本居宣長

古事記」の価値を発見したのは本居宣長であるけれど、テクストとしてそれを読む宣長のどの一文にも同時に彼の思想闘争が反映されているとしたら、どうも、善悪を問う心の中の神がもつ価値が低められているという感じなのかな?神を心の外に出すこと、それは国家神道を準備する方向だったといわれる。ただし宣長は近代を知らなかったのだから、近代から生まれる国家神道を考えていたとみなすわけにはいかない。(近代主義者に混乱がある) 「いざなぎいざなみ二柱ノ大神の(中畧)火產靈神(ホムスビノカミ)を生給へるまでは、物の成れる吉事(ヨゴト)のみにして、凶事(マガゴト)はなかりしを、かのほむすびの神をうみ給へるによりて、いざなみの大神の岩隱りまし/\しは、よの凶事のはじめ也」(玉勝閒)
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