2017-01-01から1年間の記事一覧
今年最後の言葉三木清は世界思想のために死を徹底的に観念化せよというのです。鬼神はノミナルなものという捉え方は多分世界思想なんじゃないでしょうか。しかし鬼神はどこに消えたのでしょうか?鬼神の代わりに陰陽が存在することになりました、息を住処に…
最後は「ニジンスキーの日記」を舞台化した作品だったが、初めてベジャールの舞踏をみたのはニーチェに関わる作品だったと思う。そのときは、幕が上がったら踊りが始まるのかと思ったのに、そうではなかった。ジョルジュ・ドンをはじめダンサーが一人ひとり…
目の前に展開する物は暗黒物質になれ。情報を吸い込むが言葉を残す、ブラックホール掃除機が欲しい。<なんちゃって大掃除>は敗北宣言にすんでいる。掃除は挫折したが代わりに、物をいかに秩序づけるかという知のあり方を露わにする。視えぬが見ること(考える…
「マンハッタンの二人の男」に、イタリア移民とアイルランド移民のこどもが出てくるのがいいですね。監督のジャン=ピエール・メルヴィルは「ヌーヴェルヴァーグの精神的父親」といわれるのですが、諸説あるでしょうが、その意味は不明ですね(そう呼ばれたも…
近代というのは知の偏執的な自己愛。ごめんなさい、愚鈍な私などはいつもそう思ってしまう。その知は自身と異なる物の見方に「説得力がない」と軽蔑するのが常だ。「説得力」とは何か?近代はそこで自己が一生懸命拵えた物語の中に、自己との差異が住処とす…
『言葉と物』をたたえる140字の『言葉と物』の解説が流れてきたけど、わたしにはできない。現在の問題関心に即して書き加えていくのだけよね。フーコは自らをポスト構造「主義」の思想家として見做されるのを拒んでいた。『言葉と物』は、20世紀構造主義の近…
『仁斎論語』の全体を見渡す崖っ淵を為す"あとがき"の始めに、本居宣長から語り始めるのはどういうわけだろうか。荻生徂徠が出てくるならわかる。宣長は、理としての<始め>ではなく、学びであるところの<優先される概念>なのか?「それは『古事記』を絶対的…
国家の教説を解体する漢字と仮名の「宇宙」とはなにか?それは、(オリエント学と中国学)漢字とヨーロッパ語の<宇宙>ー思想の至上性が覆う無限の領域ーとちがって、端っこにある別の宇宙の存在をおもわせる。中途半端な意味、言葉の片割れのような有限な人間…
「道」の教説を解体するオリエント学と中国哲学が行うアジア思想の分析は、ラカン派がおこなう精神分析の映画分析と似ているとおもう。つまり真理は人類の普遍主義を読む。科学なんだな。それに対して、17世紀儒者達は 漢文の宇宙的思弁を以て人間の存在を…
仁の教説を脱構築する仁でも義でも何でもいいのだけれど、<精神的な何々を「目標」としてもつ>というのは、こういうことだね。隣人と非常に近い出発点なのに、多様性を以て学んでいく結果、わたしが辿り着いた所とその隣人が辿り着いた所が互いに全然離れて…
大日本帝国憲法のもとで起きたことについて「これだけはやめてくれ」と抗議するのは憲法である。では戦前に存在した国家祭祀の超憲法的なものをやめようというのはだれか?これについて考えるためには、天皇制国家の理念的青写真をつくった荻生徂徠から考え…
銀河鉄道は、ヒルベルト空間のなかでベクトルが色々な方向を以て動くように、あちらこちらと動く河だった。父なるもの不在。この点において、ジョバンニの旅の始まりと旅の終わりは似ている。沸騰し圧縮されている始まりに、海の帰るべき起源を読みとること…
大きな「河」にみえましたあの広がりを、ウルフの小説なんかもちだして「海」にしてしまうのかしら?翻訳は原文の代替物とはなりえないのに。「海」から直角形たちがなくなるのは、二つの権力を手放さなかったから?くだらんことでしたね、失ってしまえば、…
思考にとって、思考でないもので敢えて考えるとどうなるのか、この差異を、思考の外部から考えてみようというのである。この思想史の問いにたいして、概念を表現できないでいる沈黙する言葉こそがアートをアートとして際立たせる。自由に喋らせてくれとする…
歴史(『日本書記』)、神話(『古事記』)、歌(《万葉集』)、物語(『源氏物語』)、随筆(『徒然草』)、注釈学(「論語古義』)、歌論・物語論(『石上私淑言:』『紫文要領』)、近代文学、文献学、解釈学、日本思想。「思想史教室」のおかげで色々と読むことができ…
