仁斎論語

‪「国語」と「日本語」は同じ二つではない。「日本語」は外部からみた視線をもっている。そして「国語」の憲法と旧憲法として、近現代文学と古典があるかの如く受けとめられているならば外部性を欠いている。仁斎論語は古典に属するがその部分ではない。寧ろ近代の意味を問うマイナー文学ではないだろうか‬ (ここでマイナーとは、確立した物の見方のなかでそれとは別の見方をする外部のことである)