伊藤仁斎の天道観を参考にしながら、天道を描いてみました...

伊藤仁斎の天道観を参考にしながら、天道を描いてみました。

「語孟字義」のなかで、子安宣邦氏が注目している、陳北溪による次のような言葉あります。「誠字はもともと天道についていうものである。天道の流行は、古より今に至るまで、いささかの妄(みだれ)もない。暑さが来れば寒さが来、日が沈めば月が昇る。生い育った春が過ぎると夏が盛んとなり、秋に草木が枯れると貯える冬が来る。天道の流行は永遠にこのようである。これを真実無妄というのである」と。「然れども春当に温かなるべくして反りて寒く、夏当に熱すべくして反りて冷やかに、冬当に寒かるべくして反えりて暖かに、夏霜冬雷、冬桃李華さき、五星逆行し、日月度を失うの類い、固(まこと)に少なからずと為す。これを天誠ならずと謂いて可ならんや。蘇子が曰く、<人至らず所無し、ただ天偽りを容れず>と。この言これを得たり。」(しかしながら春は当然温暖であるはずなのに反って寒く、夏は当然熱いはずなのに反って冷たく、冬は当然寒いはずなのに反って暖かで、夏に霜、冬に雷、冬に桃李に花が咲き、五星が逆行し、日月が度をはずれるという類は、少ないこ...とではない。これらによって天は誠にあらずといってよいだろうか。蘇東が言っている。「人知の作業は至らざるところはない。ただ天はいささかの偽詐も許さない。」
子安氏の評釈によれば、 朱子(陳北溪)は天道流行の万古にわたって真実であるあり方(真実無妄)によって天道の誠を言いました。いま仁斎は、天地自然の時に示す異常・変異をもって、天道を誠といっていいだろうかと、疑問を投げかけるのです。しかしそう問いながら、蘇東の言葉を引き、一転して、「天は偽りを容れず」という意味で誠だというのです。天とは真実無妄の意味で誠であるのではありません。真実無偽の意味で誠だというのです。さきに仁斎は真実無偽という誠字解を消極的にいっていたましたが、だがここでは天道観の差異を前提にして真実無偽がいわれているのであります。「天は偽りを容れず」という主宰的な天道観を前提にして仁斎は天の誠(真実無偽)をいおうとするのです。ここから朱子学における宇宙論的・存在論的な諸概念を仁斎は容認しないということはいえる、と子安氏は指摘しています。
ここで、「天道」の仁斎にとっては、すでに天は規範的なものではありません。それは「道は猶路のごとし。人の往来通行する所以なり」でいわれる、人道を基礎とした天道です。そうして仁斎は天をこのような天道(天地の間は一元気のみ。たえざる運動状態)で読み通し言い切ることによって天理を否定しました。それを徹底した結果、天命という超越者としての天命的天が分離してきたと子安氏はみます。この分離から、孔子の、絶望的にうちすてられたことでかえって突き動かされたかのように宇宙と一体となるような天が再発見されてくるのです。これは仁斎と同時代の思想家、カントの第一批判から第二批判へと論じるときの思考に対応しているとも考えらえます。
このことをふまえて、わたしの理解では、われわれの世界は、天に方向づけられている縦軸と、人の道に方向づけられている横軸で構成されていますが、縦軸は絶えず横揺れするのです(天地自然の時に示す異常・変異)。朱子学における宇宙論的・存在論的な秩序が成り立たないが、だからこそ縦軸が再構成されていかなくては人はやっていけなくなるということです(「天は偽りを容れず」という仁斎の主宰的な天道観)。人間の現在は最も狭く、最も限定され、最も瞬間的で、最も点の性質があり、たえず線を分割しそれ自体も過去と未来に分かれて行く、つまりたえず未来を思い出していくというか、直線状の点です。すべてが日常卑近の表層で進行する、ものを平面化する台こそが人の道といえます。人間に即して考えていけば、過去においてXとYは互いに関係があったかもしれません。だが未来においては、既存のものに依存することは無理があります。未来における横軸のdxは、未来における縦軸のdyとの間の予定調和的な関係は断ち切れているのです。そういう意味で縦軸のdyと横軸のdxは互いに関係がないのですが、だからこそ、この<無ー関係>から、新しく関係をつくる天地の間の運動が生まれてくるといえるのではないでしょうか。われわれの世界は、相互の関係と反作用とによってのみ存在するということです。

 

最後に、このカント的仁斎または仁斎的カントのテーマと、「論語」」のなかに示された、国内的亡命者という世の中と対等であるという生き方の問題をめぐる新しい解釈との言説的関係にわたしは関心をもつ。問題提起したいところである。今回は「論語」から引用した言葉だけを示しておこう。
 
「子の曰く、賢者は世を避く。其の次ぎは地を避く。其の次ぎは色を避く。子の曰わく、作(な)す者七人。」(憲問)
 
当然に次の文も深い関連性がみとめられるかもしれない。
 
「子の曰く、道行われず。筏(いかだ)に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由(ゆう)なるか。子路(しろ)これを聞きて喜ぶ。子の曰く、由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所なからん。」(公治長)

 

 

本多 敬さんの写真