MEMO

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「祀られる神」のほかはだれもはいることが禁じられている部屋は果たして存在するだろうか?禁止を破って部屋に入ったら、そこに「祀る神」がいたというんだね。そこでこそ「私」無き「公」の「大御心」が成り立つ。だがこの話はおかしくないか?だって部屋にはいるまえにその部屋から「祀られる神」がこっそり脱出していたかもしれないのだから。(「祀る神」を見たと勝手に言っているだけの話なのさ)。ここで、「私」だけの部屋とともに成立している言説「祀る神は祀られる神である」は、外部の思考をによって批判的距離をとられている点が大切



 ‪「子曰く、吾十有五にして学に志す。...五十にして天命を知る。」 はフランス語ではこう訳される。ちょっとのぞいてみる。


Le Maître dit; < Á quinze ans, je m'appliquais à l'étude. À t ans, mon opinion était faite. À quarante ans, j'ai surmonté mes incertitudes. À cinquante ans, j'ai découvert la volonté du Ciel. À soixante ans, nul propos ne pouvait plus me troubler. Maintenant, à soixante-dix ans, je peut suivre tous les élans de mon cœur sans jamais sortir du droit chemin.> ‬

‪ー Confucius, Les Entretiens ‬


現在の高齢社会では60歳か、「五十にして天命を知る。」 

À cinquante ans, j'ai découvert la volonté du Ciel. この命題をどう理解するか?フランス語はどうしてこの訳なのかやはり注釈が必要だが、フランスのシナ学の資料がない。江戸時代の注釈をみよう。

伊藤仁斎によれば、「天とは、これを為すことなくして為し、命とは、これを致すことなくして至る。皆人力の能く及ぶ所に非ず。」という。訳された子安氏のご説明によると、「仁斎は人事を尽くしてもなお人生上に見出す結果を天命として順受すべきことをいう。」

ここで私は的外れなことをいうかもしれないが、アジアにおけるコスモスポリタンの「天と物」(朱子)にたいして、なにか、京都の市井の人における「天と(見上げる)人」を表象できるというか



Wir sind nichts; was wir suchen ist alles.

 We are nothing; what we search for is everything.

- Friedrich Hölderlin


オペラ『スペードの女王』。存在しない‘モスクワのヴィーナス’をもとめて、依拠していた世界全体が消滅してしまう。プーシキンが書いたが、ヘルダーリンをおもう



無限<方向づけできない>は、

世界<x,y,z,>を以て

表現できるものではないけれど

cine-psychos-mos <x、y、z、t1、t2、仮面ε、仮面ψ>

ならばなんとか表現できるかもしれない。それはセリー(系列)

集まるが、雑じり合わない

単純に、相い続いて絶えない


「天から物がうまれ、天は物に性をあたえる」と朱子が語りはじめた同一性と差異をめぐる形而上学は、なんだろうか、昨日の子安氏の講座は私の思考を揺さぶった。差異の領域(日本)にはあらわれない、と同時に、同一性の領域(中国)にあらわれることがない。だからこそ、同一性と差異についての物のめぐる方は現代の中国と日本とが出会える結び目をなす、エクリチュールが可能にしてくれる、外部の思考ではないかーただしこの垂直的平等性を民の立場において水平的平等に転回していく斜線を書くことが必要である(オリエンタリズムの「明治維新の近代」にたいする批判的検討)ー。まだはじまったばかりなので、わかったようなことを言うべきではない。楽しみに、これから「理気論」「鬼神論」に続いて「性理学」を学んでいく。


作文中

同一化を欲しても天との距離は消せないが、あたかも距離がないかのように、天命が人に存在してくる、と、天命が表象されていたことを憶測し思い描いている。さて17世紀の思想からすると、朱子の「天命」の宇宙論的理解は大き過ぎた。古学の仁斎は「天命」を理念的道徳の地平の内部に置く。五十歳というのは、そこではじめて可能となる有限者からする己の生の自覚である。「これしかないし、あるいはこのようにしかならなかった」(『思想史家が読む論語』)。他方で、「学」を現代の感覚で国家の(ヒエラルキーを作り出す)学校教育への依存とするのは卑小すぎるのである。17世紀にとっては、「学」は、恐らく時代と対等の大きさをもった批判精神としてあったのだから‬


