天下の「公」

グローバル資本主義は、或る目的と利害を以て喋る「私」を介して、何でもかんでもカネが物を言う。市民的不服従の自由で平等な理性的存在者が依るのは「私」に非ず。ロールズの正義としての公正は、漢字によって言うと、これなしには道徳性がやっていけなくなる、天下の「公」か

市民的不服従の自由で平等な理性的存在者が依るのは「私」に非ず。そのとき帝国の英語の普遍で考えると、漢字の共同体で喋れなくなる。ロールズの正義としての公正は、これなしには道徳性がやっていけなくなる天下の「公」。社会的公正の理論はポストモダン孔子を住処とするだろう