「祭政一致」論の復活?

安倍政権と日本会議の『教育勅語』の読みは、彼らの国体的「祭政一致」論(「国家祭祀」と「個別宗教」の分離をいう)の解釈にもとづく。問題としなければならならないのは、近代の「祭政一致」論を根拠に、伊勢サミットにおいて指摘されていたような「政教分離」に反した違憲行為を反しないと開き直っているという可能性があるという点である。「祭政一致」の近代は、近世の視点を以って批判的に相対化できる。近世思想の言説(荻生徂徠本居宣長平田篤胤、後期水戸学)を理解してはじめて、安倍政権における「祭政一致」論の復活を批判できよう。そのとき、切り離してとらえてはいけない外部(中国、東アジア)と内部(徳川日本)の関係があること、外部の思考をともなわないと、固有の起源というものを自然に表象してしまうこと、こうした思考のあり方を学ぶのである。