』は「巨石の如き多言語墓跡」の下に広がる海の上において

Trisolanisans (トリソラニザンス)「三つの太陽の島人」。『フィネガンズ・ウエイク』が定位する言語の端は収縮している歪んだ異空間である。そこでは、三つの言葉(トリスタン、イゾルデ、太陽)が一つの語を作る、反コスモスを経た本質なき分節化が起きる

「i のスペースにアナ(ママ)を開けること!によって時間も観念を[平面上(?)ひょロめんに]導入すべく=鋭く職業的に刺したもの」(宮田恭子氏訳)。虚数的?多孔性の『フィネガンズ・ウェイク

学者は読み直す解釈によって世界の見方を解体できるが、世界を解体できたか?アーチストは作品を作る/作らない労働によって世界の見方を創ることができるが、世界を救ったか?

哲学と文学と芸術。「役に立たない」危険なものを国家の学問から除外するのは初めてではない。日本近代は江戸の西洋語翻訳無しに成り立たなかったが抵抗する江戸の学問をゼロにした

アイルランドは1日に何度も雨が降る。車を洗っている最初の米国人を見て衝撃を受けたアイリッシュ。洗車に文明が表象される?洗車は意味だと我々は理解できたとダブリンで教わった

先に結論をいうと、「学問の自由」を主張する側にわたしは立つのは、安倍戦争法に反対した市民たちを擁護したいからです。「学問の自由」という構成でいいのだろうかとおもっているのでこのことについて書きます。「学問の自由」は知の世界ですから、それを全否定することは不可能なのはもちろんのことですね。問題は、ポストモダンの1970年代以降に起きてくる知識人「軽視」の言説にあるようにみえます。日本ポストモダンの中には「知識人」を否定する知識人すら出てきます(これは「転向」を構成するかもしれないのです)。結局彼は近代に帰っていきます。すると、現在は、「知識人」否定と「知識人」擁護とが対立しています。ポピュリスムの時代です。しかし知の考古学的には、この対立は同じ時代の地層に起きているので、実は補いあっているとおもっています。具体的には、両者とも、江戸時代の知識人からの連続性の中で自らのあり方を考える態度がありません。ヨーロッパでは知識人も芸術家も17世紀ぐらいに遡って考えることは普通にありますが、日本近代は明治からしか考えようとしないのです。明治より前の過去は、明治に翻訳された過去の姿だけです。だから国家が無かった江戸時代の知識人がなにを考えたか知らない。知識人的活動家たちから維新的近代の青写真ができてくるのですが。

「学問の自由」は知の世界ですから、それを全否定することは不可能なのはもちろんのことですね。問題は、ポストモダンの1970年代以降に起きてくる知識人「軽視」の言説にあるようにみえます。日本ポストモダンの中には「知識人」を否定する知識人すら出てきます(これは「転向」を構成するかもしれないのです)。結局彼は近代に帰っていきます。すると、現在は、「知識人」否定と「知識人」擁護とが対立しています。ポピュリスムの時代です。しかし知の考古学的には、この対立は同じ時代の地層に起きているので、実は補いあっているとおもっています。具体的には、両者とも、江戸時代の知識人からの連続性の中で自らのあり方を考える態度がありません。ヨーロッパでは知識人も芸術家も17世紀ぐらいに遡って考えることは普通にありますが、日本近代は明治からしか考えようとしないのです。明治より前の過去は、明治に翻訳された過去の姿だけです。だから国家が無かった江戸時代の知識人がなにを考えたか知らない。知識人的活動家たちから維新的近代の青写真ができてくるのですが。結論をいうと、学問の自由を主張する側にわたしは立つのは、安倍戦争法に反対した市民たちを擁護したいからです

最高裁の諸君、「ブラックボックス」(無知のヴェール)に行け!諸君もネオリベの世にアルバイトで生きる確率が高い。多数の反発が起きる所にこそ憲法が介入すべき平等の抑圧がある

70字の五百年。明治・大正・昭和は対抗西欧の国家の普遍主義。江戸と1970年ポストモダンは普遍主義に対した(「方法のアジア」「方法の江戸」)

70字で500年を書くつもりになっているなんてほんとうに狂ってるでしょう(笑)。ところでヨーロッパはルネッサンスからフランス革命を経て500年間かけて民主主義が成立します。ヨーロッパでは全体主義的統制と多元主義的自由との混同は起きません。アジアの場合、民主主義の建築が20年とか10年の期間に圧縮されると、全体主義的なのに自由と言ったり、自由であるのに全体主義と言ったりするということが起こります。日本の民主主義の歴史は150年ですから多少分別が働くかもしれませんけれど、350年足りません。とくに多元主義的自由にとって不可欠なのものは意味の幅があるかどうかですが、問題は、漢字受容から1000年後に漢字を自分たちのものにしてやっと自由に考える成熟した文を書くことができるようになったのに、明治維新からそれをゼロにして西欧語を受容した西欧語を中心とした言語のあり方を自分たちのものにするのはやはり1000年かかることでしょう。小林秀雄西田幾多郎の文を日本語なのかどうかわからない言っていました

民主主義は1500年を必要としていると考える理由

日本の民主主義の歴史は150年ですが、ヨーロッパのルネッサンスからフランス革命を経て500年間かけて成立した民主主義と比べると、350年足りません。特に多元主義的自由にとって不可欠なのものは意味の幅があるかどうかですが、問題は、漢字受容から1000年後に漢字を自分たちのものにしてやっと自由に考える成熟した文を書くことができるようになったのに、明治維新からそれをゼロにして西欧語を受容した西欧語を中心とした言語のあり方を自分たちのものにするのはやはり1000年かかることでしょう。例えば小林秀雄西田幾多郎の文を日本語なのかどうかわからない言っていました。ヨーロッパではルネサンス時代の書体はカロリング小文字体を元にして作られます。12世紀までに、カロリング体の文字はより角ばって書かれるようになり、文字の間隔が狭くなり、この頃、現在と同じ点のある i が出現しました。これはジョイスの一文を喚起します。「i のスペースにアナ(ママ)を開けること!によって時間も観念を[平面上(?)ひょロめんに]導入すべく=鋭く職業的に刺したもの」(宮田恭子氏訳)。西ローマ帝国崩壊後にアイルランドに聖パトリックが来たのは5世紀、『フィネガンズウェイク』が影響をうけた『ケルズの書物』は9世紀に現れました。そしてフランス革命の一世紀まえにアカデミー・フランセーズの文法学派が現れました。当初の役割はフランス語を規則的で誰にでも理解可能な言語に純化し統一することであり、辞書と文法書の編纂を重要な任務としていたようです。漢字受容後に成熟するまでに1000年間要したことを考えながら、ルネッサンスに先行する1000年間において言語を自分たちのものにする同様の努力が存在したといえるのではないかと私は考えようとしています。これが民主主義は1500年を必要としていると考える理由です。アジアの場合、民主主義の建築が20年とか10年の期間に圧縮されると、全体主義的なのに自由と言ったり、自由であるのに全体主義と言ったりするということが起こります。またアジア諸国明治維新の近代をモデルにしていますが、音声中心主義への移行とともに「王政復古」となってしまった復古主義が正しい「始まり」をもたなかった近代であることの問題を十分に語られてきませんでした。

英国の植民地にある失敗した新古典主義様式である醜い国会議事堂はいかにも西欧の対抗国家のあり方を示す。最高裁の建物もここに怒る民が突っ込んでくるのをおそれる壁の軍艦みたい

西田幾多郎はカントにおける主観と主体の差異をアジア的文脈で説明してくれるが、彼の思索において<一>と<多>の関係に差異が無いのは貧しい。本居宣長の方がこの関係を豊かに複雑に書いている。世界的水準を以って学問知のピークに到達できた昭和十年代よりも江戸思想が優れていると思われ

公式参拝が問題となるのは憲法が禁止した国家神道の復活。その公式参拝を行った中曽根に「弔意」を国大に命じる。事実上国民に求めているのか?異常だ、これでは祭祀国家じゃないか

英国人はパニックって市場の自由へ駆け込むのは契約国家の成り立ちと関係があるか?日本知識人はパニクると祀る\祀られるの中動態的現人神に駆け込むが、祭祀国家の成立の影響か

現在社会の中心にいる、中曽根の公式参拝に抗議しなかった自分と同世代は自分らしさを求めた。本当は不可避の他者をもつことが大切だったのではないか

推敲中
『言葉と物』が世に出るまで、『ケルズの書』が書記言語を称える意味が分からなかった。『フィネガンズ・ウェイク』の『ケルズの書』を見ながら書かれた本のイメージもはっきりしてきた。『言葉と物』は本の二重化が起きる注釈学の意味を明らかにした。『言葉と物』の思考から現れた『映画史』は映画の二重化である、と同時に、現実が映画のなかに溶けている世界の二重化である。映画の消滅後、思想史へ行く。そして特筆すべき点は、『言葉と物』はヨーロッパの外部で江戸思想史講義によって充実することになった。2021年は、800年を要した12世紀から展開した思想の運動の言語化が完成する年になる筈だ。思想史はイメージが先行していたのだ。思想史の身体は網の振動の部分である。かくも言語がイメージより遅れたのは、言語として自身に介入してきたからだろう。思考実体にたいする思考の形式。思想史の二重化ー確立した思想史の見方のなかでそれとは別の見方を書く、これがはじまる。
20世紀は精神分析構造主義であるが、17世紀は完全なる理論と考えられた表象理論があった。知は、表象の限界から、18世紀から19世紀にかけてカントと子安氏が注目する伊藤仁斎が考えたような、経験的世界における有限性としての人間へ移行した。この人間を中心とする言語の拡散から、人間の消滅と言語の集中がおきてきたこの時代に、思考実体ではなく、新たに思考形式としてあえて再び人間を考えてみようという方法がなぜ大切なのかを問うのが『言葉と物』である。どうして、維新的近代におけるヨーロッパ中心主義のグローバルな世界史の見方のなかでそれとは別の見方が必要なのか?たとえば「方法の江戸」「方法のアジア」。別の見方は、グローバルな世界史の見方からみれば、不完全であるかもしれないが、だけど人間が喋れるのはここにおいてである。今日はネオリベだが、スターリズム、『資本論』、原発安全神話天皇ファシズム、不完全な理論ではなく完全な理論のもとで人間は喋れなくなった、やっていけなくなったのではなかっただろうか?




