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「聖人とは制作者である」(子安宣邦、徂徠学講義「弁名」を読む 第六講)

‪聖人とは制作者‬である

•‪聖とは作者の称なり。楽記に曰く、「作る者これを聖と謂い、述べる者これを明と謂う」と。表記に曰く、「後世作者有りといえどもう、虞帝に及ぶべからざるのみ」と。古えの天子は、聡明叡智の徳有りて、天地の道に通じ、人物の性を尽くし、制作する所あり、功は神明に侔し。利用厚生の道、ここにおいてか立ちて、万世その徳を被らざることなし。‬

•‪いわゆる伏義・神農・黄帝は、みな聖人なり。然れどもその時に方りては、徳を正すの道未だ立たず、礼楽未だ興らず。後世、得て祖述することなし。尭舜に至りて、礼楽を制作し、徳を正すの道始めて成る。君子は以て徳を成し、小人は以て俗を成し、刑措きて用いず、天下大いに治まり、王道ここに肇まる。これその人倫の至りにして、造化を参賛し、以て天地の道を財政し、天地の宜(ぎ)を輔相(ほしょう)することあり、しこうして立てて以て万世の極となす。孔子、書を序するに唐虞より断ちし所以のものは、これがための故なり。三代の聖人もまたみな尭舜の道に遵いて礼楽を制作し、以て一代の極を立つ。‬

•‪けだし歳月反らず。ひと亡び世遷り、風俗日にうすく、以て汚れ以て衰う。これを川流の()として得て挽くべからざるにたとうなり。三代の聖人、そのかくのごときを知り、すなわち前代の礼楽に因りて損益する所あり、以て数百年の風俗を維持し、それをして遽に衰うるにおもむかざらしめしものは、ここにおいてか存す。それ尭・舜・()・湯・文・武・周公の徳、その事業の大と神化の至れるは制作の上に出ずるものなきを以て、故にこれを命けて聖人と曰うのみ。‬

孔子は何ゆえ聖人か‬

‪•孔子に至りては すなわち生まるること時に遭わずして、制作の任に当たること能わず。しこうしてその時に方りては、先王の道の廃墟すでに極めれり。すなわち先王の道に非ずして、命けて以て先王の道となす者あり。先王の道にして、しりぞけて以て先王の道となさざる者あり。是非こう乱して、得て識るべからざるなり。孔子、四方に訪求し、おさめてこれを正し、然るのち道大いに孔子に集まり、しこうして六経ここに於いてか書せらる。故に中庸に曰く、「いやしくも至徳ならずんば、至道凝まらず」と。これの謂いなり。‬ ‪•且つその一ニ、門人の与に礼楽を言いし所のものをもて、制作の心は得て窺うべし。故に当時の高弟の弟子、宰我・子貢‬・有若の如き、すでに称して以て聖人となすものは、ただにその徳を以てするのみならず、また制作の道の存するがための故なり。仮に孔子なからしめば、すなわち先王の道は亡びて久しからん。故に千歳の後、道はこれを先王に属せずして、これを孔子に属す。邪説異教の徒といえども、また孔子を聖人に非ずと謂う者有ることなければ、すなわち宰我・子貢・有若の言、はたして今日に徴あるのみ。‬ ‪•それ孔子の徳は至れり。然れども宰我・子貢・有若・子思の言なからしめば、すなわち吾れいまだ敢えてこれを聖人と謂わざるなり。それ我が見る所を以てその聖人たるを定むるは、特躁なき者のみ。特躁なきはすなわち吾れあに敢えてせんや。然りといえども、古えの聖人の道は、孔子に籍(よ)りて以て伝わる。孔子なからしめば、すなわち道の亡ぶこと久しきならん。千歳の下、道ついにこれを先王に属せずして、これを孔子に属するときは、すなわち我もまたその尭舜よりも賢れるを見るのみ。けだし孔子の前に孔子なく、孔子の後に孔子なし。吾れは聖人に非ざれば、何を以てか能くその名を定めんや。故に且くこれを古えの作者に比して、聖人を以てこれに命くるのみ。‬

孔子ははたして聖人か‬

‪湯武もまた聖人である‬

‪・後儒に湯武は聖人に非ずと謂うものあり。これ忌憚なきの甚だしきものなり。その説は孔子の「武は未だ善を尽くさず」と、孟子の「これを性にす」「これを身にす」と誤解するに本づく。殊に知らず、孔子は楽を語りて、未だ舜武の徳に及ばず、孟子はただ尭舜は生知にして、湯武はすなわち尭舜の道を学びて以てその徳を成すを言いしのみ。あに優劣の論ならや。 ‬ ‪・けだし‬‪それ尭・舜・()・湯・文・武・周公は、作者7人にして、その制作する所の礼楽政教は、君子これを学ぶ。故にこれを学に祀る。伝に曰く、「先聖先師に釈てんす」と。また曰く、「天子まさに出征せんとせば、上帝に類し、社に宣(ぎ)し、でいに造し、制する所の地にばす。命を祖に受け、成を学に受く。出征して有罪を執、反りて、学に釈てんし、訊かくを以て告ぐ」と。これ学に祀るところの神なくんば、何の成を受くる所ぞ。詩に曰く、「既にはん宮を作る、わいい服するところ、嬌嬌たる虎臣、はんに在りてかくを献ず、淑く問うことこうようの如き、はんに在りて囚うぃ献ず、はんに在りて功を献ず」と。これその事なり。‬ ‪明堂位に曰く、「米りんは有ぐ氏のしょうなり。序は夏后氏の序なり。こ宗は殷の学なり。はん宮は周の学なり」と。祭義に曰く、「天子、四学を設く」と。これ天子の大学は、四代の制を兼ね、よの聖人を合祀すること審(つまびら)かなり。‬ ‪

