「現代日本の思想」(1956年, 久野収、鶴見俊輔) を読む

「現代日本の思想」(1956年, 久野収鶴見俊輔) を読む

この本は、あえて幸徳と大杉の思想の意味について深く論じないで、むしろアナキズムの思想を言うかれらの主体としての衝撃がどういうものであったかを明らかにする方法をとりました。ここから、(明治のときは言われることがなかった)白樺派北一輝吉野作造日本共産党(福本を中心に)のそれぞれの言説が発明していくそれぞれの否定性を照らし出しました。ポンティーの言うような、(私の理解が間違っていなければ、自己欺瞞的な?「自己誤認」という認識の非連続性と戦争という事件性の影響を十分にとらえながら) 、こうした戦前に「用意された」否定性の連続したところに、50年代の久野と鶴見が同時代的に発見していく、戦後実存主義の位置と機能が存在したと思い至りました。巻末に説かれるのはサークル性の重要な意義です。「実存主義の方法は、専門的な学問とか芸術の領域だけにとどめられるものではない。ヤスパースは、実存的まじわりということを言ったが、日本の戦後派は実存主義者らしくおたがいの運動を尊重し、しかも深い心の交流をもつ交際方...法をつくることができるだろうか?これもまた、サークル運動の今後の発展とかかわるものだ。また政治の領域においても、一度日本の国家の外に視点をおいた戦後派実存主義は、村落的情緒に曇らされぬ乾いた眼をもって、今後の日本のイメージを思い浮かべ、それにむかって自分たちを投企する行動を起こすべきである。」たしかにもしサークルというものが否定性の象徴 (の端っこでも)ならば、それなりに期待された思想史的使命があったと言いたいものですが、この託されたサークル性はバブルの時代に形骸化してしまい、実際にこの本を読んだ80年代は二十代が沈黙した異常な時代。ニューヨーク、台湾、香港の現在からすると信じられない光景で、'サークル'という言い方のこだわりも理解できないほどでしたが、まだぎりぎり「非人間性を一度深くくぐってきた人間主義」をいう実存主義も少数派の間では読まれてはいました。マルクス主義と入れ替わりで構造主義の知にとってかわられていましたが。ただ「ノンセクト・ラジカル」の市民運動化といいましょうか、公害裁判支援の運動がありました。当時それほ沈黙しなかった、したくなかった例外者たちが今日ネットをやっているのかしらという希望的観測も。「わらわれようとも、足をとられようとも、まったく自分たちの責任において理想の重みにたえねばならぬ。だが、無意味性から意味ある行為を生むという実存主義固有の方法によって、政治の領域でできることが残っているのではないか」(「現代日本の思想」) 21世紀は、なんらか現場性と結びつく教室性なのかしら、わかりませんが、(ルカーチが酷く嫌った) 全体性を見失った非現実的ジョイス的居酒屋性にはまだチャンスはないのか?(笑)