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西田幾多郎

西田幾多郎「場所的論理と宗教」(1945)の冒頭で、「哲学者が自己の体系の上から宗教を捏造すべきではない」という。外部の思考をいうこの画期的な視点は最後まで貫かれているか?信は理性の内部に位置づけられてはいない。外部的にそこに依るならば、どちらが「意識面」でありどちらが「物体的なもの」であれ、<一>と<多>は切り離してはいけないし、無理に統合もできない。無-関係である。一が多をみたり多が一をみるという誰もはいってこれない鍵のかかった私一人の部屋ー宇宙をスクリーンに映し出したりその宇宙を作ったりすることーは不可能だろう、その私といわれる蝿がすでに脱出しているとしたら
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