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‪‪‪「弁名」ノート‬ No. 7 ( 私の文学的フットノート)

‪‪‪「弁名」ノート‬ No. 7 ( 私の文学的フットノート) ‪「〜に先行する」(時間の順序関係を示す)を、「〜外部にある」(事物が関係する空間の位置関係を示す)という風に方法的に外部の思考へ行ったのが徂徠だったと私は考える。このとき、起源に遡る必要はなく、書記言語をなすテクストの原初を指示すれば孔子をとらえることが可能だし、そうして徂徠は「論語」に先行する「六経」を、孔子に先行する聖人を指示した。ここから二千五百年の儒家言説を十分に相対化できるのである。ここで終わりではない。問題となってくるのは、過去との連続性が回復できなくなったという変化についての徂徠の認識である。物が失われただけではない。名も失われたし物も失われたというのである。つまり"名が残っている"という言い方をしたところで、それは解釈不可能であることを認めなければならない場合がある、このことも、徂徠学における外部の思考に記述されていくということが重要なのだ。‬十分に捉えきってはいないけれど、私はそう理解することになった。 ここでまとめておこう。聖人が「名を立てる」とは何か?ある事物、ある事柄がある名をもって呼ばれる「命名」行為と、人間の文化的社会の「制作」行為は切り離して捉えてはいけない。朱子の性理学的に、または、心法論とされた仁斎の字義解明的に、無理に統合もできない。<解体>儒家的再定義は、ほかならない、徂徠が初めて行った。「徂徠の『弁名』作業とは儒学史の脱構築作業である」(子安氏) 子安宣邦氏の「徂徠学講義ー『弁名』を読む」第1講「緒言」、命名と制作ー『弁名』 の方法論的序説 、の最後である。訳は以下のようになっている。