昭和の8月15日を考える

‪何が終わったとする記念日なのでしょうか?「戦」が終わったというのならば、「戦」とは何だったのでしょうか?アジアで2000万人の命が犠牲になったことを考えるとき、ファシズム軍国主義が一緒の方向を向いた「普通の国」の正しい「始まり」をもたない歴史を考えない訳にはいきません‬。基本的には、<祀る国家は戦う国家である>と考えています。「普通の国」になれ、当たり前じゃないか、とこの国の政治家達はいいますが、「普通」の国に戻ってはいけないという誓いがあった明日はこの意味を考える日だとおもいます。「普通」の国だったときは50か国以上と戦争しました。戦後に49ヵ国と平和条約を結ぶ必要がありました。アメリカのマスコミから「戦争神社」と呼ばれる国家神道も復活させてはいけません。が、日本アカデミズムは国家神道の定義を非常に狭くして、(明治維新のときに神祇官を復活させた時期を以って国家神道の問題があったとする)、日中戦争と太平洋戦争の戦争と国家神道は無関係と解釈し始めたようです。しかしそうでしょうか。これでは「普通の国」が自身を正当化しているようなものです。‪’常に例外はある。だが偶発事に、思考に値すべき歴史の普遍はない’、と‬。これに対しては、アジアで2000万人の命が犠牲になったことを考えるとき、ファシズム軍国主義が一緒の方向を向いた歴史を偶発事と言ってしまっては倫理的に済まされないことをどうしても考えるのですね。

終戦記念日は、嘗て憲法に書かれなかった「祀る神は祀られる神」とする現人神の天皇ファシズム軍国主義で生じた戦争をやめるという戦いを終わらせる日になってはいないでしょうか

MEMO

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内閣支持率とテレビのクイズ番組はおなじナショナリズム?国民からの質問に「あなたに答える必要がありません」と狡猾に答えてきた庶民のクイズ回答者に国民が総理の王冠を与えた


BBCは純然な資本主義に駆け込む野蛮なイギリス人を啓蒙する役割を自覚していて、今日もベートーベンを流している。叩き上げ自助の国も啓蒙サウンドが必要だ


私の大学時代はまだ国際法イコール憲法だったので、恥ずかしいが努力も足りず国際法のイメージをもてなかった。現在あの法の支配の英国が国際法違反の疑いが言われているので勉強中


Former British prime ministers Tony Blair and John Major on Sunday said the United Kingdom must drop a “shocking” plan to pass legislation that breaks its divorce treaty with the European Union, in a breach of international law. ーThe Irish Times


Fintan O'Toole: English nationalism is too naive to know its own limits


21世紀のナショナリズムは己の限界をわきまえない。国際法違反を推し進める。北アイルランドを「ブレグジット(英国の欧州連合離脱)の犠牲」にしていると非難されても仕方ない


米連邦最高裁で史上2人目のリベラルの女性判事が亡くなったのは残念だとあちらではニュースになる。こちらは西洋鬘被っているであろう日本最高裁の判事が誰なのかだれも知らない


アジアは経済はどんどん進むが、何故言論の自由が進まないのか?どんな国でも資本を蓄積した後に資本主義が成立するが、正しい始まりが論理的に先行しないかぎり市民は成立しない


神話は人間を天へ飛翔させる。蝋の翼が溶けて落下した。古事記的には、神の世界の支配権は地上のそれと交換可能なことを物語る?人間を卑俗な地に突き落とすのはリアリズムの近代


中世は、トリスタンのように遠くからきたのに卑近なことをよく知っている「あの世からきた近くの人」が物語られる。平田篤胤の仙境異聞とか生まれ変わりの話もそういうものである


ブルームは「あの世からきた近くの人」かもしれないが、近代の‘キュクロープス’のナショナリストに影響力をもたない。ヨーロッパにおける国内亡命者としてのユダヤ人として生きる


7割は現在が何を言っても通じぬ乱世であることを示す数字だ。日本文学に故郷喪失者としての亡命の視点があったか?世界文学としての『論語』は国内亡命者の知識人を書いている


7年8カ月とはなにか?これを問うことがカウンターウエイトだが、われわれが知っている知識で考えることを諦めなければいけないだろう。その知識はあちらが支配しているのだから


表象の外部化の問題から逃げてはならない。表象とは思い浮かべること、思考において他のものと交換すること。ラディカルモダニズムは表象を純粋に絶対他者化して表象を不可能にする


後期水戸学の重要性は祭祀国家の哲学ではなくて制度論的思考にある。近代の国「家」のなかにそれとは異なる屋根や壁や床を取り払った家を作る、これが別の近代を考える制度論的思考


『「維新」的近代の幻想』とはなにか?日本近代150年の歴史を問い直すこの本は、外部の思考を失って閉じた内部的幻想にとらわれたわれわれにおいて語ることを不可能にしてしまっている「維新」的近代を語ることを可能にしている課題をもっているとわたしは理解しています。明治維新という日本近代の限界から自らを語ろうとするその瞬間に、その限界は炸裂してしまっています。再び語ることができることと語ることができないことの距離、原初的分割に連れ戻されてしまうのです。はたして、”明治維新”は近代日本の”正しい”始まりなのか?、と、子安宣邦先生は開かれた外部の思考を以って市民大学の講座『明治維新の近代』で問うてきたのであります


7年8カ月とはなにか?これを問うことがカウンターウエイトだが、われわれが知っている知識で考えることを諦めなければいけないだろう。その知識はあちらが支配しているのだから。明治維新という日本近代の限界から日本近代の限界を語ろうとしるまさにその瞬間に、その限界は炸裂してしまっている。再び語ることができることと語ることができないことの分割に連れ戻される。子安宣邦氏の『「維新」的近代の幻想』から、日本近代150年の歴史を問い直す思考がはじまる。




人はすんでいる家の何処が悪いのかと何時も考えているだけではなくて、隣人や路の人のことも時々でも心配する。国の家となるとかくも日本の他の民主主義に無関心にさせてしまうのか


市民大学の講座『明治維新の近代』において議論された荻生徂徠と会沢正志について書いていたら、竹内好の「近代の超克」のことを考えている。アジアにおける「近代の超克」は「維持」を主張した学者的活動家達を無視して語れるだろか?例の有名な京都学派世界史的視点は植民地主義の克服をそれを乗り越える伝統に委ねる考えだとしたら、それは西欧にある視点を再び語っていただけに過ぎない。だから帝国日本は西欧と同一なのである。竹内好の「近代の超克」の場合は、最高の原理がある西欧を包み返すほどのロゴスを再構成する為には、アンチコスモスとしての伝統(伝統を為す顔の輪郭が崩れている)が必要である。生者と死者の思想的分割、死に場所がなくなってくる近世の江戸時代に議論されはじめた鬼神論について考えなければならない。そうしてこそ、「維新」を語ることができる様になる。これはほんとうの意味で差異である。しかし問題となってくるのは、「王政復古」という可視的なものを発展させた形で、現人神について「祀る神は祀られる神である」とヴィジュアルに呈示される神話的偶像である。これは、アジアにおける「近代の超克」を語る言説的にものと独立している。結局この独立している可視的なものに縛られるために、明治維新もそしてアジアにおける「近代の超克」も語ることを不可能にしてしまったのではあるまいか


イギリスにいたときは便利なので英語を喋っていただけで英国人であるとおもうことがなかったし、現在は手段として日本語を喋っているだけで、日本人であるとおもったことがないよ。わたしは自分がヨーロッパ人とも日本人ともおもわないが、アルファベットの文化もアジアにおける漢字文化も尊敬している


アイルランドの対英闘争の活動家達は大英帝国が作った一望監視の監獄にいれられるのは「独立」後である。共和主義の国家哲学はあったが、どんな国家を作るかの制度論が足りなかった


フーコの知の考古学からは、対立する重商主義重農主義は同じ地層にある。この意味を、21世紀において考えると、ネオリベのマネーの政治が価値を形成しているという錯認が起きる


アベの都合よく「富」が「株価」に表象される新・新「重商主義」に、スガは「農家出身」の新「重農主義」で対抗するの?記号「自助的叩き上げ」は無意味な記号であるだけによく滑る


1、「ある言語の「全体」の表象が成り立つのは、その言語の「書かれた」すがたを思い浮かべることができた時だ」(イ・ヨンスク)。子安宣邦氏は不可避の他者として漢字の意味をとらえる。しかしラディカル・モダニズムは知識人が依拠してきた漢字の存在にネガテイヴなイメージをもつ(津田左右吉)。



2、比べると、津田左右吉によると、江戸時代は事実上の象徴天皇制だった(徳川幕府が政治権力をもち、京都の天皇は文化権力をもっていた。) 天皇が政治権力をもつのは王政復古というクーデターの明治維新からである


3、さて知識人の漢字エクリチュールへの依拠を批判した、従って総体として知識人を全否定したラディカルモダニズムだけが皇国史観を批判できた。この津田左右吉のような普遍主義か普遍主義でないか曖昧な位置と機能は近代主義からはみえない。


漢字に表象できるのは岡倉天心の多元的<一>としてのアジア。漢字に対する本居宣長津田左右吉の立ち位置を批判してこそ、漢字に表象できるようになるのは、言語的存在である人間が人間として成り立つところの不可避の他者である。このことが多様的漢字受容世界ではないかと私はおもう。そしてラディカルモダニズムはこの表象を不可能にしていくだけではないか



明治が作った漢字がなければこの文を書けません。というか一行も文を書けません。では明治の漢字は明治維新とともに成功したのかと考えると、明治維新の近代は江戸の理想を失敗したとおもっています。精神的従属も差別も一層大きくなりました。安倍政権からいわれる明治に帰れとする現在は一国語主義のもとで歴史修正主義ナショナリズムが拡大していますし、また聖人が命名制作した嘗てのように自然を言語として尊敬しなければとても地球環境をまもれるものではありません。日本が原発をやめれないのは自然を書かれた言語として尊敬していないからだとおもいます。永久革命的にオリジナルに自己自身を作り出す精神、語る言葉のラディカルモダニズムは絶えず開発しなければいけないのです。

性急に乱暴に書いてしまいましたが、原初的テクストの言語が消滅したあとに、ヨーロッパは17世紀に普遍言語の再建を行います。近代の諸言語(ラング)はラテン語も含めて、文法性によって再構成されていくというのが私の認識です。アジアにおいても同様の独自の言語の研究があります。森のなかに木というものが存在していると思います。私の関心は、アジアの存在を考えるためには、木から思い浮かべることができるのか、森から思い浮かべるほうがよいが実は木から思い浮かべているのではないかという問題です


人は空間と時間を必要とする。人は定住しなければならない。名を与える。書く。国家を制作する。思考が可能となる。移動し続けては不可能だ。明治とは何か?明治という名を与えることによって国家を制作した。思考が可能となった。だが国家がなかった江戸において国家的なものが制作されるし思考もしていた。命名制作論を考えていた。命名制作論は、名づける制度論的行為をどうみるかの見方を考える江戸時代の言説であって、名づけることを書経的世界を翻訳によって現在に再構成する自らとして正当化する契機をもっているというか。たとえば「天祖」と名付けることの意味は何か



聖人が命名制作した嘗てのように自然を言語として尊敬しなければとても地球環境をまもれるものではありません。日本が原発をやめれないのは自然を書かれた言語ー書記言語ーとしてとらえる信をもっていないからだとおもいます


渡辺一民氏は若いときから生意気だったらしい。軍人から「貴様は何を勉強している?」ときかれたときは、仏文を仏教と勘違いしたこの軍人に、フランス文学を勉強しているとただしたために、「生意気だ!」と軍人から顔が変形するかとおもうぐらい殴られたという。「日本人」にはフーコを理解できないと言った渡辺氏。これほど生意気な言葉もないだろう。氏に、どういうことですかと聞けない。現在もし生きていたら、フーコならば明治維新の近代をどう読み解いたのですか?と質問したかったのだけれど。多分、かつての怒った軍人のように、日本人がひとつの視点しかもたないでやってきた出発点を問題にするのかしら?

国際関係の交渉に慣れていた幕府に任せたほうがうまくいったか?それは無理だ、薩長がやるしかなかったとかなんとか。西郷隆盛勝海舟の壁画を見たときのことを思い出す。二人が対立しているように見える。しかし絵は隠蔽しようとしても、この二人が同じ地層のなかに存在していることを顕にしてしまう。

助け合うこの両者によって確立した物の見方の中に嵌まり込む。その中からそれとは別の見方をもとうとしない結果、現在は明治維新が確立したこの道しかないと教える安倍政権を受け入れてしまう。正しい「始まり」と子安氏が呼ぶものの不可能に、明治維新の日付に、別のあり方を思考することをやめる「日本人」が誕生したのである。「日本人」にはフーコを理解できないのは、言説とフーコが呼ぶものを理解できていないからである。明治維新の近代がどう語られてきたかを思考の柔軟性を以って理解すれば、イデオロギーに包摂されない言説の空間における解体と再構築の反復がみえてくるのではないだろうか?


