2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧

‪『朱子語類』

‪『朱子語類』を読んだ仲間にきくと、言葉は近代に属していて芝居みたいだと語ったのは、うん、面白かった。さて形而上学に対する問いは、「理」の優先性が出てくるという。そういうことなんだ。しかしどういうことなのかと、本当に理解しているか自分で考え…

二元論的思考なき思考は可能か?

‪二元論的思考なき思考は可能か?生だけだとする一元論は「詩にしかならない」のではないのか、と、「論語塾」で問題提起された。子孫へと永久に生きていく生命を語ることになるのは、人の有限性の経験の意味がなくなる感じだ。ここで鬼神論の消滅を消し去る…

ベケット

‪録音された自分の声をきいて、「自分の声ではない」と語ったその意味を問うこと。クラップは「覚えていない」と言った(ベケット『クラップ、最後のテープ』)。文化が声に本質的に宿る始原的起源の原理主義から離れていくラジカルな抽象性を非難するとしたら…

ロンドン

ロンドン時代はリベラルな中流ユダヤ系住民が多い地域にいたが、その四年間のあいだ多文化主義を理解していたわけではなかった。宗教原理主義と宗教ナショナリズムによって、多文化主義が全部がゼロになってしまうという危機感を以て、自らとの関係を再構成…

形而上学

‪「存在するものは存在する。非存在者は存在しない」に言い表される形而上学の危機は、異邦人が「非存在者が存在する」と問うときに起きるのだろう。間違いを怖れずにいうならば、わたしはこう考える。非存在者との距離についてならば、共同体はこれを祭祀に…

フーコ『言葉と物』

‪フーコ『言葉と物』は難しいと云われるが、寧ろ易しい本だ。知識のギャップは解決できる。言及される言語学と経済学は所詮知識だ。博物学・生物学はパリ自然史博物館へ行ってくればいい。だけれど文学との関係を読むことができるか。文学は言語、労働、生命…

「漢文の話」の近代

簡単には読めない本であるが、「仁斎論語塾」のおかげで、一定の問題意識をもって読めるようになった。いわば死に切った過去にすんでいる、古代のテクストを何とか読むために、読まれ得る連続性を前提にしてよく読むために、現在が日本語と読んでいるものが…

漢字の話

簡単には読めない本であるが、「仁斎論語塾」のおかげで、一定の問題意識をもって読めるようになった。いわば死に切った過去にすんでいる、古代のテクストを何とか読むために、読まれ得る連続性を前提にしてよく読むために、現在が日本語と読んでいるものが…

21世紀の言説空間

‪21世紀の言説空間はグローバル帝国論とグローバルデモクラシー論の<間>に揺れ動く。どんな政治体制にも侵入していく、この<間>は、脱コード化であり(近代から自立していく方向をもつ)再領土化である。たしかネグリはポスト構造主義と(一国知に絡みとられな…

[p・o・e・m] x [t・h・e・a・t・r・e]

It is this secret language, different in the case of each artists, which submerges their works in a great solitude. ー Jean Cocteau [p・o・e・m] x [t・h・e・a・t・r・e] It begins with table It could be a chair It could be shoes But my word…

『論語古義』(伊藤仁斎)

140字の『論語古義』 ‪『論語古義』は言説と言説を媒介する場である。またその場は自らのうえに折りかさなる。「政は正である」(伊藤仁斎)といわれる。「政」と「正」のそれぞれの固有の歴史を探す近代主義の原理主義ならば駄洒落しか聞きとらないかもしれな…

MEMO

‪内閣支持率は、この国に晴れる日が永久にやって来ないのではないかという不安をもたらすあのアイルランドの天気予報の降水確率と似ている 茅ヶ崎では私が死んだ日の次の週の燃えるゴミとして送られるいわば灰の火の運命にあるだろう危うい絵画達は、ネット…

津田左右吉

‪ヨーロッパの現実はこうだから明治の日本はそうであるべきだというが、私は別の見方をとる。方法としてのヨーロッパはああだから方法としての日本はどうだと問うような見方である。津田左右吉は方法としてのイギリスと方法としての佐幕派を考えることができ…

