小説マルクスー未来を思い出す部屋

ネット小説マルクス2

印象派表現主義、実体の影にとりつかれたキュビズムが集まった。「赤い十月のクッキー」は鎖のほかに失うものはない。けれども、果たして望んだ世界を獲得したのだろうか?/我々の過ちはただ、それが始まりだったと考えたことである。/メイエルホルドはまだ虐殺されていなかった、と。

 

 

No. 117ネット小説マルクス

「地中海ですって。じゃあ、ユダヤ人はギリシャ人やスペイン人やポルトガル人みたいにヨーロッパ人だということになるわ。なんだかはっきりしないわね。ユダヤ人はヨーロッパ人なの。それとも、ヨーロッパの外からきた民族なの。一体どこから来たのよ?説明してくださらない」。

 

No. 119小説マルクス

マルクスはぐったりとした様子で、椅子の背もたれに寄りかかった。明晰な判断を重んじて自分を子供扱いすることの多い日頃のマルクスの姿と比較して、首を横に強く振った後、茫然となって椅子の背もたれに寄りかかっている目の前の様に、・・・

No. 124小説マルクス

マルクス一家の生活を覗き込んでいるのだから」。ダン;「ロンドン中が注目しているマルクス一家の事情が使用人の君の口から直接聞けるとくれば、そりゃ好奇心が黙っちゃいないよ。所でジェニーの小説の方は順調に進んでいるかい。僕らの会話もちゃんと小説に書いておくれよ」

No. 126小説マルクス

..わかってるわよ。そういえば、あなたのお母さんの事だけど、いつイスラエルに行ったんだっけ」。ダン;「1936年。ちょうどその年にロシアから移住してきた親爺と結婚したんだ。親爺はベルリンの大学へ行って、卒業してスペイン戦争に参加したんだけど、・・・

No. 127小説マルクス

もし親爺もお袋もナチス下のベルリンに留まっていたら、僕という存在は生まれなかっただろうよ。ジェニーはベルリンで生まれ育ったユダヤ人だからお袋と同じ境遇ってわけだ。お袋、シナゴーグに通っていたし、ヘブライ語も多少知っていたけれど、普段はドイツ語を使っていたな

No. 130小説マルクス

ヘレン「それにしてもここは煙草の煙がすごくて息苦しいわ。もくもくと煙る中で、アラブ人達は一日中アラブのことについて喋っているし、あなたはあなたでユダヤのことばかり喋っている。・・・

No. 134小説マルクス

・・彼女は悪筆のカールの文章をきれいに清書し、フレデリックはそこから英語に翻訳している。これは夫の創作に献身する妻の美談として語られているけれど、話はそれほど単純ではないはず。最初のうちは買いもののメモや落書きを原稿の余白に書きつけたりしていたのが、・・・

No. 137小説マルクス

..アブラハムはアダムやノアみたいに抽象的な存在ではなく、骨肉のみえる具体的な人物として生き生きと描き出されている、と私に教えてくれたじゃない。人類愛や世界に関する思考の抽象を排したこの記述と同じように、生身のジェニーの場合も、ゲマインシャフトの問題、・・・

No. 139小説マルクス・・だけど、フレデリックとの同性愛が絡んだ錯綜した三角関係のことも念頭に入れると聖書と比較できないくらい複雑で難しい小説になるはずだわ」。
ダン;「そんなこと簡単さ、ヘレン。心配には及ばないよ。なにもかも、子供時代の環境と体験によって説明できることさ。・・

No. 140小説マルクス

..工場経営者だった父親に同じように反発したフレデリックは、カールに理想化された父親像を思い描こうとする。そして父親に反発したジェニーはというと・・・」。

ヘレン;「ちょっと、ちょっと待ってよ、ダン。カールもフレデリックも父親に反発しているのは本当だけれど、

 

No. 142小説マルクス

..ジェニーは理想の夫像と父親像の両方をカールに求めるわけだけど、一方、同性愛者であったカールは求められる夫の役割の方を嫌悪し拒否しているんだ。こうして、ジェニーはカールを父親像として表象しようにも、フレデリックとの同性愛の関係があまりにも生々しく目の前にある。

