ジャン=リュック・ゴダールの世界 No.10

ジャン=リュック・ゴダールの世界 No.10

 

 

 

 

精神が真なるものを考えるものとなるのは、その現前を表明明するときのみ。そして「表明するmainifester」という語には、「手main」が含まれている

・ドニ・ド・ルージュモン「手で考える」(ガリマール社、1936) から引いている。ゴダールの諸<理念>はどこにも存在する。「小さな声」「聞くこと」「聴くこと」「音」、ここでは「手」が理念化されている。存在することよりももつことの方がゴダールにとって重要である。ここから市民はなにをもつのかが問われる。他方で、4A「宇宙のコントロール」では宇宙の中心にある「手」について語られる。「映画史」の最後は「手」によって物語られるとき、「手」とは遥かに遠くの「天」にかかわる可能性がある。「もしある男が、もしある男が、夢の中で楽園を横切り、通り抜けた証として、一輪の花を受け取り、目覚めたとき、手の中のその花に気づいたとしたら、何と言ってよいのか。私がその男だった。」(ボルヘス「夢の本」より)。人類の立場を自分の立場として置いてみること、ほかならない、その証が、「手の中の花」だったのである。