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『フィネガンズ・ウエイク』Finnegans Wake

『フィネガンズ・ウエイク』Finnegans Wakeというのは、これを解説しているはずの文を読むとその冒頭から、「読解不可能 unreadable」といわれているわけです。救いをもとめる読者は途方にくれることになります(解説者もどうやって解説するの?) 要請されているのは、現代詩の場合のように、読み手は各自で自分の読み方のルールを作ることです。恐らく読み手は、『フィネガンズ・ウエイク』Finnegans Wakeという名のまだ現在進行形の完成されていないテクストを書くとによって、読むしかないわけです。これはカフカが言った言葉を思い起こさせます。「ただ書くことだけが寄る辺がなく、自身のうちに安住せず、冗談であり、絶望なのだ」。もちろん、私も手離すことができない、Roland Mchugh の注釈を参照しながら読み進むこともできないわけではありません。そこで、Tonnerre ! (雷!)のような簡単に推測させてくれるフランス語の指示もあれば、Goat strip Finnlambs !のように、Gott strafe England というようなAusterlitz 1805 におけるNapoleon の勝利について読み解いた指示もあります。しかし、隠された意味double meaning を解読する「翻訳」の網目から逸脱しようと、"脱領土"というかそういう余白のエリアをつくるのが、私が構成する方法です。そうしてみえてくる全体もあります。『フィネガンズ・ウエイク』は『ユリシーズ』で利用されるホメロスのように叙事詩的テーマ(奪われた祖国を取り返せ!)をもつのですが 、戦争とセックスという(ハリウッド映画的な)思考の論理を明確にしてくれる文化よりも、ジョイスは学問と芸術のほうが面白いと考えているようです。反=科学としての言語学とか音楽とか、学問と芸術にこそ人類が依拠できる枠組みがあると考えているのではないでしょうか。