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‪「市民ケーン」

some people can sing, some can't と「市民ケーン」のオペラ教師は嘆いた。今日安倍の国民劇場で上手く歌う友だちがいるし歌えなかったのもいた...

‪「市民ケーン」の監督オーソン・ウエルズは、神の代わりに世界を創造するとしたブルジョアとその高慢な歴史観を嘲笑ったのです。そのケーンと同じくらいの力をもちはじめたのが安倍晋三です。公共放送をはじめとしてマスコミを支配していて、今日のアメリカ大統領よりも大きな影響力をもっているかもしれません。ケーンは劇場をつくりました。そこで自分の愛人をデビューさせて自分の名声を確立しようとします。だけれど、some people can sing, some can't と「市民ケーン」のオペラ教師は嘆きました。「市民ケーン」は、これを今日の文脈においてとらえ直すとどう理解できるでしょうか?今日ならば、安倍の国民劇場で上手く歌う友だちがいるし、歌えなかったのもいたというところでしょうか。そして今夜のプログラムは「教育勅語」。でもね、いくら、自らの名声と永遠不変の土台をもとめても、そういうものも最後には、ブルジョアの彼ら自身が作りだした世界の掟に従って無感覚に、機械的に例外なく、映画のラストシーンでの収集された無数の積み上げられた銅像のように、市場に売られていくだけなのですけれどね‬ ‬

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