2015-11-03から1日間の記事一覧

「歎異抄」は読むことが不可能なテクストだから、清沢満之の解釈を通じて読む。ここで、'明治の清沢満之の解釈を通じて読む'というべきであろう。そうすると私に厄介なのは、清沢が語り働き生活した明治という時代がどんな時代だったのか定まっていないことである。

「歎異抄」とはなにか?わからない。そもそも本当に親鸞が書いたのか?だれがオリジナルを書いたかはどうでもいいことである。ただ、方法としての読みしかないのだから、「歎異抄」と呼ばれるテクストが存在したということだけが保証されればそれでいいので…