親がいなかったので何が正しいか全て本を読んで実践してきたと言うダブリン孤児院で育った知識人は私と会ったとき、helloというデリダ的挨拶をした。自言語が他言語に挨拶した


構造主義は重大な革命だった。構造主義があってはじめて、全世界が従来よりもはるかに理性的になったのだから。[D=G(中)p156]


自衛隊は国外で何をしているのか?その姿が水平方向で見えなくなったが、宇宙でも米軍と一体化している?垂直方向でも見えないが、軍国主義と格差が推し進める経済徴兵はそこにある


古代ギリシャ哲学寸劇


妻(嗚咽)「どうしてよ?あなたのような善人がどうして罰せられなければならないの!?」

ソクラテス「では、罰せられるならばわたしが悪人だったらそのほうがおまえは幸せなのか?」

妻(号泣)「このひとはまたそんなことを言って..」


デモクラシーの”非西洋的起源”はピンと来ないな。デモクラシーという最高の原理をもつ西欧を包み返す多様的漢字受容世界という方法的なアジア主義の思想を考えた方が自由に喋れる


なぜ木を切るのが好きな人がこんなに多いのか、やっとわかったそれは、すぐに結果を知る事ができる行為だからだとアインシュタインは語る。他者との論争は誠実さや真摯を伴なわなければ木を切る行為と同じ、言葉のスラム化だ。思想史も、思想家一人の木を切るよりも、500年間の思想家達の森を歩くのだ


鈴木雅之をたたえよう



横井小楠をたたえよう



石田梅岩をたたえよう


ロゴスを語ること、それは語られる世界より遥かに大きい。ロゴスと共に、同一の広がりをもつ世界の半分と沈黙する残りの半分との分割はいつの時代から起きたのか問い始めるからだ

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Ce qui les distingue, c'est que le rapport intérieur au nombre constitue dans le cas d'une majorité un ensemble, fini ou infini, mais toujours dénombrable, tandis que la minorité se définit comme ensemble non dénombrable, quel que soit le nombre de ses  éléments. Ce qui caractérise l'indénombrable, ce n'est ni l'ensemble ni les éléments; c'est plutôt la connexion,le <et>, qui se produit entre les  éléments , et qui n'appartient à aucun des deux, qui leur échappe et constitue une ligne de fuite,

(MP, p587)


支配言語はマジョリティーから数えられる言語を構成する。支配言語が無関心なマイナー言語は線的<と>である、数えることができない言語に成る。これこそは多様的言語受容世界だ


『言葉と物』で最も知られている言葉が「表象」である。しかし理解されなかった。多分「表象」でフーコが意味している内容が同じでないことによるのかも。事項索引を読むときだ


フーコの「表象」を考える(1)


「だが実際には、「重商主義」が富と貨幣のあいだに設けたのは、おおかれ漠然とした同一性ではなく、貨幣を富を表象し分析するための道具となし、逆に富を貨幣に表象される内容とする、熟慮された連接関係だったのである。」(『言葉と物』、交換すること、重商主義)

En fait, ce n’est pas une identité, plus ou moins confuse, que le <mercantilisme> instaure entre les unes et les autres, mais une articulation réfléchie qui fait de la monnaie l’instrument de représentation et d’analyse des richesses, et fait, en retour, des richesses le contenu représenté par la monnaie. ーFoucault p.186


フーコの「表象」を考える(1)補足


< La monnaie n’emprunte point sa valeur de la matière dont elle est composée, mais bien de la forme qui est l’image ou la marque du Prince.>

c’est parce que l’or est monnaie qu’il est précieux. Non pas l’inverse. De coup le rapport si étroitement fixé au 16e siècle est retourné: la monnaie ( et jusqu’au métal dont elle est faite) reçoit sa valeur de sa pure fonction de signe. ーFoucault


「貨幣が価値あるものとされるのは、その材料となる物資のゆえではなく、君主の象徴または標識であるその形態ゆえである。」金が貴重なのはそれが貨幣だからで、その逆ではない。このことによって、16世紀においてかくも厳密に定められていた関係は転倒され、貨幣は(そしてその材料となる金属み)その純然たる記号(シーニュ)としての機能からその価値を受けとることとなる。」(『言葉と物』、交換すること、重商主義)


フーコの「表象」を考える(2)


「表象作用において、記号(シーニュ)がその表象しているものを思考のまえに呼びもどす力をもたなければならないのと同様に、貨幣は、つねにその所有者の手に、先刻それと交換されたものを引きもどす力をみつ」(フーコ『言葉と物』第六章四担保と価格 交換すること)

La monnaie peut toujours ramener entre les mains de son propriétaires ce qui vient d’être échangé contre elle, tout comme, dans représentation, un signe doît pouvoir ramner à la pensée ce qu’il représente. ーFoucault


時代的文脈を無視した「殉死」の表象によって帝国日本が成り立つ『こころ』は深い内面を記述できる近代文学の勝利であるが、それは植民地をもたない国の近代文学はゼロだと告げる


推敲中

ドゥルーズによれば、マイノリティに成ることは、非可算集合に成ることである。仮に、反原発デモは可算集合としたならば、このデモから構成し得るネットが書く言語は、非可算集合である。見えないメタレベルの高みから、なにが真の<市民的介入>であり、なにが嘘の<市民的介入>であるか批判していく。例えば、「ユリシーズ」の主人公といえば、「35歳の白人の男性で首都の住人」と分解したらダメ、どの要素もマジョリティを記述する可算集合。マイノリティは非可算集合。仮にデモは可算集合ならば、デモから構成できるネットによる言語は非可算集合。見えないメタレベルの高みから、シングルイッシュを批判す


‪Art, says Gilles Deleuze, gives form topercepts and affects. Philosophy, however, must depart from the latter to arrive at the concept ー this is its arid destination ー no matter how traumatic the point from which its research departs, or a construction is undertaken. ‬

‪ー Alain Badiou "Infinite thought"‬


スゲー、雷だなあ!

こいつはね、神様の足音で、

天界でゼウスが女神たちと、

その・・・

雨はその快楽の滴ってことさ


 中江兆民はphilosopheを「理学」と訳す。漢文の伝統は抵抗の拠点だ。実際に幕末の知識人的活動家の流れを汲む自由民権運動は漢文的思考に頼っていた。「本当は大したことがない」のは「哲学」と指示した井上哲次郎。翻訳において朱子学の語彙を利用してきたくせに、philosopheに関しては、「哲学」と読んだら何のことかわからなくさせる武装解除である


• 後期水戸学の言説は朱子学的言説に線を引くことができるが、それほど統一性あるイメージなのか?儒家的アマテラスが投射される。それは明治維新の近代を準備したが、近代ではない。

儒家的に投射されるアマテラスは、幕末の知識人的活動家にとって、国の形を視ることによって、天下に視たことを自由に喋るアジアにおけるギリシャの思考とフランス革命だったのか



他者は構造化された(囲い込まれた)知に包摂されてしまう。ここでは言及されていないが、「神道」も解釈のなかに存在している。‪最近の国家神道の定義を非常に狭くして戦争との関係を否定する物の見方が確立しつつあるという。軍国主義全体主義の一致を齎した国家神道の「幻想」によって他者ー2000万人のアジア人ーが殺された事実を言うのは市民である。‬


明治と大正と昭和


講座『大正を読み直す』が終わったときは、講座で取り扱わなかったが、昭和ファシズムのことを常に念頭に置いていたから、美濃部達吉のつぎの言葉を考えていた。「機関説と申しまするは、国家をそれ自身に目的を有する恒久的の団体、一つの法人と観念いたしまして、天皇は法人たる国家の元首たる地位にありまし、天皇憲法に従って行わせられまする行為カ、即ち国家の行為たる効カを生ずるということを言い現わすものであります。」(演説「一身上の弁明」)

講座『明治維新の近代』が終わってみると、この講座と並行して、『朱子語類』を読んできたので、そこでヘーゲルの精神について考えまた宗教的神性についてその透明化された言説も考えることもあったので、彼の本は読んだこともなかったが、南原繁のつぎの言葉がだんだん気になってきた。

「およそ国家の問題は、根本において全文化と内的統一を有する世界観の問題であり、したがって、究極において宗教的神性の問題と関係することなくしては理解し得られないというのが、著者の確信である。」(『国家と宗教』)

国家と宗教に関係を打ち立てることに失敗したファシズムと戦争を経験した知識人が、国家と宗教に関係を打ち立てるために、同一化の従属に抗う精神の変革がもとめられた?宗教的神性の問題を考えなければならないと考えたのは理解できる。多分宗教的神性といわれるものはどの時代にも貫く。しかし一人でなければ考えられない宗教的神性の問題は知として共有できないのではないか。ただ、国家と宗教に関係を打ち立てるためには、どんな時代にも現れてくる構造の問題を明らかにする必要があることを考えさせる。構造の問題としてならば共有できる知だ。さて和辻哲郎は、ファシズムと戦争に関係なくいつの時代にもあらわれる構造の問題を考えていた。構造主義を先取りして、憲法が書かない天皇の死を支配する権力を構造として考えることができたのではあるまいか。憲法が書かない権力を明らかにしないかぎり、憲法を作り直しても再びおなじ問題がおきることを敗戦の前から知っていたようだ。反復するおなじ構造が支配するだけだからだ。何もかえるな、そうしてすべてがかわる、この構造を日本人は住処にすればいいと。しかしそれではファシズムと戦争の経験がなくなってしまうとおもう。




講座『大正を読み直す』が終わったときは、講座で取り扱わなかったが、昭和ファシズムのことを常に念頭に置いていたから、美濃部達吉のつぎの言葉を考えていた。「機関説と申しまするは、国家をそれ自身に目的を有する恒久的の団体、一つの法人と観念いたしまして、天皇は法人たる国家の元首たる地位にありまし、天皇憲法に従って行わせられまする行為カ、即ち国家の行為たる効カを生ずるということを言い現わすものであります。」(演説「一身上の弁明」)

講座『明治維新の近代』が終わってみると、この講座と並行して、『朱子語類』を読んできたので、そこでヘーゲルの精神について考えまた宗教的神性についてその透明化された言説も考えることもあったので、彼の本は読んだこともなかったが、南原繁のつぎの言葉がだんだん気になってきた。

「およそ国家の問題は、根本において全文化と内的統一を有する世界観の問題であり、したがって、究極において宗教的神性の問題と関係することなくしては理解し得られないというのが、著者の確信である。」(『国家と宗教』)

国家と宗教に関係を打ち立てることに失敗したファシズムと戦争を経験した知識人が、国家と宗教に関係を打ち立てるために、同一化の従属に抗う精神の変革がもとめられた?宗教的神性の問題を考えなければならないと考えたのは理解できる。多分宗教的神性といわれるものはどの時代にも貫く。しかし一人でなければ考えられない宗教的神性の問題は知として共有できないのではないか。ただ、国家と宗教に関係を打ち立てるためには、どんな時代にも現れてくる構造の問題を明らかにする必要があることを考えさせる。構造の問題としてならば共有できる知だ。さて和辻哲郎は、ファシズムと戦争に関係なくいつの時代にもあらわれる構造の問題を考えていた。構造主義を先取りして、憲法が書かない天皇の死を支配する権力を構造として考えることができたのではあるまいか。憲法が書かない権力を明らかにしないかぎり、憲法を作り直しても再びおなじ問題がおきることを敗戦の前からはっきり知っていたようだ。明治と大正、そして昭前期と昭和後期まで思想的影響力をもつ和辻というひとは何だろうかとおもう..