<死生>の教説を解体する 2500年前の孔子の言葉は『論語』にどれくらい保られているのか、これを調べるのがは文献学的アプローチである。研究が自らの正しさを研究する。この実証とは別の方法から、『論語』という原初的テクストが存在するとして、それに…
<死生>の教説を解体する 2500年前の孔子の言葉は『論語』にどれくらい保られているのか、これを調べるのがは文献学的アプローチである。研究が自らの正しさを研究する。この実証とは別の方法から、『論語』という原初的テクストが存在するとして、それに…
鬼神論を読む十数年前の話からはじめることをゆるしていただきたい。アイルランドの支配階級に属した画家ベーコンと作家ベケットの青年・少年時代は、権力の移行が起きたときにあたる。それ以来、支配者達の信者が集まらなくなって不動産として売りに出され…
解体<君子たること論>(1) 儒教に対するヘイトスピーチ本の話題をきく。誰かが反論すべきだという。しかし「儒教」を以て何をいい表すのか知っている必要がある。儒教の名称はインターナショナルではない。『儒学』ならば通じるらしい。宗教的意味ならばそれ…
Blackboard between Stones, Pockets & Hands & Numbers. Images gone and Images still hereー owlcatIt is the supreme paradox of thought to want to discover something she herself can not think.- Søren Kierkegaard他者の中国からみえてくる…
思想の歴史で語らなければならないのは、暗さ(津田の思想空間の中におけるパラドックスの解決)についてではなく、明治維新と象徴天皇制の記述を通じてあきらかにする以上のものを隠している、見かけだけ明るい、いささか混濁した光 (1916年に『文学に現れた…
日本を代表する知識人において転向が起きたというのは、初期マルクスの政治多元主義を消し去ってヘーゲルの世界史を書くという保守反動が行われたことだ。そしてこの国では左翼の転向ははじめてではない。大きな声でいうべきことではない。柄谷行人は『世…
「子曰く、学びて時にこれを習う、また説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)有り遠方より来たるまた楽しからずや。」(論語『学而』) グローバルな構造 (学・仁・道・信・天・徳・政・孝・忠信・忠恕・死生・鬼神・君子・文・詩・楽・礼)がみえてくるのは、「…
イギリスは自らの未来をアメリカに委ねるなかで、EUとの関係、実質的にはフランスとドイツとの関係に取り組んでいるときに、外部の北アイルランドから規定されたくありません。しかしこれは矛盾です。英国が時代遅れの19世紀20世紀的な一国主義の方向に逆戻…
イタリアからバスで三時間後に、オーストリア入りしたとき、言葉はドイツ語、オーストリア語にかわった。数年前の旅では、チューリッヒから電車でジュネーブへ向かうときはドイツ語からフランス語にかわっていた。大陸のなかの旅は、アイルランド時代とイギ…
10年前ぐらいでしたか、ハムステッドヒースでロンドン在住のリベラルな作家の出版講演会に出席したとき、1948年中東戦争の現場にいたラビの彼は、イスラエルは国家としての成立をアラブ諸国の人々全員から承認される必要があると語っていました。現実には難…
賃貸借契約を済ませて、初日に、ロンドンで借りることになったアパートのそのポストに、何と、BBC受信料不支払いを理由とした強制執行を二週間以内にするという通知が入っていた。イギリスに来て一ヶ月、テレビを観ることがなかったが、来るなら来てみろと笑…
映画というものがあった時代、人生の切実な問題を共に考えてくれるような、光と暗闇の織りなす投影とスクリーンからの包摂がありました。だけれど「2001年オデッセイアの旅」が示した、宇宙の端=スクリーンが消滅したとき、光と影は唯の伝達となります。「…
インド哲学と中国哲学を勉強するひとが少ないという。そういう私も勉強してこなかった哲学たちなのだけれど。今日神田の古本屋街で中村元のリグ・ベーダーの解説本をよんでいたら、イスラムが影響を受ける言い回しがあるという。と、ダブリンで原文?と英訳…
今日は午後から、ガリレオがいたパドバへ行くのだけれど、タイムラインに流れてきたケインズの言葉を読んだら、ロンドンで観たブレヒト『ガリレオの生涯』でガリレオが教会の僧侶達が作った地動説を裏づけるデータを利用していた場面を思い出した。The di…