この世は国の最高権力者が最後まで幸せいっぱいに生き続けるのだろうし、生きて欲しいと願っていた方が殺されてしまうのです。嗚呼人間は悲しむことしかできません


サッチャー国葬は民営化で」とケン・ローチは言った。その通りだ。彼女の魂はこの言葉にすむことになるー忘れることがなければ。国葬の日に棺に向かって人々が放つ怒りの言葉を直に聞いた。アフリカ系イギリス人にインタビューしてそも発言をYouTubeで流した。観光客だけが集まったような国葬。マジョリティは死者への弔いだけで、称える人はいなかったとおもう。中曽根の国葬はどうなのか?比べると、中曽根政治に抗議しなかった当時の異常と言われても仕方ない若者達が現在社会の中心にいて、恥ずかしくないのか中立的に彼を称えている者も相当にいるらしい。だがこの私も抗議行動していなかったではないか


「文化系」は、多分「理系」が数式を考えるような態度で、書かれた言葉を読むことができないのではないか。言語のなかで、言語によって、言語に沿って、言語を読んでいるときでも、言語の背後ー書いた人のドロドロとした立場をどうしても考えてしまうし常に考えなければならないのは常に憂鬱である。


seq1 平滑空間あるいはノモス、これと条理空間とのちがい。ーー平滑空間をみたすもの、すなわち身体、また身体と有機体とのちがい。ーーこの空間に配分されるものとは、リゾーム、群れ、そして多様体である。――(下)【原書の裏表紙にかかげられた跋文】


‪みんな人間を嫌っているかといえばそんなことはない。蓋し死んだ人間だけが褒め称えられる。生きている間に関わることは危険だしね、自分に影響しないものなら愛してもいい。人間とは芸術家のことだ‬


こんな真夜中に、渡辺一民氏が言っていた『言葉と物』のフーコの書き方をおもいだした。忘れないうちにメモしておこう。一文一文が緻密にできている、どの一文も曖昧だけれど、全体がわかってくるのがスゴイと。多分、思考の柔軟性を可能にする、投影面が沢山あってそれらが互いに干渉しあっているのではないだろうかとわたしは考えるようになった。おそらく戦略だろう、マルクスの物の見方を批判的に相対化していくやり方なんだ。80年代以降のゴダールの映画においても、見つめてくる本みたいに、曖昧な観念と全体における明確なイメージとが同時に進行していくというかね


私がどうしても絵にしなければならぬという感じで、神(シン)と墓にカミも遺骨もない宣長はを二重化した?『直毘霊』の文は恰も顔の下の不可避の仮面(漢文)から見つめてくる眼差し


英国選挙がヨーロッパにどんな意味があるのか分析されるだけで、日本にとっての意味を語るものは一人もいない。つまりこれはアジアにおけるEUヨーロッパの可能性が消滅したのだ


サブカルにはまったく興味がないが、サブ集合は気になる。‪ < p, o , e , m, t , h , e , a , t , r , e > ‪


「来年決着」って、ヤバくない?東京五輪を契機に、買収された有権者と共に「桜をみる」会から、「大御心」とともに「桜をまもる」会になっていたりして...


‪『言葉と物』第三章は’表象‘である。このなかで「秩序」と題した一節の書き出しは、思考の揺れを考えようとする言葉である。この文はスゴイ!フーコにおいて、「秩序」に先行するのは<揺れ>である。‬