・はじめてWar shrine 戦争神社の語をみたときはアメリカはよくわかっていることに驚き揺らされた。同じくらい、戦争は国家悪であると問うた大熊信行の思想に揺れる


•日記を読んで敵兵の家族を思うノモハンの日本兵の心を一生懸命追いかけても、読み解ける公の世界は私の世界に存在しない。「きけわだつみのこえ」の知識人が書いて初めて経験を理解できた


 「近代の超克」論とはなにか?わたしはまだはっきりとわかっていないが、間違いをおそれずに今日の感覚で言うと、グローバルな近代をローカルにおいて批判するアジアへの共感を前提に、日本人は二つの他者ー見上げる西欧の他者と見下げるアジアの他者ーが必要だったのではあるまいか。中国の民主化なしで、正しい「始まり」をもたぬ日本の民主化は進まない。と同時に、日本が自らの民主化を進める努力を行わなければ中国に民主化を要求できるものではない。現在の問題は、中国に民主化がないから日本の民主化は進まないこと、また正しい「始まり」をもたぬ日本が民主化を進める努力を行わないから、中国に民主化を要求できない点である。日中戦争を認識していないという意味においてまだ戦争責任をとらず、歴史修正主義の国が言うことにだれが耳をかすだろうか?両国において経済と開発はどんどん進んでいくが、政治的に自由に喋ることができるようになっていかぬままである


• 昨日は子安先生が平田篤胤について書かれていた。先生は敗戦の年に留まることを決めた方だと思う。そうしてこそ昭和は昭和自身を書く自画像に現れる中国を語るという大きな仕事だ


論理と解釈の関係はいかに?論理にとって意味があることとは形式化を徹底する他者である(柄谷氏)。解釈にとって意味があることとは方法的思考に依拠する他者である(子安氏)


• 思考の肖像画から人間の肖像画へ、再び新しく思考の肖像画へ。思考が表象の表象へいくとき、だが外部の思考を失って、反復の構造に絡みとられると、「祀る神は祀られる神である」のように語られてきた和辻の言説が時間を超えて成り立つようにみえてくるのではないか?そこで国家は語ることも語られることもなくなるのか?21世紀の新しい祭祀国家?百年後の人々は現在のわれわれをどう語るのだろうか?「令和」になって、天皇を利用する安倍政権の国家は語らないし、天皇抑止論の左翼においては国家はどういうあり方でやっていくか語られることもなくなったようだ。一緒に、外で、自由に喋らせてくれという言葉もなくなった。実は誰にも責任がない狡猾なやり方でわれわれは立ち退きされたのではあるまいか..そうではないと思いたい


表象の外部化の問題から逃げてはならない。言説「中国化する日本」は中国を外部化しているのは、嘗て言説「心の中の天皇」は天皇について語らなくさせていた場合と同じではないか(天皇ファシズムはアジア2000万人の命を奪うことになった国家祭祀のあり方にあったことが十分にとらえられていない)。敗戦後から、中国をどうみるか語ることを通して昭和が自己を語るあり方が成り立っていた。ラディカルモダニズムの<一国>民主主義と自立的一言語主義(国語)の言説が語ることが不可能な中国の実体を発明していくというか。ボードリヤールが分析するように、商品・モノとおなじように国家もシミュラークルで読み解かれる。日本も中国も実体としては存在しない。国家は解釈に定位するから、「日本」をみる見方、「中国」をみる見方しかない。つまりラディカルモダニズムの<一国>民主主義と自立的一言語主義(国語)が「中国」をみる見方を作ってきたこと。日中戦争の隠蔽も見方をつくった。作ると言ってもそれは人々が正しくみる見方から盗んでいるのである。剰余価値の分析が表象に適用できないかだろうか?


英語は分節化に非常に適した言語で大胆に省略できますね、これについてええ加減なことを書いて恐縮ですが、日本語では分節化できないのは英語と比べて簡単には省略できないからでしょうか?それでも漢字によって思考は世界を分節化できるが、漢字を読むために発展した仮名ではそれが中々できないようにみえます。ですから、『論語』の現代語訳はどんどんひらがなが多くなってきたのはどうも... 時枝誠記によると日本語の主語は漢字ですが、文が考えるためには主語は漢字でなければならないのではないかと今朝かんがえてみました。さてこの考えを勝手に押し進めてみますと、何かを指示するためには、文による形式を以って指示する必要があるわけですが、本居宣長がやったように「神」(シン)をカミと読んでしまったら何を指示しているのか分からなくなってしまいます。宣長が書いたように、「カミの意はわからない」という文も非常に抽象的に考えていることはたしかです。抽象的でなければ宣長の言語における多元主義の思考が成り立たないでしょう


『言葉と物』は10章で構成されている。第8章において表象の限界が論じられたあとで、第9章で第1章に戻る。人間は消滅したはずなのに、人間の表象について再び語られる。これは何か?多分人間が映っているのだけれど、「鏡の奥に映っているのはだれか、知らないふりをしなければならないし、その反映に反映そのものの実在とすれすれのところで問いかけなければならないわけである」 。多分、第9章と第10章は鏡なのだ。鏡の奥にほんとうに人間が映っているのか?第9章と第10章からは別の読み方をしなければならないが、多くの読者はこの入り口で疲れてしまっている、と、渡辺先生は嘆いた(先生は、序文と第1章、第8章、第9章、第10章を訳した)。第9章と一番大事な第10章は読まれていない。第9章と第10章における鏡とは多分、言語の集中なのだ。だから思想を考えるときに文学を考えることは大事で、思想は思想、文学は文学という形で言葉を拡散させてはいけない(する必要もない)

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古代は幅広い知識と広い見方をもっていた。津田左右吉が『万葉集』は貴族が書いた知識だと言う通りかも。昭和十年代の『万葉集』のロマン主義を読む国家において古代はホームレス


古代というのは幅広い知識と広い見方をもっていると思うの。youtubeアイルランドの崖の絵をロマンチックに見せる古代ケルト語講座は古代から立ち退きされたような気持ちに


大坂なおみさんがしているお位牌のようなマスクね、文が無くて、死者の名が直接に与えられているのは、違和感をまったく感じない


朱子語類』を読む。魔術師が記した四書五経=暗号=自然数を読み解くと皇帝が出てきた。互酬の貴族世界が終わり帝国の知識人的官僚が誕生した。王政復古の明治維新が完成させた


「フランスには「最高裁判所(Cour suprême)」と呼ばれるものがなくて、Cour de cassation(破棄院)、Conseil d'État(国務院)、Conseil constitutionnel(憲法評議会)の三つが司法の最高審級に当たるとされるわよ。」(ふつごぽん「フランス語の豆知識」より)

• テキトーなことを書くけれど、歴史的にみると、アメリカは彼らの代表がいないにもかかわらず植民地税を立法化するイギリス議会に対する不信感があった(アメリカ独立戦争が起きた)。これは最高裁判所は議会を抑制するあり方を規定していると言われる。比べると、フランスの場合は、行政に王権に対する不信感も存在から(フランス革命が起きる)、行政権にたいする抑制のあり方を構成する。この差異は権力分立の理解にかかわることである。如何なる名の裁判所においても、何が法であるかを発見することは裁判所の固有の権限であるが、フランスにおける憲法判断は通常裁判所が行わないが、所謂原告の当事者性(case and controversy )を判断する必要なく、何が法であるかを直に行政に言い渡すことができる。米国の場合は何裁判所はが司法権かを自己定義する。そこで司法権司法権として成り立つとはどういうことかをめぐる抽象的な議論が展開される。憲法判断回避の原則は、憲法をどう理解するかの憲法理論であるが、これは言語は認識としての言語なのか言語遂行的なあり方なのか権力の内部で議論される。しかしこれは日本に輸入されると、中国朱子学の朝鮮受容の場合に起きたような「純化」が起きてくる結果、非常に思弁的理解になった可能性がある。裁判所における救済の役割の意義が見失われ、結果的には最高裁判所憲法判断をやめてしまったと言われても仕方ない有様である。厄介なのは、80年代以降の法学部出身の政治家(事実上はマックスウエーバーがいうような官僚的合理支配)は体系的知識として米国憲法としての憲法を教えられているということで、社会民主主義の視点を以って憲法を活かすことを知らない。日本のエリートは近世は中国に行って普遍主義を学んで帰ってきたように、現在は米国に行って普遍主義を学んで帰ってくるのである。こういう普遍主義はいわば大きな普遍である。だけれど、グローバルな歴史と地域的な歴史があるように、大きな普遍と(確立した大きな普遍主義のなかでそれとは別の見方をする)小さな普遍が存在するのではないか?普遍主義は一つではなくて複数ある


アイルランド人は自分たちがケルトの末裔だなんて知らない話だし、わたしの知るかぎり迷惑におもっている者が多い。メディア研究によると、EU加盟までアイルランドはヨーロッパに属することも知らなかったという。現在はタブーだが、映画「ブッチャー・ボーイ 」をみると何と50年代にコリアに同一化していたらしい。アイルランド映画と呼ばれるものは殆ど全部、ハリウッド映画が作ったアイルランドをテーマにした映画である。『ザ・デッド』はアメリカのスタジオのなかでダブリンの街を作ってしまったのだ。そのハリウッド映画からアイデンティティのイメージがつくられることがある。極右翼による政治的利用もあるほどだ。アイルランドは自らをヨーロッパと考えたか起源を考えるのはヨーロッパについての同一性の知を前提にした見方である。むしろ差異化してみよう。自由に喋らせてくれ。もし『ケルズの書』はアジアに属するとしたら、どんなことが言えるだろうか?知らないけれど、『東洋の理想』の岡倉天心ならば『ケルズの書』の存在を知っていただろう。『ケルズの書』は書記言語ではじめて考えた無限についての曖昧な観念を空間に投射して明確にした。その空間イメージを再び言語化したときに論理的順序と時間的順序の思考イメージが朱子において発見された、と、わたしは勝手に考えているのだけれど


自由に喋らせてくれと最初に言った人はフランス革命のとき監獄の中にいた。自由に喋らせてを自由に喋らせてと言った。ルネッサンス人のように秩序があるから正しいとは言わなかった


安倍晋三は辞任するだけで、敗北させられたわけではありません。つぎの首相は日本会議の路線を継承しろと要求していると報じられています。安倍というのは、保守政治家なのに異常というほど信念をもっていなくて、本居宣長的というか(笑)、いかなる理念を否定して、現在の天皇を自分のために利用できるだけ利用する政治でしたが、彼の応援団である日本会議は現在の天皇に全く期待していません。そのかわり、われわれはその内容を知らないのですが、解釈改憲的な軍国主義復活と国家神道復活(公式参拝)を以て21世紀の天皇教の政治を既に考えているといわれます。だれが首相なっても、安倍と日本会議の影響を受けるならば、安倍以外の国民全員が精神の従属という形で豚にされそうです。日本的情緒で彼を惜しむのではなくて、安倍晋三歴史修正主義の犯罪を明らかにして、自民党を終わらせなければなりません。原発体制継続。解釈改憲的な安倍戦争法の軍国主義復活と伊勢サミットにおける国家神道復活、歴史修正主義、新元号天皇利用の政治、アベチャンネル化の公共放送支配、そして市場のもとで搾取率100%を超えて無限大に行く可能性のある貧富の格差の解決を再び市場に委ねる日本ネオリベの確立。巻き返せるか、です


孤立する日本の問題から逃げてはいけない。イラク戦争の小泉とナショナリズムの安倍の歴史修正主義は対抗軸のアジア主義を消してしまった。7割は日本の方向がみえなくなった


7割は私は安倍晋三みたいになりたいとおもっているんだよ。トランプと習近平と外交するためにはあれぐらいバカでなければならないと勘違いする


安倍晋三における<思想性のない「柔らかさ」と政権にしがみつく「硬さ」>での偽均衡点は、思想性のある「柔らかさ」の方がより望ましいが、思想性なき「硬さ」よりはマシだというそこで安定してしまう結果、権力の集中を許し、また政党を選ぶ選択の幅が極端に狭くなっている不均衡の現在があるのではないか


ばらの騎士』RosenkavalierはR・シュトラウスの作曲したオペラ。今日東劇の映画オペラでみた。音楽の場面を確認してハプスブルク家帝国の終わりを読むことができた



ガリレオと教会の関係をどう理解するかはブレヒト演劇の決定的な解釈に関わることなので考えているのですが、ガリレオに地動説の観測データを与えていたのは教会でした。フーコによれば、教会は科学を以って世界を支配する野心をもっていたのではないかとのことです。「それでも地球は動いている」と言ったガリレオは、実は科学の権力を手に入れた教会に協力したとフーコはみています。


