「帝は是れ理を主と為す」

‪「帝は是れ理を主と為す」‬(陳淳) 子安先生の訳と解説 (『朱子語類』を読む) 「天が帝であるとは、理を主としていうのである」 • 人間が自らに判断できる主宰性(主体的、自立的)をもつのは、人間は心をもっていることによる。 MEMO (不勉強な私の現在から古…

時代のスピードがはやくなってきたとは、物の見方が大きく変化するようになってきたということ

時代の支配的見方である「正しい」ことにこだわる教条主義>の倫理的問題が理論的に分析されるようになったのは、1970年代からのポストモダンの時代にだとおもう。あれから50年、テクノロジーの進歩とともに、加速していくように時代のスピードがはやくなって…

時代のスピードがはやくなってきたとは、物の見方が大きく変化するようになってきたということ

時代の支配的見方である「正しい」ことにこだわる教条主義の倫理的問題が理論的に分析されるようになったのは、1970年代からのポストモダンの時代にだとおもう。あれから50年、テクノロジーの進歩とともに、加速していくように時代のスピードがはやくなって…

時代のスピードがはやくなってきたとは、物の見方が大きく変化するようになってきたということ

時代の支配的見方である「正しい」ことにこだわる教条主義の倫理的問題が理論的に分析されるようになったのは、1970年代からのポストモダンの時代にだとおもう。あれから50年、テクノロジーの進歩とともに、加速していくように時代のスピードがはやくなって…

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

‪今日は宮沢賢治の命日なんだそうである。『銀河鉄道の夜』は芝居が先だった。小説は芝居のあとに読んだ。そういうこともあって、ジョバンニはわたしのなかでは沈黙しがちである。本を読むと、ジョバンニ‬がもっている自分自身の言説というか、「じぶんの考…

MEMO

‪どこの国の誰でも自分の国について喋り始めるといきなりつまらなくなる。あれはなんだろうね?国家哲学を語るからだと思う。だけれど国家は言論のなかにしか存在しない。例えば誰と誰が語った日本とか、誰々が語った明治維新しか存在しない。日本とか明治維…

漢字

‪大活躍のトゥランドット姫。写真は、舞台のスクリーンで映し出される舞台裏の姫の姿‬。ちょっと本音が出るネット発信のくつろいだ雰囲気を思わせる。やはり大切な場面だとわたしはおもっている。自由に振舞っているようにみえて、隅から隅まで皇帝の姫を演…

<説教したがる男たち>悪

<説教したがる男たち>悪 説教したがる男たちは特権のなかにいます。特権が見えないのは特権のなかに属しているからだという問題は、倫理的な問題です。こういう問題は、父なるものが孕んでいる問題で、法の問題としてもっと考えてみなければならない問題なの…

ブレヒトで読む現代中国

「名の知れた人の言葉が、すべて名言であるとは限らない。少なからぬ名言は、むしろ農夫や田舎の老人の口から出たものだ。」(魯迅) 1、ブレヒト戯曲のおそらく議論をよぶ思想の部分ー2018年の現在からいかに50年代の戯曲を解釈するかーについて語ることは、…

St. Thomas of Aquinas

The existence of an actually infinite multitude is impossible. For any set of things one considers must be a specific set. And sets of things are specified by the number of things in them. Now, no number is infinite, for number results fro…

テニス

テニスは常にテニス以上の意味をもっていました。アーサー・アッシュとかビリー・ジーン・キングの時代は、テニスの身振りとジェスチャーがアイデンティティの政治と結びついていたようですが、テニスに政治が読み出された最後は、スエーデンのワーキングク…

‪感想文 ; ブレヒトの芝居小屋『トゥランドット姫 あるいは 嘘のウワヌリ大会議』(ブレヒト作、公家義徳 上演台本・演出)‬

‬ ‪1、トゥランドット姫といえば、プッチーニのオペラ。美しく冷酷な姫トゥーランドットと結婚するには3つの謎を解くことが必要で、謎が解けないと、首をはねられてしまう決まりのことはだれもが知っている。知に依存するオリエンタルな国家が表現されている…

思想史講義(子安氏)で考えたこと‬

‪MEMO 今日の子安氏の思想史講義で考えたこと‬ ‪ヘーゲル『法哲学』はこう問うた。‬ ‪いつの間にそんな家族が現れた‬ ‪いつの間にそんな市民社会が成り立った‬ ‪だから国家をもった‬ ‪ここでヨーロッパでは市民的不服従はわれわれの問題ではない。国家の問題…

今日の思想史講義(子安氏)‬ 9月8日

思想の地震

思想の地震 ‪ポスト構造主義のラジカルリベラリズムと文化多元主義から、Badiouが再構成するようなプラトン的普遍主義の方向をもった政治的多元主義への移行が、 Occupy Wall Streetを契機に起きている。ポストモダン孔子のラジカルリベラリズムと文化多元主…

