ジェイムス・ジョイスの世界 No.9

ジェイムス・ジョイスの世界 No.9


近代の作家のなかで、ジョイスはファシズムの共感と植民地主義に行かなかった稀な作家である。「亡命」の定義によることであるが、ジョイスの場合は「自分で決めた亡命self-imposed exile」と自身のイタリア行きを形容した。その意味は何か?国に仕事が無く貧しいアイルランド人は大陸へ行って出稼ぎ労働しなければならない。彼は英語の教師の仕事を探した。大英帝国の植民市都市ダブリンではまだカトリックが政治權力をもっていなかったし、まだ内戦も起きていない。政治的迫害を受けたという意味での「亡命」は起きなかった。文学的な追放のことが推定されるが、イエーツたちのメインストリームに反抗したのもイエーツたちの意義を認めた上でそれを乗り越えるためのものであった。何を指示していたかは明らかではないが、大衆にではなく人類に自己の立場を置きたいというのが彼の「自分で決めた亡命」の意味だったかもしれない。ゲール文芸復興運動の知に対しては経験知からの市民の立場をとった。80年代からはじまったジョイス読み直しは、テクスト重視のポスト構造主義(デリダ)と權力批判のポストコロニアリズムの間にその批判的位置をとったのである。