幸徳秋水と大杉栄

スターリン的一国社会主義に依存しなくとも市民がやっていけるような共同体の意義を言った幸徳から、徹底的に観念的であることのポジティブな意味が初めて言われた。(スターリンという「父」から独立したつもりで内部の領域で再び「父」を作り出してしまうナショナルなものを呼び出すということに対しても批判しなければいけないような徹底した観念性を要請したのではなかったか。大杉栄も"白紙の本"を書くと言った。)現在の問題は、私の理解ではこういうものである。市民が依拠できる思想の自立性の根を絶やした、満州侵略を契機に天皇ファシズムへ行く権威主義の役割に意識的な安倍の体制を終わらせる思考がまだ生まれてはいないということに存するのではないか

広告を非表示にする