ジョイスの都市

ジョイスにおけるスタイルの不在は、植民地をもたないモダニズムはゼロと物語る原理的選択に対する思想闘争と切り離せない。彼のナレーションが絶えず瑣末な事柄に脱線していくのは、ダブリンでブルームが出会う他者が抽象的人格の近代ではないということと無関係ではない。ジョイスの都市。ジョイスは包摂されることを拒んで散種する都市を書く。その思考としての都市に、世界帝国たちが表彰される、古代ギリシャという記号のパラノイア(2020年東京オリンピック)に結集される、近代の反復される悪夢からの脱出線を引いていることに気がつくかどうかである。