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「弁名」ノート‬ No.5 (私の文学的フットノート)

‪‪‪「弁名」ノート‬ No.5 (私の文学的フットノート)

‪「日本」という単一の「傘」に多数の穴をあけること、「ひとつの日本」「ひとつの日本語」をできるだけ相対化していくこと、生きるために。1968年は重要な契機だった。だが、現在、現実にこれほど隙間なく国家の構造に取り囲まれてしまっていては再び占拠できる空間を見いだすのが難しい。しかし別の次元で介入できる余白がまだあるかもしれない。つまり時間の占拠のことである。1960年代から学生と市民の視点から近代が問われることになったのである。過去の言説を批判的に読み解く形で、国家が自らのアイデンテイテイーとして隙間なくはりめぐらす言説体系の「傘」に穴をあけていくこと。生きるために、意味を作り出すために。同じであることはあり得ない、絶えず変化していくということを示すこと。そうして脱出する穴を言説の網目にあけるというのは、もちろん簡単ではない。ひとりで取り組むことなんて不可能だ。だがここに、近世の思想を構成する徂徠学を読む意義があるのではないかと段々気がついてきたのである。私はかんがえている。徂徠もこれと同じことをかんがえていたのではないだろうかと。彼がそこにはいりそこから出ようとしという意味において依拠しようとした過去は、ほかならない、朱子であり仁斎、そして二人がはじめて言い出した言説であったのだ。‬子安宣邦氏の評釈の抜き出しと訳を示しておこう。「『世は言を載せて以って移る』と徂徠はいう。時代の変化とは、物言いの変化、言説の変化である。」「徂徠が『豪傑の人』と評するのは、朱子であり、伊藤仁斎である。朱子も仁斎も徂徠にとって批判的克服の対象であるが、しかし彼らが傑出した才能をもって、儒学とその言説を一変させた人物であることをみとめるのである。豪傑の士とは、世に英雄として対し己において聖人の道を担おうとするものである。学とその言説が一変するのは彼らによってである。」