安倍政治とその継承者は「善」だからこれを批判することが「悪」らしいのです。それならば、「悪」にギネスビール三杯、「悪の帝国」に乾杯しましょう!『悪の華』も乾杯!それにしても、六割近くになったこの支持率をどう読むのかです。majorityは、固有の文化を喚起させる元号の決定に介入するように、制度を祭祀的に捉える安倍政治を支持していて、嘗ての自由民権運動のように制度を(社会)契約として考える立憲的なものを支持しないということでしょうか。それで「強い国家」を保てると考えるとしても、しかしそれではいつまでも一人ひとりがチョロイままでしょう。これは逆だとおもうのですね。わたしの考えでは、安倍がやるように無理にでも権力を集中して「強い国家」を保たなければそんな祭祀的な制度を成立させることができない無意味にもっと気がつくべきです


寸劇

フクロウネコミクス「ホー、ところでスガノミクスって自助のことですかニャ?」

自助スガ「あなたに答える必要がありません」


テニスをはじめたときヨネックスの緑のラケットでよかったなとちょっぴりおもう。悪いね、でもカップラーメンはもうあんまり食べる気がしないよ


「国民的」の帝国的な修辞は屑。夏目漱石の漢文の高さとアジア形而上学をもつ作品にだけ反時代性があった。北一輝に限られた非常に短い期間だけアジアを考えた思想性があったように


『世界史の構造』を読むと、歴史は「それ自体のために」戦争するというヘーゲルの見方である。「何かのために」と「それ自体のために」を同一化する無意味さが増殖していく


市民が「何かのために」つくる時代に、世界史の構造の柄谷行人が分からなくなるのは、歴史が「それ自体のために」効果様式(高度な互酬)を作ると教えてくるとき(無意識の構造?)


世界中が後期近代のネオリベグローバル資本主義に抵抗できなくなっているのに、イスラムが抵抗できているのは、彼らの近代化において伝統を残したからではないでしょうか。イスラムにとって、イスラム自らを他者化する西欧の近代化を全面的に受け入れることは限界があります。比べると、日本において今日まったく抵抗できなくなってきたのは、抵抗の拠点である伝統がゼロだからとおもいます。ご指摘のポイントについてですが、自ら植民地化することになったのは、吉田松陰テロリズムがもたらしたものだと考えてみたらどうかと思っています。明治維新はクーデターの出発点をもつのです。松陰の至誠という考えは、戦前の日本人を洗脳し尽くしたようですが、仁斎が言った祖述的「誠」の言説ではないのです。それは革命を表象した言説です。ここから松陰たちのクーデターの考え方はラディカルモダニズムの様態といえるものではないでしょうか。可能性として考えるのですけれど、もし吉田松陰からの影響力がなければ、薩長であれ水戸であれ下級武士の近代化は、幸徳秋水の殺害をもたらすことはなかったでしょう。


もし宇野と柄谷の『資本論」の価値形式論の読みに沿って富を捉える欲望(生活の必要)に依る階級闘争ならば、ネオリベの反階級闘争も市場の搾取の問題の解決を再び市場に委ねるという富を捉える欲望にとらわれている


リベラルのアイルランド人が法の支配を守るのなら英国を政府にしても構わないと発言したら、ナショナリストスコットランド人が猛烈に抗議した。関数開発者のインド人は冷静だった


漱石以降英国に行ったら失望しなければならぬ「個人主義」は政治的概念のそれ以上でもそれ以下でもないのに、「柔らかい」を指示して固有の文化をみるのはpointlessでは?


イギリスとかヨーロッパからみると、われわれの近代は西欧との調和ですが、とんでもないです。ヨーロッパ近代のあり方としてわれわれが存在するだけです。と、そう考えると、伝統をゼロにするほどの西欧化は植民地化とみなければならないのかもしれません。概念化できていませんが、21世紀にはいった現在のヨーロッパからみると、近代日本は自らを植民地化したとする見方にそれほど違和感はなく感じるとおもうのですね。


帝国は物理的に支配する帝国主義と違います。同様に、帝国と対となる植民地を考えることができないでしょうか。植民地は物理的に支配される植民地主義化とは別です。ややっこしいことを言って申し訳ないですが、何かこういう概念がないと、明治維新の近代を説明できないのではないかと考えています。


わたしもはっきりと分からずお答えになっているかわかりませんが、「民族」という語は井上哲次郎の翻訳ですが、これは大正に出てくるのですね。それまでは「民種」と言っていました。あくまでもこの意味において、明治に民族主義が見つからないのだと思います。しかしナショナリズムの言説はあります。このことを前提として、江戸時代は後期水戸学の「民族主義」の言説は異常と思われていたことはたしかのようです。


文字のなかった時代の洞窟に描かれた「手」の絵は非常に抽象的なんだね。文字が成立したあとは、言語が抽象的である。『聖書』とか『論語』という原初的テクストは抽象的である。イメージは抽象性を失う。「手」の他者性も、何かを持つイメージのなかに崩れてしまう。イメージは明確性の領域に囲まれてしまう。再び抽象的になるのはクレーにおいてからである。


丸山真男ほど絶対的権威ではないが、従わないと生けていけないし、その語る声を聞き過ぎると活動性を無限に譲渡せねばならない知とどう関わるか?我考える故に複数の戦略の間に在る


ポストモダンネオリベと言う人の意見を読むが誤読だ。ネオリベケインズ主義が後期近代のおなじ地層にあると言うだけだ。サッチャーリズムを推進したのは労働党だったのだしね


映像は思考にとって感化の大きな運動だが、十分に思考する前に消滅してしまう問題をプラトン的に考えることもできよう。敢えて終わったと考えてみよう。映画もそれが何であるか十分に知られずに百年で終わってしまったと。痕跡を残すだけだ(投射の痕跡)。だけれど、魂について「鬼神論」(『朱子語類』)のなかにおける朱子と弟子達の間で議論されていたように、映像は消滅しても時間がかかるとして意味のある思考を持続させるようとおもう。映画を物語る場合は、生きているあいだに弔うというか..変なの。問題は、それを一体どんな声で語ったらいいのか?わからないでいる

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推敲中; 砂浜に見えた何かの形が波によって消えてしまう。もうそこにないのに存在するかのようにそこにもう一度形を思い浮かべてみるが、反復はない。映画のスクリーンへの投射と類似している。時間は波。そして言語の集中のなかで、人間が存在しないのにあえて人間の存在を表象する、諸人文科学の平面への思考の投射もある(フーコの「人文科学」)。


『阿呆船』 のイメージとは狂気が土地のどこにも漂っているが決して土地の部分になることはない船である。これは分割のイメージであろう。フーコ『狂気の歴史』において分割はほんとうにそれほど分割だったのか?この本は鬼神論の言説と一緒に考えることができる。ロゴスは順序として内部を先に考えるだけで、外部はそれほど排除されていないところで、理性の傍らにアンチコスモスがある。他方で、近代の地層は理性がそれ自体のために境界線をひくように他を排除しきっている。近代の地層においてはリカードマルクスとが助けあう。両者は狂気を排除しきっている点ではそれほど違いがない。考古学的にみると、前の時代に支配的だった空間の思考に狂気が定位しているといえようか。時間の思考からは空間の思考も狂気も見えない。だけれど近代を確立したとされるデカルトのコギトの問いに繰り返し狂気が侵入することを防ぐことができない。反復する狂気の表象的姿が記される。ここから、『言葉と物』において消滅した人間の表象が第9章で現れたときは、理性の再構成をもとめるものではない。脱構築的に、再び確立した全体性のなかでそれとは異なる物の見方を考えるのである。後期近代に入って脱構築の思想が現れたが、終わろうとする近代の端からはじめて、近代とはそもそも脱構築的であることがみえてきたのである。

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 ‪上から下へ、底から天辺に、右から左へ。溝口健二はこの和漢混交文の構成を真似た編集を試みた。しかし所謂縦書きは全アジアから消滅するかも。日本新聞と国語教科書だけか‬


英語は分節化に非常に適した言語で大胆に省略できます。ええ加減なことを書きますが、日本語では分節化できないのは省略できないからかな?それでも漢字で分節化できるが漢字を読むために発展した仮名はできないようにみえます


‪何が終わったとする記念日なのでしょうか?「戦」が終わったというのならば、「戦」とは何だったのでしょうか?アジアで2000万人の命が犠牲になったことを考えるとき、ファシズム軍国主義が一緒の方向を向いた「普通の国」の正しい「始まり」をもたない歴史を考えない訳にはいきません‬。基本的には、<祀る国家は戦う国家である>と考えています。「普通の国」になれ、当たり前じゃないか、とこの国の政治家達はいいますが、「普通」の国に戻ってはいけないという誓いがあった明日はこの意味を考える日だとおもいます。「普通」の国だったときは50か国以上と戦争しました。戦後に49ヵ国と平和条約を結ぶ必要がありました。アメリカのマスコミから「戦争神社」と呼ばれる国家神道も復活させてはいけません。が、日本アカデミズムは国家神道の定義を非常に狭くして、(明治維新のときに神祇官を復活させた時期を以って国家神道の問題があったとする)、日中戦争と太平洋戦争の戦争と国家神道は無関係と解釈し始めたようです。しかしそうでしょうか。これでは「普通の国」が自身を正当化しているようなものです。‪’常に例外はある。だが偶発事に、思考に値すべき歴史の普遍はない’、と‬。これに対しては、アジアで2000万人の命が犠牲になったことを考えるとき、ファシズム軍国主義が一緒の方向を向いた歴史を偶発事と言ってしまっては倫理的に済まされないことを考えないわけにはいきません。


小泉進次郎環境相靖国神社を参拝💢


終戦記念日は、嘗て憲法に書かれなかった「祀る神は祀られる神」とする現人神の天皇ファシズム軍国主義で生じた戦争をやめるという戦いを終わらせる日になってはいないでしょうか


公式参拝した小泉純一郎は「おれの人権はどうしてくれる」と言い出したことが問題です(我慢すればいいことでしょう?)戦争で犠牲になった民間のひとたちのこともありますね。ご指摘のように、どんな宗教においても死者を選別して彼らの間にヒエラルキーを作るという考えをもっていないということを政治家は学ぶ必要があるのではないでしょうか、特に将来首相になる可能性がある人物はね。弔うならば千鳥ケ淵戦没者墓苑へいけばいいです。本当は、神道も色々あったとおもうのですが(わたしの記憶でも、子どものときは神社ごとに「違い」があったのですが、いまはどこもおなじ感じでどんどん画一化されてきたような)。本居宣長から展開した国家祭祀の近代を終わらせることができないでしょうか(法人化されたという話に矮小化されがちですがね)。靖国に関してはもはや遺族の方々が存在していないのだし、A級戦犯の遺骨はよりよく安置できる他の神社がいっぱいあるでしょう。

靖国神社としての日本人」という言説が「左翼」から出てきましたが、理解できません。国家祭祀の禁止を拠り所とした国家としてやっていくしかないでしょうと思います。そのためには、わたしは本居宣長の仕事の重要性を前提としていうのですが、本居宣長における国家神道の言説を多くの人達が知ることが大事です。現在の問題は、本居宣長から国家神道を切り離すので、結局国家祭祀としての国家神道の理解がないのです。しかしこの理解は戦前と戦後の憲法の理解とおなじくらい大切になってきたのではないでしょうか。



「およそ国家の問題は、根本において全文化と内的統一を有する世界観の問題であり、したがって、究極において宗教的神性の問題と関係することなくしては理解し得られないというのが、著者の確信である。」(南原繁『国家と宗教』)