‪「歴史一般にとって、不連続のあり方を決定するのは容易ではない。思考の歴史の場合、それはおそらくなおのことそうだ。思考の歴史の場合、それはおそらくなおのことそうだ。分割線を引いてみようというのか?だが、あらゆる境界線は、無限に流動する総体の恣意的な切断にすぎまい。一つの時期を切りとろうと望むのか?しかし、二つの時点において対称的な切断を行い、両者のあいだに一個の連続的で統一ある体系を出現させる権利が、そもそもわれわれにあるのだろうか?そのような体系が成立すること、ついでそれが消滅し崩壊すること、それは何に起因するのだろうか?体系の実在と消滅とは、どのような体制にしたがいうるのか?体系の内部に整合性の原因があるのなら、この体系を忌避しうる外的要素はどこからくるのだろうか?思考は、みずからと異なるもののまえでいかにして身をかわすことができるのか?一般的にいって、ひとつの思考をもはや思考しえないとはどのようなことであろうか?そして新たな思考を創始するとはどのようなことであるのか?」


普遍言語を方法化したジョイスは普通の人々の不完全な言葉にこそ<アイルランド>があると考えた。その文学があれば、誰も<本物のアイルランド>へ行く必要がないじゃないか


未完成

映画と呼ばれていたものは、運動によって成り立つイメージのあり方と、時間によって成り立つイメージのあり方があるといわれてみるとなるほどぴったりくるものがある。何にしても、最初から、本を読む人が映画を見ることの意味が問われていたのだから、読むことと見ることの関係が証明されなければならない。証明というとなんか大袈裟だが、映画を語るとき、文学者の思い出してみる視点しか言われてこなかったのは本当だ。映画のために映画に代わって語るならば、考えるようにと見ることの意味が言われなければ...。知識人が成り立たないといわれるポストモダンの時代にあって、たとえ知識人は哲学者でなければならないと言ってももう仕方ないとされても、映画を見る人は哲学者でなくちゃいかんと言ってみようというのである。映画における思考の形式を文学などにゆだねることはできないと言ってみようか。映画は何も恐れはしなかった、他のものも自分自身も。映画は時間から守られていたのではなく、時間をまもっていた。レマン湖は、20世紀と同じ大きさをもった映画が横たわる墓地...

映画において、先ず映像があるという。映画が提示する運動について語られる言葉だけれど、そこで、運動それ自身ではなく、本を読む人が見る運動のあり方が問題とされている。もちろん運動と、映画において見られた運動との間には共通なものは存在しない。映画館の暗闇のなかでまるでスクリーンの代わりに本を読む人は論理の映像(住処)しか思い出せない(否、思い出すことができるというべきではないか、わたしのように論理の映像すら思い出せなくない愚鈍なものは...。)だけれど論理的映像(住処)しか思い出せないのは、運動を考えるようになる映像(旅)をもたないことによるのかもしれない。常のこととして、映画の存在については映像的論理が思い出されるだけで、(論理のほうへ消滅し切ったのか?)、こちらに向かって映画が思考する孤独が考えられることはなかった。と、私はそう語る。否、そうではない。まったく反対だ。思考が先行する。要請されている。思考が先行するとしよう。そこから、思考が自ら関係するもの(時間)をさがす外への旅によって、時間の映像(写真)が絵(空間)にメタモルフォーゼできたとしたら、思考しようとする物を考えることがはじめて可能となる。と、考えるために映像が必要だったと語ることがゆるされるか。こうしていつも痕跡をまえにして、繰り返される。考えることと映像の分裂を解決できないままに、光の世界の無関心に放りだされてしまう。オーストラリアにある洞穴の時代からずっと呟いている...


ジョージ・オーウェル


1943年1月


老いた者の狂乱を私に許したまえ
作り直さなければならぬのは私自身
タイモンやリアへ私がいたるまで
あるいは、かのウィリアム・ブレイク
壁を打つ者
真実がその呼びかけに従うまで



 Tyger! Tyger! burning bright
 In the forests of the night,
 What immortal hand or eye
 Could frame thy fearful symmetry?
 
