読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「超越的神格「天」の成立」(子安宣邦、徂徠学講義「弁名」を読む 第九講)

‪天を敬うことは聖門の第一義‬

‪・天は解を待たずして人のみな知る所なり。これを望めば蒼々然たり、冥冥乎として得てこれを測るべからず。日月星辰ここに繋り、風雨寒暑ここに行わる。万物の命を受くる所にして、百神の宗なるものなり。至尊にして比なく、能く踰えてこれを上ぐものなし。故に古えより聖帝・明王、みな天に法りて天下を治め、天道を奉じて以てその政教を行う。ここを以て聖人の道、六経の載するところは、みな天を敬するに帰せざるものなし。これ聖門の第一義なり。学者まずこの義を識りて、しかる後聖人の道、得て言うべきのみ。‬ ‪天は有心‬

‪・後世の学者は、私智を逞しくし、自ら用いるを喜び、その心傲然として自ら高しとし、先王・孔子の教えに遵わず、その憶に任せて以てこれを言い、遂には天は即ち理なりの説あり。その学は理を以て第一義となす。その意に謂えらく、聖人の道は唯理のみ以てこれを尽くすに足れりと。これその見る所を以てして、天は即ち理なりと曰えば、すなわちよろしく以てその天を尊ぶの至りとなすべきがごとし。然れども理はこれを憶に取れば、すなわちまた天はこれを知ると曰う。あに不敬の甚だしきに荒ざらんや。故にその説を究むれば、必ず天道は知ることなしに至りて極まる。‬ ‪程子曰く、「天地は心なくして、化有り」と。あに然らざらんや。易に曰く、「復はそれ天地の心を見るか」と。天の心有ること、あに彰彰として著明ならずや。故に書に曰く、「惟れ天は親しむなし、克く敬するを惟れ親しむ」と。また曰く、「天道は善に福いし、淫に禍いす」と。易に曰く、「天道はみてるをかきて謙に益す」と。孔子に曰く、「罪を天に獲れば、祷るところ無し」と。あに天の心を以て言うに非ざらんや。‬ ‪天は有心‬

‪天は測るべからず‬ ‪・仁斎先生の宗儒を駁すること至れり。然れどもその学は猶之しく後世の学なり。その言に曰く、「有心を以てこれを視れば、すなわち災異に流る。漢儒のごときこれなり。無心を以てこれを視れば、すなわち虚無に陥る。宗儒のごときこれなり」と。善く調停をなすものと謂うべきのみ。果たしてその説の是ならんか、すなわち天なるものは有心無心の間なるものなり。妄と謂うべきのみ。それ天の人と倫(たぐい)を同じくせざるをや、なお人の禽獣と倫を同じくせざるがごとし。故に人を以て禽獣の心を視るも、あに得べけんや。然れども禽獣の心無しと謂わば不可なり。嗚呼、天あに人の心ごとくならんや。けだし天なるものは得て測るべからざるもこなり。故に曰く、「天命は常なし」、「惟れ命においてせず」と。古えの聖人、欽崇敬畏にこれ遑あらざりしこと、かくのごとくそれ至れるものは、その得て測るべからざるうぃ以ての故なり。‬

天に合して祀り帝という‬

‪ ‪・帝もまた天なり。漢儒、天神の尊きもものと謂うは、これ古来相伝説なり。宗儒曰く、「天は理を以てこれを言い、帝は主宰を以てこれを言う」と。その意、理を以て主宰と為さば、すなわち帝と天と何ぞ別たん。またその解を難しとするのみ。けだし上古の伏義・神農・黄帝‬ ‪・顓頊・帝こく、その制作するところのでん魚・農桑・衣服・宮室・車馬・舟しゅう・書契の道は、万古に恒りて墜ちず。民、日にこれを用い、視て以て人道の常と為して、またその由りて始まるところを知らず。日月の照らすところ、霜露の墜つるところ、蛮()夷狄の邦も視こう流伝して、その徳を被らざることなし。万世の後といえども、人類の未だ滅せざれば、これを能く廃するものなし。これその天地と功徳を同じうし、広大悠久なること、たれか得てこれに比せん。故に後世の聖人は、これを祀りてこれを天に合し、名づけて帝と曰う。月令載するところの五帝の名のごときはこれなり。‬

‪それ人死すれば体()は地に帰し、魂気は天に帰す。それ神なるものは測るべからざるものなり。何を以て能く彼是を別たんや。いわんや五帝の徳は天に侔しく、祀りて以てこれを合して、天と別無し。故に詩書に天と称して帝と称して、識別するところあるなきものは、これがための故なり。堯舜以下の作者七人のごときは、すでにこれを学に祀りて万世替れず。しかも五帝の徳かくのごとく大なるに、あにびんびん乎として祀らざらんや。先王の道は断乎として然らず。いわゆるその始祖を祀り、これを自りて出ずるところの帝に配すとは、すなわち五帝なり、すなわち上帝なること、知るべきのみ。‬

‪ ‪漢儒、上帝を以て天神の尊きものとみなし、また五帝につきて五行の神と人帝とを別つに至りては、すなわち臆説なるのみ。大抵古えの礼は、后土(こうど)を祀るに兎を以て配し、祖先を祀るに既に主を立て、また尸を立つ。天を祀るもまた然り。これ先王の道、天人を合してこれを一にす。故に曰く、「鬼と神とを合するは、教えの至りなり」と。礼を制するの意、かくのごときかな。且つ帝の名いずくにかはじまる。もしこれ天子の名にして、推して以てこれを天子に命(なず)くとならば、すなわち先王の天を尊ぶの至り。必ず敢えてせず。もしこれ天子の名にして、もしこれ天の名にして、推して以てこれを天子に命くとならば、すなわち先王の恭なる、必ず敢えてせず。これを以てこれを観れば、帝はこれ五帝にして、これを天に合するなり。聖人を尊ぶの至り、あに然らざらんや。‬

‪子安氏の評釈;‬ ‪水戸学における「天祖」の概念、宣長国学における「皇祖神」の概念の成立をもたらす徂徠の言葉がここにある。近代天皇制祭祀国家の至上神・天祖天照大御神という「天祖」概念の由来を徂徠学に辿ることは重要である。それは古代中国の帝王的世界の「天帝」概念の転移として近代日本の天皇的世界の「天祖」概念があることを教えるからである。1945ねqにいたる天皇詔勅尚書的漢文からなるものであることも併せて考えるべきことである。水戸学で再構成される「天祖」概念については、私の『国家と祭祀』(青土社)の第四章「「天祖」概念の再構築」を見ていただきたい。‬ ‪