吉本隆明

吉本隆明

人間は自分の権能が及ぶ範囲の事柄については配慮することができますけれどね、常の事として、自分の権能が及ばない範囲のところではどうしようもないことが起きてしまいます。圏外の事に関しては責任を感じるまえに自己の無力を感じます。というか、責任を感じようにもどうしようもなくなってしまうわけです。3・11以降も原発体制を否定しなかった思想家の発言に憤りをおぼえ、またそれでもなおこの思想家を信奉し続けている知識人たちにたいして失望したときは、自分の権能が及ばない範囲のところでどうしようもないことが再び起きているのだと知って軽蔑の気持ちで一杯になりました。この無力から、自分の権能がおよぶ範囲のなかに思想家をおいてみたら、かえってそのことによって、現実にたいして根ざすことがない思想家の思想を、根ざすことがない思想として、はじめて考えることができるようなったということも否定できない事実なのです。このときわたしは対象のない経験を経験したというか。この気持ちのわるい経験とはいったいなんなのか?