ホウ・シャオシェン「黒衣の刺客」の感想文

チラシの宣伝には「水墨画のような中国の絶景、京都・奈良・兵庫で撮影された壮美な寺院」とある、この「黒衣の刺客」は、唐代の中国を物語っていました。監督ホウ・シャオシェンはドラマ的には何を撮りたいのか段々と辻褄が合わなくなっていったのでしょうが、風で揺れる絹のカーテンとインクの滲みのような蝋燭の火の煌きをとらえた映像詩は、「ラストエンペラー」のベルトリッチを超えるのかと期待しました。全体的には、シネフィルの記憶の囚われの場というか、映画好きの映画の痕跡でつくられた映画の宿命というか、「楊貴妃」の溝口、「キルビル」のタランチーノ、タルコフスキー、黒沢、あるいは「七つの封印」を喚起する諸々のイメージが生成する万華鏡。ただし「新羅へ行く」という最後の言葉で当時の国際関係、古代日本のことを暫し考えました。当時は中国・朝鮮・日本のどちらがどちらであるのかわけることができないほど一体でした。中国・朝鮮・(この二者に育てられた)日本の知識人たちが共同プロジェクトで変体漢字で大和国家の成り立ちを自己証明した日本書紀をつくったほどです。古代日本論は混乱が避けられません。が、たかだか映画ですら中国が千年間先行していたことを示しています。いきなり独立したオリジナルな国(「大和」)が生まれたはずもありません。居酒屋でおききした話で私は勉強していないのですが、こんな映画の感想文のなかでなら紹介してもいいでしょう。「大和」でいわれている国は古代百済王国(の一部?)だったと考えてしまえば、唐・新羅の連合軍との戦争で敗北してから、海に防衛線をひくことになり百済の痕跡を消していくことになった古代日本の歴史の方向がみえてきます。唐との関係において双子の関係。自己存在の証明のために相手を罵倒した大和側の人々に、罵倒の遺伝子のようなものが残った。しかし痕跡は完全に消し去ることはできません。精神分析的な意味で今日のヘイトスピーチにその痕跡が。逆にいうと、罵倒すればするほど古代のわれわれとかれらの間に線引きが引けないとことを証明してしまうのですかね