人間の根底に、言葉を住処とする投射が存在するか?

フェリーニは映画ポスターを描いていた時代があったし、ゴダールは映画に行く前は画家だった。50年代60年代の映画ポスターは絵画の前衛的抽象アートと大衆的写真リアリズムとの折衷である。映画に広い範囲の観客たちが集まってきたことを告げるこの痕跡は、人間の根底に、世界にむけた投射があることを考えさせるものだ。人間の根底に、言葉を住処とする投射が存在する、というか。この考えをすすめてみよう。投射の方向性は三つの基底から成る。言説的な差異を作り出していく「水平」(平等性)、天と一的にある理念性の「垂直」(至高性)、そして他者から新しい自己との関係を作る「斜め」(卑近性)。旅人のように、直線的に進む三つの基底の原点は捻れながら回転しているかもしれない。そして、スクリーンと距離を以てそれを見る観客との間の距離のように、投射は中心から離れてこそ働く。中心とのダイナミックな相互作用のうちに充実してくるのではないか