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ポスト構造主義以降の美学

やはり気になる点であるが、ヨーロッパ人の頭で考えると一致するが、アジア人の頭で考えると一致しないズレを消してしまう嘗ての普遍主義を一生懸命作り直している「『構造主義』以降の現代思想」ならば...。そうではなく、多としての普遍主義について新しく話すことができるのか、ここに依ると思う。

ポスト構造主義以降の美学というか、その場合も、ポストコロニアリズムも様々な幅とヴァリエーションがあるが、中でみポスト構造主義を包摂したナショナルな言説を批判したところから、成り立つのだろう。

ポストモダンダンス・ビデオ・コンピュータが新しく、ポスト構造主義の建築が再び新しくアートから現れることになった。油絵からは新しい作品が中々出てこないとテートモダンの案内人からきいた。私はアートの戴冠を受けることなく隠遁した映画知の国と時代に対等であろうとする批判精神に関心がある。