 
 
 虎! 虎! 赤々と燃える
 夜の,いくつもの森で,
 どんな不滅の手でも目でも
 汝のおそるべきシンメトリーをかたどることはできまい


つまり人間が動物に<なる>のは、なんらかの手段と要素を使って、動物の微粒子に特有の運動と静止の関係に組み込まれるような微粒子を放出する場合にかぎられる。D=G


‪大変興味深い脚本を読まさせていただきました。どうもありがとうございます。戯曲を読んだあと、公家さんからのsuggestion を参考にしつつ、絵を完成させました。‬


‪戯曲を読んでまず考えましたことは、「一般的にいって、ひとつの思考をもはや思考しえないとはどのようなことであろうか?そして新たな思考を創始するとはどのようなことであるのか? 」というフーコの問題提起です。‬


‪ヨーロッパはひとつの思考ー新しい普遍主義の「理性」ーを模索しているのですが、近代(同化主義、開発、戦争)のもとでは思考しえないという問題を戯曲が証言しているドイツの現在から考えました。(極右翼によって非常に悪い形で模索しなければならなくなったという問題は日本と共有する問題だと思います)‬


‪また戯曲を読んで考えたことは、ワイワイガヤガヤ、ウロウロウヨウヨしている、まだ暗闇の曖昧さのなかにありますが、「私たち、誰でも、何人でも」を為す開かれたネットワークの可能性についてです。それは詩の想像力でなければ成り立たないというか...‬


‪絵の真ん中の人物ですが、青い地球を眺めるアルロと傍らにいる何かは、ウィリアムブレイクの想像力によるものなのですね。‬

‪ブレイクについては、小森さんがFBの投稿で書かれていましたが、わたしもブレイクは大江によって知りました。大江は思考不可能なものを思考するブレイク像を打ち出したとわたしはおもっています。‬

‪それからアイルランド時代で考えたイエーツとジョイスのブレイク。ロンドン時代のロマン主義のブレイク、そしてコンテンポラリーアートの先駆者として評価されようとしているブレイク。‬


詳しくはないのですが、四年間は、ブレイクが一時期すんでいたハムステッドヒース付近にいましたので、ブレイクの散策を考える毎日でした。絵の中で白い線で構成された線全体がブレイクの思索の軌跡です。これが「母親」が若者たちを抱いているように見えたらいいなぁとおもっています。‬


‪戯曲はドイツを背景としたものですが、イギリス化(ネオリベグローバル化)していくなかで若者たちのもつ疎外感のことは非常によく理解できました。公家さんから、若者を描くのなら、ひとの眼が気になって出られなくなった若者のイメージを是非描いてほしいというアドバイスを受けたので、『ラリー』の見学のときにスケッチしたものを利用して描きました。‬


‪公家さんがお選びになった元となった絵は、ブレイクを考えたロンドン時代に描いて未完成のままだったのですが、十数年たって、おかげさまで、なんとか完成しました。‬


‪三月の皆さんのお芝居『揺れる』から学んで、ブレイクの理解を深めたいとおもっております。どうぞよろしくお願い申し上げます。‬


映画の孤独とはなにか?


“バベル”の災厄以降、他者との出会いが不可能になった。過去からやってくる他者である映画と出会えなくなったということについてちょっとかんがえてみたい。映画は生産されなくなったから映画が消滅したのではない。むしろきょう映画は生産されている。問題は、あまりに沢山の映画が生産されたこの氾濫の中で、考えるために見る過去の映画が消滅したということだ。このことは、一国民主主義と自立的国語の近代以降、新しい漢字を量産していく体制のなかで、「前近代」の思考を可能にしてきた漢字エクリチュールが消滅し始めた事態と比べられるかもしれない。わたしは近代に絶望している。なぜか?近代とは生産の永久革命だといってもよろしい。つまり映画の運動はこの永久革命に従属してきた結果、映画の消滅が必然として起きたのである。イメージの単純な増加によって映画におけるバベルの塔への投射は崩壊することになったと言わざるを得ない。2000年になって、時間をまもってきた大切な映画の名は忘却されることになった。と、われわれは映画はキスのイメージであふれていたことに気がつくのである。映画の孤独は忘却にキスするしかなかったと。百年後の人々は映画の名を忘却してしまったわれわれをこう思い返すかもしれない...


