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法・倫理・アート・思想史

「法はどこにある?」‪語ることも見ることもそして考えることができなくなってきたときに、「法は何をしている?」と言う。不確実性の侵犯が起きたときに境界の内側で「法」をさがすことの限界を自覚しているかもしれない。それに対して、「倫理はどこだ?」とはいわれない。「倫理的に不可能だ」と云う。共同体に向かってそのように話すときは境界を超えて何かを行っているときである。<言表性・可視性・思考可能性>と<言表の不在・不可視性・思考不可能性>を往復しているかもしれない。「アートはどこにある?」とか「アート的に不可能だ」とはいわれないだろう。「それがアートだ」と云う。そのように話すときは、<言表の不在・不可視性・思考不可能性から与えられる感化の大きな運動を指示しているときだろうか。 思想史は、「いつ、だれが」を問う。思考可能な近代とそれに先行する思考不可能な時代を切り離すことが倫理的に不可能という。観念に先行する生の権利を要求する。生きるために思考不可能なものを思考せよと