わたしが知っていることは僅かですが、本居宣長国学ですが、死後世界に関しては無関心な儒者知識人とおなじで、ひとの死後は穢れた黄泉の国にいくしかなくて悲しむしかないと言うわけですね。小林秀雄と子安氏が論じているのですが、宣長は二つの墓があって、その一つは自然ゆたかな山奥にあるのですね。平田篤胤はこれを見て宣長の魂の行方の安心(あんじん)をもとめた本音を知ったとかんがえます。宣長国学は『古事記』をどう読むかの文献学ですが、平田は救済論をもった神学をはじめます。これは、詳しく知りませんが、これは慰霊といわれるものではないとおもいます。国家神道は神を心の外に出したのは宣長にはじまるようですが、もちろんこれは慰霊とは無関係です。


最後にまとめさせていただきますと、最初の問題意識に戻って、わたしが「国家祭祀」で理解しているのは、近代国家の他を排除することによって成り立つあり方です。戦争する国家は誰のために祀ることはありません。戦う国家は国家自身のために祀るのです。そこで統治権の上にある、祀る神が祀られる神である現人神の天皇と建物があり、ここに参拝しにくる民が結合して、国家祭祀が成り立つのです。これをやめることからやっていくしかないとおもうのですね。公式参拝の問題は戦前との連続性を回復してしまう危険があってそれで再びそのままおなじことが起きるわけではないが、国家と対等で自立的私を築けない精神的従属が起きてくることはたしか。これがわたしが靖国参拝をみる構成の仕方です。


中学校の元朝日新聞記者だった担任の先生から「敗戦記念日」として教わった。「太平洋戦争」という言い方は中国との15年の戦争が先行していたことを隠蔽することも問題だ


‪先生は新聞記者の時代に自民党タカ派の大臣に長谷川如是閑の言葉をぶつけた。「あなたの子供から戦場に送るつもりがあるのか」と。私はこの言葉を小泉進次郎にぶつけてやりたい


吉田松陰の長州的「誠」に心の中から洗脳されるひとはもういないだろうが、殺人テロリズムを過大評価してもね、それ以上でもそれ以下でもないんだよ


海賊版でしか聴けなかったカルロス・クライバーをガンガン聴けるようになった、YouTubeよ、ありがとうよ


日本は本当にそれほどスピーチがよわいのか?スピーチする力は普通にある。問題は、知らないひとのスピーチをきく力がないこと。アメリカ人は無名のオバマの話を一年間きいた


サッチャーの葬儀の時もイギリスのマジョリティーは同情していたが、BBCはその政治を厳しく批判していた。日本的情緒ごときものに包摂されるようなことは全く起きないのである


丸山真男は例外だったが、官僚養成機関(東京大学)は民主主義を教えない。国会は官僚マシーンに隙間なく囲い込まれた。合同野党は危機感をかんじる政治家達を自民党から引きぬけ




80年代から憲法は自らに正当性を与える古典主義的な魔法の絨毯へ行く。だが言論の権利を体系的に秩序づける古典主義のもつ同一性の見方に絡み取られたら喋れなくなるだろうに、リベラルの知はこの魔法の絨毯に包摂されていく。今日魔法の絨毯に乗る政治家は数に依存する愚民思想を非難するほどの高い憲法の概念をもっている。合同では自由に喋ることができないからである。しかし、自民党と、精神が自由に喋ることができなくなる自民党的な従属にたいする明確なネガテイヴなイメージをもっているだろうか?さて自由に喋らせてくれと求める差異性が現れるのは、過去の学生運動が起きたエリート大学はなくて、原発神話の抗議にきた周辺大学の学生達からだったことに注目していたのだけれどね


making history の訳は、グローバルな歴史と地域的な歴史、外部から大きな普遍と小さな普遍たちを読み直すという意味でならば、「歴史を書く」でもO.Kだと思う


「歴史は、現在と過去との対話である」とE・H・カーが言う前に、アジアでは「対話」するために朱子は過去を透明化した。民が拠る国家に責任をもつ自立的な官僚知識人が発明された


Heute vor 75 Jahren hat Japan bedingungslos kapituliert, aber Japaner bezeichnen den heutigen Tag als den Tag des Kriegsendes.75年前の今日、日本は無条件降伏した。しかし、日本人はこの日を終戦の日と呼ぶ。


表象の外部化の問題から逃げてはならない。言説「中国化する日本」は中国を外部化しているのは、嘗て言説「心の中の天皇」は天皇について語らなくさせていた場合と同じではないか


今日の歌舞伎は役者達がみんな見てくれてという感じで頑張った。「義経千本桜」の猿之助は宇宙飛行士の様に空を飛んでいたのを覚えている。今日のフェミニンな甥の方が好きだな


毒虫アルトーの身体は獲物を捕らえる網の振動の部分である。かくも言葉はイメージより遅れたのは、言語として自身に介入するからだろう


芭蕉俳諧のネットワークによって「奥の細道」を旅したんだな...月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり


抗議が十万人を中々超えないこの国で、香港において抗議が量として単純に増えることへの驚きがあるでしょう。まだ若者たちの主張がはっきりとわからないので思想が注目されています


「令和」になって誰にも責任がない狡猾なやり方で、そうではないと思いたいが、われわれは立ち退きされたのではあるまいか、どこから?誰も喋っていないのはマスクのせいにできるさ



権力分立において裁判所・議会・政府は各々の権力で互いを互いに抑制する。単に司法権立法権・行政権が三者に割り当てられるのは権力分割。安倍体制は分立か分割ではなく権力集中


あのトランプと習近平に対抗するには安倍晋三ぐらい他者に無関心でないとだめだとこの男を支持してきたあなた、いつの間にか、安倍晋三の対象から安倍晋三自身になっていないか


日本は本当にそれほどスピーチがよわいのでしょうか?スピーチする力は普通にあるかもしれません。しかし問題は、知らないひとのスピーチをきく力がないこと。アメリカ人は無名のオバマの話を一年間きいたのです



フィネガンズ・ウェイク』も『朱子語類』も外部で出会う。他者に助けられて諸言語の内部にくるが、読む度に他者として読めないテクストが存在する外部の意味を敢えて問う旅もある


<彼(それ)>および<彼ら(それら)>という三人称の不定辞は、言語学の観点からいわれたような無規定性をいっさい含むことなく、言表をもはや言表行為の主体にではなく、条件としての集団的アレンジメントに関連づけるーーこれがわれわれの立場である。D=G[(中)p217]


映画の歴史にも、グローバルな歴史(ナチスドイツ、ソビエトとハリウッド)と地域的歴史(イタリア、日本、ヌーヴェルヴァーグ)がある。ゴダールがやったことは、大きな普遍と(確立した大きな普遍主義のなかでそれとは別の見方をする)小さな普遍が存在すること、普遍主義は一つではなくて複数あることを考えさせる『映画史』を作ったこと。マジョリティである大きな歴史から、マイナー言語としての小さな歴史を構成した。見える大きな歴史のなかでそれとは別の見えなかった歴史をどう見るかを考えようとするものである。小さな歴史である映画の歴史を見せる映画から、映画は運動のイメージから思考のイメージへ行く。大きな歴史も小さな歴史も全部、外部から来ている


‪白紙の本 25‬


‪Placing representation outside, which means placing the outside outside, Rousseau would like to make of the supplement of pressence, a pure and simple addition, a contingence;  thus wishing to elude what, in the interior of presence, calls for the substitute, and is constituted only in that appeal, and in its trace. ( Derrida )‬


文字のなかった時代の洞窟に描かれた「手」の線は非常に抽象的なんだね。文字が成立したあとは、言語が抽象的である。『聖書』とか『論語』という原初的テクストは抽象的である。イメージは抽象性を失う。線の他者性も、何かを持つイメージのなかに崩れてしまう。線は明確性の領域に囲まれてしまう。再び抽象的になるのはクレーにおいてからである‪と現代思想はいいはじめた‬


‪Le Maître dit ; < Quand le gouvernement repose sur des règlements et que l'ordre est assuré à force de châtiment s, le peuple se tient à carreau mais demeura sans la vergogne. Quand le gouvernement repose sur le vertu et que l'ordre est assuré par les rites, le peuple acquiert le sens de l'honneur et se soumet volontiers.> ( Confucius, Les Entretiens)‬


徒然草』より


 主ある家には、すゞろなる人、心のまゝに入り来る事なし*。主なき所には、道行人濫りに立ち入り、狐・梟やうの物も、人気に塞かれねば、所得顔に入り棲み、木霊など云ふ*、けしからぬ形も現はるゝものなり。


 また、鏡には、色・像なき故に、万の影来りて映る。鏡に色・像あらましかば、映らざらまし。


 虚空よく物を容る*。我等が心に念々のほしきまゝに来り浮ぶも、心といふもののなきにやあらん*。心に主あらましかば、胸の中に、若干の事は入り来らざらまし*。


徒然草』(238段)は「紫の朱を奪うことを憎む」(「論語」)について言及している


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法人だからといって、靖国神社伊勢神宮国家神道として復活している事実を認識できていなければ、「宗教としての資本主義」のつぎは国家神道としての資本主義になるよ


地球が丸いのにスクリーンが四角なのはなぜだろうか

寺山修司


カメラは命題関数?レンズを通して対象を見るときは感覚において音が遮断される。これは非常に抽象的な何かを構成するらしい。命題関数を見るときには声なき書記言語を見ている?


『監獄の誕生』でフーコは分割を考えることへの関心を書いた。『言葉と物』は秩序を考えた。常に秩序に裏側があることも含めて。『監獄の誕生』においては死に場所のない近代を考える。これはわたしの理解であるけれど、魂は肉体を住処としていたように、生者に伝えたい死者の言葉(「言説的なもの」)は建物(「可視的なもの」)と共に在るが、監獄ですら建物はそれ程堅固でない。「言説的なもの」と「可視的なもの」は互いに独立しているからではないだろうか


荒俣宏はフーコを読んで博物学を知った。知の考古学的地層から博物学だけを独立させることができないのは、異空間の言説を妖怪だけの話にしてしまうことが許されないようにである?


フーコは近代演劇のあり方を「交換すること」で論じたのは、人間の成立が同一性と差異性から成る表象的網目に依るからである。自由に喋らせてくれという差異性。サドとフランス革命


資本主義は三角形なのはどうしてだろうか?戦争と開発と同化の三角形において成立しているのがわれわれの近代だからである。資本主義に都合よく、生命の内部(他者殺戮による自己保存)、労働の内部(限界なき開発)、言語の内部(国語という自立的一言語主義)に絡みとられているわれわれにとって、それにたいして、地球は丸いし、この地球を映し出すためにスクリーンが四角形であるのは要請されているのではないか。われわれは自身を考えるときに生物との同一性、物における等価性、言語の表象性を以って地球の全領域と関わるのでなければやっていけなくなってきた


市民が「何かのために」つくる時代に、世界史の構造の柄谷行人が分からなくなるのは、歴史が「それ自体のために」効果様式(高度な互酬)を作ると教えてくるとき(無意識の構造?)


ライプニッツ朱熹の「伏羲六十四卦方位図」の易・先天図に学ぶ‬。ライプニッツはフーコを読めば理解できる。朱子学の理解は12世紀に近い16世紀の書き下し文が助けてくれる


ポストモダンは近代の普遍主義を批判するとき、ライプニッツにおいて成立した普遍主義の分析からはじめた。ライプニッツに影響を与えるのが朱子学だったことは知られている。朱子学ライプニッツの理解に役に立つ筈なのだ。だからといって、現代中国語で読む中国哲学の専門家が近代主義的に解説する『朱子語類』は容易に理解できるものではない。これと一緒に、子安先生は朱子の12世紀より近い16世紀の注釈学が書き下した朱子を読むことをすすめている。その場合近世の注釈学を理解しようとすれば江戸思想史を参照する必要がある。近代における普遍主義の物の見方を確立したライプニッツ朱子を結びつけるのは、永久革命的な普遍主義を批判するポストモダンにおいてである。ノマドジーの理解が深まるかもしれないとおもっているけど‬?




