人間の危機とはなにかを問う市民の劇場 ー東京演劇アンサンブルの「第三帝国の恐怖と貧困」の感想文 2

人間の危機とはなにかを問う市民の劇場ー東京演劇アンサンブルの「第三帝国の恐怖と貧困」の感想文 2

1、東京演劇アンサンブルは、大学のベンヤミン研究者をブレヒト小屋に招いて当時のドイツの政治状況がいかに現代日本に似ているのかについてかんがてみることになった。そもそも、ファシズムはいかにファシズムになるのだろうか?ナチスファシズムの暴力をとらえようとするとき、「第三帝国の恐怖と貧困」の14話から成る諸場面を貫く機械じかけの如く体系的に作動するの暴力の働き方を一つ一つ観察することが要求される。すなわち「国民共同体」「裏切り」「白墨の十字」「泥沼の兵士たち」「法の発見」「物理学者」「ユダヤ生まれの妻」「スパイ」「黒い靴」「箱」「釈放者」「いましめ」「職業斡旋」「国民投票」、である。ここでは、とくにとりたてて大事件とはいえない「法の発見」の場面が大変気になった。この場面をみると、なぜ、不法行為の法律が絡むほどの軽犯罪の微妙な細部にかくもブレヒトがこだわって戯曲を書いたのかという疑問がおきた。ブレヒトナチスを描こうとすれば、かれはどうしてもこの微...妙な相関関係の細部を省略することなどは絶対に不可能だったはずだったと考えられるのだが、ブレヒトはなぜ「法の発見」の細部の描写にこだわったのか?この点についてフーコの次の言葉が役に立つかもしれない。「権力関係は、一般的または所有的次元で行使されるのではなく、微細ではあっても特異性のあるところ、'隣人同士のいさかい、親子喧嘩、婦婦関係、過度の飲酒や性交、公の争議、いかがわしい情熱'など、力関係があるところなら、どこにでも侵入するのである。」つまりナチスの台頭とかれらの権力の網目が徹底的に微妙な細部の相関関係を捕獲することは同じことを意味しており、その結果、人々はどこの隙間、特異点にも逃げることができなくなるということをブレヒトは現在のわれわれに伝えようとしてはいたのではなかったか?学校にも友達のネットワーク (「いましめ」)に逃げることができない。職場にも、そして夫婦関係と親子関係にも逃げ道はない。つまり人々はナチスがいう「この道しかない」と思わされていくのは、2015年の日本の空白をマニアックに管理する状況と重なることはたしかで、これこそが、第三帝国(ナチス)と第四帝国(日本)が構成する全体性の恐怖と貧困にほかならない。そうして、ナチスがヴァイマール憲法体制の内部からあらわれてきたということを三十数人の俳優たちは示す。ただこれだけだろうか?否、他のこともある。ナチスはヴァイマール憲法から生じてきたならば、再び新しくヴァイマール憲法的なものがナチスから生じてくるというチャンスはないのか。市民の演劇が問うのはこのことである。つまり日本における歴史修正主義者の国民道徳の恐怖と貧困をいかに終わらせるのかということ。東アジアと人類の平和共存を壊す国家的祭祀による政教分離の破壊と原発推進の一体構造(政財官司マ)を、いかに終わらせるのかということ、そしてその目的のために、人文科学の私達はまだ同調しない自由がある、これである ! ラジオから、現在ならばテレビだろうが、ヒトラーのウイーン入城の歓声が聞こえるなか、街の抗議者が国民投票に向けてビラ一枚作れないことを嘆いたときに、「女」はまだ「いやだ」と言う思考の力があると信じていたように、人文科学の私達は、「白墨の十字」の権力から差異性を奪われ尽くしたら、それこそ人間のギリギリ最後の抵抗は自己の中の差異と対話していくことができるとブレヒトアーレントがいうみたいに語っていたのだ。以下に、「第三帝国の恐怖と貧困」の場面からブレヒトの言葉を抜粋して示しておこう。劇団のネット掲示板から引用させていただいた。(本多敬)

 

国民共同体

“そこへ来たのは親衛隊の士官たち。
あの男のおしゃべりと
ビールをたらふく頂戴して、
もうヘトヘトだ。
この連中のお望みは、
国民が、
偉大にして畏怖される、
敬虔にして従順この上もなき
国民になることだ。”
.

・裏切り

“あそこへ来たのは裏切り者だ。
隣の男をこっそり売った連中だ。
皆がそれに感づいていることは
彼らだって知っている。
恐らく街はそれを忘れまい。
彼らは眠れない
-昼間がなくなったわけではない。”

・白墨の十字

“突撃隊の連中がやって来た。
この連中は、兄弟たちの足跡を
狩り犬のように嗅ぎまわり
太った親分の足元にくわえて行く。
それからお手々を挙げて敬礼
お手々は血だらけで、からっぽ。”

・泥沼の兵士たち

突撃隊はどこからでもやって来る。
だのに連中は、ベーベルがどうの
レーニンがどうのと、また議論だ。
ナチスの穴倉が、血まみれの手で
マルクスとカウツキーの本を突き付け
団結させてくれるまでは。

・法の発見

“次に来るのは裁判官たち
彼らに一味徒党はこう言う
法とは、ドイツ国民を益するもののことである
だが、どうしたらそれが分かるか
それを知るには、国民全体を牢に入れるまで裁判を続けねばならぬだろう”

・物理学者

“学者さんたちもやって来る
ドイツ風のいかめしい
付けひげをして
妙におどおどした目つきをして
先生のお望みは
本当の物理学ではなく
アーリア的な風貌をそなえた
認可ずみのドイツ的物理学である”

・スパイ

“さあお次は大学の教授達
ひよっこが先生方の耳をひっぱり
胸をそらし、
真っ直ぐ立てと教えます
学生はみんなスパイ
天のことも地のことも
決して知ってはなりません
誰の上に何が起こるか誰に分ろう

それからお次は
かわいいお子さんたち
絞首人や拷問者を呼びに行き
そいつをおうちに連れて来て
パパとママを指さして
あれが裏切り者だと教えます
ご両親は有り難くお縄をちょうだい”

・箱

〝トタン箱を担いだ連中がやってくる
一人の男をどんな態(ざま)にしてしまったか
それがその箱の中に隠してある
その男はついに降伏しなかったのだ
よりよい生活のために戦いぬいたのだ
偉大なる階級闘争の戦場で〟

・ いましめ

“連中は男の子たちを連れて来て
お国のために死ぬことを
まるで九々でも教えるみたいに叩き込む
死ぬことは九々よりどうも難しい
でも先生の鉄拳を見ていると
恐いと思われることが恐くなくなる”

国民投票

“君たちが駆り立てられて行く戦争は君たちのものではない
もう黙っていてはいけない
「いやだ」というものはいないのか”