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「礼=物による教化の道」(子安宣邦、徂徠学講義「弁名」を読む 第七講)

‪礼は道の概念‬

• ‪礼とは道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、これその一に居る。いわゆる経礼三百、威儀三千、これその物なり。六芸の書・数は庶人の官に在る者、府・吏・しょ・徒の専務たり。御もまた士の職とする所なり。射は諸侯に通ずといえども、そのいわゆる射は、礼楽を以てこれを行う。民の射の皮を主とするもののごときの比に非ず。‬

‪ただ礼楽は、すなわち芸の大なるもの、君子の務むるところなり。しかれども楽は伶官に掌られ、君子は以て徳を養うのみ。礼に至りてはすなわち君子はこれを以てせん業となす。ここを以て孔子少きとき礼を知るを以て称せられる。周に之きて礼を老たんに問う。たんに之き、杞に之き、宗に之き、ただ礼をのみこれ求む。子夏の記すところ、曾子の問うところ、七十子みな礼にぎんぎんたりしこと、壇弓諸篇に見ゆ。三代の君子の礼に務めしこと、以て見るべきのみ。‬

‪身体的教化の道‬

‪• けだし先王は言語を以て人を教うるに足らざることを知るや、故に礼楽を作りて以てこれを教う。政刑の以て民を安んずるに足らざることを知るや、故に礼楽を作りて以てこれを化す。礼の体たるや、天地にまたがり、細微を極め、物ごとにこれが則をなし、曲ごとにこれが制をなして、道在らざるなし。君子はこれを学び、小人はこれに由る。学びの方は、習いて以てこれに熟し、黙してこれを識る。黙してこれを識るに至りては、すなわち知らざるところなし。あに言語の能く及ぶところならんや。これに由ればすなわち化す。化するに至りては、すなわち識らず知らず、帝の則に順う。あに不善有らんや。これあに政刑の能く及ぶところならんや。‬

‪化すること‬

‪言葉による教えの害‬

‪• それ人は言えばすなわち喩(さと)る。言わざればすなわち喩らず。礼楽は言わざるに、何を以て言語の人を教うるに勝れるや。化するが故なり。習いて以てこれに熟するときは、未だ喩らずといえども、その心志身体、すでに潜かにこれと化す。終に喩らざらんや。且つ言いて喩すは、人以てその義これに止まるとなし、またその余を思わざるなり。これその害は、人をして思わざらしむるに在るのみ。‬

‪礼とは物なり‬

‪• 礼楽は言わず、思わざれば喩らず。そのあるいは思うといえど思うといえども喩らざるは、またこれを如何ともすることなければ、すなわちひろく它(た)の礼を学ぶ。学ぶことの博きや、彼是の切っぴする所、自然に以て喩ることあり。学ぶことの既に博き、故にその喩る所は、遺す所有ることなきのみ。且つ喩る所は、詳(つまびら)かに、これを説くといえども、また唯一端のみ。礼は物なり。衆義に苞塞(ほうそく)する所なり。巧言ありといえども、また以てその義を尽くすこと能わざるものなり。これその益を黙してこれを喩るに在り。先王の教え、これその至善たる所以なり。‬

子安宣邦氏訳 「いったい人は言葉でいえば理解し、いわなければ理解しようとはしない。礼楽は言葉でいわないのに、どうして言語で人に教えるのに勝てるのか。それは人うぃ化するからである。繰り返し習って、これに熟するときは、まだ頭で理解していなくとも、すでに気持ちや体がそれにつき順っている。だからついには理解するのである。しかも言葉で理解させようとすることは、説かれた言葉の範囲に意味は止まるとして、その言葉以上を人に考えさせようとしない。したがって言葉による害は、人にその言葉以上に考えさせないことにある。礼楽は言葉の体系でないから語らない。したがって自分で考えなければ理解しない。考えても理解できなければ、自分で考えるだけではどうにもならないので、博く他の礼をも学ぼうとする。博く学ぶときは、あれとこれと比べ合わせ、相互に研ぎ合って自然に理解するに至る。学ぶことがすでに博ければ、理解する上で余す所がない。しかも言葉をもって教えるというのは、たとえ詳しく説いたとしても、常に一端をしか説きえないのである。礼とは物である。多くの義(意味)で一杯になっている。巧みな言葉で説きえたとしても、とてもその義を言い尽くすことなどできることではない。言葉で説ことのかない益は、黙して理解することにある。先王の礼楽の教えが最良であるゆえんはそこにある。」

‪礼と義‬

・これ礼楽の教えは、黙してこれを識るに在りといえども、然れども人の知は至るあり、至らざるあり。故に孔子は時ありてか、一隅を挙げて以てその義を語る。義とは、先王の礼を制する所以の義にして、戴記載せるところは皆これのみ。ただ人の知は至るあり、至らざるあり。故に七十子の先王の信ずるは、孔子の先王を信ずるに及ばざるなり、その人の七十子を信ずるは、また七十子の孔子を信ずるに及ばざるなり。故にその人を喩さんと欲するのを急なる、その義を論説するの己まざる、日に以て蔓延し、以て戦国の時に至りて、義ついに礼より離れて孤行し、また礼に就きてその義を言わず。孟子の書を観れば見るべきのみ。これよりその後、古えを去ることますます遠く、義理の説ますます盛んにして、轟然として以て天下を乱り、先王・孔子の教え、蕩ことして尽く。悲しいかな。‬

MEMO ‪フランス現代思想などは存在しないのは、日本思想が存在しないのと同じある。そしてイギリス思想なんてあるのという疑問がある。だけれど経済学については、イギリス経済学といわないとね、ただ「経済学」と言っただけでは不十分な感じがする。マルクスを読むときにイギリス経済学史を読んでいたのでそうおもっているのかもしれない。さてイギリス経済学のなかに、芸術の定義化・公理化と同じように、道徳を公理化して「古典派」が古典派第二公準という形で教えてこようとする科学がある。これを批判したのがケインズの仕事だったとおもう。第一公準の論理的関連性を保つが、似非数学と非難される、彼の諸差異の変数で再構成してみせた"修正された貨幣数量説"をみると、何が問題とされているのかがみえてくる。つまり、自己差異化していく近代を、公理化された言葉を以てとらえ尽くすことの無理である。近代の解釈し尽くすことの無理について考えたのは、ヨーロッパだけか?そうではない。もっとトータルに日本近世思想の言葉で学ぶことができよう。伊藤仁斎は学びの意義をはじめて言ったが、ここを批判的に継承して荻生徂徠が書いているのは、言葉で教えることの限界をよく考えた学びの意義である。わたしはそう気がついてきた。以下は、徂徠の『弁名』の言葉。「学ぶことの既に博き、故にその喩る所は、遺す所有ることなきのみ。且つ喩る所は、詳(つまびら)かに、これを説くといえども、また唯一端のみ。礼は物なり。衆義に苞塞(ほうそく)する所なり」(荻生徂徠)(しかも言葉をもって教えるというのは、たとえ詳しく説いたとしても、常に一端をしか説きえないのである。礼とは物である。多くの義(意味)で一杯になっている。巧みな言葉で説きえたとしても、とてもその義を言い尽くすことなどできることではない。子安訳)‬