2017-10-01から1ヶ月間の記事一覧

MEMO ( ART)

‪Everything has become an affaire that's settled among the colors themselves; a color will come into its own in response to another, or assert itself, or recollect itself. Rainer Maria Rilke 1907‬‪What I hear is valueless; only what I see …

仁斎論語

‪『論語』は孔子の人生である。と、弟子たちや後世の人々によって、孔子の言葉がそういう風に編集されている。孔子は‪『論語』を読んだわけではない。彼の死後、『論語』ができた。そもそも孔子が生きている間にすでに弟子たちが孔子と共に孔子との対話をつ…

21世紀デモクラシーとは何か

古代ギリシャの人々が議論して問うことを実現したデモクラシーと、古代ローマの選挙するデモクラシーは同じではありません。不可避的に、暴君は選挙から現れます。このことはローマでは避けられなかったのです。現在、拠り所となる、21世紀デモクラシーとは…

朱子語類の「鬼神」論

‪『論語塾』は、11月から新しく、朱子語類にある「鬼神」論を読むことになっている。大雑把に言うと、死者の魂はどこへ行くのかという話を漢文で読む講座がはじまる。知識のないわれわれに説明してくれた、鬼神をめぐる矛盾について子安先生の話を聞いて面白…

いかに数えるか

コクトーみたいに考えてみた。数えられないものは数えるなと。2以上は数えることはできないから、中々2に達しない。2の次は無限。無限+1、無限+2。それからどう数えようか?無限+無限、無限+無限+1、無限+無限+2...手を開くと無限がいっぱい(なにか...)

精神の歴史に要請されていること

‪普遍主義の物の見方は、グローバル資本主義へズレてしまっている。これにどう取り組むのか?共同体を主語にもってきたのだが、「日本に希望を」も「この国を守り抜く」も一国主義にズレている。アジアへの共感が微塵もない。精神の歴史に要請されているのは…

MEMO

Picaso se posait aussi beaucoup cette question; jusqu'où puis-je aller dans la penture? Quand ils en avaient marre de peindre des paysages, il ne restait plus aux peintres qu'à se peinde eux-mêmes. Le cinéma étant un peu autre chose , ne p…

MEMO

Picaso se posait aussi beaucoup cette question; jusqu'où puis-je aller dans la penture? Quand ils en avaient marre de peindre des paysages, il ne restait plus aux peintres qu'à se peinde eux-mêmes. Le cinéma étant un peu autre chose , ne p…

国・東電に再び賠償命令 原状回復は認めず ―福島地裁

‪原告は「原発事故前の暮らしを取り戻したい」として、居住地の空間放射線量を事故前の水準とする「原状回復」を要求。(一部は原発事故で仕事や人間関係を失った。「ふるさと喪失」慰謝料も求めた。) 原状回復は、民事裁判を以て、責任の所在が明らかでない…

スペイン市民戦争

スペイン市民戦争を考えることは、20世紀において連帯の国際性と普遍性を我がものとして獲得していく、精神の歴史を考えることである。人民戦線のことは、80年代の公害運動の座り込みの現場でそれを語る人から知ることになった。さて人民戦線は、33年にフラ…

柄谷行人のカント

1、「それ〔「目的の国」〕は現実的・経済的基盤を欠いたものではありえない。カントが「目的の国」を統整的理念としてみたことは、資本制経済への批判をはらんでいる。資本制経済は「他者の人格における人間性を目的として扱う」ということを致命的に不可能…

紀元前5世紀の「聖なる時代」

‪われわれはどんな時代に生きているのだろうかと考えますと、グローバル資本主義の前に無力となってしまった時代のことをおもうのです。対抗的に、国家を作り直そうと一生懸命かんがえる人たちが少なからずいます。しかしその国家が容赦なく戦争法と共謀罪を…

啓蒙主義

不思議なことは、外国に暮らした皆さんもまったく同じ経験をもっていることでしょうが、現地の人たちがわざわざ外国人の自分に道を聞いてくることですね。同じ国の人に聞くのが恥ずかしいからなのでしょう。でもわたし達は外国人に道を聞いたりはしませんよ…

指輪の力とは?ー ワグナー「神々の黄昏」

ワグナー「神々の黄昏」では、<指輪>がジークフリートに、現在の王権を正当化する作り物語の語り手としての権力を与える?英雄(彼自身)がブリュンヒルデを救うという、主神ヴォーダンの統一を阻むに等しい行為を思いだす所で、ジークフリートはハーゲンに殺…

否定

左翼的ラジカリズムの否定し尽くす否定は自らを消滅させてしまう。切実な問題である。解体<近代>は自ら近代に絡みとられていたのだ。反省した(反省したはずの)左翼は、消すことができぬ差異(他者)を拠り所にする思想の形を求めた。ここから、市民的多様性へ…

