共謀罪

古典的な市民刑法は行為を対象とするのは、そうでなければ、市民が罪と罰について議論できなくなるからということではなかったでしょうか。現在においてこのことは再び考える必要がありそうです。早すぎる実行行為性の問題が指摘されていることに関わりますが、そもそも広範囲に(法的に意味ある)行為か心の中かを区別できない状態を対象とするこの法が識らず知らずに罪と罰に関する議論というものを成り立たせなくなる危険性をもつこと。だけれど議論を拠り所とする市民に決定的に不利であることは、向こうから、答弁能力のない法相隠しという現在起きている恥ずべき事態がすでに証明していることなのではないでしょうか
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