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フーコ「言葉と物」

『フィネガンズ・ウエイク』のモチーフである「バベルの塔」の崩壊、雷と言葉の拡散をかいてみたんだけど、どうかな?フーコがいう言語の拡散とは「バベルの塔」の崩壊から繰り返し言われた。「人間」が現れたとき、問題となるのは、言語の集中とは何かだ。これは、フーコ「言葉と物」のことだと今更気がついた。「人間」の後は、外部の思考に依りながら<解体>を我に為すことで、<解体>と我を同一化させる方向である。 「言葉と物」にはなんでも書いてあるようにおもってしまう。自らが、poststructural-ism (ポスト構造主義)として表にし整理と分類を行い排除するというまさにこの本が問題としなければならなかった原理的読みの中心に位置づけられてしまう危険を、ちゃんと見抜いていた。「言葉と物」について書かれたものは、奇妙にもこの本は映像が先行していたということを忘却してしまう。その結果、「言葉と物」について書かれたものは例外なく、フーコが憂いた通りのものとなっている。「言葉と物」こそが、自身を含めたなんでもかんでも書いてあるとボルヘスが物語った本だったのか?だけれどね、「言葉と物」がベラスケス絵画から始まるのは、最後の最後まで、内部化に絡み取られないようにとたえずここに帰ってくることが望まれたような仕掛けだった。フーコはこう言ったではないか。「わたしはポスト構造<主義>といわれているものなどとは無縁です」と。