「宗教としての資本主義」?


宗教からの自立が知識人が知識人であるゆえんですから、「資本主義としての宗教」について考えることは一応思想がはいっていることになっていますが、宗教が先行する形で、資本主義と宗教の順序をひっくり返すと、「宗教としての資本主義」に、何処にも思想がはいっていないようですが?あるいは人類学的に可能かもしれません。その場合でも、海外では「世界宗教」を授業で勉強する高校生ですら国家神道が宗教であると知っているのに、日本知識人は知らない感じがするのです。これが問題です。


日本ジャーナリズムとアカデミズムが黙殺した『日本人は中国をどう語ってきたか』(子安宣邦氏)を言説の意味を理解した読者が中国語翻訳で読み始めた。つぎに何が起きるのか?


イラク戦争以降原理主義が蔓延る英国でベストセラーになった’簡単に理解できる聖書’みたいなハウツー本に危機感をもった左翼リベラルに、ジジェクは聖書を読め、ユダヤが神をやっつける方法が書いてあるのだからと言った。これと同じ事態が、古事記解説本が書店の棚に溢れる日本で起きている。「三種の神器」はwikiの記述によると、日本神話において、天孫降臨の際にアマテラス(天照大神)がニニギ(瓊瓊杵尊邇邇芸命)に授けた三種類の宝器であるところの鏡と剣と玉(璽)とある。記号論を批判するポストモダンから考えると、「三種の神器」は物である。近代の見方では物から統治権の記号が離れているけれど、反近代(という近代)はこれと別の見方をする。記号が物と一緒にあるのだ。「三種の神器」が統治権である。「三種の神器」を持つものが統治権をもつ。『平家物語』で失われたと記されているこの語りも物である。だから、このことを踏まえたうえで、信教の自由と政教分離三権分立憲法を越える統治権を自己のものとして主張する復活国家神道に対しては、何を言うかである。日本国の支配者であった天皇からお預かりしたというが、よろしい、では『平家物語』で失われたと記されている「標」を見せろと要求したうえで自由に喋らせてくれと主張するのが古代において神(国家)をやっつけた方法‬と思われる。


ジジェクの言う通りにしたらファシズムになるかどうかは分からないが、精神的従属に正しく抗議する人である。その彼が中国におけるチベットの問題を語らない。完璧な思想は無い..


 理念的カントの後に来るのは 物としての再構成を考えたヘーゲルマルクス。彼らにおいては再び労働と精神の表象的記号が物の一部をなした。思弁(労働と精神)の中に在る拘りと闇の中における即自の古代からの呟き。デリダが問題にした声の近代


ジェイムス・ジョイスです。彼が書いた英語について説明しようとすると大変ですね。まず日本の読者からは彼の母国語?とみなされているアイルランド語は事実上消滅してしまった言語で、19世紀後半からの20世紀においてゲール文芸復興運動のなかで規格化されたものとして復活するのですが、消滅した言語とそれが担う文化は決して蘇ることはないというトラウマがアイリッシュにあるようです。文字をもたなかった古代ケルト語の文章は読めないのです。読むことが不可能であるというのはジョイスの文学の最大のテーマですし、現代演劇のテーマになります。(12世紀の『朱子語類』を読むためには、17世紀の江戸時代の儒者の書き下し文と現代中国語の訳とが必要です。その場合、書記言語である文字があったから読める可能性があるというか。比べると、古代ケルト語はオガム文字やラテン語の文字に写されていますが、言葉を話す話者がいなくなってしまうと。YouTubeで古代ケルト語の勉強を興味深く教えていますが)アイルランドの英語は、ゲール語と16世紀のイギリス植民者が持ち込んだ英語と英国の地方言語のミックスから出来ています。演劇と文学の領域で発展したHiberno Englishの存在が知られています。しかしジョイスが書いた英語はスタンダード英語で、べケットと同じ英語ですね。と、ここまで書いてききて、何だ?標準英語なの?という感じでガッカリしますかね。しかし「ただの..」だから大切かも。最期に50数カ国語を使って書いた作品は有名ですが、一行も何語で書いたかがわかりませんが、しかし注釈と注釈の注釈を利用して一生懸命読めばやはり標準英語がベースになっていると思われます(意味を伝えたいのでしょう)。と、ここまで書いてきて、これでは何も説明していない気になってきました。ほんとうはここから説明を始めなければいけないのですが


雨月物語』を読むと死に場所のない近代を考える。魂は肉体を住処としていたように、生者に伝えたい死者の言葉は建物とともに在るが、建物はそれほど堅固だろうか(廃墟と化す)


政治学者は失望感から彼がファンである歌手を罵倒しただけで、その他大勢を罵倒したのではないし、何処にも寄生しているおまえなんかを罵倒していないのだから橋下は黙っていろ!


‪住民は生活に必要がなくなったからゲール語を捨てたと『ユリシーズ』のジョイスは考えていた。英語をみる見方を語っている。住処である言語は住処だがそれほど固定的で確実な建物にあらず


バーナードショーはジャンヌ・ダルクを書いたが、農民の彼女が複雑な言語環境にいたことを知りながらながらも、必ずしも諸言語の境界線にいたジャンヌ・ダルクを描いていたわけではなかった。彼女は何語を喋ったのかが舞台で問われることはない。しかしあえて問う。彼女は何語を喋ったのか?フランス語だろう。しかし英語、しかも英語しか喋れなかったとしたら?この可能性は非常に低いが全くゼロに在らず。変なことを言うようだけれど、仮にそうだと考えたら何が言えるか?英語でも存在は「フランス」の本質に先行するとかね。この思考は思考のためのもので、リアルではない?だけれどポストコロニアリズムの時代は、自立的一言語主義(国語)のほうを想定するほうがリアリティが低いのである。多分、フランス語も英語も存在しない。フランス語をみる見方、英語をみる見方しか存在しないのではないか。住民は生活に必要がなくなったらそれまでの言語(ゲール語)を捨てたと『ユリシーズ』のジョイスは考えていたようだが、これも英語を語っているよりは、英語をみる見方を語っていると考えられる。‪言語は住処だがそれほど固定的で確実な建物にあらず


香港の若者をみると、わたしは彼らの考えがそれほどはっきりわかるわけではないのですが、香港はイギリスの植民地でしたが、その植民地時代に限られたものでも何か自由があったのでしょうね、そうおもうところがあるわけです。そうだとして、その自由の感覚はもしかして香港の英米法の裁判制度と関係があるかもしれないとおもってこの厳しい事態を観察しています。ジョイスアイルランド語を読めたかという質問ですが、ダブリンの十人ぐらいの研究者にたずねると、思われているよりもアイルランド語ができたと答えてきました。マーティン・スコセッシはニューヨークでジョイスを読んでいたと聞いています。ジョンケージを頂点とする前衛のジョイスですね。アメリカだけでなく、『蜘蛛女のキス』のプイグとかの南米の作家たちに影響を与えるようです。80年代の充実した翻訳が世界的に読まれるようになって、関心はデリダ脱構築的読みに行きました。わたしが90年代後半にアイルランドに行ったときは、サイードとは別の、アイルランドの読みー神話的リアリズムーが課題となっていました。ジョイスは批判精神が旺盛で、(奪う)土地を求める帝国主義も、(奪われた)土地を求める反帝国主義ナショナリズムも、土地を求める限りにおいておなじだという痛烈な見方をします。こんなことはアイルランドで口にしたらいのちが危ないですがね(笑)。ジョイスは自分で決めた亡命をします。それは政治的な理由ではなくて、貧しいアイルランドに仕事がないからです。パリに集まった亡命知識人と作家とはちがって、ジョイスは大陸で英語を教える今日で言う日雇い労働者でした。ユリシーズ』はイタリアのトリエステで書かれました。研究者が知りたいのは、トリステにおける彼のユダヤ人の友達の友達がカフカの友人で、当時ジョイスカフカの原稿の一部でも読んだ可能性ですね。しかし中々はっきりとはわからないようです。ところでこの見方については、議論があるでしょうが、中国は保守派(左派)とリベラル(右派)との対立があると言われることについて考えます。両者とも台湾の独立をみとめないという点では一致しているのですね。現在は絶望的になってしまいましたが、リベラルに過大にそれほど期待していいかとかんがえたりします。われわれは中国から逃げてはいけません。もしジョイスが生きていたら、たぶん、言語支配者の中国とどういう関係をとるか、その戦略を考えるのではないでしょうか。言語支配者における正しい「始まり」は自国中心主義ではないような隣国との関係(それと隣国同士の関係)の普遍を確立することにありました。


もしジョイスが生きていたら言語支配者(漢字)の中国とどういう関係をとるかその戦略を考えたのではないか?言語支配者における正しい「始まり」は自国中心主義ではないような隣国との関係(それと隣国同士の関係)の普遍を確立することにあったと主張するかも


『監獄の誕生』でフーコは分割を考えることへの関心を書いた。『言葉と物』は秩序を考えた。常に秩序に裏側があることも含めて。『監獄の誕生』においては死に場所のない近代を考える。これはわたしの理解であるけれど、魂は肉体を住処としていたように、生者に伝えたい死者の言葉(「言説的なもの」)は建物(「可視的なもの」)と共に在るが、監獄ですら建物はそれ程堅固でない。「言説的なもの」と「可視的なもの」は独立しているからだ


日本ロマン主義ケルト万歳と同様に理念性がないのは、ブルジョワが彼らが滅ぼした貴族への同化だからか。そこに貴族が僧侶と共に権力としてもった圧倒的な知識のリアルが消される


昔は難しいことを難しく考えていたけれど、最近は難しく考えられなくなってきていて、難しいことがわかる。また、この人は理解する為には何の知識が必要なのか考える。これが簡単ではない


ギリシャ演劇を読むとわかることは、ギリシャの思考とは、視たことを自由に喋る精神だったとおもうのよね。この思考はギリシャ演劇を翻訳したルネッサンスにおいて復活する。映画の思考もギリシャの思考。演劇は解釈の秩序があるけれど(古典劇の時間の進行と共に認識の拡大が起きる構造による)、映画を見終わったあとのお喋りのどの視点も対等で権威はなくて民主的(映画においては時間の進行と認識の拡大は互いに独立している)


ケルトの文化を学問することは何の問題もない。学問を大いにやっていただきたい。ただ、言説「ヨーロッパの古層にケルトがある」の政治化にアイルランド知識人は危機感をもって警告していたことをわたしは知っている。台頭してきた極右翼を助ける可能性のあると心配される、ヨーロッパのアイデンティティを表象するケルトに文化の他者性はあるのか?文化を語るとき政治を切り離すことは倫理的に不可能だろうとおもう


日本ロマン主義ケルト万歳と同様に理念性がないのは、ブルジョワの彼らが滅ぼした貴族への同化だからか。そこに貴族が僧侶と共に権力としてもった圧倒的な知識のリアルが消される。日本ロマン主義から日本を取り除けば国家より大きな芸術になるし、ケルト万歳から万歳を除けばアイデンティティの表象に包摂されない宇宙の劇場にな


評価しない10%にいる私の見方は「みんな」を代表しているとはいえないが、安倍は右翼的に「みんな」と繰り返しただけで、決して「人類」と言うようにはならなかったね


方法として、EUヨーロッパをモデルにする「東アジア漢字文化圏」は、EUヨーロッパにたいする異議申し立てで難しくなったが、尚意義深い物の見方であるとおもう。問題は、「東アジア」は中国が命名した限りにおいて、中国としてのアジアのアイデンティティを表象する実体に陥る危険がどうしてもあること。わたしは漢字に文化の他者性はあると考える者である。今世紀にはいって、言語支配者の中国がマイナー言語(「日本語」)における漢字と漢字論に関心をもつようになってきたことにも注目している


ギリシャ演劇を読むとわかることは、ギリシャの思考とは、視たことを自由に喋ることだったとおもうのよね。この思考はギリシャ演劇を翻訳したルネッサンスにおいて復活する。映画の思考の基本はギリシャの思考。演劇はやはり解釈の秩序があるけれど(古典劇の時間の進行と共に認識の拡大が起きる構造による)、映画の場合は視たことを語るお喋りのどの視点も対等で権威はなくて民主的といえば民主的かも(現代映画においては時間の進行と認識の拡大は互いに独立しているから、認識のヒエラルキーが起きない)


冤罪は国家犯罪と呼ばれた。戦争の処刑を思わせる死刑制度は戦後直後には反対が多かった。国家犯罪はなくなったー冤罪は一切なくなり死刑も当然、ついでに戦争もなかったとされるのだろうか


今日スタバのテーブルにいたら久々に積分少女を見た。退屈しているこの子も大学にはいったら同級生もわからずオンライン講義かあ。週に一度、4、5人で通風性のある場所に集まって、集まるのは同じ学部学科である必要はなくて、何を視たか自由に喋るといいんだけどね。天下にむかって自由に喋ることが課題


オンライン講義でもいいが、週に一度は、4、5人で通気性のいい場所に集まって、同じ学部学科である必要はなくて、何を視たか自由に喋るといいよ。年齢差があった方が面白いか


フーコが分析した規律空間の大衆=聴講者の体制に戻ってもね。オンラインに丸投げせずに、多分古義堂での講義もそうだったが、寺子屋での師範と子供の一対一のあり方も試みては?


