弘道館

武士は、古代・中世の貴族と僧侶、江戸近世の町人のようには、独自の自らを代表した文化がない。しかし弘道館の入り口に立つとき、荻生徂徠の影響下に、幕末に国際的視野を以って論じられた制度は文化の代わりとしてあったのかもしれないと期待をもつ。だけれど吉田松陰で締め括るその出口は、国民会議の形を借りているだけというガッカリ感である