アイルランド

イギリスは自らの未来をアメリカに委ねるなかで、EUとの関係、実質的にはフランスとドイツとの関係に取り組んでいるときに、外部の北アイルランドから規定されたくありません。しかしこれは矛盾です。英国が時代遅れの19世紀20世紀的な一国主義の方向に逆戻りすれば、自ずから、19世紀20世紀的な領土問題の病に絡み取られることは不可避にみえますから。英国のメイ首相は議会の多数派を維持するために、北アイルランドの保守政治家たちに頼ることは無理があるでしょう。またこの事態をアイルランドからみれば、英国保守党が北アイルランドユニオニスト(DUP)と連立を組むことは、イギリスがアイルランドの自立を邪魔していることと等価なのです。最後に、アイルランドにおいて語らなければならないのは、こだわり文化多元主義がもたらすパラドックス、(日本人がはまりこむ「ケルト」的起源の作り物語を再生産し消費していくこと)、についてではなく、もっと政治的多元主義についてとなるでしょう。アイルランドは70年代の「血の日曜日事件」では、グローバル資本主義のなかにおいて共同体の問題として現れる地域の問題が存在していました。日本人は宗教の対立としてだけとらえるのですが、アイルランドは地域の紛争を演劇運動が取り扱う、人間の生き方にかかわる総体の問題としてリアルにとらえてきました。離婚の自由とゲイの結婚の権利の実現によって、ナショナリズムから他者の問題へ移行してきたというのがわたしの理解であります。