No. 145小説マルクス

..ベルリンでは結構な生活を送っていたのに、ここロンドンに来たせいで貧しい移民になり下がってしまった。ジェニーは正しく、この僕のことでもあるんだ。そしてロンドンで空しい思いをして詩ばかり綴っている君の姿に重ねることも難しくないだろう、ヘレン。・・・

No. 145小説マルクス

..皆は解放の哲学を打ち出したカールを光としているけれども、傍らでジェニーが実際に直面しているのは暗闇じゃないか。カールは宗教を否定したラディカルな合理主義に突き進んでいく一方で、堕落した同性愛に罪深く関わっているけど、・・・

 

 

No. 146小説マルクス

..飲み食いや官能的な刹那に囚われたゲゼルシャフトのアラブどもと同類だ。奴らの没落は大歓迎さ。豚食いのばか野郎どもめ。真っ暗な出口のない洞窟のなかをほっつき歩かなければならないジェニーこそ、正しく祖国を創り出した、僕達ユダヤ人の象徴だよ。・・・

149小説

ダン;「所で、外から覗き見ると、この頃、カールとジェニーの間で争いが絶え無い様だけど」。ヘレン;「ええ、二人の間の溝はどんどん深まっているわ。ただ最近はカールは病気のせいもあって日増しに衰えてしまって、もう以前の様な精気はないわね。好物の豚も口にしなくなったし」

No.小説150マルクス

ダン;「そいつはいい話だ 。豚食いの罪人カールも、人生の末路でやっとラビの息子らしくなったというわけだ。
ヘレン なに言ってるのよ。神様もわたしも、そしてあなたも、元々皆豚みたいなものじゃない。戒律を守って潔癖さを装おうとする世の中の人たちは、

 

No.203 ネット小説マルクス(最終回)

マルクスが部屋に入ってきた。「フレデリック、いつも有難う」。「原稿の前払いと思ってくれるとこちらも気が楽なんだ。ところであの原稿は完成したかい」。

「いや、まだだ」。

「ロンドン本部の事務局が早く演説原稿を送って欲しいと催促を始めたから今日中に書き上げてしまおう。階級闘争における「抑圧する国家」と「抑圧される国家」という、ここのところ僕たちが議論を続けている、例の考えを発表するいい機会じゃないか」。と、ジェニーは窓を開けた。「"抑圧する男たち"と"抑圧される女たち"。"搾取する男たち"と"搾取される女たち」

マルクスはジェニーの言葉を無視した。エンゲルに意向を伝えた。「わかったよ。そうしよう。今日中にアイルランドの呪いに片をつけてしまおう」。

「さあ、ジェニー、本部宛に手紙を書くので、手伝ってくれたまえ」と、エンゲルスは頼んだ。
ジェニーはなにも言わずに机に座り、便せんを引き出しから取り出し、用意してペンを取る。ベッドから提案するマルクスの声に耳を傾ける。マルクスは一語一語言葉を選んでゆっくりと話し始める。しかし。ジェニーはいつものように空想を始めたようである。ドクター・フロイトの無言の指示・・・?

マルクスは皆に告げた。「これが終わったらお茶の時間にするよ、昨日ハムステッドの八百屋で買ったイチゴを食べようじゃないか。好物のクッキーも買っておいた」。

汚れたしわくちゃのシーツの上で神聖な儀式言葉を紡ぐ男の姿が山の頂においてモーゼに告げて語る神の姿を連想させる体毛がところどころ密集する、リズムの単調なマルクスの肌の感触が蘇ってくる。と、再び灰色の不快なまでの単調さがジェニーを襲い始めた。下山するモーゼは彼の留守の間に異教の神を崇拝していた民の姿に激怒し、神聖な言葉を刻んだ石版を叩き割ってしまったという。

ロンドンにおいて影響力を失ってしまったカールやフレデリックの言葉はどうなるのだろうかと想像している。ジェニーはマルクスの咳払いをきく。ペンをしっかりと持ち直し、気持ちを作業に集中させる。ジェニーの頭の中で言葉がぐるぐると巡る。深い溜息をついて、静かにペンを置く。