天皇ファシズムの後に生きておらずたんに明治維新の近代の後に生きていると考え、また日中戦争の後に生きておらずただアメリカとの戦争の後に生きていると思っているわれわれの問題



 ‪ ‪ ‪  ‪田辺元の「種の論理」は普遍主義を超える本物の類と個が媒介において成り立つというが、媒介とは類と個が死にに行く戦争万歳のナショナリズムでなければその正体は何だろう


危険なことに、ボリスはBrexitを対独戦にたとえてきた。第二次大戦に大勝利した英国を思い起こせというが事実は乞食だった(ケインズは米国に行って金をくれと請うた)


「美しい映画だとおもう」。映画館のなかでいきなりわたしの真横で喋りはじめたひとがいた。アンナカリーナだった。びっくりした。いつの間にそこに立っていたのだろうか、暗くてわからなかった。そのときは新しいプリントの『アルファヴィル』上映のときにダブリンに来ていたことは知らなかった。「ゴダールの新しい映画もみている」と聴衆に答えていた。アンナカリーナといえば、わたしは『男と女のいる舗道』でのこの場面ーカフェでアンナは隣にいた哲学者と語るーが好きだった。言葉を語ろうとするとどんどん意味がなくなっていくみたいだ。語るためには語らなかったこと、死を通過しなければならないというようなことを互いに語っているんだね。いま改めてその意味を考える。このわたしもわかっているわけではないけれど、形而上学は死を問題としたのは、形而上学は自ら語るためだったのではないか。哲学者とともにアンナはいきている。死んだと考える必要がないじゃないか...


言葉を語るとどんどん意味がなくなるから、語るためには語らなかったこと、死を通過しなければならない。形而上学は死を問題としたのは、形而上学は自ら語るために必要だったのだ


『アルファビル』のこの場面は、30年後の『映画史』のラングをひく編集において冥界の蝋燭達(魂達)の光景が重ねられる。ホテル廊下をグルグルしているそこはまるで皇居だ。祀る都市であり祀られる死の都市「トーキョーラマ」ー天皇の俯瞰する視線に従属する日本知識人達の住処ーを探偵レミー・コーションが破壊してアンナ・カリーナを救い出す未来をわたしは想像している...


パリで小さな仕事があったのでダブリンにあるフランス語学校に通ったとき、会話のレッスンで、「現在活躍している好きな女優はだれですか?」と聞かれたので、答えにこまったが(わたしは女優に興味がない)、一応、「アンナカリーナ」といったら、「あなた、アンナ・カレーニナは昔の人でいま生きていないのよ」と女性に言われてみんなから笑われてしまった。発音も悪かったのだろう、もう一度、少し説明して映画の女優であるその名をはっきり言ったつもりだったが、またゲラゲラ笑われた。「アンナ・カレーニナはロシアの実在しない人なのよ」と。先生からアンナカリーナについての説明の言葉もあったが、アイリッシュはフランス映画に興味がない。文化人達をはじめ彼らの関心はロシアのトルストイなのである。


「神(=人間)は死んだ」のニーチェの外部は私はわかっていない。フーコがいう先験的=経験的二重体(=人間)が成立する前にあった古典主義時代の思考に答えがあるかもしれないとおもう。同一化に対してどうしてもわきおこってくる差異化の方向に線をひくこと。「近代」を相対化する為に「前近代」と彼らが侮蔑的に名づけたものを呼び出すこと。ブレイクの詩をひく

 

Tyger! Tyger! burning bright

In the forests of the night,

What immortal hand or eye

Could frame thy fearful symmetry?

 

 

虎! 虎! 赤々と燃える夜の,いくつもの森で,

どんな不滅の手でも目でも、汝のおそるべきシンメトリーをかたどることはできまい



イラン革命は文字通りの意味での革命ではない。あれは立ち上がり、再び立ち向かうやり方なのだ。これは我々皆に、ただしとりわけ彼らに、あの精油所の労働者、諸帝国の果ての国の住人にのしかかっている恐るべき重み、全世界の重みを取り除けたいと思う素手の人々の蜂起なのだ。-フーコ『反抗の神話的指導者』


近代というのは、泥濘のなかを死に場所もなく、どこまで、目的もわからず悪路を往っては帰り、また出かけては戻りして疲労する兵士の姿に喩えられる。終わらせなければ終わらない


