ジェイムス・ジョイスの世界 No. 13

ジェイムス・ジョイスの世界 No. 13

 

ジョイスのどの一行を読んでも、そこに<自分は悪くないんだ、悪くなかったんだ>と訴えている彼の自己正当化を読んでしまう。そこには、ジョイスが不満におもった文化権力にたいするたたかいと、それを体現した、彼以外の人間には決して反復できないような見事なその書き方が示されている。読者は、この点を理解しないと、(あるいはよく理解しているとしても)、作家の自己正当化の渦に巻き込まれてしまい、(文芸復興のエリートの作家達だけではなく)<だれでも芸術家である>とする偶像崇拝を自己に適用し始めるかもしれない。と、辛辣なアイリッシュの有名な批評家が、(アメリカの文学のようにジョイスを読む)アメリカ人の読者に向けて喋っていたことをおもいだしている。だがジョイスの本ほど、恐るべき錯覚、教条主義と他律性を生み出すものは他にない。こういう点が、ジョイスが大衆の時代の文学のチャンピオン、言い換えると、(70年代から80年代に顕著になる)ナルシシズムの時代のチャンピオンといわれるゆえんなのであろう