「古義堂」

‪なぜ、「古義堂」の伊藤仁斎の学問に取り組むのかと自問するとき、やはりこれがあるとおもう。17世紀に成立した、自律的な独立した活動としての哲学を継承して、これをアジアのグローバル・デモクラシーのなかで発展させていくことなんだとおもう。‬

‪「百五十年来の西欧文化の最も根本的な特徴の一つとして、自律的な独立した活動としての哲学が消滅したということが挙げられます。[…]哲学が、今や大学教授の仕事に過ぎないものになったということです。」(フーコ-、「文学・狂気・社会」より)‬

‪‪ ‪ ‪西欧は人類の最高の原理を獲得してきたのに、問題となってきたのは、植民地主義帝国主義・帝国に絡み取られることになったという歴史。どうもこのことは、自律的な独立した活動としての哲学がこの150年の間に消滅したということと無関係に進行してきたわけではないようですね。ここで、明治の近代化は、近世の知に負いながらそれとの連続性を絶っていくことで何が失われたかという問題をどうしても考えてしまうのですね。断ち切られてしまったのは、アジアの知、近世の自律的な独立した活動としての哲学だけではないでしょう。国と時代と対等な、「古義堂」における「教え」「学び」の場所性はどうなったのでしょうか。このことと関係があるのだろうと考えようとしているのですが、言葉を教えたり学ぶという経験は、現在の日本だと教育の意味のほかに考えられないのでありますが、どうも外国ではそれに尽きるのではありません。だれが言葉を教えるのか、だれが言葉を学ぶのか考えることは、トータルに、言葉の周りで生きることの経験とその意味を考えることです。移民は、難民は、亡命者は、どこで言葉を獲得するか、そのとき彼らの言葉は消滅してしまうのか、消滅しないとすればどこへ行くのか、わたしはそのどこにかかわるのか、現在読んでいる本はどこから来たのか再びどこへ行くのか、こういうことの全部が、言葉を教える・学ぶの場所性に記述されて行くようにみえるのですね...‬ ‪

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