Deleuze

ドゥルーズからの一文―<理念(イデア)>、そして諸能力に関する差異的=微分的理論より

A la fois les Idées ne sont pas l'objet d'une faculté particulière, mais elles concerned singulièrement une faculté particulière, au point qu'on peut dire; elle en sortent. ( pour constituer la para-sens de toutes les facultés) Encore une …

ドゥルーズ「意味の論理学」を読む

1970年代になって、ガタリと共同して著作活動を行い、その成果は「アンチ・オィデプス」、「カフカ」、「ミルプラトー」として刊行されるが、この三冊はなんといっても映画の思考に規定された仕事だとおもう。1969年の「意味の論理学」、「差異と反…

批判哲学 and 存在論 and 形而上学 の間の無規定で自由な一致で構わないのは、なぜなんだろうか?

まだ考えがクリアーにまとまらないのでありますが、理念的な批判哲学 or 存在論 or 世俗化された形而上学の影かというふうにどれかただ一つに決めるというのではなく、ただ、批判哲学 and 存在論 and 形而上学 の間の無規定で自由な一致で構わないと思うので…

絶望的に退屈な「分かり易いドゥルーズ哲学」(國分功一郎)

絶望的に退屈な「分かり易いドゥルーズ哲学」(國分功一郎) imaginationは「想像力」か?「構想力」か?1984年の中島盛夫はまだ「想像力」と訳していたが、2008年の國分功一郎の訳では構想力となった。中島は「しかし神学的形而上学の批判というこ…

ドゥルーズとはだれだったのか、何を言ったのか?

ドゥルーズとはだれだったのか、何を言ったのか? 資本主義は絶えず囲いこむ。資本主義のその囲いから絶えず超えて出ていくのもまた資本主義である。このノマド的運動の意味を、「アンチオイデプス」「ミルプラトー」の著者たちは考えた。そのことを以ってこ…