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知識人が語る「天」の意味

知識人が語る「天」の意味

「天」の意味と知識人が語る「天」の意味は同じにあらず。知識層から知識人となっていく方向づけにおいて、同様の普遍主義的な語り口とはいえ、仁斎と徂徠の差異から近世思想史の言説的曲面をかくことができよう。徂徠の謂わば「一番弟子」であったと考えられる宣長とて、この儒家言説の枠組みに接すると理解できる。篤胤は反知識人的だけれど、だからといって近代主義が烙印を押したようにそれほど反普遍主義といえるのだろうか?問題となってくるのは、篤胤の世界は先行する全ての言説的曲面の"正しさ"を疑う点でメタレベル的に普遍主義に属するという風に言えるのではないかという点である。

‪「『顔淵死す。子曰く、噫(ああ)、天予(われ)を喪(ほろ)ぼせり。天予を喪ぼせり』の反対側にあるのは、『我を知るものは其れ天か』という言葉である。この言葉は、天に置いた孔子の究極的な信を言っている。天への信において孔子は究極的に立つゆえに、その挫折の嘆きは天に見放されたものの嘆きとしてある。孔子にあるのはこの天への信である。信とは信頼である。信とはその人の深奥における究極的な信頼的依拠である。天への信において孔子は立つゆえに、その挫折は天に見放されたものの嘆きとしてあるのである。『天予を喪ぼせり』と嘆く孔子は、顔淵の死に慟哭する。」‬(子安氏)

‪「...ここには同じく古学をいいながら仁斎と徂徠の学を隔てる何かがあることがいわれている。その何かとは一つには超越的な天の問題である。仁斎には道徳的理念としての天は存在しても、己れの究極的な依拠(信)を置くような天はない。だから仁斎は『論語』の孔子の言葉にこうした信が向けられるような天を読むことはない。一方、徂徠は孔子が奉じる先王の道の究極に超越的な天を見るのである。『先王は天を奉じて道を行う』といった言い方を徂徠はするのである。」‬子安氏)