『仙境異聞』とはなにか

80年代ポスモダン言説は閉じているとみなされ、前近代と非難された。70年代の批評精神ほどのものを失って文化多元主義の方向にそれほどすすむことがなかったと近代主義者からみえたかもしれないが、まだ思考は続いていた。たしかに近代というのは非常に強力…

「沖縄を見る目」

「沖縄を見る目、アムロが変えた」という今朝の新聞の大見出しをみて、軽い気持ちで、北アイルランドを見る目をU2が変えたいわれたことと比べてみようとした。しかし段々溜息がでてきてしまった。「沖縄」は吉本が語る「沖縄」であった。あるいは、柳田の「…

思考の千の高原

‪分割は不毛だと非難する考え方がいつも出てくるけれど、わたしは分からない。人間は分割に対する関心をもつから思考が成り立つとおもうから。問題は、せっかく思考がはじまるときに、「父の死」「神の死」を反芻する方向で分割を統合して、思考を外に放りだ…

鄙びた路地裏で 巻かれたら巻きかえせと人形遣いの 世を問うた 消えた最後の小屋 他の仕事が追い立てたために気がつかないままである

本『映画史』

Godard’s seul le cinéma 本『映画史』は発想の大転換が必要。このイマージュの博物館は博物学的連続性の原則と方法をもつ。博物学の本は現実に存在しない動物の絵がそれ似た特徴をもつ生き物の絵の横に理解されないままに配置された。本『映画史』も同様に…

「事件学」「言説学」?

‪ ポストモダン的再構成によって再発見されたオブジェob-jetのDadとsurréalismeは、数学のノマド的隠語の影響のもとに、大衆との関係を失って思考の形式として再出発するproーjecの映画と映画史の構想へと繋がって行くとおもうのだけれどね。面白いのは、映…

ob-jet

‪オブジェといえば、フランス語訳はob-jetと表記されていている(obは方向性を表し、jetは‘投げる’の意)。ヘーゲル精神現象学からブルジョア的所有の修辞をとりのぞくとね、外部に行くか(スキゾ的アンチ生産的生産の方向性)、内部に行くのか(パラノア的表象の…

以前でもあり以降でもある時点にやってきた(on vient à un moment qui est avant et après )

‪以前でもあり以降でもある時点にやってきた(on vient à un moment qui est avant et après ) ‪以前でもあり以降でもある時点にやってきた(on vient à un moment qui est avant et après )...‬ ‪12世紀のアジアにおける思想革命の出現は17世紀の知識革命より…

歴史の歴史

‪歴史の歴史 近代批判の<68>年以降、思想は思想の歴史をはじめて問題にすることができた。思想の歴史は50年たった。ラッセル『西洋哲学史』があったが、それはアジアのものではなかった。思想の歴史は1968年から、<思想の歴史>の歴史をもった。歴史の歴史と…

市民的服従

‪公害裁判支援の運動のときにおもったのだけれど、市民的不服従はわれわれの問題ではない。国の問題である。抗議をやめてしまう市民的服従がわれわれの問題なのかもしれない。ここで、議論があるが国家的体制と考えてみて比較してみると、幕藩体制の政治的議…

ヘーゲル

‪「ヘーゲルが発見すると同時に神秘主義で包んでしまった理論の合理性を、印刷物数ページで通常の知性も持ち主に理解できるように提示できたら、どんなにいいだろう」(マルクス)。丸山真男は『法の哲学』を読んで講座派を包摂した市民社会の自由を合理的に考…

ヘーゲル『精神現象学』

‪L’esprit de ce monde est l’essence spirituelle pénétrée par une autoconscience qui es (sait) immédiatement présente comme vetted ( auto conscience) étant pour soi, et sait l’essence comme une effectivité qui lui fait face. Mais l’être-là …

トマス・マーフィー『ジリ・コンサート』The Gigli Concert

‪The Gigli Concert ベートヴェンなんかはヘーゲルがいう「教養 」Die Bildung の「疎外された精神」だろう。問題はオペラとの関わりである。イタリア人のようにオペラのアリアを歌いたいと望むダブリン中産階級のサラリーマンを描いた芝居を見たことがある…

MEMO

福島の経験からなにを学んだのか? 「外部電源喪失、周知せず 北海道・泊原発、地元4町村」 「空は丘に対する境界線となり、山脈は空を隔てる。大地は海の輪郭を描き、今度は海があらゆる大地を区切るだがあらゆるものの彼方には、それを終わらせるものが何…

ニーチェ

‪サイードだけれど、人間は亡命の場所をもつから知識人が成り立つと言っていたと理解している。そこではじめて反時代的に知識人の形而上学の依拠が成り立つとしたら、問題は、人間はどんな場所に属さないことについてどう考えるかである(「故郷喪失者」の意…