と、ジェニーは呟き始めた。「確信できない。わたしもカールも、なにも確信していない。ロンドンの暗闇の中に迷い込んだ私たちにはなにもみえてこない。なにひとつ確信できない」。

泣いているのは誰だろう。僕か、フレデリックか。泣いているのはジェニー。ーー故郷ボンから遠く離れて・
ロンドンで生きた 直ぐに慣れた・
人々の身振りと眼差しに暗闇と煙とに・
アルコールの中でゆっくりと刻まれる・
どれもこれも類似した思い出の数々にも・暮らしぶりや、習慣の違いも
不思議に思わなくなった
共通のものを感じた時の喜びが勝った・
パブに隣接した赤い公衆電話ボックスから・
地下深くチューブの中に生き埋めとなった・
労働者たちの・  
棺に向かって・
電話線が敷かれて・
こっそりと・

皆がひそひそ声で話し合っているとしても・お気に入りのアルファベットの図解辞典・
最初の頁にはワニAlligatorが・
二本足で立っている・
子供の時の友達、ベルリンの思い出・
道端のあちらこちらに落書きした・子供なのでまだ映画館に連れて行ってもらず 独りで・

近所の林(ジャングル)の中をうろついた悔しくて置き去りにした友達の家々の壁に・
特大のでっかい奴を描いたりした・ソーホーにあった映画館・
ワニ狩りの記録映画が上映された・
観客の貧しい労働者は・
単調で季節の変化に乏しいこの国にあって・
アフリカの太陽と熱帯の・

スペクタクルの映画を欲した・
スクリーンには泥沼から、板をガブリと噛んでいる・
      
グッタリとした動物の死体が・
引き抜かれるコックみたいに現れただけ・
固定ショットが捉える・
なんとも退屈な作業・
ボートの方に引きつけてロープを巻き上げていく漁師・

横には付き添いの麦藁帽子の女の子の姿がみえるー
Birdsong for one plus twoーI like this title. I read it again!ーBirdsong for two plus one

We are rock of the pastー
Rock-Repression-Regressionー
Let the past pieces where they mayー
And remember the futureー

With the unending birdsong.

と、なにかが落ちた

Good-bye・・・緑の・・・ワニ・・・

雨の恩寵を浴びながら裸足で歩き続けた。雲の隙間から陽光がこぼれ落ちても、その明るさに気づかなかったであろう。地面の若葉が輝いても

男たちと女には
自分達の掌の骨しかみえなかった・・・。
墓標に接吻すると、雨粒のせいで血が少しだけ滲んだ。

不安もないし、怖くもなかった。けれども、救いを告げるあのお節介な鐘の音に
邪魔されるのはとても不愉快であった。

No. 147小説マルクス

..君はこの暗闇の絶望をなにがなんでも描かなければならない。結局、小説のクライマックスはどんなふうになるんだい。ジェニーはやはり狂っちまうのかな。すると狂気の代償とは一体なんなんだい」。

暗闇の中の自身の声、千人の声と声とが重なり合ったざわめきのうちに明確な輪郭を失って流れて行ってしまった声。
耳を塞いでその自身の声を聞け。
耳を塞いで自身の声に触れよ。
耳を塞いでその自身の声を聞け。
耳を塞いで自身の声に触れよ。 

No. 151小説マルクス

..ジェニーやカールやフレデリックの私生活を堕落しているって弾劾しているけれども」。
ダン;「しかし、そんなに衰弱しているのなら、カールは以前のように執筆もままならないだろうな」。
ヘレン;「ええ。長年に渡って果敢に挑んできた存在の問題探求からは、・・・

No. 153小説マルクス

ダン;「おやおや、僕のことを覗き屋と非難するけれど、君だって他人の原稿をこっそりと盗み読みしている探偵じゃないか」。ヘレン;「でも反抗するジェニーとの間で衝突が起きた時には、決まってカールは厄介な哲学の問題の領域に連れ戻されるみたい。・・・

No. 157小説マルクス

小説マルクス腕の外側から手の甲まで人差し指を立てるようにして辿り、指先に至ると自身の指を軽く絡ませる。それからー。
マルクスはジェニーに語り聞かせた。 痙攣的に女を抱きしめ、暗くその眼をみつめる/
恋人よ、苦痛のなかに汝はおとろえ/
われの息吹に汝の身体はふるえる/