 ‪21世紀においてもっとも興味深いのは、思想の歴史の歴史ーたとえばヨーロッパ思想史とアジア思想史との比較を可能とする物の見方の歴史ーではないだろうか。Keyとなるのはフーコがいう「バベルの災厄」である。「バベルの災厄」はヨーロッパだけでなくアジアにもがあった。四書とそれらを再構成する朱子学を崩壊させたのが宣長による思想闘争ー「神(カミ)とはなにかわからない」ーだった。「バベルの災厄」以降、言葉(パロール)を語るとどんどん意味がなくなるから、語るためには語らなかったこと、死を通過しなければならない。オリエンタリズム批判とポスト構造主義が明らかにしたヨーロッパ思想史とアジア思想史との交差点はここであるーそこで形而上学は死を問題としたのは、形而上学は自ら語るために必要だったことをかんがえはじめたのだった‬。思想の歴史の歴史は、ポスト構造主義を英語をよんだ漢字文化圏の言語支配者の中国の学生たちがいわばマイナー言語における江戸時代のポストモダン孔子を考えることによって展開するのだろう。


ジル・ドウルーズが問題提起した「マイナー文学」における遠くにあるゲーテの言説的文学にカフカの侵入したイデッシュ語とは何者か?ロンドンのユダヤ人から習った。「耳は何というの?」「mimi 」。そうなんだ、吃驚。「目は?」「me 」。「ちょっとあなた、おちょくるのをやめてよ!」「おちょくってないよ。だってイデッシュ語はね、根無し草だから、どんな言語にもすむことができるのさ。僕とのあいだに存在する言葉なんだ」


‪講座「明治維新の近代」によって、関係の外部化ー日本近代と中国反近代という二つの点(起源)の間をひく線の外部化ーをわたしはだんだんとかんがえるようになってきた。あと二回



フィネガンズ・ウェイク』からみると、現代ナショナリズムを形成しているのは近代国家が無かった伝統と保守ではなく、一国民主主義と一言語的自立主義の永久革命へ行く言説である


『ザ・デッド』でスタジオの中に完全なダブリンを作ったハリウッドは『フィネガンズ・ウェイク』の映画における継承だろう。アメリカというのは、自身は一国的民主主義と一言語的自立主義のナショナリズムをみとめない一方で、他国におけるナショナリズムの代わりを完全に作りだすことが可能だとおもう


「戦没学生の手記」を無意味にするなとおもう。「太平洋戦争」(という言い方)が隠蔽しているもの、日中戦争の後に生きておらずただアメリカとの戦争の後に生きているといつ迄も疑わぬ異常なわれわれの問題。非合理なことに、「日華事変」は日中戦争ではないとしているから、領土問題は戦争によってしか解決しない点を学ばない。どうしていまだ15年間の日中戦争を戦争として認識できていないのかは、明治維新の近代の出発に遡ることである。明治維新の近代は終わらせなければ終わらない。田辺利宏「泥濘」をひく。


寒い泥濘である。


泥濘は果てしない曠野を伸び


丘をのぼり林を抜け


それは俺たちの暗愁のやうに長い。


・  ・・・・


愛と美しいものに見離されて


ただひたすらに地の果てに向い


大行軍は泥濘の中に消える。


ながい悪夢のやうな大行列は


誰からも忘れられて夜の中に消えるのだ


植民地化するヨーロッパは植民地化されるヨーロッパである。これは一考に値するとおもう。一国民主主義と自立的一言語主義の見方が成立しているその奥からは、帝国主義の時代のヨーロッパにおけるアイルランド植民地化の意味がみえない。だからそこから今日のナショナリズムは理解できないでいるのではないかーヨーロッパの人格が支配された恐怖も、アジアの人格が帝国日本の天皇の「大御心」(その公的性格は国民主権の代わりであるとされた)に従属したその恐怖も


一国民主主義とは、大逆事件の後に確立した日本帝国主義満洲事変に向かう統制を「大正デモクラシー」などと呼んでこれを理想化すること、自立的一言語主義の見方とは「国語」という思想を自明視してしまうこと