論語の世界 No.14

論語の世界 No.14

 

考えることができるから読むことができるとするのはいかにも近代である。原理を読むというか、近代はそういう態度をとる。だから、「孝弟也者、其為仁之本与」という文をまえにしてひるむことはない。近代は、La piété filiale et le respect des aînés sont les rachines mêmes de l'humainité と自信をもって解読できてしまうのであるが、それを可能にするのは唯一の普遍的な真理とその展開を読んでいるという確信からであろうか。しかし、ヨーロッパ人で頭だけで考えるときになにか無理があると考えるのは日本人の頭で考えているからであろう。同時に、両方の思考が働くのである。ここで二千年前か二千五百年前にフラッシュバックしてみよう。孔子の言葉についてその意味を理解していた弟子達はわざわざ「論語」に解釈を書く必要もなかったはずである。だが孔子の没後に200年を経過した前漢の時代に「論語」は解釈なしにはすでに読めなくなったのである。(私はこれと、「ケルトの書」を比べる。18世紀...19世紀には完全に読めないテクストとなったのである。)読めないからこそ考えることができるのだともいえる。読むことの限界を知るところから、はじめて読むことの理念性がでてくる。読むこととはなにかを問う理念性がでてくる。スーパーマンか聖人でもなければ、読むことができない無限大のものをまえにして人は自失茫然としてしまう。無限小である人はいかに、いかに無限大のものに接近できるというのか?仁斎はそれは「学問」を介してではないだろうかと考えた。(「特えて知らず己が性は限り有って、天下の道は窮まり無し、限り有るの性を以てして窮まり無きの道を盡さんと欲するときは、即ち学問の功に非じんば、得べかたず。」)仁斎の読み方は「孝弟は、それ仁の本為るか」である。父母兄弟への愛敬を(四端の心をもって)人類愛へ拡大充実させていくという行為の理念的あり方を読みだしている。仁斎はカントと同時代であることを子安氏が強調しているゆえんである。これは朱子の「孝弟は、それ仁を為すの本か」という形而上学的存在論を差異化した読みであることを言っておきたいただ差異化したのではなく、開かれた意味をともなって差異化したのである。天皇・貴族や寺社が独占していた学問はだれでももつことができるということをはじめて主張した、と同時に、東アジアにおいて普遍主義はひとつでも包摂される一つでもなく、多様であるという可能性を示していくことになったのである。17世紀近世の思想はすでに近代主義の原理へのこだわりを批判していく視点をもっていたことに私は驚嘆の念をいだくのである。「論語塾」で学んだことである。

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