No. 158小説マルクス

汝はわが魂をのんだ/
汝の情熱は我が物/
わが宝石よ、輝け/
輝け、輝け、青春の血よ/恋人よ、青白き眼差しよ/
汝の言葉はなんと不可思議なのだろう/
見よ、喧騒のなか/
我らの民は天上を行く/ 
行こう 恋人よ 行かなくてはならない/輝け、星よ 輝くのだ/

No. 160小説マルクス

痙攣的に女を抱きしめ/
死を胸に抱く/
彼女は深き苦痛に貫かれ、もはや再び眼を開くことはないはずだ/

  

ジェニーはマルクスに告げた。「最近のあなたの原稿には女の身体を表す言葉が頻繁に使われているけれど、それっていったいどういうことなのかしら・・・?」。

 

No. 162小説マルクス

キャンパスに灰色の絵の具を重ねていくような単調さが、不快感を誘い、意味の倦怠に導く暴力にさえ変化しようとしていた。外側からなんとか言葉の輪郭を浮き上がらせよう、とジェニーは、彼に向かって自分の瞳に触れてみろ、と囁く。彼は請われたとおりその閉じた瞼に軽く触れる。

No. 163小説マルクス

「あなたが関心を持っている貨幣には、ぎらぎらと輝く濡れた眼差しがあるのかしら」。「眼差しだって。それはどうだろう」と。マルクスは答えた。ジェニーは怪訝そうに返事をするマルクスの手を取ると、ゆっくりと自分の唇に触れさせる。

No. 167ネット小説マルクス

乱暴に書き殴られた文字のなかに、女の身体と言うよりも、道化の顔、それからペニスや睾丸の形をした幽霊や亡霊の顔がいくつも描かれている「ドイツ・イデオロギー」の原稿が浮かび上がる。

マルクスは落ち着きを払って説明した。・

No. 171小説マルクス

もしかしたら、わたしの身体、いえ、あなたの身体に支払っているのかもしれないわ。いえ、ヘレンの身体ってこともあり得るでしょう」。ジェニーはなにかひらめいた様子。悪意の混ざった調子で言った。「いいえ、あの人が欲しいものは何かもっと別のものなんだわ」。

・・

No. 178ネット小説マルクス

..僕はね、ここに"王は王である、それゆえに、王は皆の代表となるのだ"と書いたはずなんだがね。ところが、一体なんのつもりでこんなことを勝手に書き込んだんだい。"I am not afraid of my subjects! TOOFEEF!・・・

No. 183ネット小説マルクス

マルクスは何度も首を振る。ジェニーはマルクスをなだめるようとその肩にそっと手をまわす。ジェニーは告げた。「身体、財産、魂のすべてを捧げているこのわたしこそが、あなたのほんとうの理解者なのよ。わたしはあなたが書いたものを忠実にただ書き取っているだけ。・・・

No. 189小説マルクス

エンゲルスはパッケージの文句を読み上げる。「あたしは食べるよ。La em! 赤い十月の工場、昔アイネムだった所で」。
「私を食べないと、お仕置きよ。いたずら坊や」と、ジェニーは戯れた。
エンゲルスは冷たく言った。「ふん、くだらないよ。・・・

No. 192ネット小説マルクス

「まさか。君の夫が僕の幻想の中で生きているだなんて。むしろ、僕の方がマルクスの幻想の中に生きているんだよ。カール・マルクスという偉大な解放のユートピアの幻想の中でね。勿論幻想などではなく、理想というべきだけど。君は、多分、僕たちの友情を嫉妬しているんだね。・・・

No. 193ネット小説マルクス

僕が君たち夫婦に嫉妬していると同じくらいね。しかし、僕たちはひとつの塊なんだ。仲間なんだ。ブルジョア的な個人主義に囚われて、ばらばらになってはいけないよ」。「いいえ、カールはあなたの幻想の中に生きているんだわ。・・・