ベーコンとピカソ

ベーコンは、ダブリンで育ったが、南アフリカに行ったときの彼の子供時代を回想している。目撃した庭の奥の藪を一瞬横切った小動物にトラウマをもったという。外部(小動物)によって、自己との関係を再構成していったかもしれない。ベーコンの絵画は、存在が…

信の構造

‪安倍政権を終わらせることができないかもしれない。なぜか?安倍政権は憲法そのものを拒んでいるわけではないからだ。憲法というのは、憲法を読まない安倍政権と両立しうるのである。問題はどこにあるのか?問題は、安倍が最後の堤防を取り去ろうと企だてい…

<イメージ (は) | 脱構築的に解体する| 明治維新150年>

<イメージ (は) | 脱構築的に解体する| 明治維新150年>というテーマで描きはじめたら、奥深く半透明さのなかにいる「王の場所」をどこに再構成するのかという問題を避けることができなくなった。最初は中立化されたイメージを描けばいいだろうとおもっていた…

宗教ナショナリズム

‪近代とは宗教の世俗化である。宗教とナショナリズムはそれらが住処とする国家において分離する。その国家は戦争によってしか解決しない領土問題をもつ。他方で、これとは別の歴史で、帝国主義の時代の絶えざる介入によって国家を形成できなかった地域で、領…

ソクーロフ

‪日曜日は、ソクーロフの『Russian Ark』2002)を観ました。ダブリンで見たとき見えていなかったものについて考えることになりました。翌日『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(2007)を感慨深くみました。後者については、兵士達の言葉はオリヴェイラが対話…

議会制民主主義

問題となっている議会制民主主義と国家との関係は、<一国知>の中にとらわれたまま"問う"ことの限界が問われずして、"新しい形の「政と官」問う" ことなんだろうか?そんなこと、ずっとやってきたよ。発想の大転換が必要。この時代に、議会制民主主義と国家と…

新しい普遍主義は可能か

‪漢字文化圏にあって、漢字文化圏に定位しているからこそ、ヨーロッパの古典語と近代語の文法の問題を考えるときに、ヨーロッパを考えている。正確にいえば、アジアからみた他者ヨーロッパを考えている。では、いつヨーロッパを感じるかといえば、それはホワ…

フーコ『言葉と物』

‪対蹠的なものの接近、あるいはたんに無縁なものの唐突な隣接、そうしたものをぶつけあう列挙というものは、それだけで魔法の力をもってはいようが、フーコ曰く、問題は、物を隣あわせる座そのものなのだという。映画について語るのはまだはやい。だが、どう…

私は自分が何も知らないことを知っている ー 「仙境異聞」を読む

‪私は自分が何も知らないことを知っている"I know that I know nothing" (私は自分が何も知らないことを知っている)は、私の経験からいうと、日常において誰のどんな会話にも属さない文だとおもう。この文はアルファベットそのものと同じように、決して現前…

『言葉と物』

‪私は暇人であるけれど、この4つを欠いた芝居などみたいと思うほど暇ではない。フーコ『言葉と物』はこの4つのことをラジカセに問うた‬ー‪1、いかに言葉を秩序づけるのか?‬‪2、いかに物を秩序づけるのか?‬‪3、いかに映像と言語の関係を秩序づけるのか?‬‪4…

寅吉、Go ! ー 平田篤胤『仙境異聞・勝五郎再生記聞』

寅吉、Go!平田篤胤の『仙境異聞・勝五郎再生記聞』(岩波文庫)、なんか凄いことになっていますが、その意味を問う必要があります。鎖国?みたいな時代の閉塞感みたいなものが外部世界への想像を爆発させているのでしょうか。‪「仙童寅吉200年」とは何か‪「…

文化

「芸術は決して、誰ひとり自分のそばへ呼び寄せようとはしません、いや、芸術は影響などということは問題としていないというのが、私の普段からの推測です。」とリルケはいう。他方で、文化共同体とは、なにか、自分でないもののそばへ呼び寄せようとして、…