VERMEER

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現在アメリカの中流は半分に減ったと報じられているが、九十年代に始まるケルトの虎と呼ばれた好景気のときにはこれとは逆のことが起きた。アイルランドの中流の数が二倍になった。とはいえ、ヨーロッパの他のどこの国と比べても中流がまだ少ないことは、19世紀植民地化のもとで民族資本の形成と成長が妨げられた歴史的な背景から説明できよう。今日まで外資に依存せざるをえない。さて当時住んでいた場所から三十数分も歩けば、この絵を展示した美術館に辿り着いた。ここに来るたびに思った。なんでこんな貧乏な国にこんな高価な絵があるのかと。英国女王からSirの称号を与えられた南アフリカ出身のアイルランド在住の大富豪が所有していたこの絵は幾度となくIRAに誘拐された。最終的に持ち主から国の美術館に寄付されることになった。返却のときは手紙を書く女主人と召使いの女性の間に生々しい大きな傷跡が。身代金の問題だけではなかったようだ。色々と想像する。召使いの女性ー女主人の手紙を書くのを待って窓の外を眺めているーは、現在でいえば、労働者階級に属する者だ。建前的には、アイルランドナショナリズムは労働者階級のものとされているから、それが中流に隷属するというふうに読まれるとしたら大変微妙だ。しかもこの絵を所有している者が搾取者の裕福なブルジョアだとしたら...。手紙の内容は秘密だ。内容は絵の内部から内部に沿って解釈するしかない。モーゼを抱いた女性の姿を描いた絵が壁に掛かっていることが解釈の糸口となる(イスラエルの子孫の力を恐れたエジプトのバロ王は出生した男児の殺害を命じたが、モーゼはバロの娘(モーゼの命名者)に救われ宮廷で成人した。) 一方女中は窓から街のなにを眺めているのか?秘密に、手紙をいかに父親に届けるかその道筋を考えている?そして私は私で、この絵画をわがものにするつもりで17世紀バロック世界の芸術至上主義に浸りたいと望みながらも、不可視の傷を思ってアイルランドから見る不安を消せずにいたのである