子安宣邦『国家と祭祀ー国家神道の現在』(2004)

‪ 言説(ディスクール)discours

文あるいは言表の連鎖としてまとまった内容をもつ言語表現の意味であるが、ギリシャ語の「ロゴス」logosに由来する語であり、直接的、直観的な表現ではなしに、概念作用と論理的判断をへた秩序のある表現というニュアンス。


ディスクール(...)という形にしてみると、関数の形 f( )となるんですね。(...)に、論理的に構成された文がはいることになっています。たとえば、「神的なものが現実の領域に実現していくのが、真の宥和ですが、これは人倫的で法的な国家生活のなかに成り立ちます。これこそ世俗世界の真理の錬成なのです」(ヘーゲル宗教哲学講義』)。これは、論理的に構成された文を以て、世俗主義的近代化のディスクールになっているというわけです。ここで問題となってくるのは、<誰が>という点を考えることです。感じとしては、Who speaks デイスクール ( ....) ですかね(あやしい?)。ここでは、世俗主義的近代化を語るの言説主体は誰かという点を明らかにしようということです。ヘーゲルが最初に、"近代国家とは世俗主義的近代化"と語ったのです。そして彼らの語るようにそうだとすれば、どういうことがいえるのか?ヘーゲルのまえに、このことを語った人はいませんでした。ヘーゲルはどこから語るのか?新しい国家からです。新しい国家は近代国家を発明していくのです。ドイツやイタリアは、イギリスやフランスのような古い国家とは違って、新しい国家でした。この意味で明治日本も、新しい国家です。だけれど明治日本はヨーロッパの外に位置します。近代主義にとってはこの偶然は真理を構成しません。しかしこの偶然こそが大事というか。ヨーロッパで考えられたことを、その外で考えるとどういうズレが起きてくるのか、やはり考える主体のこの位置の問題があります。このことを考えることなく語るとしたら、ただヨーロッパ人のかわりに語ってうるというだけのことでしょう。これは明治から避けられない距離であるとおもいます。だから、わたしのようなものでも、子安氏がこのように分析しているやり方がわかってきます。「明治日本における近代国家の立ち上げは欧米に成立する近代国民国家を範型とすることでなされていく。あるいはそれを範型として受容することなくして欧米との対等な国家間関係を望むことができなかったことからすれば、その受容は強制であったということもできる。その範型としての近代国家とは教会など世俗的権力から分離し、世俗的権力としての自立性をもった世俗的国家であった。宗教は個々人の信教の自由として国家によって保障されるが、国家の権力行使への宗教的権力や組織による介入は排除される政教分離の原則に立つものであった。この政教分離の原則に立ち、世俗的権力としての自立性をもった近代国民こそ明治日本にその受容を急がせた範型としての国家であった。」。ここから、『国家と祭祀』は (ここでは詳しく言及できないが)、 戦後の「国家神道」論の成り立ちと彼らが「正しい」とする彼らの言説上の問題点を明らかにしています。先行する江戸時代からとった視点、また外部から、非ヨーロッパ圏の宗教ナショナリズムを見渡しながら、日本近代を批判的に分析したうえで、最後に、"近代国家とは世俗主義的近代化"のディスクールの意味を問うことが重要です。それは、国家のこれしかないとする物の見方を相対化していく、別の見方をつくっていくという方向性をもっていて、政治的なのですね。


以下参考までに。

‪「近代日本国家は神聖な天皇国家という目的としての理念性をもって成立する。国家権力そのものの成立とその永続のために祀るのである。この国家の祀りは近代国家における政教分離原則を超えた国家そのものがもつ宗教性であり、祭祀性である。端的に言えば近代国家は対外戦争をすることができ、国民が国家のために死ぬことができる国家として成立する。そして国家のための死者を国家はその永続がもたらす磯として祀るのである。近代日本国家は神道的祭祀をもって祀ってきた。この国家の宗教性・祭祀性という問題は決して近代日本国家に特有の問題ではなく、近代国家一般に共通する問題である 」‬『国家と祭祀ー国家神道の現在』(2004)


‪『国家と祭祀』(2004)は、祭祀一致の政治神学的な考え方と憲法政教分離の原則が明治日本を支配していたのではないかと分析している。明治日本の問題を的確にとらえるためには、(私の言葉だとおことわりして)<二重の基準>が働いていたことを知る必要がある。大まかにいうと、祭祀一致のいわば政治神学的考え方は、儒家的言説の痕跡をもつ。幕末「国体」の後期水戸学と彼らに影響を与えた「天祖」概念の荻生徂徠による。ほかに宣長と篤胤の仕事も重要。祭祀一致は、西欧からの植民地化を避けようとした、非ヨーロッパ圏の自立的自由と両立した世俗内宗教としてのナショナリズムのあり方からみていく必要がある。また政教分離の原則は、新しく誕生した国家が西欧から対等の国としてみとめられるための条件としてあった。教育勅語の「国体」の時代からは、国家神道は、自らを非宗教化していくことによって、天皇ファシズムの戦争する国家と(自身のために)祀る国家を住処としていく。戦後憲法がしなければならなかったことは、天皇から死者を支配する権力を奪うことであった。また神道のほうも戦前の歴史を断ち切るようにして自らを再定義していくことになったという。だが現在は、対抗的に、嘗ての国家祭祀と等価の、(戦前とは同じ形ではないとしても)救済神学が復活しようとしているのであろうか?安倍政権の5年間のピークは、2016年の伊勢サミットだったのではないだろうか。「再帰する起源の呪縛」のもとで、いかに権利のない社会ができあがってくるものなのかとおもう。2018年の現在に起きているのは、日本ナショナリズムvs.自由に喋らせてくれの民主主義、である‬。‪ここで二つのことをかんがてみる。「再帰する起源の呪縛」を批判していくアジアのポスト構造主義と、「普通の国になることをやめた」と誓った「小さな人間」(小田実)の憲法的デモクラシーと‬