KANT No.2,3

 

KANT No.2

 

On  peut donc voire ici que, dans le jugement du goût, il n'est rien posutlé d'autre qu'une telle voix universelle concernant la satisfaction, sans la médiation des concepts, et donc aussi par là même possibilité d'un jugement esthétique qui puisse être considéré en même temps comme valant pour tous. Le jugement de goût lui-même ne postule pas l'assentiment de tous...

(als eine solche Allgemeine Stimme, in Ansehung des Wohlgefallen ohne vermittelung der Begriffe)

そこで我々はこういうことを知るのである。即ちー趣味判断において要請されるところのものは、概念を解しない適意に関して与えられる普遍的賛成にほかならない、従ってまた或る種の判断ー換言すれば、同時にすべての人に妥当すると見なされ得るような美学的判断の可能にほかならない、ということである。趣味判断そのものはすべての人の同意を要請するわけにはいかない、ただこの同意を趣味判断の規則に従う事例としてすべての人に要求するだけである。

(八、趣味判断において考えられる適意の普遍性は単なる主観的普遍性に他ならない)

 

KANT No.3

 

Unter dem communis aber muß man die Idee eines gemeinschftlichen Sinnes, d.i. eines Beurteilungsvermögens verstehen, welches in seiner reflexion auf die Vorstellungsart jedes andern in Gedanken ( a priori) Rücksich nimmt...

 

共通感覚という名でもって、ある公的感覚の観念が理解されねばならない。それはいわば自分の判断を総体的人間理性と比較するために、反省において他のすべての人々の表象の仕方をアプリオリに顧慮するような判定能力である。・・・このことは自分の判断を他者の現実的な判断でもって計るよりは、むしろ他者の単に可能的な判断でもって計ることによってなされ、また自分自身の評価に偶然に影響する種々の制限を、単に捨象した結果として、他のすべての人々の立場に身を置くことによってなされるのである。

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