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ポエムはあるけど、詩はあるだろうか....‬

アイルランドの写真を整理していたら、過剰な言い方かもしれないが、あちらでは、反対に、詩人は多く、何かナショナリズムが私人をゆるさない所があるらしく、私人が少ない、ジョイスがこの点をついていた。こちらはどうだろうか?こんな呟きを書いていた。この国の本当の問題は詩人が少なすぎること、私人は多いんだけどな...もっと一般的な形式で問い直すと、ポエムはあるけど、詩はあるだろうか.... 「詩」という漢字は、「ポエム」にそう簡単にはゆずれなような何か「公」にかんする高さがあるとおもう。他方でポエムといわれるものは、「私」にかんする深さ。「詩」はこの分裂を見渡すことができるとおもうが、「ポエム」からの側からどういうことになるのか、それをみることが可能なのか? 「詩」と「ポエム」は切り離してはいけない。内省の「ポエム」のほうは、抑圧してくる「公」に絶望しているとしたら、「公」を超える天とか宇宙とか、人類に向き合うことになるのか、そうならば「詩」はどんな条件でいつあらわれる?、このこと自体が詩のテーマを構成することになるのかもしれない