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「弁名」ノートNo.3 (私の文学的フットノート)

‪「論語」は所謂近代の定義集ではない。孔子はどの弟子に何々を言ったといったことが書かれているだけで、例えば「仁」が何々でありしたがってどういう行為なのかという形で抽象的に記されてはいないのである。この一文では、孔子の死後、孔子と弟子たちの間で言葉にしなくとも指示されていて共同に了解されていた自明なものが、解釈しなければわからなくなっていったことが言及されている。徂徠は物と名の食い違いを言う。このような過去との連続性が断たれたという問題意識から、子安氏が使う「祖述」という言葉が活きてくることに気がつく。原初テクストそのものをたたえること、これを読み解くとき、壊されてはならないのは、ほかならない、制作行為としての命名行為の意味である。一回限りの反復しない行為。この誰が命名したのかというアクションの重要性が徂徠によってはじめていわれるようになった、と、わたしはこの一文を読むことになった。‬ここで、‬「論語」に先行する「六経」の意味が大きく意識されてくるのである。 子安宣邦氏の評釈はこうある。「かつて孔子がなお世にあったころ、「道」といえば、彼が祖述する「先王の道」にほかならなかった。「先王の道」は具さに、あたかも「物」のあり方をして「六経」にそなわることを人びとは理解していたのである。その時代、「道」をはじめとするもろもろの名は物に即してあったのである。だが孔子がすでに亡くなり、百家がそれぞれに道を主張し始めるとともに、物と名の食い違いが生じることになったというのである。名が乱れるとは、物と名とが乖離して、名が勝手に一人歩きしていく事態である。」‬(「徂徠学講義『弁名』を読む」岩波書店 2008)