お札に電話番号をメモするのはお守りの中を開けるような躊躇いがある。だが躊躇なく天の言語ー普遍言語ーを囲い込んで公の言語ー諸言語(日本語等々の国語)ーを登録して汚している


東京の大学で東京リベラルと一緒に国のリベラルと一線を画するのはいいのだけど、地方出身者と出会わずにオンライン講義だけだと、地方を差別している問題を考えられるのだろうか?


何というか、『惑星ソラリス』の宇宙船の他者と接触せずに脳のなかの記憶を物質化している空間になってくるのではないか


ギリシャの思考とは視たことを自由に喋ること。この思考はルネッサンスに復活する。そして博物学フランス革命は天下にむかって自由に喋らせてくれと求めた。これこそアジアの課題


儒家的に投射されるアマテラスは、幕末の知識人的活動家にとって、国の形を視ることによって、天下に視たことを自由に喋るアジアにおけるギリシャの思考とフランス革命だったのか


文献学的には『論語』に孔子の語った言葉は無い。だが解釈学的近代を脱構築するポストモダン的に、原初的テクストが存在すると受け入れた上で読む、僧侶でも軍人でもなく皇帝の立場でもないような、孔子の言語遂行的な言葉は何だろうか?日本人が考えてこなかった知識人の亡命のあり方を理解する必要もあるのではないか


映画でも描けないほどのこんな馬鹿なひとがなんで世界の最も権力のあるところにいるんだろうか?映画の側で描かなかったから現実界にいるのか。否、映画と現実世界は溶け合っている


ヒンデミットの音楽はゴダールの映画に使われる理由


「音楽が引き起こす反応は感情ではなくイメージ、即ち感情の記憶である。夢、記憶、音楽への反応…これら三つは同じもので出来ている。絵画、詩、彫刻、建築物…それらは音楽と対照的に、感情イメージを解き放たない。その代わり本物の感情に訴える。」(ヒンデミット『作曲の世界』)


後期水戸学の言説は朱子学的言説に線を引くことができるが、それほど統一性あるイメージだろうか?儒家的アマテラスが投射される。それは明治維新の近代を準備したが、近代ではない


朱子同一性と差異性を語る「古典主義」(フーコ『言葉と物」)だとすれば、伊藤仁斎のこの言葉を読むと、仁斎は人(人間)が中心を占める「古典主義」。一方は普遍主義であり、他方は普遍主義の脱構築的否定だが、考古学的にはこの二つは同じ地層にある。しかし近世の仁斎は注釈学を保ちながら「卑近」を言うとき、思弁的ではなくて、近代のカント批判学の有限性とパラレルである。仁斎の学問は表象の限界に直面しているようにみえる(性の概念をすててしまう)。もっと現在の経験を重んじるわれわれに近い地層に出ようとしている。外部から普遍主義をみる思想闘争は外部の思考である。だけれどアジアに普遍を断ち切って西欧の普遍だけに行く明治維新の近代からすると、この思想闘争を、この思想闘争を、連続性が絶たれた、封筒のように自らを折り重ねる思考の平面として放置するだけである


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‪「天下地より卑きは莫し。然れども人も踏む所地に非ずということ莫し。地を離れて能く立つこと無し。況や華嶽(かがく)を載せて重しとせず、河海を振(おさ)めて洩らさず、萬物(ばんぶつ)載するときは、即ち豈(あに)その卑きに居(お)るを以て之をかろんずべけずや。惟(これ)天も亦然り。人惟蒼蒼の天を知って、目前皆是天なることを知らず。天は地の外を包む。地は天の内に在り。地以上皆天なり。左右前後も亦皆天なり。人兩間(じんりょうかん)に囿(ゆう)して居る。豈遠しと謂うべけんや。」(伊藤仁斎童子問』)‬


寺山修司はちょっとなに言っているのか分かりませんが、死を観念化できる稀な世界思想性とはこういうものかもしれませんね。

「過去というのは「死の市」です。しかも完成品です。怒りによっては決して復元され得ないみごとな彫刻のようなものです」


『監獄の誕生』でフーコは分割を考えることへの関心を書いた。『言葉と物』は秩序を考えた。常に秩序に裏側があることも含めて。『監獄の誕生』においては死に場所のない近代を考える。魂は肉体を住処としていたように、生者に伝えたい死者の言葉は建物と共に在るが、監獄ですら建物はそれ程堅固でない。


「共生」という曖昧な観念。日本ネオリベは自粛的網目の包摂によっておなじままでコロナと共生しようとしているのだろうか?再び新しく、多孔性としての等価の交換(グローバルに繋がる活動性)の意義を考える。ここには、言語の存在をどう語るか、そして動植物の生物たちをどのように語るかの問題がある


英国発信の根拠ありそうな、富裕層階級が労働者階級を攻撃するネオリベ像の言説は、日本知識人が過剰に言うと、天皇の階級を超えた視点に依るべしの根拠なき話に嵌る危険がないの?


政府は国会の審議する権利を尊重すべきことは当然なのに、安倍政権は国会に審議を行わせないのは何の根拠があるのか!?

憲法53条は、衆参いずれか4分の1以上の議員から臨時国会の召集の要求があった場合、「内閣は、その召集を決定しなければならない」と定める。


なんか、起源なき廃墟をたたえる生き物たちが地球の表面を為す水のなかに溶け込んでいくように見えてしまった。かくも自然は連続しているし連続していなければならない。博物学は表象の記憶だとフーコは言う。それは言語と似ているといわれる。言語も表象を記憶する。そこで言語は自らの傍らに言語をみる見方を配置している。古典主義における言語は表象を介して記述するだけでなく自らのあり方を正当化しなければいけないのだった。

下は荒俣宏『大博物学時代』の頁より


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日本会議文化人の「日本人の心」は漢字文化の他者性も否定する。「靖国神社を戦争神社と言ってはばからない文化人もいます。彼らは日本人の心をもっているのでしょうか」百田尚樹


マスコミが戦争神社と名指す靖国神社への公式参拝憲法が問題とする<公の世界>に関わる。<公の世界>に、「日本人の心」という<私の世界>をさがしても無い。あってはならない


中世の神道家は朱子学を以って『日本書記』を読む解くコードにしていたほど漢文の中に立っていたのに、漢文を要らないと主張する百田尚樹は安倍と同じで伝統をもたない似非保守主義


長く生きることを諦めよと告げる大袈裟な死神の声が聞こえてくるけれど、これも五反田の「世の中は東さんが言う通りになっている」と話しあう信者を除いてエンターテイメントである


ボードリヤール:商品・モノをシミュラークル(指示対象である実在やオリジナル・コピーのない記号)概念で読み解き、生産の終焉と象徴交換を語り、さらに現実世界・主体の不在へと展開し、湾岸戦争など時事的なテーマをモノ・現実とリアリティの観点から論じた。著書『象徴交換と死』など」(哲学botより引用)

湾岸戦争は無い、イラン戦争は無いとボードリヤールをひいて発言するひとたちはシニカルすぎるとおもう。戦争は存在していたのだ。ただ国家が解釈のなかに存在しているように、その国家が行う戦争も解釈によっては、存在しないのである。例えば国民が解釈改憲を容認しているので、自衛隊が米軍とともにどんな軍事演習をやっていても、戦争は存在しない。そもそも自衛隊は軍隊ではないから戦争できないはずだ。しかし戦争しているならば、憲法違反の武力威嚇をしているのだから、これは「見えない戦争」である。戦争を止めるために、「見えない戦争」を可視化しなければならず、そのためにはどうするかである。


中学生のときは、「ポンタは漫画家になれ」と友達からよく言われたものです。しかし枠のなかに描くのがちょっと難しく感じられました。わたしの絵は余白に佇みたいのです。それから、風船のなかに文を閉じこめるのががどうも..。漫画とは何でしょうか?漫画についていい加減なことを書きますが、漫画というのは、漫画が論理的順序で成り立っている証拠に、下から上へと読んだら意味がわからないでしょう。先行する初めというものが只上にあるのが漫画の面白さですね。四コマ漫画も漢文も上と下の論理的順序があるのです。また漫画には時間的順序があって、初めにそれほどはっきりと認識できる状況が指示されていないが、どんどん読んでいくと知識が増えていく認識の発展は古典ギリシャ演劇(例. オイデプス王)を読む場合とおなじですね。わたしの欲望なんですが、漫画として表象されているものを、論理的順序と時間的順序から解放したいのです。そして、それを「これは何々である」という文を書きたいのです(いまその文を書いています)。表象の表象、だけれどこれでは、漫画にならないですかね。「これは漫画ではない」というのなら何が漫画なのか?(笑)


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ばらの騎士』RosenkavalierはR・シュトラウスの作曲したオペラ。今日東劇の映画オペラでみた。音楽の場面を確認してハプスブルク家帝国の終わりを読むことができた。安倍近代における「さくらの騎士」の軍国主義的「父」への唐突な帰還で、「女」も、「男」になった「女」も、「女」に戻った「女」も『ばらの騎士』において描かれた不幸を感じただけだ。安倍政治がこの道しかないと言ってきたこの八年間、外部的批判を失った日本人になんの感性の成長もなかった。テクノロジーと経済と開発はどんどん進むが、自由に政治を批判する権利がないままではないか。ポスト安倍首相候補のリストでも正面から安倍を批判したことがない人達ばかり


推敲中

五百年間のあいだに書かれた芸術理論の1000以上の文を読んでいくと、どの作品がどの文によって言及されているのかという関心がなくなった。言説から言葉を奪回できたアートは物で書かれたものとなるのか?物で書かれたものを読み解く言葉がない。書かれた言葉ならば注釈によって二重化するところを、物で書かれたものは沈黙している。と、それらがトータルに言語の実在と関わっていることに驚く‬。関わっているというのは、互いに独立しているということ



推敲中

ポストモダンヘーゲル感染のワクチンだったはずだがどうもワクチンが足りていないようである。ヘーゲルとはなにか?ヘーゲルの言語は近代を体系的に示した。その言語の全体の表象が成り立つ為には、言語が「精神」(Geist、Spirit)として書かれる姿をー『百科全書』とは違うやり方でー思い浮かべなければならない。問題は、「精神」とは前近代的な他者であるときに、近代は自己の中でその内部に沿ってそれが否定する他者を見ることができるかに存する。これは、全体構造が齎らした不可能性を解決しようとして、再びその全体構造に依拠しようとするような他者なき同一的反復の悪夢である。ワクチンが必要だ。