‪(評釈 祭・政・教一致論)‬

MEMO 内藤湖南の歴史を読む視点。貴族における従属物としてあった王と民衆とが台頭したのは、貴族同士の争いが招いた彼ら自身の没落によってである。王と民衆が直に結びつく。王は貴族の反乱を防ぐ為に貴族で構成される官僚機構を作る。戦争の原因となる報復の互酬性が終わり、天における超越性が始まる。天と君主の関係がいわれてくる。こういう歴史観は、ヨーロッパでもアジアでも適用できるか。日本の場合、「応仁の乱」から明治維新に至る、武士・貴族・官僚・軍人の「権門体制」の再構成の歴史を読み解く視点となる。 人間全体の視点と人間の内部的視点を切り離せない。祭祀体系と官僚機構の両者は共に国家を誕生させたと考えると、この視点から言えることは、こういうことだろうか。人はどこからきてどこへいくのかと未来を思い出すことによって語り得ないものを語るという一線を超えた過剰に古代的な祭政一致的国家の理念像が呼び出されるとき国家と共に崩壊するのは、官僚的合理支配である。歴史修正主義の政権は、なにかどうも、伊勢サミットを契機に一線をどんどん超えてしまおうとしているという気がしてならないのだけれど 参考として、以下、子安氏(『徂徠学』"聖人とは制作者である")からの引用。「古代先王の「礼楽」的世界を徂徠は、祭祀と政治と学校とが一つであるような世界としてとらえているようだ。ここに近代の全体主義的国家(天皇制国家)の先取り的な表現をあえて読めば、徂徠は恐るべき古代の回想的な予言者となる。徂徠は日本古代に祭政一致的国家の理想的な実現を読んでいる。徂徠における祭政一致的古代国家の理念像は日本古代と先王の古代との読みからもたらされる相関的な構成物化もしれない。」(p.124-125) 未来を思い出すこと、それによって、近代(近世)における古代のものとしての祭政一致的国家の理念像が呼び出されることがいわれる。

・‪夫れ六経博しといえども、何を称するとして天に非ざる。礼に必ず祭り有り、事に皆祭り有り。瑞瑞栗栗として、唯、罪を鬼神に獲んことを恐るるなり。聖人、神道を以て、教えを説くるは、豈、較然として著明かならざらんや。礼楽廃して、性理興るにおよんで、天は心無きなりと曰い、鬼神は気なり、祭りはすなわち我が誠を致すのみと曰う。是れその意に謂えらく、先王我を欺くなりと。而して我その心をうかがうと、夫れ知を好みて学を好まず、かの道を賊うに至る。人の自らを聖とする、一に斯に至る。不ねいもけい、生るるや挽く、未だ我が東方の道を開かず。然りといえども、窃かにこれを其の邦たるに観るに、天祖は天を祖とし、政りは祭り、祭りは政りにして、神物と官物と別なし。神か人か、民の今に至るまでこれを疑い、しこうして民の今に至るまでこれを信ず。是れを以て百世に王たりて未だ易らず。いわゆる身を蔵すことの固きものか、非ざるや。後世聖人の中国に興ること有らば、すなわち斯に取られん」‬

‪祖宗と天とは一なり‬

‪・それ古えは祖を祭りてこれを天に配したれば、すなわち祖宗と天とは一なり。これてん大事を興すに、その命を受くる所は、ただ天と先聖とのみ。故に曰く、「君子に三畏あり。天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏れる」と。これ君子の畏るる所も、またただ天と先聖とのみ。これ異代の聖人といえども、これを尊崇することかくのごとくそれ至れるなり。いわんや夏の()における、商の湯における、周の文武におけるは、みな開国の太祖にして道のよりて出ずる所なり。天下の貴賎となく、その礼楽法制を奉じ、あえてこれに違わず。しかるをなんぞ義するをなさん。古えの道しかりとなす。故に孔子よりして上は、聖人の徳を優劣する者あることなし。‬

‪内を主となすの非‬

‪・それ聖人もまた人のみ。人の徳は性を以て殊なれば、聖人といえどもその徳あに同じからんや。しかるに均しくこれを聖人と謂うものは、制作を以ての故なり。ただ制作の迹をのみ見るべし。その見るべきに就きて以てこれに命づけて、敢えてその徳を論ぜざるは、尊ぶの至りなり。古えの道しかりととなす。後儒の精を尊び、祖を賤しむの見は、内を主と為せばなり。故に礼楽これを道と謂うを知られざるなり。また聖人の称は制作に因りてこれを命くるを知らざるなり。徒だその徳を以てこれを論じ、しこうして徳は以て殊なるも、徳は殊なることは以てその聖たるを病ましむるに足らざることを知らざるなり。妄意に謂えらく、聖人の徳は宜しく一なるべしと。しこうしてその殊なる有るをみれば、すなわち、「孔子は尭舜より優る」と曰い、「湯武は聖人に非ず」と曰う。あに忌憚なきの甚だしきものにあらずや。 ‬