マルセーユのアルトーを読む

マルセイユは初めて来ました。元々は石切りの街だったそうです。‪調べると、マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリア(マッシリア)にその端を発すると記されています。1720年には大規模なペストの流行で10万人程度の死者が発生したが、18世紀後半には復興したとも。マルセイユは小さな丘がたくさんあります。アルトーは、メキシコからヨーロッパに帰ってくると、アイルランドに来ます。なんというか、文学的に喩えていうと‪アイルランドというのは巨大な遺失物収容所で、ダブリンに、アルトーは(アムステルダム闇市で手に入れた)杖を聖パトリックに返しにいきなりやってきたのです。現地の人々には頗る迷惑な話で、big nameなのに、アルトーその人が引き取り手なき遺失物となってしまうというのが皮肉というか。フランスに強制移送された後になってですが、どうもこのときに放浪したアイルランドの風景を描写しています。よく統御された文体を以て詩を書きますが、その中で全く意味を伝えるつもりのない音の連なりがいきなり現れるとき、悍ましくも外部からきたものが止めようもなく広がっていくのは衝撃です。ギリシャ系の両親をもつアルトーはここマルセイユに生まれ、二十代はじめまでこの地にいたのですね。ラシーヌの演劇を好んで、ボードレールなんかを読んでいた時代ですね。それからパリに行ってシュールレアリスムと関わったり関わらなかったりします。全集にかれが手紙で書いた詩があります。この「古代の都市で」目覚め、「永遠の自己自身の不在」である、「円環する精神」が、(マルセイユの)「丘たちがつくる環」へ行くのだ、というような手紙を書いていました‬、中々面白いと思います