普遍主義

‪現在は、グローバル資本主義から自立した、新しい普遍主義の再構成を為すまでは、過去の衣装('リベラル')を借りているようにみえる。どうも、一国主義の悪い形に規定されながら、新しい普遍主義の再構成を行うことを余儀なくされる。外部の新しい経験よりも…

ノーベル文学賞

‪過剰に「日本人の一部」に大喜びするぐらいだったら、プルーストもカフカも、オースティンも、そんなに偉い人ならば、彼らにノーベル文学賞をあたえるべきだった‬

カズオ・イシグロ

‪主人に尽くす執事の姿に英国貴族に従属する全階級が表現されている、カズオ・イシグロの原作の映画化「日の名残り」は、アイルランドに行って初めて理解できた。後にフリールがこの点を言及している文を読んだ。人が人としてあるために何が要請されるのかを…

仁斎論語

‪折角新しい政党をはじめたのになあ、かくも正統性の教説に絡みとられるのをみると、一番最初に誰が正統性を言ったか、2500年前に遡って考える必要があるというものだ。『論語』の最初(学而)のいくつかの章は既に、孔子の死後の、弟子たちの誰が孔子の正統な…

反緊縮<リベラリズム>の選択

‪接尾語とは、それ自身は単独で用いられず、常に他の単語の後に結合して,色々の意味を添える。接尾語<リベラリズム>が溢れている、対抗メディアのネット世界から選挙がみえてくる。自民党の統合<リベラリズム>も、希望党の排除<リベラリズム>も、みえてくる…

国家理性

‪小池Yは原子力規制委員会に対して異論を言わないと発言した。原発災害は誰もがそれが再び起きる可能性を知っている。小池Yはそのときには責任をとるつもりがないのだ。では国の誰が責任をとるのか?原子力規制委員会は再稼働を決定したのは自分でないと言い…

立憲はほんとうにそれほど立憲なのか

整理がつきませんが、不安におもうことを書くと、三分の二を取れば安倍政権は改憲をすすめて、自衛隊を外に出すでしょうし、三分の二を取れなくとも安倍政権は解釈改憲で自衛隊を外に出すことができるのでしょう。護憲派は解釈改憲の敗北を繰り返すのかと心…

マルクスを読む宇野弘蔵を読む柄谷行人

マルクスを読む宇野弘蔵を読む柄谷行人「金融資本の時代としての転化を示した後も、別に新たなる形態を展開するわけでは無い。金融資本の時代を特徴づける、株式資本の産業の普及も、純粋の資本主義社会において、すでに論理的には展開せられざるをえない」(…

『論語』の隠者たち

‪『論語』は隠者をえがいている。微子第十八の隠者は孔子の弟子にこう告げる。流れるものは戻ることがないように、天下もまたひたすら乱れていくのだから、あなたは孔子とともにこの流れを止めることはできない。「この世を避けて野を耕すわれわれに従った方…

『論語』の隠者たち

‪『論語』は隠者をえがいている。微子第十八の隠者は孔子の弟子にこう告げる。流れるものは戻ることがないように、天下もまたひたすら乱れていくのだから、あなたは孔子とともにこの流れを止めることはできない。「この世を避けて野を耕すわれわれに従った方…

MEMO 魂魄とはなにか?(wiki より)

MEMO 魂魄とはなにか?(wiki より)• 魂魄(こんぱく)は、中国の道教や伝統中国医学における霊についての概念である。• 道教の魂魄 中国の道教では魂と魄(はく)という二つの異なる存在があると考えられていた。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指…

カタローニャ

‪スペインの民をみると、デモクラシーが愛するのはまさにこれなんだと心が震える。決めつけてはいけないし何が起きるかわからないけれど、野党が亡くなるこの国をみると、デモクラシーから愛されない民が存在するという考えに囚われてしまう。だがこのことは…

ワグナー「タンホイザー」 ‪ー バイエルン国立歌劇場のタンホイザー

高校生のときの合唱祭の歌がワグナーの「タンホイザー」だった。今回オペラを観て、芸術が自らの独立性を政治に対してラジカルに主張する否定の力を読みとった。ほかならない、芸術から、政治が意味づけられる。ここにパラドックスが。既に政治となっている…

「物で書かれたもの」L'écriture des choses とは何か

‪「物で書かれたもの」L'écriture des choses とは何だろうか。フーコ「言葉と物」を最初に読んだときから、この問いをもちつづけている。‪「物で書かれたもの」は世界の散文を構成しているといわれる。‪「物で書かれたもの」は、<物>であるかぎり、死後の天…