No. 194ネット小説マルクス

..私の夫はあなたの眼差しの中でカール・マルクスを演じているのよ。神の視野のごとく民衆を見るカール・マルクスの伝説。でも、本当は、鏡にもたれかかったバーメイドみたいにお客に見られている様な頼りない存在なのよ」

No. 195、196、197、198、199
ネット小説マルクス

「カールがバーメイドだって、これは傑作だね。で、誰がお客さんなんだい「マンチェスターの将軍、二十ヶ国語喋る大男にきまってるわ」。「ほう、この僕ということだね。もし、そうだとしたら、カール・マルクスはこの僕に、一体なにを給仕してくれるんだい?
...スコッチ。カクテル。イチゴのデザート。それとも、この赤い十月のクッキーかな」。「長い長いお手紙よ。あなたが気に入るような言葉よ、いたずら坊や」。

エンゲルスはきいた。「手紙、言葉、って、いったいなんのこと」。

しばしの沈黙。ジェニーは答えた。「執筆のことよ。お分かりでしょう」。「馬鹿な。君は僕たちの友情に嫉妬しているんだ」。
「執筆のことだけじゃないわ。カール・マルクスという偶像は、あなたの父殺しの罪悪感の代償なのよ。・・・

・・あなたはカールを父親として拵え、カールはその役割を意識的に演じている。幻想が幻想を生み出し、その挙句の果てに、幻想の中に生きているカールは愚かにも、妻である私をまるで娘のように扱うようになってしまった。みんなこの部屋で茶番を演じているのよ」。

「考えすぎだよ、ジェニー。君の旺盛な空想を少し休ませるんだ」。「そしてマルクスの息子となっているあなたは、彼の娘となっている私を性愛の対象としている。滑稽だわ。この部屋は、鳥か獣同様の近親相姦を生み出している。そうでしょう。・・・

小説マルクス201

エンゲルスは嘲笑った。「また、どうせ、ゲルツェンかバクーニンが吹き込んだほら話だろう。ペテン師のアナーキストどもめ。呆れたことに、バクーニンはスラブ主義の民族主義者達とも手を結んでいるらしいじゃないか。そして、スラブ主義に抗議して来たゲルツェンが、ゲルマンやケルトの古代の土地所有形態を夢想し始める、といった始末だ。連中は、現実から学ぶ事がないだよ。とんだアナクロニズムだよ。昔は、一緒にハムステッドヒースでピクニックをした仲間だったんだがね」。

「ゲルツェンもバクーニンも、今も私たちの大切な仲間じゃない。フレデリック、あなた、すっかり人が変わってしまったのね。カールが病に伏しがちとなって、あのイギリス人夫婦が家に出入りするようになってから、本当に変わってしまったわ。それにあのドイツ人の若者・・・」。

エンゲルスはクッキーをムシャムシャ齧りながら、言った。「ベルンシュタインのことかい。彼は信頼できる若者だよ。まさか、彼に対しても嫉妬しているんじゃないだろうね。真面目な議論の相手なんだ。それに、ウエップ夫妻はイギリスでは大変有名な博愛家だよ。根拠のない中傷には耳を貸したくないね」。

カールはあの人達にいつも警戒していたわ。危険だって」。

「ソーホー時代にカールにつきまとったニューオリンズの海賊よりもずっと安全だと思うけどね。ねえ、ジェニー、誤解しないでくれたまえ。あくまで、僕の翻訳は、訳す上で必要な正当化できる合理的な解釈なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。つまり・・」。

「あなたの翻訳って、議会における政党の権力みたいね。翻訳をすることで、あなたがマルクスを代表するから」。しばしの沈黙ー。
   
エンゲルスは言った。「権力じゃないよ。信頼関係だよ。確かに、喋りたくないセリフを喋らなければならない役者の様に感じる時もあるけれどね。書きたくない事を書かなければならない時はね。しかし結局の所、カール・マルクスという脚本家が書いた戯曲通りに、いつも仕事を進める事になるんだ。一字一句、なにも変えてはいないんだよ」

「あなたの考えが反映されている時だけ、なにも変えないのでしょう。書きたくない事を書かなければならない義務はないわ。書きたくない事を書いて罪を犯すのなら、書かないという選択もあるわ。書きたくないことは沈黙すべきよ」。

 

(了)