思考は二種類ある

思考は二種類ある。同一性は事物におけるものとして根拠を最初の思考に与える。また、同一性を前提にメタフィジカルな思考も構成できる。だがメタフィジカルな思考を再び同一性の対象にすることはレベル的に不可能である。同一性を前提できても根拠づけられないのは、ナショナリズムが不可避的に完成しないのと同じで、ここからはじめて普遍主義にチャンスがある。たとえば日本語における同一性を前提できるかもしれないのだし、そうして構成されるメタフィジカルな思考は可能であるといえよう。だけれど結局それは同一性に根拠がないことを示すことになるし、と同時に、不可避の他者を示すことになるのである。