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「弁名」ノート‬ No. 26 b ( 私の文学的フットノート)

「弁名」ノート‬ No. 26 b ( 私の文学的フットノート)

‪「ただ仁に依りてしかるのち道は我と得て合すべし」(仁の大徳に依拠して徳をわれに成すことで、仁をもってする聖人の道とわれとは合一するのである)といわれていることについて述べているが、いかに特殊が全体に連なるのか。「学び」によってである。つまり「聖人の道の学び」によってである。「人は己れのそれぞれの殊なる性質にしたがって徳を形成するのではあるが、しかし学ぶところはみな聖人の道である。」武士は武士の名を得るのは、学びによってである。官職について安民の職務を果たすという目的が与えられている。‬

‪(子安訳)「聖人の道の学びによって、人は己れのそれぞれの殊なる性質にしたがって徳を形成するのではあるが、しかし学ぶところはみな聖人の道である。そもせいじんの道の要は民を安ずることに帰着する。だとすれば、聖人の安民の徳である仁に依ることなくして、どうして聖人の道に長和・順応して、徳を己れに形成することができようか。聖人の大徳に拠らないとは、たとえば人を食べさせるのに五穀をもってしないことと同じだ。人は痩せ衰えて死ぬだけだろう。君主が人々に学ばせて徳を形成させるのは、彼らをどこに用いようとしてなのか。彼らをその材として形づくられる能力にしたがって官職につけ、安民の職務を果たさせるためである。このように聖人の徳は完備するためであるとはいえ、また君子の徳はその性質にしたがって殊なるといえ、それはみな仁を補佐し、安民を実現させるためだ」‬